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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第14話

青い空が茜色を帯びてきた。キラは家と反対方向に走る。嫌なくらいよく響く足音、まっすぐに伸びる道。

行く宛もなくただ走る。やがて中央広場見えてきた。広場の前まで来てキラは立ち止まった。

昨日騒ぎが起こった場所。昨日の面影はもう欠片もない。楽しそうに子供達が遊ぶ憩いの場だった。

だが真ん中の辺りの地面が黒く焦げている。キラは俯いた。


「みんなどうしてあんな風なんだろう…。」


キラにはわからなかった。どうして自分の為なら容赦なく他人の事情を犠牲にできるのか。

脅迫なんてキラにはできない。ゼオンにもディオンにも。

自分の辛い過去のことを他人に触れられるなんて嫌に決まっている。脅すとなったら余計に。


「どうしたらいいんだろ…」


ポツリと呟いた。どうしたら誰も傷つかずに済むだろう。誰かが悲しむ姿は見たくない。

キラは考え込んだが無駄だった。頭の悪いキラにはわからない。

他の誰かならわかるだろうか。もっと頭のいい人なら。


「…オズだ。」


キラは顔を上げた。オズなら何かいい案が思いつくかもしれない。すぐにキラは図書館に駆け出そうとしたが急に立ち止まった。

キラは思った。オズもゼオンを脅そうとしだしたらどうしようと。元々強引な人だしあり得る。またキラは俯いた。だがすぐに再び図書館へ駆け出した。

オズが駄目なら今度はセイラにでも聞いてみよう。それが駄目ならリラに。それでも駄目ならリーゼに。

キラに協力してくれるのはオズだけではない。

自分で考えて、どうしても不可能なら無理せず他人を頼るということをキラは知っていた。

ゼオンとは違って。


図書館の前までたどり着いた時にはもう夕暮れの時間帯だった。辺りを見回してももう誰もいない。多分図書館にいるのはオズと小悪魔達だけだろう。

そう思ってキラはドアについている窓から中を覗きこんだ。だが慌ててキラは顔を引っ込め、ドアの横に隠れた。

…中にゼオンがいたから。全く運が悪い。ゼオンがいる前で相談なんてできるわけがない。

というかこんな状況は前にもあった気がする。…そうだ、キラの記憶が戻った時だ。

嫌な状況だなとキラは思った。ゼオンはこんな時にどうしてここに来たのだろう。てっきり寮にいるかと思っていたのに。

気になったキラは窓から中の様子をのぞき込んだ。ゼオンとオズが何か話しているようだった。

声が少しだけ聞こえてくる。


「こんな時に杖のことを聞くってことは…やっぱ村から出るつもりなん?」


オズの声だ。キラは少しだけ緊張した。ゼオンの答えを聞くのが怖い。


「…兄貴の出方にもよるけど…多分そうなるだろうな。」


キラの肩がこわばる。少しショックだった。嫌な予想が現実になりそうで。

オズは全く動揺せずゼオンを見て言う。


「兄貴…か。…お前は冷静やな。お前とあのディオンとかいう奴…あんま似てへんな。」


「……なんだ知ってたのか。気づく奴は珍しいな。」


キラは首を傾げた。ゼオンとディオンは似ていると思う。オズは何を知ったのだろう。

オズの言ったことの意味にキラは気づかなかった。わからないまま話は進む。


「まあ、お前の情報調べた時にちょいとな……んで、あの杖のこと聞きたいんやろ?早よしてくれへん?」


ゼオンの後ろ姿が見える。杖のことなんてキラにはどうでもよかった。

キラの思い込みかもしれないが、どこか悲しそうに見える。こんな形で村を去るのは望んでいないのではないだろうか。そんな気がした。

ゼオンはオズに言った。


「この杖を創った人物について教えてくれ。」


「悪いな、それはわからへん。」


オズはそう言い切った。だがゼオンはその嘘を簡単に見抜いた。

先ほどと感じが違った。後ろ姿しか見えないが険しいゼオンの表情が目に浮かぶ。


「…お前は本当に嘘つきだな。そんなにそいつについて知られたくないか?」


「…お前は本当に鋭いな。そんなにその杖はお前にとって重要なん?」


沈黙が流れる。二人とも睨み合ったまま何も言わない。あまりに静かなのでキラも動けなかった。

すると急にゼオンが本棚の方へ歩き出した。


「そっちがその気なら別のことを聞くとするか…」


聞こえるのは図書館の中をゼオンが歩く音だけだ。少しでも音を立てればきっと二人に気づかれる。キラはこの状況が怖かった。

冷たい空気。互いが互いの思考を読み、それに対抗することを言う。キラにはとてもできないことだった。ゼオンは本棚から一冊の分厚い本を取って戻ってきた。

キラは中をさらにのぞき込んでその本が何なのか見る。カバーが擦り切れかけている古い本で、タイトルからして多分神話か何かの本だった。


「これ、少し前にお前の机にあったな。お前が神話の本なんて読む奴だとは思わなかったよ。」


オズの目が変わる。先ほどよりも鋭くて険しい。どうやら結構いい線いっているらしかった。


「…本当に、お前は鋭いな。んで、その本がどうしたん?」


ゼオンはぱらぱらとページをめくる。そしてあるページを見つけるとその本をオズに突きつけた。


「この本に載っている『ブラン聖堂』って…実在する場所だよな?ブランって街は聞いたことがある。

 この世界を創った神を祀っているだとかなんとか…聞いたことがある。その場所を教えてくれないか?」


一瞬だけオズの目が冷たくなった。何か忌まわしい物か…見たくない物を見るような、そんな目だった。

背筋がぞわりとするような冷たさだった。だがすぐにその冷たさはなくなり、元のポーカーフェイスに戻った。


「どうした…これに答えられないならさっきの質問に答えてくれるのか?」


「お前はその杖と『ブラン聖堂』が何か関係あるとでも思っとるんか?」


「ただの勘だよ。証拠も何もないただの推測だ。何の関係もないと思うなら、空振りだと俺がわかった瞬間に馬鹿にして笑えばいい。」


ゼオンはためらいなくそう言った。


「……。まあ、ええか。…ウィゼートの東の方に、スカーレスタっちゅー街がある。ウィゼート内戦の終結地や。

 その街から少し歩いたとこに大きな林があるんやけど、その林を抜けたところに廃墟になった街がある。…そこが廃墟の街、ブランや。『ブラン聖堂』はそこにあるで。」


オズはゼオンではなくどこか別の方向を見ながらそう言う。何か懐かしむような表情が印象に残った。


「詳しいんだな。」


「お前も、そんな杖の為に『ブラン聖堂』のことまでよう調べたな。」


「……。用はそれだけだ。じゃあな。」


ゼオンはそう言うとオズに背を向け、扉の方へと向かってきた。用は終わったらしかった。

だがオズがゼオンを引き止めた。オズの目が一瞬こちらを見たのでキラは慌てて隠れる。


「一つだけええか?」


「何だ?」


ゼオンが立ち止まる。それが気になったキラは再び中を覗き込む。

オズはまた妙な笑みを浮かべながら言った。


「たしか7年前やったな。お前が投獄されるきっかけになった事件……あれ、本当にお前がやったんか?」


キラの背筋が一瞬震えた。ゼオンの表情が少しだけ歪む。


「ああ、俺がやった。」


「へぇ…ほんとか?」


「…何が言いたい?」


ゼオンの口調が珍しく荒くなった。ゼオンが逃亡者になったきっかけとなった事件。何のことだかキラはまだ知らない。

だが、オズは知っているようだった。ゼオンの反応を見たオズは面白そうに言った。


「お前はとても冷静な奴や。たまーに少しだけ口調が荒くなるようなことがあっても、怒りや憎しみで他人に攻撃することは絶対にない。

 ディオンに会った時ですらそうやったんやから。…お前が自分の意志であんな事件起こすとは思えへん。

 両親と姉、そしてクロード家の使用人全員を惨殺した上に、街一つ焼き尽くすなんてな。」


その瞬間、ゼオンの目が今までで一番赤くなるのを見た。

怒りで燃え上がるような強い目。けどそんな時ですら、ゼオンは冷静にその場を動かない。

キラは隠れることを忘れていた。オズに背を向けたままゼオンは言った。低い声で。


「…またお前は何か企んでいるんだな。」


「さあ、何のことやろ?」


「とぼけるな…気づいてないはずないだろ?」


そう言った瞬間、ゼオンは素早くドアの所へ走ると勢いよく扉を開いた。それは一瞬の出来事で、キラは隠れることができなかった。

キラの前に立つゼオン。赤い目がこちらを見る。見つかった。


「よぉ、馬鹿女。呑気に盗み聞きか?」


ゼオンは乱暴にキラの腕を掴むと図書館の中へ引きずりこんだ。キラはなすすべもなく図書館へ入る。

それを確認するとゼオンは今度は開きっぱなしの窓の方を睨む。


「お前も出てこいよ…セイラ。」


そう言うと、窓からひょこっとセイラの小さな顔が出てきた。ふわりと飛び上がり、図書館の中に着地する。

そして、ゼオンは再びオズを睨みつけた。


「偶然か…それともお前の差し金か?答えろ…!」




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