第5章:第6話
「…見つけた!ほら、とっととペルシアのとこに…ゴフッ!」
「うおお、ゼオン・S・クロード、覚悟…いてぇぇ!」
「うおぉぉぉおお…ぐはぁああ!」
追っ手の数はゼオンの予想以上に増えていた。そんなに金が欲しいか。そんなにケーキに飢えているのかと言いたくなる。確かにこんな田舎ではケーキはめったに食べられないだろうけれど、さすがに釣られすぎだろうと言いたくなった。
現在二人は校舎の一階の廊下を走っていた。ゼオンとティーナは150万とケーキバイキング目当てに群がってくる生徒たちを適当にあしらいながら逃げていく。長い間国の兵士たちから逃げてきたゼオン達からすればこんなひ弱な生徒どもは敵ではない。
ただ…これが誰かの思惑の一部なのではないかということは感じていた。ペルシアは独断でこんなことをしたのだろうか。ペルシアにゼオンを連れてくるよう指示した張本人のオズはこうなることを予想していたのではないだろうか。
薄々ゼオンはそう感じていた。大事な話があるから絶対に連れてきてほしいだとか、そんなようなことを言えば責任感の強いペルシアはオズの思い通りに動くのではないだろうか。だがうだうだ考えている場合ではない。後ろから追ってくる生徒たちからとにかく逃げる。廊下は一本道。突き当たりに階段と出口が見える。さあ、どっちに行くべきだろう。
だがその時、階段から十数人の生徒たちが降りてきて二人の行く手を阻んだ。二人は立ち止まる。前にも追っ手、後ろにも追っ手。完全に挟み撃ちだ。
「うわぁ、挟まれたっ…。」
ティーナが声をあげる。生徒たちはじりじり近寄ってくる。別にこの生徒たちをやっつけるのは難しくない。だがさすがに校内で流血事件を起こすのはまずい。こんなくだらないことでまた牢屋行きはごめんだ。けれどのこのこ連行されるわけにもいかない。ゼオンはとっさに杖を魔法で剣に変えた。それは切れ味抜群だということが刃の煌めきからすぐわかった。
生徒たちの表情が青くなる。それを見たゼオンはそのまま出口側の生徒たちの方へ突進した。生徒たちは剣を恐れてあっという間に逃げていった。廊下にはもう誰もいない。後日またお説教だな。そう思いながらゼオンは校舎を出た。ティーナも後ろからついてくる。
「ゼオン、これからどうする?」
「このままだと鬼ごっこが終わらないな…」
その時、後ろから人の気配がするのを感じた。ゼオンはすぐに後ろを向く。そこにいたのはロイドだった。ティーナがロイドに言った。
「誰てめぇ。」
「…一応会ったことあるはずなんだけど。俺はロイド・ジェラス…」
「白髪君ね、わかった。」
「うぉい!酷くね?人種差別反対!」
ロイドは自分の白髪頭を押さえながら怒鳴る。ゼオンはため息をついて言った。
「で、何の用だ?」
「ゼオン達追っかけられて大変なんだろ?敷地外への抜け道教えてやろうか?」
ロイドは笑いながら言った。ゼオンは黙ってロイドを見る。ティーナは手をパチンと叩いて喜んだ。
「やったぁ、白髪意外といい奴だねぇ!」
「…嘘だな。」
ゼオンは容赦なく言った。ティーナが驚いて目をぱちくりさせてゼオンを見る。
「150万+ケーキと見返りなしを比べて、お前が見返りなしの側につくわけがない。」
「う…やっぱ鋭いなぁ…」
ロイドはため息をついた。それを見たティーナが怒る。
「うわ駄目だ、白髪!最低だ!」
ゼオンはすぐにその場から逃げ出そうとした。するとロイドが校舎の二階に向かって大声で言った。
「おーいペルシア!バレちゃったよ!」
その声と同時に二階の窓からゼオンたちの後ろにペルシアが飛び降りてきた。こんなのが村長の孫娘でいいのかと思ったが口には出さなかった。ペルシアはニヤリと笑いながらゼオンの方を見る。
どうやらこの二人はグルだったらしい。オズが呼んでいるというだけでそこまでするかとゼオンは呆れた。正面にロイド。後ろにペルシア。また挟み撃ちだ。けれど今回は真横が空いている。ゼオンとティーナは右の方に見える校門に向かって走り出した。
「そうはいきませんわよ!」
ペルシアが指を鳴らすとどこからともなく数十人の生徒たちが校門の所に現れ、行く手を阻んだ。けれど敷地内にいては鬼ごっこから逃げられない。敷地外に行くしかない。ゼオンは舌打ちした後、目でティーナに合図した。それを見たティーナは杖を魔法で鎌に変える。そして鎌をぶんぶん振り回しながら生徒の大群に向かって突進した。生徒たちは鎌に怯えてあっという間に逃げていった。
二人はすぐに校門を抜けて通りに出た。それを見たペルシアとロイドが後ろから追ってくる。全くしつこい。ゼオンとティーナはとにかく走って逃げる。だがその時二発の発砲音が響き渡った。銃弾が地面をえぐる。ゼオンが後ろを見るとそこには二丁の銃を構えるロイドがいた。横にいるペルシアに至っては鞭を片手にこちらに走ってくる。ティーナが怒鳴った。
「こらぁ白髪!銃刀法違反だぞ!」
「この村に銃刀法なんてありませんわ!」
「お前ら無茶苦茶すぎる…。」
「大体、銃刀法云々ならゼオンはどうなるんだよ?」
「ゼオンはいいの!何しても許されるの!」
「俺は大王か何かか…?」
ゼオンは呆れながら走っていく。そろそろ呆れるのを止めたい。そんなゼオンの足元をロイドの銃が狙う。ペルシアはそこまで強くなさそうだが、ロイドの方が意外と腕は確かで避けるのも一苦労だった。一方ティーナはペルシアに追い回されているようでペルシアの鞭を避けつつなんとかゼオンについてきていた。
このままこの通りを進んでいくと着くのは中央広場。そこからは村じゅうに向かって何本も道が伸びているのでペルシアとロイドをうまく捲けるかもしれない。そう思い、ゼオンは中央広場を目指した。だが同時に何か違和感のようなものを感じていた。オズはこれを予測していたのではないか?
ペルシアがこんな騒ぎを起こすことも、結果的にゼオンたちが校外に出ることも全て……考えすぎかもしれないけれど。とにかく走るしかない。もう止まれない。引き返せない。走って、走って、ようやく中央広場が見えてきた。
中央広場は相変わらず平和で、子供の笑い声や大人たちのお喋りが聞こえてくる。ゼオンとティーナは平和をぶち壊すように中央広場に突っ込んだ。同時にロイドとペルシアも中央広場に突っ込む。ペルシアの鞭がゼオンとティーナを襲う。
二人はそれをうまく避けつつ遠くに見える別の道へと走る。だがロイドが二人の前に立ちはだかる。こうなるともう大騒ぎだ。周りの子供たちのことなんてお構いなしに四人は大乱闘を繰り広げ始めた。中には泣き出してしまう小さな子供もいたがロイドたちは構わなかった。その時だった。
「何の騒ぎだお前たち、止めろ!」
怒鳴り声が響き渡った。怒鳴り声の主は背の高い青年。髪は茶色、瞳は緑色。ゼオンの中の何かが止まった。その青年の顔を見た途端、ゼオンの表情が凍りついた。足が動かない。冷静でいられない。逃げ出したいけれど逃げられなかった。
脳裏に過去の記憶が蘇る。遠く冷たい記憶…ずっと焼き付いて離れなかった記憶が。そこにいたのは本来ここにいるはずのない人物。その青年が誰なのかゼオンはよく知っていた。
「ゼオン…?どうしたの…?」
ティーナが心配そうにゼオンを見る。いつもと明らかに違うゼオンの様子に、ロイドもペルシアも手を止めた。その時青年もゼオンに気づいた。途端に青年の表情も凍りつく。絶望と悲しみと怒りが入り混じった表情だった。当然だ。この青年はゼオンにとって最も会いたくなかった人物。そしてきっと、ゼオンはこの青年にとって最も会いたくなかった人物なのだろう。
「お前…ゼオン…どうしてここに…?」
青年の口から漏れた声は紛れもなく懐かしい声だった。懐かしく、疎ましい。ゼオンが最も憎み、恨んでいた「クロード家」。この青年はその現当主。そして…ゼオンの兄である人物だ。
「嘘だろ……どうして…ここに…」
微かに動いた唇はそれしか言えなかった。ゼオンの兄、ディオン・G・クロードは、今間違いなくゼオンの目の前に居る。
そして、その様子を見ていたティーナの顔つきが変わっていくのがわかった。