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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第5話

通りを駆け抜ける音は速くなるばかりだった。キラは急いで家へと走っていく。

途中何人も知り合いを見かけたがみんな無視してただ家を目指した。一度止まるとまた不安になって歩き出せなくなりそうだから。

止まらないように、くよくよしないように。走りつづけてキラはようやく家の屋根を見つけた。

家の中の様子は見えないが話し声も聞こえてこない。ひょっとするとサラはまだ到着していないのかもしれない。

キラはドアノブに手をかけた。その時だった。


「キラ、久しぶりね!」


サラの声だ。キラは後ろを向く。そこにいたのは昔と全く変わらないサラの姿だった。サラはキラに笑いかけた。まるで復讐したいなんて思ってすらいないかのように。

今までと何も変わらないサラにキラは少し戸惑った。優しい笑顔を見せるサラに、復讐についての話を切り出すことなんてできなかった。キラは今までサラと接していた時と同じように話した。


「おかえり!疲れたでしょ、大丈夫?」


「大丈夫だよ、私だってあのばーちゃんに鍛えられたんだから。」


サラは今までと全く変わらない様子で笑っている。キラは復讐のことなんて言い出せなかった。

その時キラはサラの後ろに誰かいることに気づいた。背が高く整った顔立ちの青年で、貴族や金持ちが着るような高価そうな服を着ている。

髪の色は茶色で眼の色は緑。その青年はキラのよく知る誰かに似ていた。


「知り合いか?」


その青年はサラに問いかけた。サラは後ろを向いてその青年に言った。


「私の妹のキラです。」


「そうか、再会を邪魔しては悪いな。俺は別の場所で待っているよ。」


「あ、いえ、気を遣わなくても…」


「俺は別に構わない。村の様子も見たいしな。」


「すみません…。では、中央広場で待っていてもらえますか?」


「わかった。」


ディオンという青年はそう言って村の奥へ行ってしまった。キラは言葉が出なかった。あの青年、顔立ちなどが少しゼオンに似ているような気がするのだ。おそるおそるキラはサラに聞いた。


「あのさ…今の人、誰?」


「ディオン・G・クロード様。クロード家っていう貴族があってね、そこの当主様なの。村長さんに話があるらしいよ。」


キラの表情が凍りついた。ゼオンの名字も『クロード』だ。あの青年はゼオンと何かあるのかもしれない。何だか胸騒ぎがし始めた。何かが起こりそうな気がしてならない。どうしてだろう。何だか心配になってきた。その時、後ろで扉が開く音がした。


「…サラ、今の話は本当かい?」


そこには険しい表情のリラが立っていた。サラはにこりと何か含みのある笑みを浮かべて頷いる。

リラの眼が急に鋭くなり、低い声で言った。


「あのディオンという男、明らかに国からの使いじゃないか。…サラ、お前はもうこの村がどういう村だか、国とどういう関係か…もう知っているはずだ。」


サラは笑ったまま頷いた。ますますリラの眼が鋭くなっていく。リラは今まで誰に対しても、オズに対してだってここまで鋭い眼をしたことはなかった。


「『村』を…裏切ったのか?」


サラは笑ったままだった。無言でリラを見つめている。それを見たキラの心臓の音が速くなった。

リラが何を言っているのか、村を裏切るというのがどういうことなのかキラは知らない。わからない。

けれどキラは悟った。サラは本気だ。本気で復讐を考え、反乱を起こそうとしている。


「…ごめん、あたしちょっと用事思い出した。」


キラは嘘をついた。そして急いでもと来た道を走っていった。向かうのはゼオンのところだった。

嫌な胸騒ぎは消える気配がない。とにかく心配だった。カラスの声が異変を知らせるかのように響き渡った。



◇ ◇ ◇



キラが過ぎ去った後、ゼオンは教室を出てあてもなく廊下をぶらぶら歩いていた。通り過ぎていく他の生徒たちの話し声がうるさい。これから暇だなとゼオンは思った。キラの姉が帰ってくると言っていたが、ゼオンは会うつもりはなかった。何か思惑があってキラの姉は村に戻ってきたのではないだろうか。そうゼオンは思っていたから。

なるべく寮か校舎の敷地内に居ようとゼオンは思っていたが、そんな考えは誰かさんには通用しなかった。


「ゼーオーン!あたしとデートしてぇ!」


もう飽きるくらい聞いた声だ。ゼオンは少し呆れて後ろを見た。


「…お前はよく何度も不法侵入できるな。」


そこには夢見るような眼でゼオンを見るティーナがいた。こいつは頑張るなあとある意味感心する。ティーナは上目遣いでぶりっこポーズをしながら言った。


「だってあたしはゼオンか大好きだからゼオンといつでも一緒にいたいんだもん…」


「…お前、ストーカーって言葉知ってるか?」


「あたし、300年前から来た時を越えた少女だからわかんないっ。」


「…………。どこかの自称時を越えた少女みたいに、奇妙なほどに他人をつけまわす風変わりな趣向を持つ奴のことだ。」


「風変わりじゃなくて、純情な乙女って言ってぇ。」


その時誰かが近くに来たのを感じた。


「純情というよりは邪心ですわね。」


こんな話し方をする人は一人しかいない。ゼオンが声をした方を見るとそこには腕組みをしながらティーナを睨みつけているペルシアがいた。

よほど急いで走ってきたようで息を切らしている。ティーナはペルシアを見るなり笑いながら言った。


「よっ、お嬢!」


「お嬢じゃありませんわ!また不法侵入してきましたのね!校内は立ち入り禁止と何度言ったら…」


また面倒なことになったなとゼオンは思った。また口論になってそれをぼんやり見ているのも馬鹿馬鹿しい。

口論が始まる前にペルシアに言った。


「それで、何の用だ?ティーナに説教したかったわけじゃないんだろ?」


「あ、ええ。オズが貴方を呼んでいましたの。ついてきてくださらない?」


「オズが?」


ゼオンは眉をひそめた。時期的に多分キラの姉の帰省について何か話があるのだろう。だが何かひっかかる。どうしてペルシアに呼んでくるよう頼んだのだろうか。サラ・ルピアの復讐のことなんて何も知らないはずのペルシアに。本当ならオズの周りにはちみっこい小悪魔たちがいるのだからその中の誰かに頼んで呼んできてもらえばいいはずだ。

何かありそうな気がした。


「これ、ゼオンに渡すようにと…」


ペルシアはそう言って小さなメモを手渡した。メモにはこう書いてあった。


『サラが村に到着しおった。今はキラの家におる。そのことでちょいと話があるから図書館まで来い。』


今サラがキラの家にいるというのが正しいならばゼオンが出歩いてもサラと会う心配はない。だが勿論それが嘘の可能性もあるし、サラと会わなければ安心とも限らない。できれば行きたくない。だがそう簡単にはいかない理由がある。ティーナがペルシアに聞こえないようにひそひそ声でゼオンに言った。


「なぁんか怪しくない?すっぽかしちゃおうよ。」


「…そうもいかないんだよな。あいつの姉は国の医務官だ。俺がここにいることをオズはあいつの姉に言うかもしれない。」


「でもあいつあたしたちのこと脅してまでここに留まらせたのにそんなことするかなあ…」


「あいつの目的は多分あの杖だ。俺たちから杖を奪ってから国に突き出せばあいつには損は何もない。あいつ強引だし、手段は選ばねえよ。」


「……。」


ティーナは黙り込んだ。だがティーナの言うとおり行かない方がいいのは確かだ。何があるかわからない。オズの思い通りにしてろくなことが起こるわけがない。さあ、どう乗り切るべきだろう。


「どうしましたの?早く来てくださらない?」


ペルシアは不思議そうに言った。ペルシアの性格からして適当な理由をつけて誤魔化して逃げるのは無理だろう。かといって行かない理由を素直に言うわけにもいかない。オズらしいなとゼオンは思った。伝達役にペルシアを選んだ理由がなんとなくわかってきた。その時急にティーナが不気味な笑いを浮かべ始めた。


「ふっふっふ、そうはいきませんぜ、お嬢。」


「どうしてですの?」


「なーぜーなーらっ!」


ティーナは急にゼオンの腕をつかみ窓際まで寄った。何だかすごく嫌な予感がした。


「あたしがゼオンをこの場で誘拐しちゃうんだから!」


「はぁぁ!?誘拐は犯罪ですのよ!」


「このあたしに盗めないものなどないのだー!」


そう言った瞬間、強い力で後ろへ引っ張られ、窓のへりに背中をぶつけたかと思うと、ゼオンは窓から勢いよく固いグラウンドに向かって落下していた。…つまり、ティーナに落とされたのだ。ゼオンがいたのは4階。まともに頭から落下したら痛いどころでは済まない。だがゼオンの体はどんどん速度を上げて落下する。地面はどんどん近くなる。ゼオンは魔法で杖を取り出すと地面に向けて杖を向けた。


「天空を駆ける風よ…ヴェント!」


轟音と共に突風が吹き荒れた。激しい風がゼオンを包み込み落下の振動と速度を落とした。そして体勢を立て直したゼオンはうまく風を操り、ゆっくりと地面に着地した。その時憎らしい声がした。


「さっすが、着地する様子もかっこいいよぅ!」


かっこいいとかどうでもいいからもう少し平和的な行動をしてほしい。ティーナは悪魔の黒い羽で何事もなかったかのように上から降りてきた。ペルシアは追ってくる様子はない。ペルシアから逃げられたのは幸いだがゼオンは羽を持っていないことを考慮して行動してほしかった。


「お前…やってくれたな…。」


ゼオンはティーナを睨みつけたがティーナは眼をキラキラさせるだけだった。

とりあえず逃げられたのは事実なので文句は言わなかったが安心はできない。これからどうするか。ペルシアは追ってきたりするだろうか。流石にそこまではしないか…なんて思った時。ピンポンパンポーンと校内放送の安っぽい音が流れた。


『皆様ごきげんようー。ペルシア・P・サリヴァンですわ。突然ですが、ゼオン・S・クロードを見つけた方は私のところまで連行なさい!村長命令でしてよ!

 茶色の髪に赤い目をして仏頂面な奴ですわ!見つけた方には豪華ケーキバイキングと賞金150万をプレゼントいたしますわ!』


ゼオンは疲れて頭を抱えた。ティーナやリラも無茶苦茶だがまさかこんなに無茶苦茶な奴がまだいたとは。その時周囲の視線がゼオンに向いたのを感じた。


「…逃げるぞ。」


そう言ってゼオンとティーナはグラウンドを駆け抜け校舎の影へと紛れ込んでいった。


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