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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第3話

「…ほんとに大丈夫?」


キラはもう一度ゼオンに聞いた。その時にはもうゼオンはいつもと変わりなかった。


「どうもしないって言ってるだろ。」


そう言ってゼオンはティーナやルルカたちの方に戻っていった。キラも仕方なくそちらに戻っていく。

チェスの決着がまだついていないらしく、オズとセイラはチェス盤を見つめながら何か考えこんでいた。

そんな時にティーナがセイラに言った。


「そういえばセイラさ、何かさっきの人のこと気にしてたけどどうしたの?」


セイラは考えこみながら言った。


「前に会った奴…かと思ったんですけど、本当に違うみたいです。」


「ふーん。」


ティーナがそう言った時、オズが駒を動かす音が聞こえた。セイラが盤面を見ると、オズが笑いながら言った。


「よそ見してる暇はなかったみたいやな。…これでチェックメイトやで。」


もうセイラに動かせる駒はなかった。セイラは諦めたようにため息をついた。どうやら決着はついたらしい。

その途端に小悪魔たちがセイラに言った。


「よっしゃ、性悪女ぁ!シュークリーム買ってこい!」


「違うわよシャドウ!アイスでしょ?」


「とにかくオズさんが勝ったんですから、アイス買ってきやがれです!」


ここぞとばかりに小悪魔達は騒ぎ立てた。日頃のうっぷんを晴らすかのようだった。

けれどセイラはしれっとした様子で言った。


「…そうは言っても、私お金持ってませんよ?」


「…は?」


小悪魔達は一瞬で黙った。しばらく沈黙が続いた後、シャドウが言った。


「…んじゃあ、何でこんな勝負に乗ったんだよ。」


「暇つぶしです。」


即答だった。みんなどれだけ暇しているのだろうか。同時に何人かのため息が聞こえた。

けれど小悪魔達はそれで納得するわけでない。三匹が怒鳴りだそうとした時、セイラは立ち上がった。


「…とはいえ、約束したのは事実ですからね。アイス持ってくればいいんですよね?」


小悪魔達は怒鳴るのを止めた。アイスの力は凄いなとキラは思った。

けれどすぐにルイーネが言う。


「けど、お金ないくせにどうする気なんです?」


セイラは爽やかな作り笑顔ととても可愛らしい幼女声で言う。


「大丈夫です、皆さんお優しいですからちょっと内緒話すればきっとすぐにくれますよ。」


沈黙が流れた。誰も何も言わなかった。間違いなく脅す気だなとキラは思ったがセイラが怖かったので黙っていた。

そんなキラたちの間を悠々と抜けていき、セイラは扉を開いた。

出ていく時、セイラは聞こえないくらい小さな声でぼそりと呟いた。


「…やはり、私じゃあいつには勝てないか…。」


こうしてセイラは誰からも止められることなく図書館から出ていった。

キラが呟いた。


「…いいのかな…」


誰も答えてくれなかった。おかげでキラの一言は完全に独り言になってしまった。

あの完全なる脅迫予告を黙認するとはさすがこのメンバーだ。

セイラがいなくなった後、またいつもの賑やかな空気が戻ってきた。

そんな中オズは椅子の背に寄りかかってつまらなさそうに言った。


「暇やなー…。」


「…だったら仕事してくださいよ。」


ルイーネが呟いたがオズは全く動こうとしなかった。その時、急にゼオンがチェス盤の前まで歩いていった。

そして机の上のチェス盤を見下ろした。白と黒で構成された盤面の上にいくつもの駒が張り合うように立っている。

どうしてわざわざゼオンがチェス盤の近くまで行ったのかわからなかった。

キラは不思議に思ってゼオンを見る。ティーナたちも同じだった。

ティーナが尋ねた。


「どうしたの?ゼオンってチェスに興味あったっけ?」


それを聞いたオズがゼオンに言った。


「お前、チェスできるんやったら相手してくれへん?暇なんや。」


「……仕事しろよ。」


ゼオンは冷たく言い放ってオズに背中を向けた。勿論オズは仕事なんてしない。

そしてゼオンはキラ達の居るところを通り過ぎてさっさと出口の方へ行ってしまった。慌ててキラが言う。


「え、あんたどこ行くの?」


「先に帰る。お前の用はもう済んだだろ。」


また冷たい口調でそう言うとゼオンはさっさと図書館を出ていってしまった。

キラは口をへの字に曲げてもう完全に閉まってしまった扉を見つめる。

どうしてそう冷たいのだろう。多分キラには一生わからない感覚だと思う。

そんなキラの顔を覗き込みながらティーナが言った。


「…ねえ、ひょっとしてゼオンって今日ご機嫌斜め?」


「あーそうかもね。何か今日ちょっとあいついつもと違うかも。朝も寝坊してきたし。」


「…ゼオンが?キラじゃなくて?珍しいなあ…。」


実際はキラも寝坊したのだけれど。けれどそれは黙っていた。

代わりにキラはティーナに聞いた。


「それにしても、ティーナはあいつのどこがいいの?」


それを聞いた途端にティーナの瞳が輝いた。なぜそんなに瞳を輝かせられるのかキラにはわからない。

よほどテンションが上がったらしい。ティーナは一歩乗り出してゼオンについて熱く語りだした。


「だってクールで強くてカッコいいしーキリッとして素敵でしょーちょっと素直じゃないとこも魅力的で、それにすっごく優しいし…」


「優しい?どこが?」


思わずキラは聞き返した。優しいなんてゼオンに最も似合わない単語の一つだと思う。

いつも無愛想で冷たいのにどこが優しいというのだろう。呆れてキラは言った。


「ティーナ、あいつに夢見すぎだよ…。」


「そんなことないって、優しいんだから!キラみたいに甘ったるい優しさに慣れちゃった人にはわかんないのかなあ…?」


キラは少しだけムッとした。そんなキラを完全に無視してティーナは呟いた。


「それにしてもゼオンがご機嫌斜め…かぁ…」


ティーナは一瞬真顔になったがまたすぐ笑顔に戻った。楽しそうな表情でドアの方へ向かっていく。

何を思ったか知らないがどうやらティーナも帰るらしい。ティーナはキラたちに言った。


「じゃあ、あたしは愛しのゼオンを追っかけてくるねー。バイバーイ!」


ティーナはニコニコしながら行ってしまった。キラはまたため息をついた。よくあんなにゼオンを好きになれると思う。

そんな時、サラからの手紙が目に入った。今はこちらの問題が大事だと思った。

しばらく会っていないサラのことを考え、キラはまた下を向いた。



◇ ◇ ◇



ゼオンは早歩きで学校へと向かった。チェス盤を見たらまた今朝の夢と昔のことを思い出したのだ。

昔チェスが好きな奴がいたなと思った。ショコラ・ホワイトの質問が蘇った。嫌なことを訊いてきたなと思った。

気分よくはない。そのせいもあってついさっさと図書館を出てきてしまった。

中央広場を抜けて学校のある通りへ歩いていく。その時、後ろから誰かが近づいてくるのを感じた。

ゼオンはすぐに振り向いた。そこにいたのはティーナだった。


「きゃわーん!さっすがゼオン、気づくの早いねえ!」


「気づきたくもなかったけどな。」


「あう…冷たいなあ、けどそんなとこもカッコいいよ!」


面倒くさい奴がついてきたなとゼオンは思った。ここまで常にハイテンションを維持できるのもある意味すごい。

無視してさっさと寮に戻ろうとするとティーナが言った。


「ご機嫌斜めみたいだけど何があったの?」


「別に。」


「嘘だね。ゼオンの機嫌が悪いなんてよっぽどのことだもん。」


ゼオンの目が鋭くなる。抜け目ないなと思った。だが素直に話す気もなかった。


「…互いのことは詮索しない。それがお前が俺についてくる条件だったはずだ。」


「確かに…ね。」


ティーナは少し不満そうな表情をしたがそれ以上は何も言ってこなかった。

ゼオンもあまりこのことにこれ以上口を出してほしくない。ゼオンにも他人に知られたくない過去というものがあるから。

どうにかして話題を変えたい。その時、ふとキラの姉の手紙のことを思い出した。


「そうだ、お前がまだ俺にしつこくついてくるつもりなら武器の手入れをしておけ。」


「随分急に話変えたね。」


「…悪いか。」


「…そういうことは下手くそだねぇ。ま、そんな不器用なとこも大好きだけどねっ。

 でもどうして急に武器の手入れしろなんて?」


ティーナが不思議そうに尋ねるとゼオンは声を小さくしてティーナに言った。


「お前、どうしてあいつの姉が急に帰省するなんて言ってきたと思う?」


「そりゃあ、夏休みだからじゃない?」


「けど今はあいつの姉とあの婆さんはそう仲良くはないはずだ。

 帰省すれば反乱なんて止めろだとかとやかく言われるに決まってる。

 …わざわざ説得されるために帰ってくると思うか?」


ティーナは黙り込んで首を振った。サラ・ルピアの帰省。絶対に何かあるとゼオンは感じていた。何か思惑があると。

ゼオンは静かな声で言った。


「…嫌な予感がするんだ。あいつの姉の帰省中、何か起こるかもしれない。とりあえず色々と準備はしておけ。」


それを聞いたティーナは笑顔でピースして言った。


「りょーかいっ!」


そうしてティーナはゼオンに手を振ってからまた元の道を戻っていった。

ゼオンはまた寮の方へ歩き出した。嫌な予感がする。確証はないが何かが起こりそうな気がする。

不安を消せないままゼオンは寮に戻った。



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