表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
88/169

第5章:第28話

「どうなってるんだよ……。」


村のはずれへの道を駆け抜けながらゼオンは呟いた。

どうして無関係のはずのショコラ・ブラックがペルシア達にゼオンの居場所を教えたのだろう。そもそもどうしてゼオンの居場所を知っていたのだろう。

そういえばショコラ・ホワイトがオズの所にいると言っていた。どうしてあの二人がこの件に関わってくるのかゼオンにはわからなかった。

そう思っていると後ろを走っているリーゼがため息をつくのが聞こえた。

ゼオンが訊いた。


「どうかしたか?」


「なんでもないよ。走ったらちょっと疲れちゃって。」


リーゼは何食わぬ顔でそう言ったがゼオンには「なんでもない」ようには見えなかった。

そんなことにつきあっている暇は無いので特にそれ以上言及はしなかったし、そのままリーゼも連れていったが、どうもリーゼはゼオン達と行くのを嫌がっているように見えた。

ゼオン達は屋敷の裏庭から通りへ出ると、中央広場の方向へと駆けた。

石の道を駆け抜ける音が四つ。賑やかな通りに響き渡る。人々の間を通り抜けながらどす黒い雲の方を目指した。

そして、ようやく中央広場が見えてきた。後はここから村のはずれへと突き進めばいいだけだ。

だが村のはずれへの道に入った時、急にゼオンの足が止まった。リーゼ達もつられて立ち止まった。

不思議そうにリーゼ達はゼオンを見ていたが、ゼオンだけは目の前にいる人物を険しい表情で見ている。

ディオンとティーナの戦いが終わった時辺りにこの人が駆けつけてきたのをゼオンは覚えていた。

黒い髪、蒼い瞳、年の割に童顔でどこか間が抜けていそうな感じがするところがキラに似ていた。

その人は笑顔でゼオンに尋ねた。


「君がディオン様の弟君?」


「…そうですけど。じゃあ貴女がサラ・ルピアですか?」


「うん、そうなんだなぁ。」


愛らしく微笑みながらサラは答えた。この笑顔の裏に国王への強い憎悪が隠れているかと思うと少し怖い。

剣を握る力が強くなる。ティーナとルルカも警戒を強めた。

目の前にいるのは自分を追い出そうとした人物。警戒しないわけにはいかなかった。

それを見たサラは慌てて言った。


「わぁ、止めてよ。こっちは戦う気はないってば!」


「じゃあ何しに来たのかしら?」


ルルカが強くサラを睨みつけて言った。サラはにっこり笑って村のはずれを指差した。


「あのどす黒い雲の原因が何か、もし知ってたら教えてほしいなぁって思って」


サラはにっこり笑ったがゼオンはすぐには答えなかった。

今起こっていることをサラに話したら、サラはどうするだろう。

もう一度、ゼオンが逃げなければいけない状況になるように手を打つだろうか。

だが、考えている間に勝手にリーゼが詳細を言い出した。


「キラが、ゼオン君は自分の意志で事件を起こしたわけじゃないってことを証明しようと……」


「オズさん達と組んでそれをやろうとしたら、あの杖の力の影響で暴れ出した…ってとこ?」


「はい…。」


サラはため息をついた。どうやら計算がズレたらしかった。

ゼオンは今のサラの言葉に首を傾げた。杖の力のことをサラはある程度知っているのだろうか。

そもそもゼオン達の居場所といい、サラは色んなことを知りすぎている。


「お前、あの杖のことを知っているのか? 俺達の居場所とかも、どうして知っていたんだ?」


サラはクスッと少しだけ笑った。笑顔の向こうに少し黒さが見えた。

こういうところはキラとサラは全然似ていないなと思う。そして案外素直にサラは話し始めた。


「どうせ君達も私が何をしようとしてるか知ってるんでしょ?

 反乱派の拠点の建物を貸してくれた小さな男の子がいるんだけどね、その子が教えてくれたの。

 君たちの居場所とか、キラの記憶が戻ったこととか、あと杖のことも少しだけ。

 まあそれで、お城の上司の中に娘が難病だとかで困ってた人がいたから、薬と引き換えにディオン様に村に行かなきゃならないような仕事が回るように仕向けてもらったってわけ。まあ、それもその子が提案してくれたんだけどね。」


ゼオン達のことを知っている「小さな男の子」…そんな人物に心当たりはない。

村で見たこともないし、村の外でもそんな人物と会ったことはなかった。

そいつは誰か、考えたが答えは出なかった。サラに尋ねようとしたが止めた。名前を言う気はないとサラの目が言っている。

笑顔なのに目だけが笑っていなかった。サラはため息をついて村のはずれを見た。


「これだけでっかい騒ぎになっちゃったら、これ以上手は出せないかなあ。…手を出したらキラがどうなるかわからないし。

 全く相変わらずオズさんは強引なんだから。まさかオズさんがキラを危険な目に遭わせるとは思わなかった…。

 弟君も…こっちに来てくれる気はないみたいだしね。」


「それ、どういうことだ?」


ゼオンがすぐに聞き返した。サラはゼオンに手を差し出す。


「もし君が村から逃げ出すことになったらね、反乱派にスカウトしようと思ってたの。

 王家を倒せば、クロード家にも復讐できますよー…ってね。」


生憎とゼオンの目的は復讐ではないし、ゼオンは確かにクロード家を恨んではいたがその恨みがサラの意志と共鳴することはなかった。ゼオンのちっぽけな恨みの為に王家を巻き込む必要もない。

答えは決まっている。はねつけるように言った。


「悪いが断る。クロード家は憎いけど復讐する気はねえし、王家を潰したいとは思わないしな。」


サラは差し伸べた手を下ろした。


「…やっぱり。君もお姉さんと同じこと言うんだね。」


「…姉貴だって?」


ゼオンは耳を疑った。今の言葉が信じられなかった。

姉のシャロンが生きているはずがない。ゼオンが自分の手で斬り殺したはずなのだから。

今手にしている剣で。銀の刃を鮮やかな朱に染めて。ゼオンの反応を見たサラも驚いたようだった。


「あれ、知らないの?君のお姉さん生きてるよ?」


「嘘だろ…?そんなはず…」


「そう言われても困るよー。しょうがないじゃん、会いに行ったら居たんだから。」


サラは子供のように口を尖らせた。

ゼオンはシャロンが生きているなんて知らない。殺したと思ったけど死んでいなかったということはあり得るが、国側がシャロンは死亡したと言っていたはずなのだが。

今の言葉が事実なら、国側がシャロンの生存を隠していたということになるんだろうか。

その行為にどんな意図があるというのか。謎が多すぎて頭がおかしくなりそうだった。

その様子を見たサラは、むー…と少し考えこんでから言った。


「んじゃあ一つ貸しね。耳寄りなこと教えてあげる。

 君のお姉さんはデーヴィアの国のヴィオレって街にいるよ。一段落したら行ってみたら?」


「追い出したい相手にそんなことを言っていいのか?」


「別にぃ。今回は私の負けだし。ディオン様お人好しだから酷い目に遭ったキラに同情しそうだし、事件が起こったのが弟君のせいっていう前提が崩れたら案外あっさり君のこと赦しちゃうかもしれないし。

 その状況でオズさん辺りが私の立場バラしたら今度は私の方が危ないからぁ、私はもう村を出るもん。

 …それに、仮に君がそっちについたとしても負ける気はないもんね。そのかわり…」


サラからまた笑顔が消えた。だが今度は恐ろしい真顔じゃなくて、どこか哀しげな顔だった。


「キラのことちゃんと止めてあげてくれる?」


そう言うとサラはもうゼオンの顔を見ずに後ろを向いて歩き出した。

曇り空から逃げるように、サラの姿は遠くなっていく。今にも雨が降り出しそうだった。

また雷の音がした。空は更に暗くなった。風が激しくなる。早くしなければまずいかもしれない。そう思った時にサラが立ち止まって、空を見上げて明るい口調で言った。


「じゃあね弟君。今度逢った時は、スポーツマンシップに乗っ取ってぇ、正々堂々喧嘩しようか。」


そして真顔で振り返って言った。


「キラの杖でね。」


明るさも感情の欠片すらも感じない抑揚のない声だった。

ますます激しくなる風の向こう側にサラは歩いて行ってしまった。

誰一人、サラを止められる人は居なかった。自分の闇さえ片づけられないゼオンに、サラの決意を崩せるわけがなかった。ゼオンだけでなくティーナとルルカもだった。

ただ黙って立ち去るサラを見送るしかなかった。サラの姿が見えなくなった頃、また雷が強くなった。


「その…あたしたちも急ごう?」


ティーナが言った。ゼオンの前に在る道にもう人は居ない。

ゼオンは頷いて村のはずれの方を見た。上空で鈍色の怪物がうなり声をあげている。


「…そうだな。」


剣を握りしめ、暗い空の方へと三人は走り出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ