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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第20話

「ゼオン、これからどうする?」


ティーナが訊く。ゼオンは俯いた。

ディオンがゼオンの話に耳を貸すはずがない。炎の中で光ったディオンの目を忘れるはずがなかった。

あの事件は自分の意志で起こしたわけではない。そんなことをディオンに言ったところで、ディオンには「無差別殺人鬼が言い逃れをしようとしている。」ようにしか見えないだろう。

たとえゼオンの言うことがどんなに正しかったとしても耳を貸してもらえなければ意味がない。


「村を出るしか…ないだろうな。」


話を聞いてもらえないのに和解などできる訳がない。なら逃げるしかない。そう思った時だった。


「待ってよ!」


来てほしくない人だった。ゼオンとティーナ、そしてさりげなくその場にいたロイドも振り返る。

やっぱり、とため息をついた。キラ、リーゼ、ペルシアの三人がいた。そんなに必死で走ってきたのだろうか。

三人とも疲れた様子で、ゼオンを引き止めたくせに話し始めるまでに少し時間がかかった。

キラは息を切らしながらゼオンに怒鳴った。


「勝手に決めないでよ! ディオンさんから事件の話は聞いたよ。

 けどさ、あたしはあんたがそんな事件起こすとは思えない。あんた本当に自分の意志でそんな事件起こしたの?」


ゼオンはまたため息をついた。ディオンに話を聞きに行けなんて言い出したのは絶対にオズだ。

サラの策の妨害のために利用したのだろう。キラは鈍くて、オズにとってこの上なく利用しやすいに違いない。

どうして自分が利用されていると気づかないのだろうか。他人を疑うことを知らないのだろうか。

そりゃあ疑う必要なんてないだろうなとゼオンは思った。キラを蔑む人なんて見たことがない。

キラは誰からも愛され、守られ、好かれる人であり、それだけ慕われるに相応しい優しさと明るさを持った人だから。

関わってきてほしくなかった。キラを見ていると自分が嫌になる。

無駄に目ざとくて、蔑まれて、笑えなかった自分と、鈍くて、誰からも慕われていて、いつでも笑っているキラとの差を思い知らされるようで。


「俺に関わるなって言ったはずだろ。無関係のくせにしゃしゃり出るな。邪魔なんだよ。」


「嫌だね、納得いかない!あんた本当にそれでいいの!?」


別にいい、とは答えられなかった。

誤解されたままでいいわけがない。だがよくないと素直に言うこともできなかった。


「…俺はまだ国に捕まるわけにはいかないんだよ。」


「どうして?」


今のは失言だったな。ゼオンは思った。

別に隠すようなことでもない。だがそれを言ったらあの事件が自分の意志で起こしたものではないと言わなければならない。

…間違いなくキラを更に焚き付けるようなことになりかねなかった。


「お前には関係ねえって言ってるだろ。」


「言えないようなことなの?」


「言う必要がないだけだ。」


言えば絶対にキラは誤解を解こうとするだろう。それがオズの策だと気づかずに。

そこまでは気づくくせに、じゃあどうすればキラをその策にはまらせずに済むかはわからないところがもどかしい。

キラの記憶の件で思い知った。オズはキラには少し甘いが、目的のためにはキラさえ犠牲にしかねない。

あの時、ゼオンがもしキラの記憶の封印のことがキラにバレないように動いていれば、キラはあんなに落ち込むことはなかっただろう。

逆に言えば、ゼオンはキラがあんな目を見ずに記憶の封印のことを知ることができる方法があることに気づいていたのだ。

傷つけずに済んだはずの人を傷つけた時の後味は最悪だった。

まただ。またキラは傷つきに行こうとしている。オズの都合のいいお人形になろうとしている。

その様をゼオンに見せつけるところが太刀が悪い。オズの声で聞こえた気がした。また最悪の道を辿らせる気か?と。

もう動かないでほしい。いい加減気づけ。

あいつに踊らされた果てに待っているものはろくなものじゃない。

止めたいのに止められないのがもどかしかった。


「教えてよ。これじゃ誰も納得いかない!」


キラがそう言った時、ティーナがゼオンの前に出た。

そして突然杖を取り出すとそれをキラに突きつけた。普段と全く違う目つきでキラを睨む。


「…帰って。ゼオンは口には出さないけどね、これはキラの為なの。」


言っていることが変に当たっているのが気に食わなかったが、少しだけティーナに感謝した。

だがキラはそれでも退かずにこちらを見ていた。


「初めて会った時あんた言ってたよね。

 『あの杖には人を暴走させることがあるから気をつけろ。』って。

 あんた、あの杖にそんな力があるってどうして知ってたの?

 ひょっとして、あの事件はあんたが『杖』のせいで暴走して起こしたとか…そういうんじゃないの?」


思いがけない言葉だった。キラが自分でそこに気づくとは思えなかったから。もしかしたらリーゼかペルシアが何か言ったのかもしれないが。

もう誤魔化すなよ。そんな目でキラはゼオンを見ていた。真っ直ぐでバカ正直で、つい目をそらしたくなった。これだからこいつは嫌なんだ。

キラは言った。


「あんたは『人殺し』扱いのままでいいの?」


キラらしからぬ、ずしんと重みのある言葉だった。


「……いいわけないだろ。」


思わず唇が動いた。


「じゃあやっぱり…!」


食いつくようにキラが言う。失言二回。言い訳はもうきかないだろう。

だが諦めて詳細を話す気にもなれなかった。


「五月蝿い。とにかく俺に関わるな。…迷惑だ。」


そう言ってゼオンは背を向け、キラを無視して校舎へと逃げるように向かった。

後ろからキラが走り去る足音も聞こえた。きっとディオンを説得しに行くつもりなのだろう。

馬鹿だ。たとえゼオンの意志で起こした事件ではないとわかっても、ディオンが信用するわけがない。

自分の意志でやったわけではない。その真実がどんなに正しくても、認めて貰えなければ無かったのと同じ。

真実でさえ『嘘』に変えられてしまう。その『嘘』が『真実』と認識され、信じられ、ゼオンの意思も記憶も言い逃れの文句として破り捨てられていくのだろう。

真実とはきっと、そうして作られていくものなのだろう。キラにディオンが説得できるわけがない。

俯きながら歩いていると後ろからティーナとロイドがやってきた。

ティーナが言った。


「相変わらず素直じゃないなあ。ま、そこが素敵なんだけど。んで、結局村を出るの?」


「…ああ。今夜、村を出る。」


するとロイドが慌てて口を挟んだ。


「えー何だよ、寂しいな。そういうこと言うなよ。なあ、少しくらいキラ達に期待してみたら…」


「黙れ白髪。」


ゼオンははっきり言い放った。ティーナもロイドを睨む。

ロイドは頭を掻きながら苦笑した。


「じゃあせめて明日にしろよ。今夜はバーッと一杯…」


「未成年が酒飲むな。」


「じゃあ寮抜けて夜遊び…」


「そんなことするくらいならついでに村出る。」


その後もロイドは色々なことを言ったが結局ゼオンの意志を変えることはできず、ため息をついた。そんな時だった。正面から二人、誰かが歩いてきた。

女子生徒二人。ショコラ・ホワイトとショコラ・ブラックだった。

ゼオンの横にいたロイドが急に立ち止まった。何か緊張している様子だった。

なんだかロイドの様子が少しおかしかった。どうも耳と頬が少し赤くなり、キョロキョロ落ち着かない様子だ。

ホワイトはゼオン達を見つけるとすぐにこちらに走ってきた。ほわほわとしたのんびりした調子で言う。


「こんにちは。ねえ、今ディオン・G・クロードって人が来てるはずなんだけどどこにいるか知らないかしら?」


「…兄貴のこと知ってるのか?」


思わずゼオンは聞き返した。ティーナも驚いた様子だ。意外な繋がりだなと思った。こんな田舎の女子学生がなぜ中央の貴族のトップであるディオンを知っているのか不思議だった。

二人の驚きなどお構いなしにホワイトは言う。


「そうなの、ご挨拶しなくちゃって思って。ねえロイド君物知りよね?知らない?」


「えっ、あー…たっ、多分、村長の家にいると思いますよ。」


作り笑いは上出来だ。だが話し方から慌てっぷりがにじみ出ていた。

するとホワイトの隣にいるブラックがぼそりと呟いた。


「うざ……。」


ロイドには聞こえなかったのか、それとも無視したのか、ブラックに言った。


「そうだ、今夜こっそり寮抜けて四人で遊ばないすか?」


ティーナが文句を言おうとしたがロイドは突き飛ばして止めた。

ゼオンが口を挟もうとすると足を蹴飛ばされた。どうもさっきからゼオンが村を出るのを妨害したがるなと思った。

ブラックはしばらく呆れた様子でロイドを見た後に答えた。


「…あんた、馬鹿?」


「いいわねそれ!最近テスト勉強ばかりで遊んでなかったの!」


ホワイトが割り込んできた。模範優等生とは思えない発言だ。しかも期末テストはまだ終わってない。

ロイドはゼオンに無断で約束を取り付けると二人に言った。


「んじゃ、今夜寮の前でいいすか?」


「いいわよ。じゃあね!」


そうして二人は去っていってしまった。呑気に手を振っているロイドの背を二人で睨みつける。

すると急に気が抜けたようにロイドはため息をついた。ロイドは顔を真っ赤にして俯いていた。

やっぱり先ほどからどうもロイドの様子がおかしい。

ゼオンとティーナは顔を見合わせた。そういえば前にロイドの好きな人がいるかとかいう話が出た覚えがある。

そしてホワイトと話す時のロイドはどこかいつもと違った。ティーナはどういうことかわかったようでからかうように言った。


「はっはーん。さては白髪、恋ですな?あの黒髪の人に恋してますな?」


「う、うるさいな!くそ…なんでこのタイミングで来るかなぁ…」


「ひっひっひ、うまぁくゼオンを引き止めようとした気になってるかもしれないけど、残念だったねぇ。

 いいこと知っちゃったなあー言いふらしちゃおうかなあー。」


「う……勘弁してください。」


「うっひっひー、バラされたくなかったら大人しくしててよね。」


ティーナは意地悪く笑ってロイドを見た。

ホワイトとの約束なんて知るものか。構わず村を出ればいい話。ゼオンは寮へと戻っていく。

だが何か胸騒ぎがした。嫌な予感がした。急にキラのことを思い出した。

どうせ説得なんてできるわけがない。そうわかっていたが嫌な予感は消えなかった。



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