第5章:第15話
緊迫した空気。オズを睨みつけるゼオン。気まずくて今すぐ逃げ出したかった。
オズは薄い笑みを浮かべたままだ。キラは慌ててゼオンに言った。
「ちょっと!これはほんとに偶然だよ。オズは何も企んでいないってば!」
「…さすがにこのタイミングでキラさんが来たのは偶然だと思いますけどね。多分。
キラさんが来たことに気づいたオズさんが何を考えたかはまた別問題でしょうけど。」
セイラが淡々と言った。だがゼオンはオズを睨みつけるのを止めない。
時計の針の音さえ聞こえる静けさ。ゼオンは答えろと脅すような目を向けるがオズは道化のような顔して言葉を発さず、穏やかに拒絶する。
しばらくしてゼオンは舌打ちして言った。
「…答えないってわけか。まあいい、どうせこの村ともお別れかもしれないしな。」
そしてゼオンはオズを一瞥するとそのまま扉の方へ向かおうとした。
その時、無意識にキラの口が動いた。
「ちょっと待って!」
ゼオンが立ち止まる。一つ訊きたいことがあった。とても勇気のいることなのだけど。
口を開きかけて、うまく声が出なくて、諦めたくなったけど、それでも勇気を出した。
「あんたが起こした事件って…何?両親と姉と使用人を惨殺って…どういうこと?」
「……。」
ゼオンの表情が少し歪む。鋭くて赤い目が少しだけ怖い。
やはり聞いたらまずいことだったのだろう。ゼオンはこちらを見たまま答えない。
キラが何か言おうとした時、ゼオンが冷淡な口調で言った。
「お前が関わることじゃない。」
「でも…」
「目障りなんだよ。馬鹿が何したって邪魔なだけだ。」
「けど…」
「黙れ。お前なんかができることなんて何もない。…もう関わるな。」
何かがぐさりと深くキラを抉った気がした。ぽっかりと穴が空いたような。心の血が流れ出るような痛い感じ。
キラはぽかんとして何も言えなかった。ゼオンは追い討ちをかけるように舌打ちしてキラを睨みつけた。
「お前…嫌だ…」
そう呟くと逃げるように目をそらし、扉から出ていく。
閉まる扉の音。またキラは何もできなかった。
図書館は静まり返り、また時計の針が進む音がよく聞こえるようになった。キラはぽかんと口を開けたまま動かない。
「キラさん、大丈夫ですか?」
セイラがキラの目の前でぶんぶん手を振る。でもキラは反応することはなく、その場に立ち尽くすだけだった。
どうしてだろう。どこか寂しくて胸が痛い。ショック…といった感じだった。
キラが落ち込んでいた時、みんなこんな気分だったのだろうか。キラが冷たいことを言った時、リラやリーゼはこんな思いだったのだろうか。
キラはしょぼんと頭が下を向く。それを見たセイラがため息をついた。
「あーあ…完全にしょぼくれてしまいましたね。チッ…使えない…」
聞こえている聞こえている。舌打ちまでよぉく聞こえる。
けどキラはそれに答えるような気分ではなかった。最後の「嫌だ。」が頭から離れない。
どうしてこうなのだろう。キラには何もできないのだろうか。暗い感情が迫る。
するとオズがキラに聞いた。
「んで、お前は何しに来たん?…ま、大体予想つくけど。」
「えっと…」
「絶対ゼオンさんのことですよね。キラさんお優しいですから。」
セイラがクスクス笑った。セイラにそう言われると嫌味に聞こえる。
やっぱりこの二人に相談するのは間違いだったかもとキラは少し後悔した。
するとオズは少し笑った。まるでキラの言いたいことを見透かしているような顔だった。
「…ゼオンが答えてくれへんなら、兄の方に聞いてみたらどうや?」
オズは言った。何か含みのあるような声だった。キラは驚いて、少し困って目をそらした。
「…なんでオズってあたしが考えること全部わかるのかなぁ…。」
「お前、よう顔に出るから。」
キラは少し不満そうに口を尖らせた。
そんなキラにオズは笑った。状況に不似合いな笑顔だった。
けれどキラは下を向く。先ほどのゼオンの目の冷たい赤が消えない。
心が締め付けられるような圧迫感、地に落ちたような沈んだ気持ちだった。
キラはもう余計なことをしない方がいいのだろうか。キラを見るゼオンの目はどこか苦しそうだった。
「…でも…あたしが聞いてもどうしようもないかもしれない…
それに、ゼオンのお兄さんが答えてくれるかもわからないし…」
「どうするかはお前の勝手や。俺は助言しただけやから。」
「……。」
キラは黙り込む。オズは少し笑ったまま真っ直ぐこちらを見るだけ。
それ以上のことはしてくれなさそうだった。むしろキラが動き出すのを待っているように見える。
けれど、キラは少し怖かった。それを見たセイラが言う。
「…鬱陶しい。行動すらしない馬鹿はただのゴミですよ?」
セイラがキラを睨んだ。早く行けと大きな瞳が怒鳴っている。
怖い。すごく怖い。何か怨念みたいな迫力があった。キラは仕方なく答えた。
「…とりあえず行ってみるけどさあー…。」
あまりにセイラの目が怖いのでキラはそう言ってそそくさと図書館から出た。
かといって暗い気持ちは消えてはいない。立ち止まって下を向いた。
困ったな、と少し思いながら図書館から中央広場へと歩き出した。
ディオンがゼオンの過去について話してくれるだろうか。
ゼオンよりもなんとなく人がよさそうな人だが、ゼオンが起こした事件のこととなると少しだけカッとなる。
…話してくれないような気がするのだけど。第一、キラが首を突っ込んでいい話なのだろうか、これは。
その時、誰かが前の方からやってくるのが見えた。
水色の髪と金髪。リーゼとペルシアだった。二人はキラに気づいたようだった。リーゼが言った。
「あ、キラだ。どうしたの、ちょっと元気なさそうだけど…」
うっ、と言葉に詰まる。意外とリーゼは侮れない。
昨日あの場にいたペルシアはすぐにキラが元気がない原因が何か察したようだった。
「…ゼオンのことですわね?」
キラは頷く。ペルシアは少し困ったような表情で言った。
「その…追い討ちをかけるようで申し訳ないのですけど…悪いお知らせですわ。
ディオン・S・クロードがゼオンの本国引き渡しを要求してきましたの。」
キラの目が大きく見開いた。嫌なことが現実へと一歩一歩向かっていく。
もしそれに村側が応じなければ、間違いなく大勢の兵士が村に来るだろう。
そうなるとゼオンどころか他の人も危険だ。そんなことになってほしくはない。
けれどこんな形でゼオンに村を去ってほしくもなかった。
どうしてだろう。あんなに腹が立つ奴なのに、話しづらいし気が合うわけでもないのに、いざ居なくなるかもしれないとなると何だか嫌だった。
「ところで、どこに行きますの?」
「え……ゼオンのお兄さんのとこ。ゼオンのこと、話を聞こうと思って。」
「じゃあ私たちもご一緒しますわ。リーゼもいいですわよね?」
「うん、大丈夫だよ。」
リーゼ達はそう言ってくれたがキラは少し迷った。まだ沈んだ様子のキラにリーゼが聞いた。
「どうしたの?」
「…あたしは、あんま関わらない方がいいのかな?
他人の事情に、ゼオンの過去に、下手に首突っ込まない方がいいのかな?」
キラは俯いた。リーゼとペルシアは顔を見合わせた。ゼオンの拒絶がショックだった。
そして同時に思った。キラの記憶が戻った時、きっとキラも同じ目をしていた。ペルシアが言った。
「何言ってますの、それじゃ赤の他人みたいですわ。」
「心配くらいして当然だと思うよ?」
「でも…」
まだうじうじしているキラを見たリーゼが見透かしたように言う。
「…わかった、ゼオン君に俺に関わるなーとか言われたんでしょ。」
「う…」
キラは言葉に詰まる。するとペルシアがニッと笑った。そして強引にキラの腕をつかんで歩き出した。
「ちょ…痛いぃ!」
「さーさ、とっとと行きますわよ!」
「でも!」
するとリーゼもキラの腕を引っ張り出した。
「確かにそっとしておいてあげた方がいい時もあるけど、あの子の場合は違うと思うな。」
「そーですわ、あいつはもう少し他人を頼ることを覚えるべきですのよ。
それをキラが教えてあげればいいですわ。」
「…けど、あたしみたいな馬鹿が余計なことして迷惑かけたりしないかな?」
「迷惑かけまくってやればいいですわよ。きっと馬鹿すぎて放っておけなくなりますわ。
馬鹿は好き勝手動いてこそ価値があるものでしてよ?」
「そうだよ、元気出して。私たちも協力するから。」
ペルシアとリーゼはキラに笑いかけた。少しだけ二人がたのもしく感じた。
明るい光が見える。心の暗いもやもやが晴れていく気がした。
晴れ渡る空、なんとなく行けそうな気がした。
「よっし、ちょっと元気出た!とっとと行こ!ディオンさんのとこまで喘息全身!早く行くよ!」
「全身じゃなくて前進ですわ。」
「喘息じゃなくて全速だよね。…まあ、いいんじゃない?」
「そういうことにしときましょうか。」
二人はやれやれといった様子でキラを見ていた。
歩いていく。ゼオンの過去を知るために。まずわからなくては何もできない。
腫れ物のように扱うだけでは何も解決なんてできない。だから行こうとキラは思った。
ゼオンの過去が他のもっと大きな暗闇に繋がっていることは知らずに。