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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第21話

急げ。そう思いながら走る。ペルシアとリーゼを置いてきてしまったことなんてすっかり忘れていた。

ペルシアとリーゼを完全に置き去りにしてキラは全速力で再びペルシアの家へと駆け込んだ。

ベルも鳴らさずに駆け込んできたキラを見た使用人たちは呆気にとられたような表情をしていたがキラは構わずに階段を駆け上がった。

たしか客間は三階。ペルシアの家には前も来たことがあるからわかる。

そして三階に着いた時だった。背の高い青年と鉢合わせした。…ディオンだった。


「…またか。何の用だ?」


「ディオンさん!ゼオンはあの事件を自分の意志で起こしたわけじゃありません!」


キラは訴えるように言った。だがディオンがそう簡単に信用するはずがなかった。

眉間にしわがより、表情が険しくなる。ディオンは低い声で言った。


「それはあいつが言ったのか?」


「はい、認めました。」


「…だったら尚更信用できないな。」


「そんな…どうしてですか?」


吐き捨てるように言うディオンにキラは言う。馬鹿なキラには何故だかわからなかった。

ディオンは厳しく言った。


「あいつが自分の意志でやったわけではないって証拠がどこにある?

 それにあいつの意志でなかったというなら一体誰の意志だったというんだ?」


「ゼオンが持っているあの杖です!あの杖がゼオンを暴走させたんです!」


「その証拠は?」


キラは答えられず口をつぐんだ。ディオンの言うとおり、こちらに証明できるものは何もない。

けれどキラは確信していた。ゼオンは絶対自分の意志であんなことはしない。したとしたら絶対に何か理由がある。

ゼオンは冷静で頭もいい。クロード家をいくら憎んでいたとしても、虐殺して問題が解決するわけではない。

ゼオンなら気づいたはずだ。キラと違っていつも冷静で鋭いから。どうしたら伝わる?どうしたらわかってもらえる?

考えていたが答えは出ず、時間だけが過ぎていく。しばらくしてディオンが見限るようにキラに背を向けてその場を去ろうとした。

その時、後ろから声が聞こえた。


「ディオンさん、お久しぶりです!」


キラのよく知っている声だった。振り返るとそこにはショコラ・ホワイトが微笑んでいてその後ろにショコラ・ブラックがいた。

キラは首筋を傾げた。どうしてホワイトがディオンを知っているのだろう。

すると驚いた様子でディオンが言う。


「君…たしかヴィオレで会ったショコラさんか?どうしたんだこんなところで!」


「この村の学校に入ったんで引っ越して来たんです。」


「この村の…?何でわざわざこの村に?

 君はヴィオレ出身だろ。君の実力ならデーヴィアの首都の学校にも行けたはずなのに、どうしてわざわざウィゼートの最果ての村の学校にしたんだ?」


「なんとなく、ここにしなくちゃいけない気がしたんですよ。」


そう言って曇りのない顔で笑った。

ディオンは納得いかないようだったがそれ以上は言及しなかった。

どうやら二人は以前から知り合いだったらしかった。ホワイトはキラを見て、ディオンを見て、この状況を知って首を傾げた。そして再びディオンに言った。


「ところでどうかしたんですか?」


「君を巻き込むようなことじゃない。」


「あら、どうして?」


ホワイトはきょとんとして言った。どうやらゼオンのことで何があったのか、ホワイトは何も知らないらしかった。

するとショコラ・ブラックがため息をついて言った。


「あんた馬鹿だね。このディオンって人があのゼオンって奴の本国引き渡しを要求したんだよ。

 見た感じ、そこの怪力魔女が止めさせようと説得してるって感じでしょ。」


「……キラ・ルピアです…。」


「へえ、よく知っていたわね。」


「……噂で聞いたんだよ。」


「ふぅん、ショコラに噂が伝わるような人脈あったんだ…。」


「…今さり気なく酷いこと言わなかった?」


ブラックは少し不満そうな顔をした。知っていたのなら仕方ないとでも言うようにディオンはまたため息をついた。

改めてキラを見た。鋭い目つきが戻ってくる。ディオンははねのけるように言った。


「話を戻そう。何度も言うようだが俺はあいつが信用できない。

 本国引き渡しの要求は取り消せないな。」


「あいつは絶対自分の意志であんな事件起こしません!」


「俺はこの目であいつが姉さんを斬るさまを見た!迷いもなく高笑いして……。

 そんなこと信用できるわけがない!それが正しいっていう証拠があるのか?

 そもそも、あいつの杖にそんな力があるかどうかすらわからないだろ。」


「…わかりません、けど…!」


二人が怒鳴りあう様子をホワイトとブラックは黙って傍観していた。

だがやがてちらりと一度キラが手に何も持っていないのを見てから、ブラックが言った。


「全く…どっちも馬鹿馬鹿しいね。」


「…何だと?」


ディオンがブラックを睨む。ブラックは怯まず続けた。


「証拠がないのはそっちも同じだろ?

 確かにあのゼオンって奴が自分の意志で起こしたわけじゃないって証拠はないけど、あれが自分の意志でやったって証拠もないんじゃないのかい?

 そもそも、あのゼオンってのがやったって本当かどうかすら怪しいもんだね。」


「俺はこの目であいつが事件を起こすのを見た!」


「…だから、それが証拠にならないって言ってるんだよ。

 人はいくらだって嘘をつく。人の目も同じくね。同じ場面を見たって受け取り方は人によって違うんだ。

 あんたの目が正しい保証なんてない。もちろん、この魔女が言っていることが正しいって保証もね。」


キラもディオンも言い返せずに黙り込んだ。

ブラックの言う通りだった。一人の人の言ったことや見たことを絶対の証拠として扱うのは無理だ。

けれど、ゼオンが自分の意志で事件を起こしたかどうかなんて物などの具体的な証拠でわかることじゃない。

ゼオンは絶対自分の意志で事件を起こしたわけではない。きっとあの杖のせい。

けれどあの杖にそういう力があるとわかってもらうにはどうしたらいいだろう。

キラは考えこんだ。そしてキラの中に一つの考えが浮かんだ。


「なら、保証があればいいんですね?」


ディオンとブラックがこちらを見た。


「誰の考えが正しかったか…それがわかればいいんですね?」


キラの目にはいつもより何か強い意志があった。ディオンが答えた。


「…できるならな。」


「なら、明日証明してみせます。それまで引き渡しは待ってください。」


そう言ってキラは階段を飛び越え、ペルシアの家を出ていった。向かう所はもう決まっている。キラは全速力で走っていった。

ディオンは呆れたような表情でその姿を見送った。

ブラックが呟いた。


「やれやれ…ややこしいな…。」


「あっ、そういえばディオンさん。訊きたいことがあるんですがちょっといいですか?」


ホワイトが急に何か思い出したようにディオンに尋ねた。

ディオンが頷くと笑顔のままで言った。


「クローディアさんとゼオン君の関係についてお尋ねしたいんですが…」



◇ ◇ ◇



「オズ!オズいない!?」


キラは図書館に駆け込むと叫んだ。だがキラの声がだだっ広い図書館内にこだまするだけで返事はない。キラはずかずかと中に入り込んだ。

どうやら小悪魔達が今は居ないらしく、普段聞こえる騒がしい声が今日はしなかった。館内に響く自分の足音が問いかける。「今自分が考えることを実行する覚悟はある?」と。

うん、と心の中で頷き、キラは歩いていく。だがいつも居るはずのオズの姿が見当たらない。

その時本棚の間からルルカが顔を出した。サラを問い詰めに行った時のことがあるのでキラは少しだけぷいと顔を背けた。


「失礼ね。」


「なんでルルカがここにいるわけ?」


「まあ、偵察…といったところね。」


キラは少し首を傾げたが、ここに来た理由を思い出して先に進んだ。

奥にいたのはセイラだけだった。オレンジジュースとバニラアイスで愉快なおやつタイム…といった様子だったがこっちはそれどころではない。

キラは机を叩いてセイラに言った。


「セイラ、オズはどこ!?」


「うるさい人ですね。全く、せっかくアイス中だったのに……。オズさんなら奥の部屋……あ、来ました。」


奥の部屋への扉が開いてオズがやってきた。キラはオズを見つけるなり駆け寄って言った。


「ねえオズ、どうやったらあの杖の力で人が暴走するか知ってる!?知ってるなら教えて!」


「何や突然…そんなことしてどないするん?」


キラは一瞬答えるのをためらった。だが、思い切って言った。


「あたしがあの杖の力で暴走する。それで、あの事件がゼオンの意志で起こしたわけじゃないって証明する。」



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