第5章:第22話
「オズはあの杖のこと何か知ってるの?
知ってるんだったらどうやったらあの杖で人が暴走するのか教えて!」
キラがそう言った途端に周りの三人が一瞬言葉を失った。キラはその理由を全く理解しないままオズを見ている。
キラがしようとしていることがどんなに危険なことかはわかっているつもりだった。本当にあの杖に他人を暴走させる力があるのか、信用できないのならば目の前で証明すればいい。そうでもしなければゼオンは本当に村を去るか、国に捕まるかしかなくなるだろう。
誤解が解けないままそんな結末になるなんてキラは嫌だった。多少の危険を伴っても誤解を解きたいと思った。
伝わらなかったことは無かったのと同じ。…なら伝えてやればいい。キラはオズを睨むように見た。
前にゼオンが言っていた。オズは絶対にあの杖について何か知っていると思うと。キラはなんとしてもそれを聞き出すつもりだった。するとルルカが言った。
「貴女…自分が何を言っているのかわかっているの?そもそもそんなことが本当かどうかも…」
「だから証明するんだよ。」
「…仮に本当だったとしても、私達はこの杖について何ひとつわかっていないのよ?どういう条件でそんなことが起きるかもわからないのに証明なんてできるわけがないわ。
それにそれで証明ができたとして、その後はどうするの?どうやって暴走した貴女を止めるというの?」
「それは……」
キラは口ごもった。そこまで考えていなかった。
キラはオズとセイラを見た。この二人に話を聞けばどうにかなるものだと思っていた。だが確かにルルカの言うとおりだ。
たとえこの二人が何か知っていて、証明ができたとしても、暴走したキラ自身を止めることができなければゼオンと同じことを繰り返すだけだ。
答えられず、俯きかけた時だった。
「大丈夫です、私がなんとかしますよ。」
セイラの声だった。キラは顔を上げた。セイラは横目でオズの方を見ながら言った。
「キラさんの暴走が止まらなかった時は私がなんとかしましょう。もし私だけの力ではどうにもならなかった時は、オズさんに協力してもらえばきっとなんとかなると思いますよ。」
セイラは更に続けた。
「次に事件がゼオンさんの意志で起こったのかどうかの証明ですが、あれはどうにかなりますよ。…オズさんの力を借りれば。
オズさんに魔法を強化させる呪文を杖を持ったキラさんにかければ、あの杖の力が強くなります。制御不能になるくらいに杖の力が強くなれば…暴走…本当は乗っ取られるが正しいのですが…まあ、とにかく証明できると思います。」
「本当? なら協力してくれる!?」
キラが身を乗り出して迫るとセイラはにっこり笑った。
「アイスでもおごってくだされば。」
「おごるおごる!」
キラは目を輝かせて飛び跳ねた。だがルルカとオズの表情は晴れやかではない。
オズは鋭く言った。
「お前ら、それじゃ証明できてへん。
それやと証明できるのは、ゼオンがあの杖のせいで事件を起こした『可能性』だけや。実際にその時その場所でゼオンが杖の力の影響を受けたかは証明できへん。
それが証明できへんかったら意味はない。ちゃうか?」
「『可能性』だけで十分ではないですか?その『可能性』が生まれてディオンさんがもし納得すれば、ゼオンさんが起こした事件を再調査に持ち込むことも可能ではないかと思うのですが。ディオンさん権力ありますし。」
「再調査やったら…尚更ゼオンが国に連行される可能性は高いと思うで。」
「あら、オズさんのような方がそんなことを言うとは思いませんでした。…大丈夫ですよ。」
セイラはどこか確信めいた様子でクスクス笑う。そしてオズの目を見た。口元は笑っていたが目元は笑っていなかった。
協力的なセイラと比べて、オズの目つきは優しくない。二人が何を考えているかはキラにはわからなかった。
しばらくしてオズがため息をついた。するとそれを何かの合図とするかのように、セイラが言った。
「私もゼオンさんが居なくなると都合が悪いので協力しますよ。オズさんはどうします?」
「…しゃーないなぁ…。」
オズはあまり乗り気ではないようだったが、仕方ないといった様子で答えた。ルルカだけは肯定も否定もせずに険しい顔で様子を見つめるだけだった。
キラは少しだけ頼もしく思った。この二人が協力してくれる。あとは、明日実行するだけ。
キラは少しだけ笑ってセイラに言った。
「ありがとう!じゃあ明日また来るよ。お願いね!」
キラは笑ってそう言うと手を振りながら図書館を出ていった。
オズとルルカの険しい表情、そしてキラが去った後のセイラの笑いにはキラは全く気づかなかった。ただ親切で協力してくれるものだと信じていた。
夕焼けの向こうに待つ暗闇の存在に気づいていないのはキラだけだった。
もしかしたらその場にいたのがキラではなくゼオンだったら、気づいたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
キラが立ち去った後の図書館はまた静かになった。時計の針の小さな音が響く。
オズはその沈黙を保っておく気はなかった。セイラを睨みながら言う。
「随分強引に話すすめたなぁ?」
「仕方がないでしょう。私だってまさかキラさんが自分から実験台になろうとするとは思わなかったんですから。」
そう言うがセイラはクスクス笑い続けるだけだった。オズは険しい表情を緩めない。セイラが言い出したことに納得してはいなかった。
何故ならキラがあの杖の影響でかつてゼオンが起こしたようなことをしだしたとして、もしセイラの力でキラを止めることができなくても立場上オズにはキラを止めることができないからだ。
オズは村側から攻撃魔法を使用することを禁じられていた。この間ティーナに使ったような相手を傷つけない拘束魔術ですら使ったことがばれると睨まれるくらいだ。
きっと暴れだしたキラを止めるには、指をパチンと鳴らして気絶させれば十分だろう。だがそオズがそうすることは許されていなかった。オズがキラを止める……そんなことはできない。多分セイラもそのことは知っているはずだ。
オズの立場を考慮する気はないのかもしれない。最初からそんな期待はしていなかったが。
オズはため息をついた。キラもキラだ。もう少し自分の身の安全を考えることはできないのか。
ミラとイクスの娘だし、一応オズも命に関わるような危険な目には合わせたくないと思ってはいるのだからもう少し危ない動きはしないでほしいのだが。
仕方がない。オズの方から手を打てばいい。
「お前、俺が攻撃魔法使うの禁止されてるの知っとるやろ? 俺がキラを魔法で気絶させるなんてできへんで?」
「わかっていますよ。そこのところはちゃんと考慮するつもりです。」
オズは少し驚いた。セイラがそう言うとは思わなかった。騙したり陥れる気で言っているわけではなさそうだ。
やはりセイラは昔とどこか違った。理由は気になるが、まあその話は今はいい。
セイラに考慮する気があるのなら、あとはオズの代わりにキラを止める駒を動かすだけだ。
オズはわざわざ大声で文句を言った。
「それにしてもお前、あんまキラをこき使うの止めてくれへん?またババアに睨まれるんやけど。」
「あら、最初にキラさんを動かすと言ったのはオズさんじゃないですか。」
「そら、キラの話なら大抵の奴は耳貸すからや。俺はキラをいきなり実験台にする気はなかったで?」
「ほんと嘘吐きですね。実験台にする可能性を全く考えてなかったわけ無いでしょう?」
「そら、後々実験台は誰か必要かなとは考えとったけど。けどなぁ…」
「私だっていきなりこうなるとは思ってませんでしたよ。何て言って説得させればいいか吹き込んでおくべきでしたかね?」
「せやなぁ…」
その時だった。標的がこちらを見て口を開いた。オズは心の中で笑った。かかった…と。
「二人とも、それは私がいることをわかった上で言っているのかしら?
…いつから貴方達組んだのよ。」
ルルカの目は険しい。背筋をピンと伸ばし、腕に力が入っているのがわかった。
だがもう手遅れだ。標的はもうオズとセイラの手からは逃げられないだろう。
セイラの目が少し笑うのが見えた。オズは爽やかな作り笑いで言った。
「何言うてんねん。俺らは昔っから仲良しこよしやで? なーセイラぁー?」
「ですよねー。ほのぼの仲良しコンビですよねぇー?」
「せやなあ、あはははー。」
「うふふふー。クスクス…」
「止めてよ気色悪い。」
ルルカはぴしゃりと言い放つとセイラが真面目な顔に戻って言った。
「確かに。吐き気がしますね。」
それはこっちの台詞だ。ルルカは少しも笑わずに言った。
「いいのかしら?あんな話を堂々と話して。」
ルルカの顔つきが年頃の少女から一人の逃亡者へと変わる。綺麗な瞳は刃物のような輝きを放っていた。
「ええ、いいに決まってますよね?」
セイラは小馬鹿にするように言って、オズを見る。オズの意図は了解した…とでも言っているようだった。
それを見たオズはまた不気味に笑った。
「決まっとるやろ。…お前『達』に邪魔してもらいたくて言っとるんやから。」
オズがそう言った途端、セイラが突然短い呪文を唱えたかと思うと急にルルカの居る場所に蒼い魔法陣が現れた。ルルカはすぐに杖を取り出そうとしたがセイラの魔法の方が一足早くて魔法陣から放たれた光線が杖を弾く。
ルルカは魔法陣から抜け出そうとしたがそこでしくじるほどセイラは間抜けではない。魔法陣の光はあっという間にルルカを包み込む。ルルカは急に力が抜けたかのようにその場に座り込んでしまった。
鬼のような目がこちらを見ている。だが立ち上がることはできない。オズもセイラも楽しそうに笑うだけ。
動くことすらできないか弱いお姫様に睨まれたところで鳥肌なんて立ちやしなかった。
「ゼオンとティーナに今お前が知ったことを伝えてくれへん?…それと、出発は明日以降にしろって言っといてくれ。」
上からルルカを見下ろし、犬に物を教えるような調子で言った。ルルカは未だギラギラとこちらを睨みつけたままだ。
「全く…馴れ合いはしないつもりだったのに……いざ、こういうことになると腹が立つものね…。 …嫌と言ったら?」
セイラが手を振ると魔法陣の光が強くなり、更にルルカは苦しそうにうなだれた。セイラが嘲り笑いながら言った。
「いいんですか?もしゼオンさん達がいなくなったら、サラ・ルピアに『サバトさま』が殺されますよ?」
ルルカの表情が凍りつく。火花の散らない争いが激しくなっていく。静かな争いが大きな爆発を生む時も近い。
さあ、後は待てば準備は整う。そう思い、オズは笑った。