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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第9話

キラは迷わずゼオンの方へ駆け出した。何が起きているのかわからない。どうするべきなのかわからない。

けれどそれが今キラにできる唯一のことのような気がしたから。キラはゼオン達のところへたどり着くといつもとどこか違うゼオンに声をかけた。


「ちょっと…あんた大丈夫?」


「…別に。」


ゼオンははねのけるように言う。少し前のキラならこう言われると腹が立っただろう。けれど今はむしろゼオンが心配だった。

ゼオンの後ろにいたロイドも心配そうに声をかける。


「ほんとに大丈夫かよ。顔色もよくねえよ?一回寮に戻る?」


ゼオンは無表情のまま答えない。けれどいつもの無表情とは何かが違う。

あのゼオンをこれほど動揺させる人物、ディオン・G・クロード。

苗字からしてゼオンの親族だと思うのだが、一体ゼオンとどういう関係だというのだろう。

聞いておきたいがとても聞ける雰囲気ではない。キラはティーナを見た。ティーナは大丈夫だろうか。

先ほどのオズの魔法で怪我をしていたりするかもしれない。


「ティーナ、大丈夫?」


「大丈夫…痛いけど。それよりあいつ…野放しにしておけない…!」


ティーナの目に先ほどのような殺意はもうなかったが、それでもディオンに対する怒りは消えていないようだった。

ティーナは立ち上がり、キラから杖を奪いとって歩き出そうとする。それをゼオンが止めた。


「…止めろ。」


「どうして。」


「…言ってなかったな…あいつは俺の兄だ。」


それを聞いた途端、ティーナの足が止まった。自分が迂闊に首を突っ込む問題ではないとわかったようだった。

けれどこのままじゃ現在状況すらよくわからない。さっきペルシアが言っていた村についての話も。リラがサラに言っていた村を裏切るというのがどういうことかも。

オズやペルシアは当然のことのように色々なことをべらべら話していたが、キラには内容が全くわからない。キラはロイドに訊いてみた。


「あのさ、あたし今の現在状況がまーったく理解できないんだけどさ、ロイド…わかる?」


「ペルシアがゼオンを追っかけててさ、俺はペルシアに荷担してここまで来たんだけど、ここで偶然あのディオンって人と会って…」


キラは続けて聞いた。


「あのさ…ペルシアが言ってた自治区がどうの…ってどういうこと?」


「あー……この話はほんとは大人にしか教えられないことなんだけどさ、この村ってウィゼート国から独立した自治区なんだ。

 それで身よりのない人を受け入れたりしながら村を運営していってるわけなんだけどね、この村って村内で悪さをしなければ逃亡者でも受け入れちゃうんだよ。

 本人もう一度やり直す気があるのならそれを尊重しようってのが村の方針らしくてね。

 けどそんなの国の方は認めるわけがないだろ?…まあ、一応昔村のその方針を国側は認めて、そのおかげでこの村は成り立っているんだけど、でも今でもそれに納得してない貴族とかは多いんだ。だから昔からこの村と国は仲が悪いんだよ。

 そんなだから国に村人の情報を流したり、国の役人を勝手に連れてくるのはこの村じゃ禁忌でね。村への裏切り行為にあたるんだ。

 …キラのお姉さんはそれをやっちゃったわけだね。」


いまいちよく理解できずにぽかんとしながら聞いていたが、サラがとんでもないことをしでかしたことだけはわかった。キラは俯く。サラがそんなことをしたなんて信じたくない。

けれどそれが紛れもない事実だということも痛いくらいよくわかっていた。キラは更に続ける。


「あと、スカーレスタ条約って?」


ロイドは少し困った様子で答えた。


「えー…と、ごめん、それについては俺もよくわからない。

 多分50年前のウィゼート内戦が終わった時に結ばれた条約のことだとは思うけど、どうしてそれがこの村と関係するかまでは…」


「…ってか、何でロイドもペルシアもそんな色々知ってるの?」


正直、そこが一番気になった。キラがそう訊くとロイドはニッと笑って答えた。


「だって俺は情報通ですから。ペルシアがどうして知ってたかはよくわからないけど…やっぱ村長の孫娘だからかなぁ?

 あ、俺が知ってるってことあんまペルシアに言うなよ。正規のルートで調べたわけじゃないからさ。」


自称情報通は少し得意げに言う。ロイドの情報って一体どこから来ているんだろうと思った。

キラはゼオンを見た。ディオンとゼオンが兄弟ということはわかったが、どうしてあんなにお互い動揺していたのだろう。

不思議に思ったがそれだけはどうしても聞けなかった。気まずい沈黙が流れる。

すると急にゼオンがどこかへ歩き出した。キラが慌てて言う。


「どこ行くの?」


「寮に戻る。」


それ以上何も言わせないかのようにゼオンは背中を向けて歩き出す。

何と言えばいいのかわからない。どうすればいいのかわからない。

キラが記憶のことでふさぎ込んでいた時、リーゼやリラもこんな風に困ったのだろうか。


「あのさ、あんま無理しちゃ駄目だよ?あんた悩んでても何にも言わなさそうだし。」


「……五月蝿い。」


ゼオンは冷たく言い放って行ってしまった。キラは困った顔で見送るしかない。ティーナも同じだった。


「んじゃ、俺も寮に帰るよ。」


ロイドはそう言ってゼオンを追った。二人の姿はあっという間に遠くなってしまった。

取り残されたキラとティーナはしばらくその場で立ち尽くしているしかなかった。

険しい顔つきで、眉間にしわをよせてティーナは立ち尽くしていた。しばらくしてティーナが言った。


「…キラ、明日あのシルクハットのとこについて来てくれる?」


「え、いいけど。なんで?」


「…おかしいでしょ、あいつあたしたちにこの村に留まるよう要求した時言ったんだよ。

 あたしらがこの村にいることはバレないようにするって。

 …都合良すぎでしょ、偶然ゼオンの兄さんが仕事で村に来るなんてあり得ると思う?」


「…それってオズを疑っているってこと?」


「…当然。じゃ、また明日。」


ティーナはそう言って広場を立ち去った。一人取り残されたキラはゼオンが去った方、ティーナが去った方を交互に見る。

一体何が起こっているのだろう。偶然なのか、策謀なのか。そうだとしたら誰が仕組んだのか。

わからない。キラは頭がこんがらがりそうだった。



◇ ◇ ◇



「…どうしてペルシアさんにゼオンさんを呼んでくるよう言ったんです?」


ルイーネがいつもより低い声で言った。オズはへらへら笑いながらはぐらかす。


「えー、なんか、面白そうやったから。」


ルイーネは少し複雑そうな表情で口をつぐんだ。オズは通りを通って図書館へと戻る途中だった。

夕焼けの光は赤くて強く、オズの正面に影を創る。ルイーネ側からオズの表情は見えていない。

後ろからルイーネ、シャドウ、レティタがついてくる。レティタとシャドウがオズに言う。


「私が呼びに行ってもよかったのに。」


「お菓子くれるなら俺も行ってもいいぞー。」


オズは表情一つ変えない。いつものへらへらした調子のまま続ける。


「そう言うてもお前らだけやと勝手に校内に入る権限あらへんやろ。

 原則生徒と学校関係者以外立ち入り禁止やし。許可とるのもめんどいしー。」


念には念を。小悪魔達にまでへらへら笑いの芝居をする必要は無いのだが、もしペルシアを利用したことが村長にバレると少々面倒くさい。

バレたところで村長に延々と怒鳴られるくらいなのだが、そんな面倒なことをわざわざする必要もない。

自分が利用したと明言しなければペルシアは多分オズに有利になるように言ってくれるだろう。

そう思ってオズは芝居を続けていた。その時だった。後ろから声がした。


「随分楽しそうですねぇ、オズさん。…あ、『紅の死神』と呼んだ方がよかったでしょうか。」


オズから笑みが消えた。立ち止まって振り向く。そこにいたのはセイラだった。

いつもと同じ皮肉たっぷりの口調だったが心なしかいつもより顔色が悪い。

心から嘲笑っているというよりは少し無理をしているように見えた。オズはルイーネ達に言った。


「お前ら先帰ってろ。俺は後から行く。」


シャドウとレティタは素直にすぐ帰っていった。ルイーネだけはあまり納得していないようだったが結局はすぐ帰っていった。

三人がいなくなったところでセイラがオズに尋ねた。


「ディオンが村に入ってすぐにルイーネがお前にそのことを伝えたな。

 …何故ゼオンとディオンが鉢合わせするように仕組んだ?」


オズは先ほどとは違う笑顔を浮かべる。そして素直に答えた。


「偶然ゼオンの兄が村に来たりなんてするはずがないやろ?

 サラかディオン。ゼオンがこの村にいるて情報を掴んだのはどっちか確かめたかったんや。

 …あの様子やとディオンは白やな。掴んだのはサラの方や。」


「…それだけのためにか?」


「俺がそういう奴ってことくらい知っとるやろ?」


セイラは失望したように下を向いた。だがすぐにまたオズに問いかける。


「…じゃあ、お前もどうしてサラ・ルピアが情報を掴んだのかはわからないんだな。」


「ああ、全くわからへんな。」


オズから笑いは消えない。理由はまだわかっていない。だがオズは不愉快に感じてはいなかった。

セイラは苛立たしげにオズを睨む。


「お前…どうしてそう…」


セイラがそう言いかけた時だった。急にセイラが酷く苦しそうに地面にうずくまった。

息も荒く、うずくまるどころか今にも倒れそうだった。顔色も先ほどよりもずっと悪い。その理由をオズは大体知っていた。

自分には何も手伝えることがないことも。手を貸せば逆効果ということも。


「…お前、どうしてここに来たん?

 例の杖4本、それと俺の存在。その時点でお前にとって最悪の条件や。……あの杖の力、お前には毒やろ。

 …それをわかっていながらここに来た…相当切羽詰まっとるみたいやな?」


「…切羽詰まっていなければ…こんな所にやって来たりしない…こんな不幸者の吹き溜まり…。」


セイラは途切れ途切れに話す。まだ苦しそうだった。まだ聞きたいことはあるが今はこれ以上は聞けなさそうだった。

もう自分はここを立ち去るべきだろうなとオズは思った。

セイラにはまだ聞きたいことがある。この駒を捨てるわけにはいかない。

自分が手を貸すより立ち去る方がセイラの為でもあるのだから。しばらくしてセイラは大分落ち着いてきた。


「俺は帰るけど…それでええな?」


「ああ、構わない。」


セイラの蒼い瞳が「早く失せろ。」と叫んでいた。

単にオズが嫌いなだけなのか、それともそれほど「浸食」が早いということなのか…

どちらにしてもセイラはオズの探し物の在処は知らなさそうだった。

オズは何も言わずにその場所を立ち去った。オズが立ち去るとセイラはゆっくりと立ち上がった。

先ほどより大分呼吸も整ってきてもう問題はない。だがセイラの表情は暗い。まだ青白い表情のまま呟く。


「…くそ…思ったより早いな…」


そしてオズが過ぎ去った方向を見つめた。セイラは舌打ちして呟いた。


「…ちょっと目を離すとすぐこれだ…全く、扱いづらい…」


サラの帰還。ディオンの来訪。水面下の戦いは盤面に大きな波をおこし始めていた。



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