第5章:第10話
「どういうこと!?なんでゼオンのお兄さんがここに来てるわけ!?」
ティーナの怒鳴り声が響く。ティーナの目の前にいるオズは不適な笑みを浮かべたままだ。
オズの後ろには小悪魔たちが、ティーナの後ろにはキラとルルカとセイラがいるがゼオンはいなかった。
ティーナに言われた通り、キラたちは翌日図書館に乗り込みオズを問い詰めに来たのだった。
明るさや賑やかさが今日の図書館にはない。険悪な空気だ。キラは仲裁に入りたいところだったがティーナがあまりに怖くてできない。
オズもオズだ。他人が明らかに怒っているのにへらへら笑っていたら余計怒るに決まっている。
キラがオロオロしながらその様子を見ているとルルカがキラに言った。
「私がいない間に大変なことになってたみたいね?」
「そうだよ、あたしのお姉ちゃんとゼオンのお兄さんが来ちゃって…」
「ふぅん…。」
ルルカは何か考え込んでいるようだったがそれに構っている場合ではなかった。
ティーナが更に激しくオズに怒鳴る。
「説明しろ!どうしてこうなったか!」
「そうゆーても俺はわからへんって。」
「へぇ、本当に?本当はあんたが情報を流したりしたんじゃないの?」
ティーナはそう言って鬼のような目でオズを睨む。するとルイーネが前に出てきてティーナに言った。
「それはあり得ません。この村では村にいる人の情報を流すことは禁忌。それがされないように村はあらゆる手段を尽くしていますし、私も村じゅうを監視していますから。」
「あははっ、ほんとにぃ?ルイーネぇ、あんたがグルならできそうに見えるんだけど?」
するとオズとセイラが同時に言った。
「あり得へんな。」
「あり得ませんね。」
ティーナが再びオズを睨む。すると今度は突然セイラが立ち上がってティーナの前に出た。そして冷静に言う。
「落ち着いてください。私が保証します。オズさんは情報を流していません。」
「へぇ、セイラがオズを庇うなんて珍しいね。」
「別に庇う気なんてありませんよ、こんなゲス詐欺師。私の判断を言っているだけです。
大体、ティーナさん達脅して村に留まらせたくせにこんなことしてどうするんですか。」
「あたしたちから杖を奪いたいなら話は別だと思うけど?」
「この人既に強大な力を持っているのにそんな杖必要だと思います?
ついでに言っておくとこの人情報が漏れないように結構手を尽くしていましたから他の人が流したということもあり得ません。
村人が情報を漏らさないようにルイーネさんに監視させ、村の上層部に圧力をかけて黙らせ、万一情報が漏れた時はもみ消すように知り合いのクローディアという人に指示していましたから。」
ティーナが反論出来ずに黙り込む。そして反論する代わりにこう尋ねた。
「じゃあ、セイラはどうしてこんなことになったと思っているの?」
「…わかりません。」
セイラの表情が歪む。困惑したような表情だった。
「そんなわけないでしょ!?大体…」
ティーナが更に怒鳴ろうとしたところでキラとルルカがティーナを止めた。もうこれ以上怒鳴るのは勘弁してほしい。
誰かを責めてもこうなった理由はわからないだろうし、なにも変わらないだろうから。
「もう止めなよ。オズを怒鳴ったってどうしようもないよ。」
「だって…」
「この二人がお手上げなのよ?どうしてこうなったかこれ以上追及してもどうしようもないと思うけど。
八つ当たりより先に、考えることはあるんじゃないかしら?」
ティーナは怒鳴るのを止めた。けれどオズを睨むのを止めはしない。濁った血のような赤い眼でオズを捉えて言う。
「ねぇ、あんた本当に心あたりないの?」
「あらへんな。」
「ふぅん、じゃあどうして今のあんたはそんなに楽しそうなんだろうね?」
オズをティーナは睨みつける。キラはオズを見た。その表情からオズの本心は読めない。
だが言われてみればたしかにオズは笑っているように見えた。
ティーナはオズを一瞥し、図書館を出ていこうとした。
「どこ行くの?」
「…帰る。」
ティーナの声は暗い。辛いのだろう。自分がゼオンのために何もしてあげられないことが苦しいのだろう。
キラにはそれがなんとなくわかった。わかるのに励ましてあげることもできなくてキラは苦しかった。そしてティーナは図書館を出ていってしまった。
扉の閉まる音が痛いくらいよく響く。しばらくしてオズがセイラに聞いた。
「そういやセイラ。昨日ティーナが使った魔法…」
「オズさん…あなた本当に空気読めない人ですね。今聞くことじゃありません。」
セイラはピシャリとはねのけた。まるで答えるのを拒んでいるようだった。オズは少しつまらなさそうに口を尖らせた。
キラはため息をついた。この人はもっと平和的に事を収められないのだろうか。
オズの態度も事を悪化させている原因の一つのだけれど。そう思っているとルイーネがオズに言った。
「オズさん、そろそろ村長の所に行かなきゃいけない時間ですよ。」
「あーあ、嫌やなぁ…」
そう言いながらもオズは渋々立ち上がる。そしてオズとルイーネの二人も図書館から出ていった。
オズとティーナの二人が去ったせいで図書館内の緊張が消えた。二人には悪いがキラは少しほっとしてため息をつく。
まだ静かだが苦しい静けさではない。するとルルカが言った。
「ねえ、ゼオンがこの村にいるってことが国にバレたということでいいのかしら?」
「うーん、昨日の様子じゃディオンさんはゼオンが村にいるってこと予想してなかったみたいだよ?」
「じゃあ、情報を掴んだのは貴女のお姉さんってこと?」
「…多分。」
「…ちょっと妙じゃないかしら。」
キラは首を傾げた。キラは馬鹿なのでどうしてだかわからない。
だがセイラはルルカの言ったことに頷いた。
「…でしょうね。」
「ほぇ、なんで?」
キラはセイラを見た。きょとんとしているキラをセイラは馬鹿にするような目で見てくるがそんな目をされてもわからない。セイラは面倒くさそうに話し始めた。
「普通に考えて魔女や魔術師を束ねる大国ウィゼートと東方にひっそり暮らす獣人たちの一部の反乱派を比べたら国の方が情報網は広いに決まってます。
けれど情報を掴んだのは国ではなくサラ・ルピアの方です。
これは妙だと思いますよ。利益目当てで意図的に密告したにしても、反乱派よりも国に密告した方が得もあればリスクも低いでしょうしね。
密告者がいたとしたら最初から反乱派だった人でしょうけど…」
そこまで話をしたところでセイラは口を閉ざした。それ以上はセイラにもわからないのだろう。
村からの情報の流出は有り得ない。密告者の存在は有り得ないのだから。
キラは俯いた。悲しくなる。サラがこんなことをするなんて。
「どうして…お姉ちゃんはこんなことしたのかな?」
「それは大体想像がつきますよ。多分ゼオンさんとティーナさんの杖が邪魔なんでしょう。一応、あの杖すごい力がありますから。
ルルカさんを狙わなかったのはエンディルス国へのコネがないのと、ゼオンさんを狙った方が一緒にティーナさんもどっかに行ってくれて楽…というとこでしょうね。」
セイラは淡々と言った。冷静なセイラとは対照的にキラは俯いて唇をキュッと噛む。
椅子に座り込んでため息をついた。何もできない自分が情けなかった。
ルルカはセイラと同じくらい冷静で、色々と考えこみながら言う。
「そもそもこの復讐の話、最初からおかしいわよね。両親を目の前で殺されたのは貴女で、貴女のお姉さんはその場にいなかったのにどうして国王が犯人だなんて思ったのかしら。
大体どうして貴女は犯人を見てないのよ?」
うっとキラは言葉に詰まる。そう言われても見ていないのだから仕方がない。
考えてみたがどうしても思い出せない。口をパクパクさせて何か言おうとするけれど言えることがないからどうしようもない。
すると急にルルカはため息をついて立ち上がった。
「貴女のお姉さん、今どこにいるの?」
「え?家にいるけど…」
「そう。なら、悪いけど乗り込むわよ。文句はないわよね?」
そう言って急にルルカは図書館を出ていこうとした。
キラは驚いて後を追いかける。ルルカがこんなにこの復讐の話に積極的に関わろうとするとは思わなかった。キラの頭に大量に疑問符が浮かぶ。
「ちょっと待ってよぉ!マジ?マジですか?」
「大マジよ。文句あるの?」
「や、ないけど…」
ルルカの目はほとんど睨んでいるも同然だった。キラは何も言えない。
少し考えてからキラはセイラに訊いた。
「セイラは来る?」
「…遠慮しておきます。」
「ほぇ、なんで?」
「…リラさん、苦手なんです。」
「婆ちゃん今いないよ?カルディスは何であたしを話に呼ばないんだーとか言って村長んちに乗り込みに行ったから。」
「…いつ帰ってくるかわからないじゃないですか。」
セイラは行く気はないようだった。別に無理に行かなければならないわけではないから文句はないけれど、セイラがリラが苦手というのは少し不思議だった。
「そう、じゃあ行ってくるね。」
キラとルルカは図書館を出ていった。出ていく時のセイラの複雑そうな表情が妙に印象に残った。