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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第8話

先ほどまでの騒ぎは嘘のように消えた。オズの登場によって。急に静まり返ってしまったこの広場がキラは少し不気味に感じた。騒ぎは収まったが緊迫した空気は消えない。二人の威圧感は消えない。怒りと憎しみと悲しみを抱えた二つの鋭い眼光がオズを貫く。だがオズは不適な笑みを浮かべるだけだった。オズを見たティーナは腹立たしげに舌打ちして怒鳴った。


「退け!お前みたいなのがしゃしゃり出てくる所じゃねえよ!」


「そう言うてもなぁ、面倒やけど村の警備も俺の仕事や。」


「なら、あたしが退かしてやるよ…!…この世を滅ぼす紅き瞳の女神よ…」


ティーナはまた呪文を詠唱し始めた。それを見たオズも黙ってはいなかった。


「…運が悪かったな。その手の魔法は俺の得意分野やで。…この世を滅ぼす紅き瞳の女神よ…」


「遅いっ!滅べ魂、紅の風よ!ヴェント・モール!」


それと同時に突風が吹いた。紅い風が吹き荒れ、ティーナの鎌の先に集まっていく。勢いが強すぎて止めようとしても止められない。キラはただその場で見ているしかなかった。あまりの風の強さに隣にいたセイラが倒れそうになる。キラはとっさにセイラの腕を掴んだので大事には至らなかった。それでも風は止まない。そして風はかまいたちとなり、オズを襲おうとした…その時だった。


「…闇よ、全てを覆せ!オプス・キュリテ!」


その途端、紅と闇の盾がオズを覆った。紅いかまいたちは盾を斬ろうとするがびくともしない。オズの魔法はあまりに強大。ティーナが起こしたそよ風なんか痛くもかゆくもない。かまいたちはあっさり消え去った。残ったのは悔しそうにオズを睨むティーナだけ。ティーナが再び呪文を唱えようとした時、オズがパチンと指を鳴らした。


「うっ…あああああああああぁ!」


ティーナの悲痛な叫び声が響いたかと思うとティーナは急に地面に倒れ込んだ。いつの間にか、ティーナの居る所には紅い魔法陣があった。魔法陣は光り輝き、ティーナを地面に縛り付けている。それでもティーナは鎌を離さない。必死に立ち上がろうともがく。きっと、全てゼオンの為なのだろう。だがティーナのあがきはあっけなく消された。突然どこかから短剣が飛んできて、ティーナの鎌を弾き飛ばした。ティーナは短剣が飛んできた方を見る。


「わりぃな、オズがお菓子くれるって言うからさ。」


そこに居たのはシャドウだった。後ろには何本もの短剣が浮いている。鎌を拾おうと手を伸ばした時、どこかから来た光の鞭がティーナの手を止めた。


「喧嘩はいけないのよ。…わかる?」


レティタがティーナに言った。シャドウの横でふわふわ飛んでいた。そして、何かがティーナの鎌を拾い上げた。その途端、鎌は杖に戻った。鎌を拾い上げたのはルイーネだ。後ろには目玉を見開き、牙を光らせるホロがいる。ティーナに勝ち目はもうない。


「…これでチェックメイトですね。」


ルイーネはそう言って杖をホロに渡した。ホロはその杖をキラに向かって投げてきた。キラはそれをうまいことキャッチした。するとオズがキラに言った。


「後でティーナに返といてくれへん?」


「わ…わかった。」


キラはオズが怖くてとりあえず頷いた。オズはもう一度指をパチンと鳴らした。するとティーナの下の魔法陣が消えた。ティーナはもう黙って抵抗しなかった。ティーナを痛めつけたくせにオズはやっぱり笑っている。残酷な笑みだった。


「…そうか、貴方がオズ・カーディガルか。」


それはディオンの声だった。ディオンはティーナより落ち着いていて、むやみに抵抗する様子はない。オズがディオンに言う。


「国のお偉いさんにまで俺は知られてるんか。俺も有名になったもんやなあー。」


「俺よりもっと年のいった奴らの間じゃ有名だよ。『紅の死神』の名はな。」


そう言ったディオンの目はオズの紅い翼を見ていた。本来、悪魔なら黒色であるはずの。紅の死神、という言葉にキラは首を傾げたが今はそんなことを突っ込んでいられる空気じゃない。オズはディオンを見ると言った。


「そんで、国が今更何の用や?…自治権の話なら終わった筈やけど。」


「…スカーレスタ条約について改正を提案しに来た。貴方も無関係の話ではないはずだ。村長のカルディス殿に取り次ぎ願いたい。」


オズの目がキッと鋭くなる。スカーレスタ条約だなんてキラにとっては未知の単語だが、オズは何か知っているようだった。


「…何やねん今更。」


「陛下がどうして改正だなんて思ったかは俺は知らない。俺はただの使いだからな。」


「…普通ただの使いにお前みたいな偉いのが来るやろか?なあ、ディオン・G・クロード公爵殿?」


ディオンが顔をしかめた。不愉快そうに言う。


「…なぜ貴方が俺のことを知っているんだ?」


「ゼオンのことを色々調べた時にちょいとな…」


「…あいつのことを?なら、あいつが逃亡者だってことは…」


「勿論知っとるで。多分上層部の奴らも知っとるやろな。」


それを聞いたディオンの表情が怒りで歪んだ。ディオンの緑の瞳が今なら真っ赤に見える気がする。

そしてゼオンを睨みつけて言った。


「何て村だ…こいつが脱獄犯だと知っていながら野放しにしていたのか?こいつが何をしたのか知っていながら…!」


その時意外な人物がキラ達の前に出た。


「あら当然ですわ。この村はそういう村ですもの。」


そう言ったのはペルシアだった。ペルシアが急にそう言い出したことにキラは驚いた。その時のペルシアの表情はいつもと違った。村長の孫娘としての表情をしていた。


「国の偉い方なのに何にもご存知ありませんのね。この村は身寄りのない人や迫害された人など、行き場のない人を受け入れるための村ですの。当然、逃亡者だって受け入れますわ。この村は国から独立した自治区で逃亡者が来たところで国に報告する義務はありませんの。そういう条件の下で成り立っている村ですわ。この村の中で犯罪行為を起こさなければ、過去に村の外で罪を犯していても何も言いませんわ。ここはそういう所ですのよ。」


キラは戸惑った。そんな話聞いたことがない。今まで生まれた時からこの村に住んでいたが、そんなことは知らなかった。ペルシアがそう言った時、ディオンの後ろの方から誰かが走ってくる音が聞こえた。キラは走ってきたその人を今までと同じ目では見られなかった。それはサラだった。サラは先ほどの騒ぎでめちゃくちゃになった広場を見ると、ディオンの所まで慌てて走っていった。


「ディオン様、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


「ああ、大丈夫だ…。」


キラは何も言えなかった。絶望したような、ぽっかり穴が空いたような気分だった。サラはこの村が逃亡者を受け入れる村だと知っていたのだろうか。…きっと知っていたのだろう。そんな気がした。わかっていながらディオンを連れてきたのだ。こんな騒ぎが起こるとサラはわかっていてたのだ。ディオンはそのことに気付いていないのかもしれないが。キラはサラに問いただすことすらできなかった。ペルシアはため息をついてディオンに言った。


「お祖父様には私から取り次ぎますわ。…サラさんも一緒についてきてくださる?」


サラとディオンは頷いた。するとオズがペルシアに言った。


「俺は後から行くから、ジジイに伝えといてくれへん?」


「わかりましたわ。」


そう言うとオズは図書館の方へ歩いて行ってしまった。それを見た小悪魔達も後からついていく。


「…おい、そこの眼帯の小悪魔。」


ディオンがルイーネを引き止めた。ルイーネは止まって黙り込む。オズ達はルイーネを置いて先に行ってしまっていた。


「『ホロ』というのはお前か?」


ルイーネはいつもより真剣な目で、だがどこか寂しそうに言った。


「いいえ、私は『ルイーネ』です。」


「…そうか。上の方から伝言だ。役目を忘れないように…とのことだ。」


「…わかっています。」


シャドウとレティタはオズのすぐ傍をふわふわ飛んでいた。ルイーネはまた俯き、黙り込んでからオズの所に急いで飛んでいった。ルイーネが飛んでいってからディオンはペルシアに言った。


「…用は終わった。村長への取り次ぎを頼む。」


「わかりましたわ。」


そう言ってディオンとサラはペルシアについて行ってしまった。三人が去った後、誰かがキラの袖を引っ張った。


「…すみません、ちょっと用があるんで先に行っても構いませんか?」


それはセイラだった。先ほどの騒ぎで疲れたのかセイラは少し顔色が悪かった。


「いいよ。」


「すみません…。」


セイラは急いで走り去っていった。キラはセイラを見送ってから急いでゼオン達のところへ走った。

何がなんだかわからない。サラが何を考えているのか。こんなことをしてどうなるというのか。

わけがわからないまま、ゼオンの所へ行くことしかできなかった。今のゼオンを放っておいていいわけがなかった。



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