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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第13話

狭苦しい一室に紙吹雪が舞い狂う。それは雪のように床を埋めていく。フローリングの床の上に落ちた白が綺麗だった。

怒りに満ちた目でカルディスを見るリラ、リラを睨み返すカルディス。空気が凍りついたように冷たかった。

オズは赤の他人のふりでもするように床に落ちた紙きれを見つめていた。…人の恨みというものは深いものらしい。オズはため息をついた。

冷たい沈黙はまだ終わらない。凍り付いて動かない。それを見たディオンはなだめるように言った。


「落ち着いてください。この件はとりあえず保留にしましょう。時間に限りのある問題でもありませんし。

 今すぐに答えを出す必要はありませんので、答えが出たら、城に電報でも送っていただけるとうれしいです。」


カルディスもリラも黙り込んで頷き、大人しくなった。ディオンの方が二人よりもよっぽど大人だなとオズは思った。

オズはまたため息をついた。落ち着いた二人を見てルイーネもほっとしたようだった。

だがこれで話は終わりというわけにはいかなかった。ディオンの目がキッと鋭くなる。言い出す話が何か、オズにはもう想像がついていた。


「カルディス殿。もう一つ話があります。」


「なんだね?」


「この村にゼオン・S・クロードという者がいますね?」


やはりその話かとオズは思った。カルディスとリラがオズを見るがオズは知らん顔した。

チラリとサラを見る。サラの口元が僅かに笑っているように見えた。

やはりゼオンを追い出すのが目当てらしい。カルディスがディオンに言った。


「ああ、居るな。」


「あいつが脱獄犯だということは…」


「ああ、知っている。だがこの村で特別に大きな問題は起こしていない。

 村の規則に違反していないのなら、過去に罪があろうとこの村では赦される。それがこの村の掟だ。」


ディオンの表情が怒りで微かに歪む。ただ国に使える貴族としての怒りではない。

ゼオンの存在はディオンにとってそれほど忌まわしいものなのか、それとも…

どちらにしても、ディオンが要求してくることは簡単に想像がつく。

ディオンは先ほどより少しだけ荒い口調で言った。


「カルディス殿、それはどうかと思います。罪を犯したのならそれ相応の罰を受け、償うべきだ。…違いますか?」


「違わんな。だが貴方の言い方だと、どうもこの村の者は犯した罪を償おうともせずにこの村に逃げ込んで楽をしている…と言っているように聞こえるな。

 罪を償う場所がこの村に変わっただけのこと。村にいる罪人のほとんどは皆自分の罪を自覚し、反省している。…まあ例外もいないわけではないが。」


カルディスがチラリとオズを見たがオズは気づかないふりをした。

心外だ。思い込みもいい加減にしてほしい。…自分の罪くらい自覚している。

だがディオンは納得いかないようだった。まだ眼は険しいまま。怒りに取り付かれた人は大抵そうだ。

似たような眼を昔何度も見たからわかる。


「…あいつは俺と姉さんの運命を狂わせた。俺はあいつをそう簡単に赦すことはできません。」


ディオンの眼が鋭くなる。先ほどのカルディス達よりもずっと。

そして、後ろで微笑むサラが見えた。ディオンは立ち上がり、カルディスに言った。


「ゼオン・S・クロードの本国引き渡しを要求します。」


カルディスはディオンを睨みつけた。真っ向から対立する信念を持つ二人。そう簡単に相容れるわけがない。

ディオンの目つきが元に戻った。そして、カルディスに礼をして言った。


「では、よい返事を期待しております。」


そしてディオンは背を向け、木のドアを開けて部屋を去っていった。

サラもディオンについて行こうとしたがリラにつままれて出て行けなかったようだった。

沈黙が流れる。とても静かで、そして居心地が悪い。全て、オズの予想通りの展開だった。

やがて、カルディスとリラはオズを睨みつけた。


「ゼオン・S・クロードって、あの赤眼の魔術師の子だね?」


「その子を村に留まらせたのは誰じゃったかのう?」


冷たい視線がオズに向く。もう何百万回も浴びた視線だ。サラだけが薄笑いを浮かべながらこちらを見ていた。

カルディスがオズに言った。


「その小僧の罪…クロード家が関わっているようじゃないか。あの家はウィゼート内でも一二を争う位の貴族じゃ。国側がどうこう言ってくる可能性は高いぞ。

 こちらもできる限りのことは一応するが、国と真っ向から対立になったら勝ち目はない…責任を取る気はあるんじゃろうな?」


するとオズの口元が上がった。浮かんできたのは状況と不釣り合いな不適な笑みだった。

怪しい笑い声をあげて、オズは笑みを浮かべたままサラを見た。眼だけが笑っていかなかった。


「ゼオンの兄が入ってきた時点で、俺がこの程度のことを想像してへんと思うたか?

 あかんな、サラ。目的はギリギリまで伏せとくべきやで?」


オズはそう言って怪しく笑う。ゼオンとティーナの追放。サラの目的は間違いなくそれだ。

サラも少しだけ笑って言い返した。


「じゃあこの状況、オズさんはどうにかできる?国に捕まるか、村から逃げるか。本人に選べる道は2つだけ。

 どっちにしても、ディオン様の弟君は村から去るしかないと思うね。あの赤毛悪魔ちゃんも。」


オズはそれを蹴散らすかのように笑い続けた。


「…甘いな。必ずゼオンを村に留まらせる。国とも全く揉め事起こさずにな。」


オズははっきりと言い切った。これをセイラが聞いたらきっとまた恐い顔をするだろうと思った。

ディオンが来た時は二人を鉢合わせするよう仕組んでおきながら、今度はゼオンを留まらせると言っているのだから。

きっと気づきもしないだろう。標的がセイラだなんて。オズは楽しげに笑った。そしてサラに言った。


「よう来たな…感謝するで、サラ。」


「…どういうこと?」


これにはさすがにサラも驚いたようだった。リラとカルディスもオズを怪しんだ様子で睨む。

サラの来訪。ゼオン達にとってはよくない事態だろうが、オズにとっては逆だった。

オズは笑いながら小さく呟いた。


「これでようやく、セイラを動かせる…!」


すると、少しだけサラの表情が変わった。


「セイラ…?」


その反応をオズは見逃さなかった。そして同時に自分の予想が正しかったことを確信する。

ゼオン達の居所をサラに教えた人物。もうオズには誰だかわかっていた。オズの予想が正しければ、この事態は間違いなくセイラを動かすのに「役に立つ」。

ゼオン達三人が居てくれて本当によかった。脅してでも村に留めさせておいた甲斐があったなと思う。

「賭け」に勝ったと感じた。撒いた餌に獲物がかかった。オズはこの時をずっと待っていた。

オズはニヤリと笑って立ち上がる。そして扉の方へ向かい、部屋を出る直前にサラが言った。


「私を止められると思わないで。そう簡単に揺らぐ決意じゃないから。」


「ならボロボロに砕いたる。…楽しみやな。」


そう言ってオズは村長の部屋から出ていった。見張りの人々を押しのけて屋敷の出口へと向かう。

足音は段々速くなり、半ば逃げるような速さになっていった。

この屋敷は嫌いだ。早く立ち去りたい。駒を動かす準備をするならやはりあの図書館の方がいい。

スカーレスタ条約のことについてあまり触れられたくないからというのも理由の一つだ。

ここの人達はオズの敵でしかない。オズはさっさと屋敷を出て、通りに出る。

すると後ろからいつものお節介な声がした。


「オズさん、待ってくださいよう!」


ルイーネが慌ててついてきた。ルイーネはルイーネ村長と話があるだろうからもう少し屋敷に居るだろうと思っていたので少し意外だった。


「もう戻ってきてええんか?」


「あ、ええ…まだ…居づらくて…。事務的な話はもうしたんでさっさと戻ってきました。」


ルイーネは元々特別人を騙すのが上手い人ではないが、だとしても今日のは随分とお粗末な作り笑顔だった。すこし何か後悔しているような様子だった。


「……あっ。」


ルイーネが急にオズの後ろを指差した。何となく予想はついた。オズは後ろを見る。そこにはゼオンの姿があった。

やはりゼオンはゼオンで動きだすようだ。『いつも』どおりの軽い口調でオズは言った。


「どないしたん?またティーナにストーカーでもされたんか?」


ゼオンは答えない。ゼオンといえば常に冷静といったイメージがあるのだが、さすがに今回のことは応えているらしい。冷たい声でオズに言う。


「この村に留まるって言った時にお前に言った要求、覚えてるか?」


「ああ、覚えとるで。例の杖について聞きたいんやろ?何でも聞いてええで。答えられんこともあるかもしれへんけど。」


「…そう言うと思ったよ。じゃあとりあえず図書館の方で話してもいいか?」


オズの目が少しだけ険しくなった。ゼオンの方からそう言い出すとは予想外だった。

こいつはやはり鋭い。なかなか有能だ。オズが握る手がかりに気づいた可能性は高かった。


「ええで。ほな、行こか。」


オズ達は図書館へと向かった。そしてオズは密かに笑って誓う。逃しはしない。必ずたどり着いてみせると。「あいつ」に。



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