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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第4話

「気が辛いよ…」


キラは呟いた。だらんと腕を伸ばし、机に突っ伏している。


「…それを言うなら気が重いだろ。」


ゼオンがわざわざ指摘した。今日はサラが帰ってくる日だった。

蒸し暑い教室の中、夏の鳥の声が聞こえてくる。空の色は澄み渡るような青だった。

本当に説得なんてできるのだろうか。不安でキラはまたため息をついた。

ちょうどキラの近くにはゼオン、ロイド、ペルシアの三人がいた。

ペルシアが不思議そうに尋ねた。


「今日のキラは何だかだらしないですわね。何がそんなに不安ですの?」


ペルシアはサラの復讐のことなんて知らないのだ。下手に巻き込むわけにもいかない。

キラは「何でもない。」と言ってごまかした。するとロイドが笑いながら言った。


「ああ、そういや今日キラの姉さん帰ってくるんだろ?」


キラは驚いてロイドを見た。ロイドにサラが帰ってくる話なんてした覚えがない。

するとキラが訊く前にゼオンがロイドに尋ねた。


「よく知ってたな。」


「そりゃあ俺は校内一の情報通だからね。」


自称、校内一の情報通は得意気に言った。

ロイドはどうしてこう余計なことを知っているのだろう。キラはまたため息をついた。

ペルシアはまた不思議そうに言った。


「全く、よくわかりませんわね。」


するとロイドが笑って言った。


「しょうがないよ、キラだから。」


「そうですわね、キラですもの。」


「あたしは新種の動物かなんかか…?」


キラは机に突っ伏したまま呟いた。そしてまたため息をついた。

一体二人はキラのことを何だと思ってるんだ。するとゼオンが言った。


「…新種の動物というより干からびたワカメだろ。」


「おいちょっと待った。誰がワカメだぁ!」


まさかのワカメ発言にキラは立ち上がってくってかかるように怒鳴った。


「馬鹿が机に突っ伏して伸びてるんだ。どう見たってワカメだろ。」


「あたしは動物以下かぁ!」


「むしろ植物未満だな。植物だって自立して立っていられる。」


「……。あんたどうした?セイラ病にでもなった?」


キラは立ち上がってゼオンを睨んだ。ゼオンは無視してそっぽを向いている。

むっとしてぶーっと頬を膨らませてゼオンを睨んだがゼオンはこっちを見ようともしない。

それを見たロイドが急に笑い出した。


「あはは、ゼオンって面白いよね。」


「…何がだ?」


「キラ、『しっかりしろ。』だってさ。」


ロイドはわざと大声でそう言った。キラはわけがわからず首を傾げた。

何をどうとったらそういう捉え方ができるのか全くわからなかった。

ゼオンはロイドに冷たく言った。


「うるさい黙れ、白髪頭。」


「うあ、酷…。」


ロイドはしょんぼりして自分の白髪の頭を掻いた。ゼオンは相変わらず無表情でそっぽを向いていた。

キラがきょとんとした表情でゼオンを見ているとペルシアが不思議そうに言った。


「それにしてもキラのお姉さん、よくこんな時期に帰ってこれますわね。

 何だか国の方も最近大変みたいですし、医務官も引っ張りだこだと思うのですけど。」


「お前の姉、国の医務官だったのか?」


ゼオンが急にキラに聞いた。その通りだったのでキラはとりあえず頷いた。

それを聞いたゼオンの表情が少しだけ険しくなったがキラは気づかなかった。

キラは立ち上がった。気合いを入れ直して言った。


「…ま、くよくよしてても仕方ないか。しっかりしなきゃね。んじゃ、あたし先帰るから。」


そう言ってキラは鞄を持って飛び出していった。どうしてサラがこの時期に帰ってくるのか。そんなこと全く考えていなかった。



◇ ◇ ◇



この森を歩くのは一年ぶりだった。鳥の声も風の音も昔のまま。

薄暗くてじめじめして、太陽の光さえろくに当たらない広い森。見えない出口に向かって二人は進んでいく。

子供のころはよくここで遊んだなとサラは思った。相変わらず薄暗い森ですぐ迷いそうになる。

けれどサラは確実に正しい道を選び先に進んでいった。後ろにいるのは公爵様でありクロード家の当主、ディオン・G・クロードだ。

危険な目に合わせることは許されない。サラは慎重に進んでいった。後からディオンもついて来る。

ディオンがサラに聞いた。


「村はこんなに山奥にあるのか?」


「ええ。魔物も多いので気をつけてください。」


「お前はその村の出身だと言ったな。どうしてまだ若いのに首都の城に働きに来たんだ?」


サラは少し黙り込んだ。そして正直に答えた。


「……お給料が…高かったから…。」


「…素直だな。」


復讐のため以上に大きな理由だった。両親が死んでからルピア家の収入はサラ一人で支えている。

昔はリラが働いていたのだがさすがにもう年だしそんなに無理はさせられなかった。

城の医務官になるのは楽ではなかった。人の何倍も勉強し、自分より5も10も年上の大人達の中で試験を受けて合格し、やっと城で働く資格を得た。

妹と祖母を養ってはいくために必死だった。

城で働いている時にも今と同じ質問を何度もされた。そのたびにサラは両親はもういないことを思い知るのだった。


「…おい、大丈夫か?顔色が悪いが…少し休むか?」


ディオンの声を聞いてサラはハッとした。サラの側がこの調子でどうする。悲しさを振り払い笑顔を作ってディオンを見る。


「私は大丈夫ですよ。ディオン様は大丈夫ですか?お疲れになっていたりとか…」


そう言った時、サラの顔から笑顔が消えた。ディオンの後ろ、少し離れた所に一体の魔物の姿が見えた。


「危ないっ!」


サラは叫んですぐに自分の槍を取り出し、魔物へ向かって駆け出した。

だが意外にもディオンの反応は早かった。ディオンはサラが叫ぶとすぐに剣を抜き、背後の魔物を一瞬にして切り裂いてしまった。

お屋敷でのびのび育った貴族とは思えない強さだった。訓練を受けた兵士よりも速いのではないかと思うような反応だ。

何事もなかったかのように剣を鞘にしまうディオンを見たサラは感心して言った。


「お強いんですね…」


「剣術は嫌というほど教わったからな。…クロード家の奴はみんなやらされるんだよ。まあ…自分の身くらい守れないようではやってられないしな。」


ディオンは少し複雑そうな悲しそうな表情でそう呟いた。なぜそんなに悲しげに言うのかはわからない。

けれどサラは敢えて何も言わなかった。ディオンだって名門貴族の当主としては相当若い方だ。

きっと色々と苦労もあったのだろう。そう思ってクロード家のことにはもう触れないでおいた。


「私も一度やってみたいですね、剣術。うちに剣なんてありませんから。

 フライパン片手に祖母に飛びかかったらモップで返り討ちにされた経験ならありますけど。」


サラは笑いながら言った。


「それは凄いな。」


ディオンも少しだけ笑った。

目つきが悪いから笑わない人なのかと思っていたけど人は見かけによらないなとサラは思った。

そうして歩いていくうちに木々の狭間から光が見えてきた。二人はその光に向かって歩いていく。

そして視界が晴れ、目の前に懐かしい村の姿が広がった。

ディオンが言った。


「やっと着いたな。それにしても国と仲が悪いと言っていたが…」


「大丈夫ですよ。私はこの村の出身ですし、私が言えば多分通してもらえると思います。」


「そうか、助かるな。」


ディオンはそうお礼を言った。サラを全く疑っていないようだった。見かけによらず結構お人好しらしい。

人は見かけによらない、本当にそう思う。サラの目は村を見ていなかった。もう居ない両親の顔を思い出す。

サラは少しだけディオンから目をそらして言った。


「じゃあ、村にご案内しますね。」


そして二人は村に入っていった。草原の中を歩き、道を歩いていく。途中で近くでするっと何かが動くのを感じた。

さすが、この村の監視役は優秀だなと感じた。ディオンに背を向けてサラはニヤリと笑う。

きっとディオンは想像していないだろう。ディオンの家族を殺した弟がこの村にいることを。



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