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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第27話

「何事ですの…?」


ペルシアは剣でホロを脅すゼオンを見て驚いた様子で言った。リーゼとロイドも言葉を失った。

「逃亡者」としてのゼオンをリーゼ以外は見たことがないはずだし、リーゼも殺伐としたことに慣れている人ではないから当然だった。

ティーナが先ほどまでのどこか暗い表情をすぐに捨てて、何か言おうとするペルシアをなだめる。


「まあまあ、これには色々と訳があるんだよ、お嬢。落ち着いて。」


ゼオンは嫌な感じがした。違和感と言ったらいいかもしれない。

とにかくこの三人がここに来たことが不思議だった。なぜそう思うのかもわからなかった。

突然居なくなったゼオンを探し回っていたとか、理由はいくらでも思いつくはずなのだが。

三人ともまだ納得がいかないようでこの状況を不安そうに眺めていた。

リーゼがゼオンに言った。


「ねえ…とりあえずこれってどういう状況なの?」


「ゼオン…あなたが剣を突きつけているそれは…ルイーネの魔物ですわよね?どうしてそんなこと…」


ペルシアも恐る恐る言った。ゼオンは振り返って三人を見るようなことはしなかった。

多分ペルシアとリーゼはゼオンが逃亡者だということを知っている。だとしたら、きっとロイドだって話は聞いているだろうなと思った。

こういう時何と言えばいいのかゼオンは知らなかった。言葉を探すが見つからない。

その時、また村のはずれの方から爆発音と雷が鳴り響いた。

ゼオンとルルカ以外の全員がそちらを見る。騒ぎは更に酷くなっているようだった。

その時だった。ホロの目の一つが光った。赤い光が放たれたかと思うと何かの映像が浮かび上がって映し出された。

ペルシア達三人の表情が変わる。ゼオンも思わず表情が歪んだ。

飛び交う火花といくつもの魔法。爆発音と呪文を唱える声が聞こえてくる。

そして爆音の中心にいたのは、蒼の魔法を放ちながら草原を駆け巡るセイラと…らしくない笑みを浮かべながら魔法を放つキラの姿だった。

キラの魔法とは思えないくらいの威力とテクニックだった。セイラと互角…もしかしたらそれ以上。

キラはもともとすばしっこいし怪力なのでそれに魔法の威力とテクニックが加われば、魔力はあるが体が小さくて速さに欠けるセイラにとっては不利な相手に違いなかった。

映像の中のキラがまるで別人のように感じた。意地の悪い笑み。澄んだ青だったはずの目が今は真っ赤に染まっている。…キラではない。

キラはこんな人ではない。もっと馬鹿で純粋だった。

また息苦しくなった。あの日の景色がまた蘇る。燃え上がる屋敷といくつもの死体。あれがまた繰り返されるというのだろうか。

ショックを受けたのは後ろの三人も同じのようだった。リーゼが青ざめて言った。


「…どういうこと…!?」


その時、ホロから声が聞こえた。

ルイーネの高い可愛らしい声などではない…オズの声だった。


『よお、久しぶりやなあ。俺を人質扱いとは、ええ度胸しとるやないか…なあ、ゼオン?』


ゼオン、ティーナ、ルルカの表情が険しくなる。舌打ちしてゼオンはぼそりと呟いた。


「チッ、出てくるなよ…。

 というか、さっきの映像…何でこの魔物こんなに有能なんだよ、電話か?」


『監視と録画と映像再生もできるから電話より便利かもしれへんなあ。』


「どんな文明機器だ…。」


「まあそれは置いといて、お前らに一つお願いがあるんやけど。」


オズの声が急に静かになった。ティーナとルルカが警戒を強めた。

何を言い出すのかは大体わかっていた。

ゼオンは映像に映ったオズを赤い目で睨みつけて言った。


「村のはずれに来て、あいつを止めろ…ってとこか?」


『あったりー。』


オズはへらへら笑いながらそう言った。ゼオンは腹立たしげに舌打ちした。

自分を慕う人を含む周り全ての人々を平気で利用して、何事も無かったかのように笑って。…悪魔以上に残酷な人に見えた。

人のことを言えるほどゼオンは優しい人ではないが何故だか腹が立った。

するとペルシアがオズに言った。


「どういうことですの?キラは大丈夫ですの?」


『キラ自身はな…周りの被害はでかいやろうけど。 早く止めたいんやけど、生憎俺は攻撃魔法使用禁止なんや。』


心配そうな口調がわざとらしい。するとティーナが荒い口調で言う。


「…あんたたちのせいでしょ、なにそれ!

 あんたらが何考えてるか知らないけどね、あたしらあんたの手駒じゃないんだよ!好き勝手しておいて後始末はよろしくなんて冗談じゃない!」


ティーナの罵声は空に虚しく響く。

今回のことといい、前回のキラの記憶の件といい、作為的な部分が多すぎた。

キラやゼオン達がせっせと動き回る表舞台をひっくり返すと、オズやセイラが人形を思い通りに操ろうと火花を散らす舞台裏があるかと思うと腹が立つ。

ティーナの発言でオズは引き下がるような人ではなかった。静かに言った。


『キラは可哀想やな。自分から危険を冒してでもゼオンを助けようとしとるのに、当の本人に見捨てられるとはな。

 じゃあ好きにしたらええ。逃げるなりなんなり勝手にしろ。』


そう言うと、ホロの目が元に戻り、映像も音声も消えてなくなった。

こうなったのは誰のせいだよ…と怒鳴る暇は無かった。

風の音がよく聞こえるようになった。訪れたのは沈黙だった。

ゼオンは村のはずれの空を見た。どす黒い雲は一向に晴れる気配はなかった。

最初に舌打ちして腹立たしげに口を開いたのは意外にもロイドだった。


「ったく、これだからあれは…! だから嫌なんだよあいつ…!」


ぴりぴりとした嫌悪感が伝わってきた。

いつもニコニコ笑っているロイドの顔が怒りで歪んでいた。

リーゼが言う。


「ロイド、落ち着いて。」


「あんたは甘すぎだよ。ムカつかねえの? ペルシアも、いい加減あいつの肩持つの止めろよ。

 わかってるだろ?あいつ絶対こうなるってわかってたはずだ。けど止めなかったんだよ。」


ペルシアは俯いたまま答えなかった。

何かをこらえているような悲しげな表情のままだった。けれど、急に顔をあげて振り返ってはねつけるように怒鳴った。


「そんなんじゃないですわ!そんな人じゃ…ない…!」


今にも泣き出しそうな顔をしてホロから目を逸らす。隣にいたティーナが少し不愉快そうな顔をした。

なぜペルシアが目の前の事実から目を背けてまでオズを庇いたがるのかはわからない。だが、ペルシアのこの態度の裏には一種の我欲が隠れているように見えた。

ペルシアは無理矢理話を逸らすようにゼオンの顔を見た。そして頼んできた。


「お願いしますわ、ゼオン!キラを助けてください!

 貴方強いんでしょう?だからオズは貴方を選んだのでしょう?」


目の前でそう叫ぶペルシアの前にティーナが立ちはだかった。

ペルシアの心中を見透かすように、冷たい鎌を突きつけた。


「あんた、強引すぎる。自分勝手。偽善者ごっこになんて付き合ってられないんだけど。」


「キラを止めなきゃならないのは事実ですわ!」


その場にいた全員が言い返せなかった。その通りだった。yesか、noか。ゼオンはどちらかを選ばなければいけない。

キラを止めてもディオンに赦されるわけじゃないのだ。それに今は村から逃げ出す絶好のチャンスでもある。

けれど今ゼオンが逃げ出したら、きっと七年前と同じことになるのだろう。

村は焼け、死傷者だって出るだろう。


「どうするの?」


ルルカがこちらを見て尋ねた。

感情的な面でもそうでない面でもこの村に居たいと思う気持ちが無いわけではなかった。

それに、多分オズとセイラは杖に関してゼオンの知らないことを確実に知っている。

けど国に捕まったらおしまいなのも事実だ。あと、バックグラウンドに確実にオズとセイラがいることが気に食わない。

答えを出せずに黙り込んでいた時、リーゼが言った。


「ゼオン君さ、お兄さんとちゃんと話した?理解してもらえるように説明した?」


思いの外その言葉は深く刺さった。やはり、この人は馬鹿じゃないなとゼオンは思った。

そして、剣を握りしめ仕方なく言った。


「…わかったよ、行けばいいんだろ行けば。」


オズの思惑通りというのが少しだけ悔しかったが後悔は無かった。

人殺しは自分だけで十分だ。もし国に捕まりそうになったら人質でも取って逃げようか。

キラに言ったらまた相変わらず性格が悪いと言われそうだなと思った。

ゼオンはティーナとルルカを見た。


「お前らはどうする?」


「…ゼオンが行くって言うなら行くしかないでしょ?」


「じゃあ私も行こうかしら。本当は私は貴方が村に残ってくれた方が都合がいいのよね。

 私は、反乱のことが少し気になるから。」


やはりそうだったのかと思った。

キラの記憶の話の時から、やたらウィゼート国王のことにこだわるなと思ってはいた。


「じゃあどうしてこっち側についたんだ?」


「…裏切るだけの度胸が無かった、それだけの話よ。」


少し寂しげに曇った空を見つめながらルルカは言った。

話がまとまったところで、ペルシアは少し険しい表情で村のはずれの空を見た。


「嫌ですわね…。お祖父様に知らせた方がいいかしら。」


「お前が気づいたならあの爺さんも気づいてるだろ。

 むしろ怪我人が出ないように人を近づけないように言っておいてくれるか?」


「確かにそうですわね、わかりましたわ。さあ、ロイド行きますわよ!」


「え、はぁ?なんで俺?」


突然名前を呼ばれたロイドは慌てて声をあげたがペルシアは全く聞かなかった。

相変わらず突飛なことを言う人だ。続けてリーゼに言った。


「リーゼはゼオンがすっぽかさないか見張っておいてくださる?

 じゃあごきげんようー。」


「え、えええええ?」


リーゼはロイド以上に慌てた様子だった。俯いたり目をきょろきょろさせていた。

だがそうこうしている間にロイドとペルシアはもう立ち去ろうとするところで、結局リーゼが文句を言う時間などなかった。

そういえば…と一つ不思議に思ったことがあったのでゼオンは二人を呼び止めて尋ねた。


「ちょっと待て。」


「何ですの?」


「そういえばどうして村のはずれで騒ぎが起こったって時にお前らわざわざここに来たんだ?

 俺たちの居場所を知っていたのか?」


そう尋ねるとロイドとペルシアは顔を見合わせて言った。


「私たち貴方を探していたんですけど…ほら、あの人…ショコラ・ブラックさん。

 あの人が教えてくれましたの。貴方がここに居るってね。」


ゼオンは言葉が出なかった。ティーナとルルカはショコラ・ブラックを殆ど知らないから大した反応は見せなかったがゼオンには違った。

どうしてあの人がそんなことを知っているのか。どうしてペルシア達にそれを教えたのかわからない。あの人は無関係の人のはずなのに。

「最近冴えてませんねぇ」というセイラの言葉が蘇る。そのとおりだ。

ゼオンはようやく、バックグラウンドにいるのはオズとセイラだけではないかもしれないと疑った。




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