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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第25話

清々しい青空。広い草原を駆けてゆく。

鳥の声がキラを急かすように鳴き、暖かい…というよりむしろ熱い風が吹く。もう夏だなと思った。

空がこんなに明るいのに、じめじめしたお別れなんてしたくない。

そう心の中で呟きながらキラは走る。通りを駆け抜け、何人もの人を追い越していく。

右手にあの黄色い宝石の杖を握り、キラは図書館へと急いだ。ディオンとは午後2時に図書館で待ち合わせることにしたのだった。

図書館にたどり着くとすぐに扉を開けて中へ駆け込む。

中に入るとすぐにシャドウとレティタがキラのところまで飛んできた。


「キラ、オズから聞いたぜ。ほんとに大丈夫かよ?」


「危ないわよ、止めた方がいいって。」


二人は心配そうな顔をしたがキラは少し笑いかけた後に構わずに奥に進んだ。

どうしても、このまま黙って大人しくしているわけにはいかなかった。ゼオンにこのまま村を去ってほしくはなかった。

ゼオンが事件を起こした時の状況を再現するのが危険なことはわかっているが、それでもそれが自分にできることは全てやりたかった。


「遅かったな。」


「やっと来ましたね。ちゃんと杖は持ってきましたか?」


奥に進むとオズとセイラがいた。二人は呑気に座ってお茶なんか飲んでいた。セイラに至ってはお茶どころかジュースだ。

「ちゃんと持ってきたよ」と、キラは例の杖を得意気にセイラに見せた。セイラはなぜか面白おかしいものを見るようにクスクス笑った。

オズが珍しく少しだけ心配そうに言った。


「ほんとにやるんやな?」


「うん。もう決めたから。」


キラはそう言って笑った。オズはため息をついたがすぐに笑って言った。


「…なら、手を貸さずにはいられへんな。」


セイラはまたクスクス笑った。

オズがチラリと近くにいたルイーネに視線を移した。ルイーネが首をふる。どういう意味かはキラにはわからなかった。

その時、再び後ろのドアが開いた。来るべき人物が来た。

相変わらず服装にしても立ち振る舞いにしても立派だ。クロード家当主、ディオン・G・クロードが中に入ってくる。

それともう一人入ってきた人物がいた。黒髪の少女がディオンの後ろから顔を出してキラに微笑みかけた。…ショコラ・ホワイトだった。

キラは驚いて声をあげる。


「えええ!なんでここに!?」


「…悪い、この子がどうしてもついて行くと言って聞かなかったんだ。」


「ふふ、なんか楽しそうだから来ちゃった。」


ホワイトはそう言って微笑んだ。

「全然楽しいことじゃありません」なんて言えないくらいの素敵な笑顔だった。

キラは「これが天然ってやつか」とホワイトの笑顔を見ながら思った。

それから気を取り直してディオンに言った。


「これから、この杖に人を暴走させる力があることを証明してみせます。

 そしたら、ゼオンがあの日事件を自分の意志で起こしたわけではない可能性があることがわかると思います。」


「…それを証明するんじゃなかったのか?」


キラはそれを聞いてぐっと言葉に詰まった。だがすぐに言った。


「だって、考えてみたらその事件に全く無関係のあたしがそんなことわかるわけないし、わからないのに証明できるわけないです。多分無理矢理証明しようとしたって意味がないです。

 でも、だからってあいつが高笑いしながら人を殺したってのが本心だと思わないし思いたくないんです。

 だから可能性だけでも証明します。そして、もう一度考え直してほしいんです。」


キラはまっすぐディオンを見た。ディオンも鋭いがまっすぐな目でキラを見る。

しばらくの沈黙。時計の音が聞こえるくらいの静かな時間だった。

そしてディオンが答えた。


「…いいだろう。」


「…ありがとうございます。」


キラは頭を下げてお辞儀した。オズもセイラも、舞台袖から役者を見守るように少し離れた所から二人を見ていた。

ただ、ホワイトはその様子を見ると、首を傾げて言った。


「でも、たしかゼオン君がもういなくなったって騒いでたわよ?」


「え!?」


キラもディオンもホワイトを見た。


「ほら、キラちゃんの友達のリーゼちゃんとペルシアちゃん、あの二人ゼオン君がいなくなったって大騒ぎしてたわ。」


「でも、私ゼオンさん見ましたよ?まだ村にいると思いますけど。

 そのうち出てくるんじゃないですか?」


セイラが言った。「そうなの?」と少し安心したようにホワイトが聞き返した。

キラだけではなくディオンも少し安心したようだった。オズだけがなぜか苦笑していた。

ディオンが言った。


「ならよかった。あいつにまた逃げられるわけにはいかないからな。

 それで、証明するって一体どうする気だ?」


「それはこっちの仕事やな。とりあえず外に出よか。図書館破壊されても困るしな。」


そう言うとキラとオズとセイラの三人は扉を開けて外に出ていった。

その言葉を聞いたディオンの表情が青ざめる。

三人はディオンに構わずに出ていく。これから何が起こるのか、ディオンはようやく察したらしかった。


「まさか…七年前と同じようにする気か?実際にその子を暴走させる気か?」


オズとセイラが笑って言った。


「今更何言うてんねん。当たり前やろ。」


「頑固な方でもそれなら一発でわかっていただけるでしょうしね?」


「証明できたらちゃんと止めるから大丈夫やて。」


ディオンが青ざめていくのにキラは気づかなかった。

そのまま図書館を出て、できるだけ人気の無い場所へと向かう。

キラ達は村のはずれの草原に出た。

村の建物がはるか遠くに見える。森からもかなり離れているのでここなら大きな騒ぎになっても村にも森にも大きな影響は無いはずだ。

キラは辺りを見回す。周りにはキラ達以外誰もいない。ここなら人に影響もないし、誰かが近づいてきたらすぐにわかるはず。

あと考えるべきなのはキラ自身の身の安全。それはオズとセイラがいるからなんとかなるはずだ。

ディオンが心配そうにキラに言った。


「おい、大丈夫なのか?」


「あれ、心配しちゃうんですか?」


「当たり前だ。俺たちのことで無関係のお前に何かあったら…その、申し訳ないだろ。」


「やっぱり、お兄さんいい人ですね。」


キラがそう言って笑うと、少し照れくさかったのかディオンがぷいとそっぽを向いた。こういう所はゼオンと少し似ているかもしれない。

キラは杖をしっかりと握りしめて様子を確認する。異常は特にない。大丈夫だ。

キラはオズを見て頷いた。オズがそれを確認してからセイラに言う。


「お前は大丈夫やろな?」


脅すような目つきだったが、セイラはそれに怯えることはなかった。


「オズさんに言われる筋合いはありませんね。大丈夫ですよ。…そういうモノなんですから。」


セイラは少し機嫌を損ねたようでムッとした表情で答えた。そんなに怒らなくてもいいことなのになとキラは思った。

オズはキラもセイラも準備が整ったのを確認してからキラに言った。


「キラ、準備はええな?…いくで。」


キラは頷く。深呼吸をして目をつぶった。

オズが指をパチンと鳴らすとキラのすぐ下に紅い魔法陣が現れた。

考えてみるとオズが真面目に魔法を使うのを見るのは久しぶりだ。

そんなことを考えていると、紅い魔法陣が強く輝き始めた。そしてオズが呪文を唱え始めた。


「この世を壊す紅き瞳の女神よ…緋色の力を貸したまえ…」


紅い光がキラを包み込んでいく。光のせいで目の前の草原だの空だのといった景色がかすれだす。

光が強くなるたびに何か強い力がキラの中に流れ込んでくるような気がした。

まだ大丈夫、自己制御が利かなくなるような状態ではない。


「選ばれし者に祝福を…闇より生まれし力よ…」


その時、急に杖の持ち手が熱くなり始めた。

なせだかわからない。だが杖はどんどん熱くなる。そして何だか頭が痛くなってきた。

キラは頭を抑えてうずくまる。だが魔法陣の光が強すぎてオズ達はキラがうずくまっていることに気づいていないらしかった。

記憶が戻った時の頭痛とは全く違う。自らが苦痛を訴えているような痛みじゃない。

自我を何者かが追い出していくような麻痺させていくような強烈な痛みだった。

痛みで意識がぼやけていく。手足の感覚が抜けていく感じがした。

薄れていく意識の中で思った。これが、七年前の事実だと…


「…蒼を制する深き紅!リュミエール・ルージュ!」


オズの声が響き、呪文が終わり、紅の光の強さが最高潮に達した時だった。

意識がはっきりしていなかったのだがぼやけていく視界の真ん中に、キラの杖先があるのが見えた。

キラはいつの間にか杖を構えていて、自分が聞いたこともない呪文を唱えていた。

杖を下ろそうとしても下ろせない。呪文を唱えるのを止めようとしても止められなかった。


「闇より生まれし黒き雷よ…我に力を与えたまえ…」


このままじゃいけない。麻痺した感覚を取り戻そうと必死で手を動かそうとする。

だが、それを遮るように強い頭痛がキラを襲う。

そして、誰かの声がした。


『残念だけど、あんたみたいな小娘を抑えきれないくらいの雑魚じゃないのよ。

 ちょっと眠っててよね、魔女っ子さん。』


催眠術でもかけられたように急に次から次へと感覚が抜けた。

その声と共にキラの意識はさらに遠のいていく。

眠るように消えるように感覚が失われていく。


「滅べ魂、黒の雷よ!ノアール・ランポ!」


突然空が暗くなり、どす黒い雲が集まり始めた。パチパチと雲が音をたてる。

そして雲が光り、キラの魔法とは思えないくらいの雷が草原に落ちてきた。

もう止まらない。後悔することさえできない。何かを思うことができる位の自我なんて今のキラにはもう無かった。




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