表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
89/169

第5章:第29話

黒い雲に近づく度に、来るなとでも言うように雷が響いた。おかしな鉛色が空を覆い尽くしていた。

風に逆らうようにゼオン達は村のはずれへと急いだ。ティーナもルルカも、そしてゼオンもそれぞれの武器の準備をして戦場へと向かう。

あれから七年。事件を起こした日の自分に会いに行くような気分だった。

オズやセイラといった、裏で動いている連中への文句はいくらでもあるが、とりあえずそれは後にしよう。

あの日の自分にけりをつけるための第一歩。いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。気分は乗らなかったがもう引き返せる状況ではなかった。

その時、雷の音以外に、呪文を詠唱する声と魔法がぶつかり合う音が同時に聞こえた。

そして今までより更に強い風が吹いた。


「着いたみたいだな。」


コールタールを塗りたくったような重い雲の下で、炎、水、雷…光や闇まで、あらゆる魔法をぶつけ合って戦うキラとセイラの姿が見えた。

目が紅に染まったキラの姿が、はっきり見えた。容姿は変わっていないはずなのに別人のようだった。

今のキラが誰か…例えるなら、事件の時ゼオンに杖を渡したあの少女だなとゼオンは思った。

これはこれで腹立たしい状況だ。こちらを挑発するように、キラの目がこちらを見て妖しく笑う。

本来のキラに「お節介はいらないと言う以前の問題だ。頼むからせいぜい自分の身を滅ぼさない程度のお節介にしてくれ」と怒鳴りたくなった。

だが今更言ってももう遅い。ゼオンは戦っている二人の近くの草原を見た。

オズとホワイト…そしてディオンの姿が見えた。ゼオンはオズの近くへと向かう。

オズはゼオン達を見つけるとへらへら笑いながら言った。


「おーやっと来たな、遅いやないか。」


「おい、後ろ!」


キラの雷の魔法がオズに向かって飛んでくる。

オズはパチンと指を鳴らした。するとオズの羽の色に似た紅の盾が現れ、その雷を防いだ。盾はびくともしない。今のキラの力でもオズには勝てないらしい。

「それならお前が止めろ」と言いたいとこだが、それができないからゼオン達を呼んだことはわかっていた。


「おい、セイラ!選手交代や!」


オズがそう言うとキラと戦っている最中のセイラが頷いた。

それを確認してからオズはゼオン達に笑って言った。


「んじゃ、あとはよろしくー。」


「うぜぇ……」


ゼオンが呟いたがオズは聞こえないふりをしていた。

ゼオン、ティーナ、ルルカの三人の姿を確認した後、オズの目がリーゼに向いた。


「お前は…初めて見る顔やな。キラの友達かなんかか?」


「…リーゼを知らないのか?こいつ一番よくあの馬鹿といるのに?」


意外だなと思ってゼオンはリーゼの方を見る。リーゼはおどおどしながらゼオンの後ろに隠れて俯くだけだった。


「しゃーないやろ、会ったことないんやし。

 ま、とにかくお前は俺の近くにいろ。攻撃が飛んできたら防御呪文で防ぐから。」


リーゼは黙って頷いた。ゼオン達は武器を構える。その時オズの後ろに居たディオンの姿が視界に入った。

ディオンはゼオンの方を見ないどころかゼオンが来たことにすら気づいていないように見えた。

ずっとディオンは紅の眼のキラの方を見つめている。青ざめた顔をして凍りついたように動かなかったが、肩だけ震えているように見えた。

目の前の光景になぜディオンが震えるのかは想像がついた。

するとオズがディオンに余計なことを言った。


「おい、あんたの弟もう来とるんやけど、なんか言うことあったら今のうちやでー。」


オズの声でディオンは我に返ったようだった。


「ゼオン、お前……」


ディオンがその先の言葉を言うことはなかった。広場で出会った時の恐ろしい目つきはどこへ行ったのやら。火を消されたような眼をしていた。

ゼオンは何か言おうとして、止めた。後でいい。全部終わった後でいいと思った。

どうせゼオンはキラとは違って話すことは得意ではない。今何か言おうとしてもろくなことは言えないだろう。

ゼオンはディオンを無視して剣をキラがいる方に向け、振り返らずにオズに尋ねた。


「勝利条件は? 暴走させる手段を知っているなら、止める手段も知ってるんだろ?」


「キラの杖を弾き飛ばせ。それだけでええ。」


オズは簡単にそう言ったが、ゼオンにはそれが簡単なことには見えなかった。鉛でできたような重い雲と威嚇するように音をたてる雷が頭上に広がっている。

そしてありとあらゆる種類の魔法が飛び交う戦いの場が見える。その中心にいるキラは軽い身のこなしでそれを避けていく。

杖を弾き飛ばすどころか近づくことすら難しいことは一目瞭然だった。

それでも、オズとセイラの策とはいえやると決めたのだから戦うしかない。

ゼオンはティーナとルルカに言った。


「ティーナはあいつの魔法を打ち消せ。接近戦はこっちでやる。ルルカは弓矢であいつの動きを妨げろ。ティーナの方がきつそうなら下がってそっちを手伝え。

 杖を弾き飛ばすのは…俺がやる。」


二人が頷く。ゼオンは目を閉じて深呼吸して、そしてキラを見た。

いつもは蒼いはずのキラの目が見える。ゼオンと同じ紅だった。

お揃いになってどうする。馬鹿に人殺しの称号までついたら、もう救いようがないだろ?


「……じゃあ、行くか。」


ゼオンの声と同時に三人は駆けだした。

まずルルカの弓矢がキラへと放たれる。矢はあっさりかわされたがその間にティーナの詠唱が始まり、その隙にセイラが戦線から離脱した。

戦いの場から離れたセイラはオズのところへ向かった。するとその時何かオズに言われたようで、セイラはそのままどこかへ走り去ってしまった。

セイラの行き先は気になるが、そちらを気にしていられる程ぬるい戦いではなかった。

キラはルルカの弓矢を確実にかわし、詠唱中のティーナの方を狙い始めた。

キラは杖を棍棒のように振り回してティーナの方へ向かう。ゼオンはすかさずキラの前に立ちはだかった。

キラの杖がゼオンの頭上に降り下ろされる。ゼオンは剣でそれをなんとか防いだが、そう容易く防げるものではないなと感じた。

杖を降るスピードも力もゼオンの想像以上だった。

元々キラは怪力であり、俊足だ。きっとリラに鍛えられたせいもあるだろう。キラは田舎暮らしのただの魔女であるが、接近戦でならティーナとルルカは軽く凌ぐだろうなと以前からゼオンは感じていた。

その力、足の速さが更に増している。遠距離での魔法戦よりも接近戦の方が辛いなと感じた。だが杖を弾き飛ばすならやはり接近戦の方が確実だ。

なんとかキラの一撃を受け流して横に回り込み、キラの手元を狙って剣を振るう。だがキラの反応は素早く、杖で防がれてしまった。

その時だった。


「ゼオン、下がって!」


ティーナの声だ。すぐにゼオンはキラから離れる。

それと同時にティーナの周囲で空気が渦を巻き、竜巻となってキラを襲う。

だが今のキラはそれで怯まなかった。キラの口元が上がり、杖を黒い空へ向けた。

その途端、空から大きな音がしたかと思うと雷が竜巻に落ち、竜巻を打ち消してしまった。

だがそれだけでは終わらなかった。竜巻を打ち消した後、キラの杖がティーナを指した。

するとティーナの頭上の雲が光り出した。


「…おい、逃げろ!」


だがゼオンの声が届くより先に雷は落とされた。激しい音と共に草原に青白い光が落ちる。

ティーナは間一髪のところで直撃は免れたが、ダメージが無いとはいえないようで苦しそうによろめく。

ティーナが体勢を立て直そうとして顔を上げた時、表情が凍りついた。

キラはもうティーナの目の前にいる。防ぐ暇はない。キラの杖がティーナの腹にねじ込まれ、ティーナの体が地面に叩きつけられて飛ばされる。


「嘘でしょう……これがキラ?」


ルルカがそう声を上げた時にはもうキラは次の標的を見ていた。キラがルルカの方へと駆け出す。

ゼオンが再びキラの前に立ちはだかって剣を振るうが相手が速すぎて掠りもしない。その隙にルルカが呪文を唱えだした。


「天空の白き光よ…我に聖なる力を貸したまえ…」


ゼオンよりも確実にキラは速かった。巧みに攻撃をかわしていく。

そして遂にキラがゼオンを振り切って再びルルカの方へ走り出した。

その時ルルカの魔法が発動した。


「…輝け裁きの光!ディメネション・デ・アンジェ!」


白く強い光が溢れると同時に光の渦が現れ、キラの方へと放たれる。

風を突き破り、キラの方へ一直線に向かう…その時、キラが杖をルルカに向けた。

キラの杖が紫色に光り、黒い力の塊がルルカの方へ放たれた。

二つの魔法が激しくぶつかり合い、火花が散る。

最初は両者互角といった感じだった。だが徐々にルルカが押されはじめ、じわじわと攻められていく。

そして遂に白い光が破られ、黒い力がルルカを直撃した。

ルルカは膝をついて崩れ落ちた。声をかけようとしたがそんな場合ではない。

もうキラはゼオンの方を見ている。強かった。どこがキラだ。ティーナとルルカがこんなに簡単に追い詰められるとは予想していなかった。別人どころの強さではない。

ゼオンは舌打ちした。今ここで真っ向からキラに立ち向かうのは得策とはいえない。

ティーナとルルカが体勢を立て直すまで時間を稼ぐ必要がある。

それには魔法の発動の速さが厄介だった。ルルカとティーナ、どちらに使った魔法も詠唱無しで杖を振っただけで発動している。しかも相当強力な魔法だ。

ただ、杖の力の影響があるとはいっても所詮キラはキラだ。とりわけ物凄い魔力がある人でもないし、詠唱無しで強い魔法を使えるのには何か理由があるのではないかとゼオンは考えた。

そう思った時、キラが杖を振り上げた。

ゼオンは舌打ちして走り出す。空が光り、雷がゼオンに向かって落ちてくる。

それを走りながら避けていった。黒い雲から雷が落ちるのを見てゼオンは呟いた。


「そうか…あの雲か。」


おそらく詠唱無しで強い魔法を連発できるのはあの雨雲のせいだ。

あれが魔法でできた雲なら可能性は得る。ゼオンは走りながら剣に力を集中させた。

剣が光り輝き始める。そして雷を避けながら剣を振ると衝撃波がキラを襲う。

キラは素早くそれを避けてしまったがその時に雷も止まった。

その隙にゼオンは一端キラから離れて距離をとった。ゼオンはティーナとルルカに言った。


「お前らさっさと立て!

 あいつが詠唱無しで魔法を連発できるのは多分あの雨雲のせいだ。

 俺があいつの注意を引きつけるからお前らあの雲を消せ。」


ルルカとティーナはどちらも手足に傷を負ってはいたが二人ともどうにか立ち上がった。

まだいける。ゼオンは再びキラを睨みつけた。

だがその時、急にシリアスな空気をぶち壊すような能天気な声がした。


「あの雲がどうかしたのー? 私もお手伝いしようか?」


気がついたらゼオンのすぐ隣にヌンチャクを持ったショコラ・ホワイトがいた。

先程までオズの隣に居たはずなのに、戦場ど真ん中に眩しい笑顔で立っていた。言いたいことは色々あったが、まずは半ば呆れながらこう尋ねた。


「なんで居るんですか?」


「うーん、なんか楽しそうだったから?」


全然楽しくないですとは言えないくらいの素晴らしい笑顔だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ