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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第17話

「吸血鬼のクォーター?あいつが…?」


キラは思わず呟いた。ゼオンが吸血鬼の血を引いているなんて聞いたことがない。

そうじゃないかと疑ったことすらなかった。どう見たってゼオンは優秀な「魔術師」に見えたから。

そんなこと、キラには信じられなかった。


「でも…あいつどう見ても魔法使いです。

 他人の血を吸わなきゃ生きていけないとか…そんな感じのこと一度もなかったし…」


「吸血鬼の血を引いているとはいってもたった四分の一だからな。

 元々魔法使いとしての血の方が濃く出たようだし、血を吸わなくても生活していく上で特に問題はないみたいだ。」


キラは黙り込んだがすぐにまた疑問が生まれた。ゼオンとディオンは兄弟だ。キラは尋ねる。


「ゼオンが吸血鬼のクォーターなら、ひょっとしてディオンさんやお姉さんも…?」


「いや、俺と姉さんは違うよ。」


「どうしてですか?」


キラは首を傾げた。少しだけ間が空いてからディオンが答えた。


「俺とあいつが兄弟といっても…異母兄弟なんだよ。

 俺と姉さんの母親が死んだ後、父親が連れてきた女の子供がゼオンだからな。」


キラは頭がこんがらがりそうだった。とにかく複雑な事情らしいということしかわからない。


「え…と、ややこしいなあ。よくわかんない…。」


「要するに、ディオンさんとお姉さんは本当の姉弟で、ゼオンだけ母親が違うってことだよ。ですよね?」


リーゼが教えてくれた。「ああ、そうだ。」とディオンも頷いた。やっとキラは納得がいった。複雑な家族構成だ。

確かにそれならゼオンとディオンの仲があまりよくないということもわからなくもない。

ゼオン一人だけ母親が違うのなら孤立してもおかしくはない。

けれどそれだけではゼオンがクロード家を嫌う直接の原因には結びつかないと思う。

そう思っているとディオンが続けた。


「最初、ゼオンが吸血鬼のクォーターだってことは誰も知らなかった。

 …というかゼオンの母親の方が自分はハーフだってことを隠していたからな。父親にも。

 けれど物好きな奴がいてな……あいつの母親がハーフだってことを暴いて一族全員に知らせた。

 …古い貴族ほど吸血鬼のような種族を毛嫌いする傾向があるんだよ。

 あいつの母親は一族の恥として忌み嫌われるようになった。父親でさえ母親を冷たい目で見るようになった。

 ゼオンがクォーターだってこともわかって、一族全員からのけ者扱いされた。」


ディオンはそう話すと目を背けて黙り込んだ。キラも俯きしばらく黙り込んだ。

辛かっただろう。吸血鬼の血を引いているというだけでそんな扱いをされるなんて。

キラはショックだった。けれどもう一つショックだったことがある。

ゼオンが吸血鬼の血を引いているだとか、一族から忌み嫌われたとか、そんな話を聞いてもキラにはその辛さがぼんやりとしか感じられない。

そう思いたくはないのに、どこか他人ごとのように感じるのだ。

…今までキラは、他人から虐げられたことなんてなかったから。

ゼオンの過去を聞けば、何が辛くて、どうすれば力になれるかわかると思っていた。けれどそううまくはいかない。

キラは少しだけ自信がなくなってしまった。キラは訊いた。


「のけ者って…どんな感じだったんですか?」


「父親はゼオンをもうクロード家の汚点としか見ていなかった。俺たちとゼオンが関わることさえ許さなかった。

 母親の方のことはよくわからなかったが…多分一番酷い扱いを受けていただろうな。

 あいつ、母親と会う度に傷だらけで出てきていたから…。」


キラが言葉を失う。キラには何もわからなかった。なぜ吸血鬼の血を引いているというだけで手を上げるのかも、貴族にとってなぜ吸血鬼の血を引いた子が汚点となるのかも、そんな立場に置かれ続けたゼオンの気持ちも。

その時、リーゼが言った。


「あのー…ディオンさんとお姉さんは味方になってあげなかったんですか?」


少し非難するような目でリーゼは言った。ディオンはまた黙り込んだ。また後ろめたさそうな表情。

キラがディオンを見ると、ディオンはため息をついた。そして俯いて言った。


「…俺も姉さんも、しなかったどころかできなかったよ。…気まずすぎて。」


三人とも首を傾げた。ディオンは続ける。


「…ゼオンの母がハーフだってことをばらした『物好きな奴』…あれ、俺と姉さんなんだよ。あいつがそんな立場に置かれた原因は俺達だ。

 俺たちは新しく来た母親が気に入らなかった。何とかして追い出したかった。

 そしたら姉さんがゼオンの目の色が赤であることに目をつけたんだ。

 父親の目は緑、ゼオンの母親の目の色は蒼だった。赤眼の奴が生まれる可能性は低い。

 そしたら、俺はゼオンの母親が常に何かの魔法を自分にかけていることに気づいた。それは眼の色を赤から蒼に変える魔法だった。

 …わざわざ眼の色を変えるということは、何か隠したいことがあるからだと俺たちは睨んだ。

 俺たちはゼオンの母親の家系を探った。

 そしたらわかったんだよ。…ゼオンの母親の両親が二人とも赤目だってことが。…吸血鬼ってのは比較的赤目が多い種族らしいから…疑われる一因になると思ったんだろうな。

 …けれど俺たちは母親だけでなくあいつまで虐げられることになるとは思わなかった。馬鹿だったよ。

 …だから気まずくて話しかけることなんてできなかった。」


多分ディオンの後ろめたさそうな表情のわけはこれなのだろう。

キラは少しだけ首を傾げた。

ディオンは本当にゼオンを恨んでいるのだろうか。ディオンの口調も表情もただ恨んでいるだけのものとは思えなかった。

事件を起こしたゼオンを恨む気持ちは嘘ではないのだろう。

けれど本当はゼオンに謝りたい気持ちもあるのではないだろうか。

キラは尋ねた。


「あの…ゼオンをもう一度捕らえて…それで本当にいいんですか?

 謝りたい気持ちもあるんじゃないですか?」


ディオンの表情が変わった。我に返ったような青ざめた表情。

事の原因がこの人だということはわかっている。けれどキラはディオンを憎むことはできなかった。

きっと辛いのだろう。後ろめたくて、謝らなければならないことはわかっていて、それでも怒りはそう簡単に収まってはくれないのだろう。

ディオンの眼が再び鋭くなった。


「後悔が無いとは言わない……けれど、やはり赦すことはできない…!

 あいつが起こした事件のせいで俺たちがどれほどの物を奪われたと思う?

 『シャロン』という人物の存在…両親の命…それだけじゃない。あいつが事件を起こした後すぐに俺はクロード家当主にさせられた。

 けれどそれは形だけ…実際は一族の他の連中が『当主』の権力を握るために駒として利用されただけだ。

 あいつは笑いながら俺たちをどん底に突き落とした。それなのにあいつを赦せるはず無いだろ?」


ディオンの口調が少しだけ激しくなる。キラはまだゼオンがそんな事件を起こしたことが信じられなかった。

ゼオンの痛みがキラにはわからないからかもしれないけれど、どうもそれだけではないような気がする。

キラはもう一度確認するように言った。


「あの…本当に本当にゼオンがやったんですか?」


「…何度言ったらわかる。俺はこの眼で見たんだよ。あいつが殺しているのを。」


ディオンはため息をついた。顔色があまりよくない。キラはなぜか何度聞いても納得がいかなかった。

なぜかゼオンが事件を起こしたとは思えなかった。ディオンは少し疲れたように言った。


「…もう十分だろう?大体のことは話したはずだ。俺はもう部屋に戻るよ。」


これ以上のことを聞くのは酷な気がした。辛い過去。思い出すだけで悲しいことはキラだってよくわかっている。

キラは丁寧にお辞儀をして言った。


「…わかりました。ありがとうございました。」


結局、ゼオンが村を去らなくて済みそうな情報は聞けなかった。

キラは少し落胆して俯いた。ディオンは複雑な心境のキラに言った。


「…君には悪いが俺の意志は変わらない。…じゃあな。」


そう言ってディオンは立ち去って行ってしまった。

ぽつんとキラ達は残っていた。キラだけでなくペルシアも俯いていた。

少しだけため息をつく。結局、ゼオンとディオン、二人の確執の大きさを思い知らされただけだった。

キラの手には負えないくらいの大きな闇を相手に一体何ができるというのだろう。二人の辛さを理解することさえできないくせに。

再び気分が沈みかけた時だった。


「…ねえ、本当にゼオン君は自分の意志で事件を起こしたのかな?」


そう言い出したのはリーゼだった。キラとペルシアは急に顔を上げてリーゼを見る。

リーゼはキラに言った。


「初めて会った時さ、あの子言ってなかったっけ……『その杖、人を暴走させることがあるから気をつけろ。』って…

 仮にあの杖に人を暴走させるような力があったとして、もしゼオン君がその時その杖のせいで暴走していただけだとしたら…」


「…あ!」


キラは思わず声をあげた。それなら全て納得がいく。

ゼオンがそんな事件を起こすとは思えない。けれど、仮にあの杖にそんな力があるとして、が原因で暴走していただけだとしたら…有り得ない話ではない。

これだ。キラは確信した。だがそれだけでは真実とはわからない。

キラは二人にすぐに言った。


「あいつに訊いてみる!本当に自分の意志で事件を起こしたのか、杖の影響は無かったのか!」


ペルシアとリーゼは頷いた。そして三人はすぐさまペルシアの家を飛び出していった。

それが、様々な人達の狙いだとも知らずに。






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