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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第12話

休日の昼下がり。明るい外を暗い室内から眺めながらぼんやり考えごとをしていた。

真っ昼間なので人はみんな外に行ってしまい、寮にはあまり人がいない。

ゼオンがいる部屋にも今はゼオンとロイドの二人しかいなかった。

先ほどからロイドは何か探し物をしていたがゼオンはそれどころではなかった。

ディオンがやって来たことは紛れもない事実。辛い過去の記憶が嫌でも蘇る。呑気に外なんて行っていられなかった。

その時、急にロイドがニコニコしながらゼオンの所にやって来た。


「やっと見つけたよ。ゼオンさ、チェスのルールわかる?暇つぶしにどう?」


ロイドの手には古いチェス盤があった。

ゼオンはため息をついた。別にチェスが嫌いなわけではないのだがチェスは嫌な思い出があるのでできれば止めてほしかった。

ゼオンは冷たくあしらう。


「誰がやるかよ、一人でやれ。」


「まーまーそんな冷たいこと言わずにさぁ。」


そう言ってロイドは早速机とチェス盤をゼオンの所に持ってきた。

ロイドなりの気遣いかもしれないが、それでもやっぱりチェスは止めてほしかった。

けれどロイドは全く止める気はないらしく、意気揚々と駒を並べ始める。

ゼオンはまたため息をついた。


「俺、チェスはやったことねえけど。」


「大丈夫、ルールくらい教えるって。」


「…いや、ルールは知ってる。」


「なんだそりゃ。ルール知っているのに何でやったことはないんだよ?」


ゼオンは黙り込んだ。ロイドは全く気にせずに言った。


「ま、いいけど。じゃ、ゼオンからどーぞ。」


ゼオンは黙り込んだまま黒のポーンを動かした。チェスのルールを教えてもらったのは随分前だがまだ大体のルールは覚えている。

…昔、姉のシャロンに教えてもらったから。続いてロイドが駒を動かす。

実際にチェスをやるのは本当に初めてなのでコツなどは全くわからなかったが、ゼオンは確実に駒を進めていった。


「うまいじゃん。ほんとに初めて?」


ゼオンは頷いた。チェス盤を見るとまだクロード家にいた頃を思い出す。

うっとおしいシャンデリアがたくさんぶら下がっていたあの息苦しい屋敷を。

貴族の家に生まれた、と言うと裕福で楽な生活を送っていたのだろうと思われがちだけれどそんな生活は夢のまた夢。

実際は古臭い価値観のはびこる息苦しい家でしかなかった。

父親と母親はゼオンには冷たかった。ディオンとシャロンともあまり仲は良くなかった。

どこかゼオンを避けているような節があった。そんな中、チェスのルールはシャロンがゼオンに教えた唯一のことなのでよく覚えている。

ゼオンはチェスに昔から興味はあった。それをシャロンは察したのかもしれない。

ある日急にチェス盤を持ってきてルールを教えるなんて言ってきたのだった。今日のロイドみたいに。

ゼオンはシャロンから教わった通りに駒を動かしていく。ロイドも駒を動かしていくが時々困った表情で考えこんだりしていた。


「強いなあ…くそー。やったことないって本当かよ?」


ロイドは困った表情で言う。本当だった。あの時、シャロンからルールを教わった直後、父親が部屋に入ってきたから。

部屋に入ってきた父親がゼオンを殴りつけたから。「汚らわしい手でシャロンに触れるな。」と言って。

ゼオンはあの家にとって忌まわしい物でしかなかったのだ。今でもはっきり覚えている。だからチェスにはあまりいい思い出がない。

チェスそのものは嫌いではないのだけれど。10分程経ったところで、ゼオンはナイトの駒を動かし、ロイドに言い放った。


「…チェックメイトだな。」


「う…。」


ロイドは青くなる。盤面をどう見回しても動かせる駒はもうない。

そしてロイドはがっくりと俯いてため息をついた。ゼオンは何事もなかったかのような表情でロイドを見る。ロイドは沈んだ声で言った。


「あーあ、つえぇなあ。ゼオンってどっちかってと天才肌だよな。何でもさらっとこなすし。」


「…うるさい、黙れ。」


ゼオンが冷たく言う。するとロイドは笑いながら言った。


「照れるな照れるな。あ、そういやさ…」


急に嫌な予感がした。そして、その予感は当たった。


「ゼオンの兄さんやって来たけど、ゼオンはこれからどうするつもり?」


ゼオンの表情が曇る。ディオンはおそらくゼオンを憎んでいるだろうし、国に仕える公爵である以上、城に連絡するなりしてゼオンを捕らえようとするだろう。

この村がそれを妨げようとしたとしても、国から軍隊などを送られたりしたらひとたまりもない。

オズが本気を出したりしたらまた状況は変わるかもしれないが、オズはゼオンの為に本気を出すような人ではないし、オズなんか頼りたくない。

となるとやはり…


「状況によっては…村から逃げないといけないかもしれないな…」


まだ捕まるわけにはいかない。その為には逃げるしかない。

サラ・ルピアの狙いがそこだとわかってはいるけれど。



◇ ◇ ◇



豪華な彫刻がされた木製の壁。同じく木製の綺麗な椅子と机。

そしてその椅子には一人の老人が座っている。厳格な雰囲気、険しい表情。この特殊な村の長としての威厳を感じる。

カルディス・F・サリヴァン。この村の村長だ。オズは正直言ってこの人が嫌いだった。

そして、カルディスの反対側の椅子にはディオンが座っている。

机にはぎっしりと文字の詰め込まれた書類。スカーレスタ条約の一部、村と国の密約について書かれた書類が置いてあった。

ディオンがカルディスに言った。


「陛下が改正したがっている部分は以上です。」


カルディスはゆっくりと書類に目を通す。その目は険しいままだ。

そして、カルディスは書類を机に再び置いて言った。


「儂は賛成だ。サバト国王にもそう伝えてくれ。」


「感謝いたします。…オズ・カーディガル。貴方はどうだ?」


カルディスの表情が僅かに不愉快そうに歪む。オズはそれをわざと無視して書類を読み始めた。

この村と国の間には「密約」がある。50年前にあったウィゼート内戦の終結時に結ばれたものだ。

その書類の内容はそれまでの密約を撤廃すると言っているも同然の内容だった。

内容を知ったオズは返事をしなかった。


「貴方は賛成か、反対か?」


オズは黙り込んだまま答えない。書類を見つめるだけ。

ディオンが何を尋ねても答えなかった。…答えられなかったから。

その時だった。急に廊下の方が騒がしくなってきた。騒ぎ声が煩い。カルディスが不快そうに言う。


「何の騒ぎだ、見張りは何をやっているんだ…!」


その時だった。凄まじい轟音と共に入り口のドアが吹っ飛び、カルディスの横スレスレの所を通り過ぎた。

カルディスの後ろにあった額縁にドアがぶち当たり派手にガラスが割れる音がする。

そして耳が痛くなるような怒鳴り声が響いた。


「くたばれカルディスぅぅうぅう!! あたしを置いて話を進めんじゃねええぇぇぇ!」


そこに居たのは鬼のような表情で仁王立ちをし、カルディスを睨むリラの姿だった。

リラを見たカルディスは立ち上がって怒鳴る。


「何しとんじゃリラぁぁ!ドア蹴破って入る奴があるか!」


「おやおや、生憎あたしゃもう年でねぇ。お婆ちゃんに難しいことはわかんないんだよこのクソジジイ!」


「絶対わかっとるじゃろ、クソババア!」


オズはため息をついた。自分が呆れる立場になるのは久しぶりだ。

普段キラやティーナに呆れているゼオンやルルカの気持ちが少しだけわかる気がする。その時、入り口からルイーネがふわふわ飛んできた。

重大な話なので別室で待っていたはずなのだが。ルイーネは心配そうに言う。


「何事ですか?」


「見てのとおりや。」


怒鳴り合うリラとカルディスを見たルイーネも呆れ顔でため息をつく。

オズはもうそれ以上呆れる気も失せた。この二人は昔からこんな感じだ。

その時、今度は入り口からサラが入ってきた。

サラは二人の怒鳴り合いをぽかんとした様子で見ているディオンの所へ向かう。

驚いた様子のディオンにサラが言った。


「…あまり気にしないでください。昔から大猿の仲なんです。」


「……。なあ、まさかとは思うが犬猿の仲って言いたいのか?」


「うーん、そうかもしれません。」


「……何でお前医務官になれたんだ…。」


ディオンは少し呆れたようだった。二人はまだ怒鳴り合っている。オズはぼそりと呟いた。


「老いぼれ共が…」


それを二人は聞き逃さなかった。老いぼれ達の鋭い視線がオズに向いた。


「何が老いぼれじゃ!この関西弁シルクハット野郎!」


「長…」


「黙んなこのゲス詐欺師!」


「酷…」


「この悪人面、性格テロリスト!存在が暴力!」


「言いたい放題だな…」


ディオンがぼそぼそと呟いた。ディオンとゼオンが兄弟ということにオズは少し納得した。オズはリラに言った。


「…で、ババアは何の用やねん。」


するとリラはハッとしたような顔をした後、カルディスの胸ぐらを掴んだ。


「オイこのジジイが…サラから話は聞いたよぉ、スカーレスタ条約だって?

 あたしを呼ばないなんていい度胸してるじゃないかい、ああ!?」


「ディオン殿がお前に関することは変更点はない言ったから呼ばなかったんじゃ!

 べっ…別にお前がウザいから呼ばなかったわけじゃないんじゃからな!」


「要するにウザかったわけだね、このジジイ!」


また怒鳴り合いが始まってしまったがリラの言うことは的を射ていた。

スカーレスタ条約の一番の関係者はリラだ。スカーレスタ条約はリラがこの村に来るきっかけとなった条約なのだから。

密約の内容の一つに、リラ・ルピアを表面上は行方不明扱いとし、密かにこの村に受け入れることという内容がある。リラは内戦で負けた東陣の生き残りで、国側はリラを目の届く場所に置いておきたかったようだ。

この密約は、リラの為の密約とも言える。その密約が含まれるスカーレスタ条約の話にリラを呼ばないのは確かによくないだろう。

するとディオンが先ほどの書類をリラに見せた。


「リラ殿。興味が有るようなら貴女も読みますか?確かに貴女にはこの話に参加する権利は有りますし。」


「そうするよ、全く…」


リラは書類を奪い取り、読み始めた。リラが読んでいる間、急に空気が張り詰めて静かになる。

ページをめくる音がよく聞こえる。そしてリラが全てのページを読み終えた時だった。


「馬鹿馬鹿しい…!」


急にリラは書類を片っ端から破き始めた。書類を破いては桜吹雪のように宙に舞いあげる。

ディオンとカルディスが言った。


「なっ…何をするんですか!」


「馬鹿かお前は!」


構わずリラは書類を破いては舞い散らす。そして全ての書類が紙吹雪になった後だった。

リラはカルディスの頬を殴りつけた。


「馬鹿はお前だよ!…まだ根に持っているのかい?」


「…ならどうした…!」


リラは腹立たしげに舌打ちして怒鳴った。


「とにかくあたしゃ反対だよ!こんなの…受け入れられるもんか!」


リラの怒鳴り声が響く。オズは複雑そうに目をそらした。



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