第5章:第16話
上を見上げる。屋根が高い。多分4階立てくらい。
キラからしてみれば十分大きな建物だ。庭も豪華で、小さな村には珍しい豪華で上品な場所だった。
キラ達がたどり着いたのはペルシアの家の前だった。
ペルシアが言うには、ディオンのような身分の高い人を泊められるような場所がないので、村長の家の客室に泊まっているらしい。
何度来てもペルシアの家は少し緊張する。さすがは村長の家。空気が違うのだ。
キラは上品な彫刻がされた扉の前で深呼吸をした。
「ほんとにここにいるんだよね?」
「ええ、そのはずですわ。」
ペルシアがそう言ってから、キラは扉を開ける。そしてキラ、ペルシア、リーゼの三人は中へ入った。
中もやはりこの村では珍しいくらいの広さだった。
かといって金銀装飾品などがギラギラしているわけではなく、品のいい木製の壁や柱に所々猫などの彫刻がされているという上品な造りだった。
これが自宅というのだからペルシアはやはりすごいと思う。
中には使用人が何人もいて食事の準備やら部屋の掃除やらで忙しそうだった。
あとは猫たちが何匹もあちらこちらを歩いている。家具などもやたら猫を彫ったりしてあるものが多かったが気にしないことにした。
そんな中でペルシアを見つけた使用人の一人がこちらへ来て言った。
「おかえりなさいませ、お嬢様。後ろの方々はお友達でございますか?」
「ええ。ちょうどよかったですわ、私たちディオン様にお会いしたいのですけれど、客室にいらっしゃるかしら?」
ペルシアが尋ねた。それを聞いた使用人は困った様子で言う。
「いくらお嬢様でも、ディオン様にそう簡単にはお会いできませんよ。国の公爵様なのですから。」
キラはうっ、と少し困った。確かにそうだ。だがペルシアはひるまなかった。
「けどお祖父様はお会いしていましたわ。」
「それは…村長様ですから…」
「次期村長は私ですわ。私にもお会いする権利はあるはず。」
「無茶苦茶です、お嬢様。駄目なのですよ…」
使用人はペルシアを説得するが、ペルシアは退く様子はない。
その時、階段を降りる音と同時に声が聞こえてきた。
「俺に何か用か?」
ディオンの声だった。ディオンは二階から降りてきてキラたちの前にやって来た。
多分今までキラが会った人の中でも一番背が高い人だと思う。
オズもかなり背は高い方だがディオンの方がわずかに上な気がする。
近くまで来ると少し迫力があって怖かった。
使用人が慌てて言った。
「ディオン様!?どうかいたしましたか、何か御用がありましたら私たちになんなりと…」
使用人は急にディオンが現れたことに困惑していたようだった。
ディオンはあまり身分を気にしない性格らしい。使用人に言った。
「そういう態度はせず普通の客人として扱ってくれればいい。
当主だとか公爵だとかいって特別に扱われるのは嫌いなんだ。
…それでカルディス殿のお孫さん、用は何だ?」
「用があるのは私ではありませんわ。」
ペルシアはキラを見た。キラは一瞬ためらったが深呼吸をしてから言った。
「…ゼオンが昔起こした事件について教えてほしいんです。惨殺とか街を焼いたとか…どういうことですか?」
ディオンの表情が険しくなる。当然といえば当然だ。
先ほどまで穏やかだったディオンが急に冷たくなった。
「…どうして君がそんなことを聞きたがる?」
キラは一瞬どう答えればいいか困った。しばらくして答えた。
「…それは、あたしがあいつの…友人?だからです。」
「友人…な。あいつが心配だから聞きに来てみた…ってところか?
悪いが無関係の者にペラペラ話せるほど軽い話ではない。帰ってくれ。」
この表情。部外者が自分の過去に触れた時の顔。記憶が戻った時のキラとよく似ていた。
ディオンは不機嫌そうな顔をして去っていく。キラが引き留めようとした時だった。
「待ってください。」
隣にいたリーゼがキラより早く言った。ディオンは立ち止まるが答えてくれる様子はない。
「それでいいんですか?
このままでは私たちはゼオン君が起こした事件について何も納得できません。
私たちだけではなく村長さんたちもそうだと思います。…あなたの言う『部外者』なのですから。
どちらにしても国に簡単に引き渡してはもらえないのだから同じ…という考えもあるでしょうけど、あなたの場合は別なのではないですか?
確かに事件の話をするのは辛いと思いますが、自分の過去と悲しみを認めてもらえないのはもっと辛いのではないですか?」
ディオンは立ち止まって答えなかった。
沈黙が止まない。キラはディオンの気持ちがなんとなくわかる気がした。
触れられたくない。けれどわかってほしい。矛盾した感情だ。
やがてディオンが諦めたように振り向き、キラを見た。
「…仕方ない。口の上手い友人に感謝するんだな。」
それはOKの合図だった。キラは感心した。たった一言でディオンを納得させるなんて。
キラはこくこく頷いた。
そして、尋ねた。
「昔、ゼオンは何をしたんですか?」
「…あれは七年前の冬の日だった。ちょうどゼオンの誕生日の日だ。
寒い日で雪が降っていたんだが、首都の方に出かけていて帰りが遅くなったんだ。
…夜遅くになって帰ってきたら、街が赤く燃えていた。
急いで屋敷の方に行ったら、屋敷は火の海になっていたんだ。
…庭のあちこちに使用人と…両親の死体が転がっていた。首が無かったり足だけだったり…無惨だった。
その時に悲鳴が聞こえたんだ。その方向に行ったら…」
そこでディオンは口をつぐんだ。
話したくない。そんな様子のディオンを見ると申し訳なかったがキラは言った。
「…そしたら?」
ディオンは俯いて、沈んだ声で言った。
「…剣を持ったゼオンと、血まみれの姉さんがいた。」
「…姉さん?」
「俺とゼオンにはシャロンという姉が一人いるんだよ。
ゼオンはクロード家の人を片っ端から惨殺していった。…笑いながら。
軍の人が来てなんとか取り押さえることができたが…俺はあいつを赦すことはできない。」
キラはディオンの話が信じられなかった。信じられない…という以上にしっくりこないと感じた。
ゼオンが笑いながら他人を惨殺していく人とは思えないのだ。
今までのゼオンを見ていてそう思う。初めて会った時も、キラを脅しはしたが本当に殺そうとはしなかった。
笑いながら惨殺なんて狂気じみたことをゼオンがするとは思えない。
「本当ですか?あたし、あいつがそんなことするとは思えません。」
「俺は確かに見たよ。そうじゃなければこんなことは言わない。」
ディオンの目は暗かった。キラは思わず口をつぐんだ。するとペルシアが言った。
「ゼオンがそんなことをした理由…思い当たる節はありますの?」
すると急にディオンは黙り込んだ。
今までの悲しげな表情とは違う。何か後ろめたさそうな表情だった。
キラが首を傾げているとディオンは言った。
「…あるよ、いくらでも。あいつは絶対クロード家を恨んでいただろうからな。」
そういえばゼオンはクロード家の話になるとやたら機嫌が悪くなる。
相当クロード家が嫌いらしいということは薄々感じていた。
けれど、その理由は今までわからなかった。
「あいつがクロード家を恨んでいる…というのはわかる気がします。
けどどうしてあいつはクロード家を恨んでいるんですか?」
ディオンはまた黙った。キラはまた首を傾げた。
ここは黙る所だろうか。ゼオンを恨んでいるのならここぞとばかりに話し出すところのような気がするのだけど。
話し出すまでの時間が不自然に長かった。やがてため息をついてディオンは話し始めた。
「お前、吸血鬼ってわかるか?」
「はい?」
突拍子もない一言に思わず声をあげた。
吸血鬼というと、やはり人の血を吸って生きるとかいうあの吸血鬼のことだろうか。
ウィゼートにもこの村にもいない種族なのでよくわからない。
「種族名くらいは聞いたことありますけど実際に見たことは…」
「吸血鬼ってのは名前のとおり人の血を吸うんだ。だから昔から忌み嫌われているんだよ。
今は血を吸わなくても生きられる薬が開発されたらしいが…それでも貴族とかの間じゃまだ差別が続いている。」
「…あの、どうして急に吸血鬼の話なんですか?」
「…あいつの母親は吸血鬼と魔術師のハーフなんだよ。」
「…え?」
キラは声をあげた。目を見開きディオンを見る。今言ったことが信じられない。
ディオンはまた気まずそうな表情をして再び言った。
「…はっきり言う。ゼオンは吸血鬼のクォーターだ。」