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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第18話


チッチッと時計の針の動く音が聞こえる。キラがいなくなって、図書館はまた静かになった。

椅子を動かす音、窓の外の音まで聞こえない。そういった生活音を普段かき消している声がしないというだけで、神経が研ぎ澄まされてくる。

オズはセイラを見据えた。こいつはキラとは違う。少し頭を使いながら話すべき。

再びこの部屋に緊張が走る。キラがいなくなった今、この部屋にいるのはオズとセイラの二人だけ。

セイラはしばらく入り口の方を見つめていたが、やがてため息をつくと蒼い瞳をこちらに向けた。

物音一つたてず、オズとセイラは対峙する。セイラは鋭い目でこちらを睨む。オズは薄く笑ったままセイラを見ていた。


「…お前、何がしたい?ゼオンとディオンが会うよう仕向けたかと思ったら今度はあの馬鹿を動かして。」


オズの口元が上がる。標的なんて一つしかない。


「決まっとるやろ、お前の反応を見るためやて。」


セイラは何も答えずにため息をついた。念を押すように言った。


「そんなことをしたところで意味はない。お前の目的はどうせあいつだろう。

 私はあいつの居場所なんて知らないと前も言ったはずだ。」


「意味はない…か。そうやろか?」


オズはまた笑った。意味はない。そんなわけがない。セイラの行動は矛盾だらけだ。

最初セイラはキラの杖を奪おうとした。オズからしてみればそれだけでも妙な話だ。

けれどその後セイラはキラの杖を奪おうという素振りすら見せない。もとからあの杖が目的ではなかったと思えるくらいに。

かと思ったら、ゼオンが村を出るかもしれないとなると妙に焦っているようだ。

もし杖を手に入れることが目的なら、村からゼオンが去ることはむしろチャンスであるはず。

ゼオンが逃亡するように仕向け、あの深い森に入ったところで誰にも見られずに杖を奪えばいいだけなのだから。

この矛盾に意味がない訳がない。そこをオズは狙っていた。

目的を果たすためにはまず現状を把握しなければならない。そして多分、セイラは確実に『現状』を知っている。


「…なあ、お前はゼオンが村から去ると都合悪いんか?」


「…だったらどうした。まあ、どっちかというとゼオンより杖だが。」


セイラはこういう時には妙に素直だ。嘘は無さそうだった。ふんとセイラはそっぽを向いて近くにある椅子に座った。

そして机の上に置いてあったチェス盤を見つめ、適等に駒を動かし出す。

黒のナイトをちょうど白のルークが取ろうとしている…そんな様子になったところでオズが口を開いた。


「…協力したろうか?」


セイラの手が止まった。一瞬驚いた様子で固まり、すぐに落ち着いて手を置く。

そして疑わしげにオズを睨みつけた。


「…胡散臭いな、どうせまた何かあるんだろう?」


「そらそうや。俺が親切やないって知っとるやろ?俺がゼオンを留まらせるのに協力したる。

 その代わり、お前サラに訊いみてくれへん?…ゼオン達の情報を教えたのは誰か…ってな。」


「キラが教えてもらえなかった。そんなことを私に教えるわけがないだろう。」


オズはまたニヤリと笑った。そして何か含みのある様子で言った。


「さあ、どうやろ。ひょっとしたら…お前になら教えてくれるかもしれへんで?」


セイラの表情が険しくなる。こちらの思考を見透かし、探るような目つきはどう見ても幼い少女の目ではない。低い静かな声が答えた。


「教えた奴が誰か、想像がついているってことか…」


「そういうことや。せやから確かめてほしいねん。勿論ゼオンを留めさせるのには協力したるから。」


オズは作り笑いの壁を崩していなかった。こちら側に問題はない。あとはセイラが乗ってくれるかだ。


「協力…か。そうは言っても具体的な策なんてあるのか?

 ゼオンは逃亡する気で、ティーナはゼオンの言いなり、ルルカはあいつのことは無関心。今度は誰を動かす気だ?」


オズはふんと鼻で笑った。肝心な人を見落としている。今回するべきことはゼオンを留めさせることだけではない。

これからサラを止めることを考えると、ディオンを敵に回さずに留めさせなければならないのだ。

そのために必要なものは武力や悪知恵ではない。

オズは立ち上がり、セイラが座っている椅子の辺りへ行くと机を挟んで向こう側の椅子に座った。

二人の間には立派なチェス盤。白と黒の升目が並び、二つの軍隊が対峙するように駒が並んでいる。

沢山のポーン達を盾にするようにルーク、ビショップ、ナイト、クイーン、キングの駒が立っていた。

チェス盤全体を眺めるとオズはその中の黒のクイーンの駒を取った。


「こっちにはあるやないか…ええ駒が。」


そしてオズは白のルークの隣に黒のクイーンを勢いよく叩きつけた。

そして口元にだけ笑みを浮かべて言った。


「村人は勿論、ゼオンやあのババアやジジイまで味方にできる…キラ・ルピアっつー最強の駒がな。」


そして黒のクイーンが白のルークを倒した。オズはまた笑い、セイラを見る。

まだ疑いの眼差しを向けるセイラにオズは言った。


「俺はお前をちょいと利用してやりたいだけや。お前も俺を利用すればええ。……どうや、俺と組まへんか?」


セイラは答えなかった。黙って俯いた。無表情のままだった。

だがそれは本心を無理に隠しているようにも見えた。

ここに来る前に起こった何かあったせいなのだろうか。セイラは前よりも変に正直になった気がする。

複雑そうな顔の後、寂しい静寂をセイラはようやく破った。


「…いいだろう。」


その途端、オズの口元がニッと上がった。余裕綽々なサラの策が崩れる様が目に浮かぶ。

サラには悪いがこちらにはこちらの目的がある。そのためには、手元の駒をまだ失うわけにはいかない。

ゼオンはなかなかいい駒だ。勘も頭もいい、剣の腕もなかなかだし、魔術の才については人の中では天才の域と言っていい。失うには惜しい駒だった。

特にキラはあっちこっち勝手に動くからそのためのストッパーは必要だ。

お互いの意見が一致したところで、この先の展開についての「打ち合わせ」をする。


「じゃあ、とりあえずキラにディオンを説得させるように仕向ける形でええか?」


「いいんじゃないか?キラ一人じゃ説得が成立するかわからないからあいつの友人も巻き込んだ方がいいな。

 ティーナやルルカは止めておいた方がいい。キラのクラスメート辺りが妥当だな。」


「じゃ、ペルシアに協力させるか。ま、ペルシアは事情知っとるから、もう動き出してるかもしれへんけど。」


セイラは未だに憂いを押し殺すような表情をしていた。その表情の裏に何を隠しているのかオズはまだ知らない。

大体の話がまとまると、セイラは立ち上がってさっさと帰ろうとした。オズも文句は言わなかった。

これで準備は整った。あとは動かすだけだ。セイラはこちらを見向きもせずに扉の方に向かう。

だが扉を開ける直前、セイラが振り向いて言った。


「…お前は、もし『あいつ』に会えたらどうするつもりだ?」


一瞬だけ鉄壁の作り笑いが消えた。すぐにまたポーカーフェイスが戻ってくる。

だが、答えられなかった。心配なのか、恨んでいるのか、愛しいのか、憎んでいるのか、頭の中に様々な記憶と感情が入り混じって整理ができていなかった。

「あいつ」はオズにとってそういう人物だ。自分が「あいつ」を好いているのか嫌っているのかさえ未だにわからない。

ただ、呪いのような存在感があった。

そんなときに、ふとミラとイクスのことを思い出した。オズは即座に答えた。


「…十年前の真実を聞く。あいつが誰よりもよう知っとるはずや。」


半分本当、半分嘘…といった感じだ。けれどオズは半分でも自分が本当のことを言ったことに内心驚いていた。

それほど、余裕が無かったということなのか。本当に、「あいつ」は厄介な奴だ。

沈黙が続いた。口を開きづらいのは、おそらくセイラも同じだったのだろう。

十年前。ミラとイクスが死んだ。あれがどれほど重大なことだったか、セイラだってわかっているはず。

セイラは俯いて、それでも拳を握りしめて顔を上げた。


「……そうか。」


それだけ言って、セイラは出ていった。ドアの閉まる重たい音の響きをオズはしばらく聞き流していた。

そして、音もなく窓際机の近くまで歩いていくと、深いため息をついた。

オズもセイラも、『あいつ』についての話はしづらかった。脳に焼きついている。顔も、声も。

頭の中からその存在をかき消そうとしても消えた試しなど無く、かき消すことがもし出来てしまえば、それは現在のオズという人物そのものを否定することになりかねない、そんな人。

忘れられるはずがない。オズの運命の象徴のような『あいつ』。


「お前、どこ行ったんや……。」


窓の外の陽の光が眩しくてまた中の方へ戻る。暗がりの中の方が居心地がいい。だが光から目をそらすことはできなかった。

そして、普段は飲まないローズヒップティーの缶へ手を伸ばした。

缶の裏には「ルシア・グリンダ」と書いてあった。その名前は何か別の文字を隠すように塗られた白い絵の具の上に書いてあった。



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