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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:第18話

学校への道は帰り道の子が数人ちらほらいるだけで、もう辺りは静かになり始めていた。

キラはそんな道を駆け抜けると急いで校門へとたどり着き、中に入っていく。

そして寮がある方の校舎へと走っていった。校舎内に入ると、中は静かで人の数は少なかった。

もともと寮を使っている人は少ないので当たり前といえば当たり前なのだが、キラはあまりいい気分ではなかった。

薄暗い廊下。また10年前のあの場面を思い出すから。とりあえず気分は落ち着いてきたが、どうしたってあの記憶は消えはしない。

暗い部屋、悲痛な叫び声。未だに怖かった。だが同時に思い出したのはサラのことだった。

サラが復讐をしようとしていることを考えるとめそめそしている場合ではないと思い、自然と足が動いた。

ゼオンを探さなければいけない。そしてもう一度話をしなければならない。

たしかにゼオンのせいで思い出した過去は辛いものだった。けれどもしここで記憶が蘇らなかったら後でどうなっていただろうか。

もしサラが復讐を終えた後で両親は本当は殺されたということを知ったとしたら。

きっと後悔するどころじゃ済まないと思う。泣いて喚いてサラを責めてもどうしようもならないだろう。

過去の記憶はやはり辛いが、そのことを考えると今では少しだけだがここで思い出してよかったと思っていた。

両親が殺されたことは当然辛い。けれどそれを乗り越えてこれから立ち向かっていかなければならないことがある。

キラはそう思い、廊下を走り、階段を駆け上がった。けれどゼオンは見つからなかった。

途方にくれて辺りを見回すが周りにいるのは他の生徒ばかりだった。だがキラが少し下を向いた時、後ろから声が聞こえた。


「お前…こんな所で何してるんだ?」


キラはすぐに振り向いた。そこにいたのは間違いなくゼオンだった。

キラはすぐにゼオンの所に走った。


「よかった、あんたのこと探してたとこなんだ。」


「…俺?というかお前、怒っていたんじゃなかったのか?」


キラはすぐに話をしようとしたが、周りに何人か他の生徒がいることが気になった。

この話はあまり他人に聞かれたくない。キラはゼオンに「ちょっと来て。」と言って近くの階段を登っていった。

ゼオンも無言でついてきた。キラはどんどん階段を駆け上がっていった。そして着いたのは学校の屋上だった。

柵の向こうには雲一つない青空が広がっている。そこには誰もいなくて、他の人に話を聞かれる心配もなさそうだった。

キラはくるりと振り向いてゼオンの方を見た。


「その…さっきは怒鳴ってごめんね。」


ゼオンはキラを見るとすぐにそっぽを向いてしまった。キラは少し困った。

表情に特に大きな変化はなくただ目を合わせないだけなので反応にとても困るのだが。


「え、何その態度。…ひょっとしてすごーく怒ってた?」


ゼオンはキラと目を合わせないままだった。


「…別に、怒ってねえよ。大体お前、あんなことがあった直後なのにどうしてそんなにへらへらしていられるんだ。」


キラはすぐに答えられずに下を向いた。辛い記憶がまたふと頭に現れる。また悲しみがこみ上げてくるが、それをすぐにキラは振り払って顔を上げた。

過去の記憶は辛さと悲しさの塊だったが、同時にこれから先にやらなければならないことの鍵でもある。


「…ばーちゃんからお姉ちゃんが復讐をしようとしてるって聞いたの。

 あたし馬鹿だった。お姉ちゃんがそんなことしようとしてるなんてこれっぽっちも気づかなかった。

 王様はひょっとしたら犯人かもしれない。…けれど復讐なんてあたしは見たくない。

 あの記憶はたしかに辛いよ。今でも悲しくて怖くてしょうがないよ。

 けど悲しんでるだけじゃどうしようもないから、お姉ちゃんを止めたいから、もうくよくよするのは止めたんだ。」


キラは真っ直ぐゼオンの目を見てそう言った。それを聞いたゼオンはようやくキラの方を見た。

いつもと目つきが違った。なにか遠く手の届かないものでも見るような目をしていた。

ゼオンはぽつりと呟いた。


「…凄いな、お前は。」


「何が?」


「いや…」


そう言うとゼオンは黙ってしまった。凄いなんてゼオンに言われたくないとキラは思った。

ゼオンは何でもできるし、キラが気づけなかったことにもすぐに気づいた。

キラがゼオンのように鋭かったなら、サラの思いにもっと早く気づいたならば、こんなに重大な問題になる前にサラを説得できたのではないかと思う。

あんただって凄いよと言いたかったけれど、何故か言えなかった。

代わりにキラは言った。


「それとさ…あたしの過去のこととか、お姉ちゃんの復讐のこととか、教えてくれてありがとね。」


「お前馬鹿か。そこは怒るところだろ。」


ゼオンはそう言ってまた顔を背けてしまった。キラは首を振った。


「ううん、違った。そりゃあ怒ってることもあるよ。

 オズに言われたからってあたしの記憶の封印が解けるのを狙ってうちに乗り込んでくるなんて最低だと思う。

 けどもし記憶が戻らなかったら後でどうなってただろうって考えたら、あんたのこと怒れなくって。

 きっとあたしお姉ちゃんの復讐のことにずっと気づかなかったと思う。

 そしたらとんでもないことになってたかもしれない。だから、そういう意味ではちょっとだけここで思い出しておいてよかったかもしれないって思ってるんだよね。

 だから、ありがと。」


キラはそう言ってゼオンに笑った。もう大丈夫、とキラは思った。

ゼオンは少し複雑そうな表情をした。


「馬鹿か。そうじゃない…。俺はあんたに感謝されるようなことはしてねえし、するつもりもねえよ。」


そう言ってゼオンは背を向けてしまった。キラは少しふくれた。人がお礼を言っているのだからどういたしましてとでも言えばいいのに。

どうも先ほどからキラとちゃんと目を合わせて話そうとしない。回り込んでゼオンの目の前に出るとゼオンを指差して言った。


「全く、さっきから何でずっとそっぽ向いてんの?何か言いたいことがあるならさっさと言ってよ。」


ゼオンは少し言葉に詰まった様子でしばらく何も言わなかった。キラは首を傾げる。相変わらずゼオンが考えていることはよくわからない。

ゼオンはしばらくしてからようやく言った。


「その……悪かったな、あんなことになって。」


キラは少し驚いてぱちくりまばたきをしてゼオンを見たが、すぐに笑って言った。


「ああそのこと?もういいよ、別に。ただしっ、許すのには一つ条件がありますっ!」


ゼオンはようやくそっぽを向くのを止めた。条件という言葉が気になったのかもしれない。

キラはにやにや笑いながら言った。


「その条件はー…」


その時だった。後ろの方から声が聞こえた。


「やれやれ、なんとかなったみたいですね。一時はどうなるかと思いましたよ。」


キラとゼオンはすぐに後ろを向いた。

そこにはベンチに座ってバニラアイスを食べながらこちらを見ているセイラがいた。

突然現れたセイラに驚いたキラは尋ねた。


「セイラ、なんでここに…?」


「ああ、気持ち良さそうな場所だなーと思っただけですよ。この学校はルイーネさんの監視の管轄外なので簡単に入り込めました。」


セイラは手に持っているバニラアイスを美味しそうに舐めながらそう言った。

キラとゼオンは二人ともじっとそのバニラアイスを見た。さっきからそれが色々と気になる。

そしてキラが聞いた。


「そのアイスどこで…」


「寮の食堂のアイスが今なら半額と聞いたので行ってみたんですよ。

 本来なら生徒と教師以外の人に売ってはいけないらしいんですがなんかおまけで売ってくれました。」


セイラはとても美味しそうにアイスを食べていた。キラは苦笑いしながらセイラに言った。


「…セイラ、それって完全に子供扱いされてる…。」


「私はか弱い幼女ですよ?」


「中身は大蛇だけどな。」


ゼオンがぼそりと呟いた。けれどセイラは全く気にしていないようでアイスを食べながらとってもニコニコしている。

こんなにバニラアイスを美味しそうに食べる人も珍しいと思う。皮肉を言わなければかわいい子なのになと思った。

しばらくうらめしそうにセイラを見ていたが、しばらくしてセイラが突然何か思い出したかのようにキラに尋ねた。


「そういえば書類の内容聞いたんですよね?」


キラは少し下を向いて考えた。全部知った。ようやく現状がわかった。キラがすべきことはただ一つだ。そして右手を強く握りしめた。


「聞いたよ。あたし決めたから。お姉ちゃんの復讐を止める。とりあえず説得してみるよ。復讐なんてしてほしくないしね。」


「ふぅん、そうですか。」


セイラはそっけなくそう言った。わざわざ聞いてきたわりに大したことのない返答だった。答えたキラの方がぽかんとしてしまった。

そんなことよりもセイラはアイスに夢中らしい。それなら聞くなよと思ったキラはため息をついた。

もう話しかけるなと言わんばかりにアイスを舐めていて、キラもゼオンも少し呆れていた。するとセイラの話は終わったとみなしたのか。ゼオンがキラに聞いた。


「で、お前の話の続きは何だ?」


「ああ、許してほしければあたしにアイスをおごれー!ってこと。お墓に行く道でのクイズに正解した時約束したでしょ?その分おごって!」


ゼオンはそれを聞くなりあからさまに面倒くさそうな顔をした。久々に見た明らかな表情の変化がそれかよとキラは思った。

キラは怒ってゼオンを指差しながら言った。


「言ったでしょが、嘘つき嘘つき!」


「そんな約束したか?」


ゼオンはそう言って何も知らない顔をしている。キラはぽかぽかゼオンを叩こうとしたがまた避けられてしまった。

そして何事もなかったかのように帰ろうとし始めた。キラは怒って追いかける。するとセイラが言った。


「いいじゃないですか、おごれば。どうせ自分だって欲しいくせに。」


ゼオンがピタリと止まった。キラはニヤリと笑った。そういえばこいつは甘党だったなと思い出した。

それを見たキラは便乗するように言った。


「そうだ、おごれおごれー!大体っ、約束忘れんなぁ!」


キラがそう騒いでいるとゼオンが言った。


「…なんで俺がお前にチョコアイスなんて買わなきゃいけないんだよ。」


キラは騒ぐのを止めた。チョコ味が欲しいなんて今キラは一言も言っていない。言ったのは約束した時、両親の墓参りに言った時だ。


「あんた…約束覚えてたの?」


キラは驚いてそう聞いた。オンはぐっと言葉に詰まった。そしてまたそっぽを向いた。

セイラが追い討ちをかけるかのように言った。


「実は結構気にしてたみたいですよ、キラさんが自分のせいで寝込んだこと。アイスが半額って聞いただけで不機嫌になってたみたいですから約束はばりばり覚えてたんですよねー?」


「あれ、そうなの?」


「…うるさい、違う。」


そうは言ったがゼオンは完全に目をそらしている。嘘だ、明らかに嘘だ。あまりにもわかりやすすぎてキラの方が笑ってしまった。それを見たセイラはここぞとばかりに楽しそうにクスクス笑っていた。


「ゼオンさんも大変ですねえ。」


「…うるさい。もういい、帰る。」


ゼオンは少し怒ったようにそう言うと階段の方に足早に向かっていく。キラは慌ててゼオンを追いかけた。


「こらぁ、あたしのアイス買ってよ!」


「買わねえよ、帰る。」


「嘘つきー!」


キラはそう怒鳴りながらゼオンを追いかけた。ゼオンはまだ少し不機嫌そうな顔で階段を降りていき、キラもゼオンの後を追って行ってしまった。

二人が去った後、一人残ったセイラはしばらく二人が過ぎ去った方を見つめていた。

冷たいバニラアイスを口に入れながら空を見上げる。

そして呟いた。


「…やれやれ、一時はどうなるかと思ったが…ようやくこちらも動き出しそうだな。……あとは、あちらの出方次第か…」


風は強くなり、冷たい音が響き渡る。セイラは明るい晴れすぎた空を見上げ、鳥が山の向こうへと飛んでいくのを眺めている。

黒い少女の影が屋上の床に落ち、いつまでも動かなかった。



◇ ◇ ◇



廊下は気味が悪いくらいに静かだった。白い壁や柱に施された彫刻は華やかで、かつ気品があり、ここがどういう場所だか嫌でもわかった。もう待ち始めて何十分待っただろう。

煌めきながら城内を照らすシャンデリアを眺めながらサラ・ルピアは思った。

ここはウィゼート国の首都、アズュールの城。

普段は話すこともできないような身分が高く、大臣クラスの役職についている人々が会談を行ったりする部屋が並ぶ棟だった。

ここを通る人々はたいした身分でもないサラがどうしてここにいるのか少し不思議だったようでチラチラこちらを見ながら去っていく。

正直サラは待ちくたびれていた。けれどここで帰るわけにもいかない。

今日は話があると言われて来たのだ。それもとても偉い立場の人に呼ばれたので易々と帰るわけにもいかない。

だが呼ばれて来たはいいものの、部屋の中にはまだ入れてもらえなかった。

サラを呼んだ上司は、公爵殿にきちんと話をしたら呼ぶから入ってきなさいと言っていたが、もう待ち始めて大分時間が経っていた。

中から話が微かに聞こえてくる。サラは暇なのでそれを盗み聞きし始めた。


「…以上です。公爵殿には、ロアルという村に行き、このことをあちらの村長に提案してきていただきたいのですが。」


サラを呼んだ上司の声だった。ロアルとは、キラやミラが住んでいる村のことだ。

しばらく間が空いた後、別の声が答えた。


「…なるほどな。その仕事をなぜ俺に頼んだのか聞いてもいいか?」


これが話には聞いていた公爵という人の声だろうか。思っていたよりもずっと若い声だ。二十歳過ぎくらいの若者の声のような気がする。

するとまた上司の声が答えた。


「…あ、その、陛下直々に、ディオン殿に頼みたいと…」


やけに震えた頼りない声だった。しばらく間が空いてまた先ほどの声が答える。


「…なるほどな、わかった。陛下が俺に頼むのにはきっと何か理由があるんだろう。

 ところで、その村は随分山奥にあるみたいだが、馬車で行けるのか?」


「それが…村の隣町までは馬車で行けるのですが、ロアルの周りには深い森がありまして、馬車で行くのは無理かと…。」


「となると森の中は徒歩か。」


「すみません、公爵殿に対して無礼だとはわかっているのですが…」


またしばらく間が空く。当然だろうなとサラは思った。もしかしたら妙な頼みだと疑っているのかもしれない。

とりあえず、お偉い貴族の当主様が森の中を歩いて進まなければいけない時点で愉快な話ではないだろう。

だがこの公爵は思ったよりも寛大な人物らしかった。


「いや、別にいい。仕方ないのだろう?城にいると座って仕事ばかりだからな。たまには森の中を歩いてみるのもいいだろ。」


若い青年の声がそう答えた。冷静で落ち着いた声で、ただ身分が高いからといって偉ぶっている貴族たちとは違うなとサラは感じ始めた。

そしてまた上司の声がしはじめる。


「ロアルに向かう時のことなのですが、道案内を一人付けようかと思っているのですが。」


「いいんじゃないか?それは誰だ?」


「…サラ・ルピア。入りなさい。」


ようやくサラが呼ばれた。ゆっくりと扉を開けて中に入る。

お偉いさん方の部屋にふさわしい華やかな造りの部屋の中に、サラの上司と若い青年の姿があった。

「公爵」の位を持っているらしいその青年は、鼻が高く、整った顔立ちをしている。髪の毛は茶色で目は緑色。

そういえば使用人たちの間でイケメンだかかっこいいだかで噂になっていた公爵はこの人だったような気がする。

サラは丁寧に公爵にお辞儀をした。そして上司が公爵に言った。


「医務官のサラ・ルピアです。彼女はロアルの出身でして、その森のこともよく知っておりますので迷うことはないかと…」


「…医務官?兵士じゃないのか?」


公爵が少し眉をひそめた。まあ、普通の反応だろうなとサラは思った。

サラはチラリと上司に目配せした。すると上司は困ったように下を向きながら言った。


「実はロアルは昔から王家とは仲が悪く、村の前まで行ったのに追い返されたこともあるのです。彼女も魔物と戦う程度の訓練は受けておりますし…。」


「なるほどな、護衛を何人もつけるとなるとあちらは警戒する。村の出身者が一緒なら入れてくれるだろうということか。」


上司は頷いた。公爵はしばらく書類を見たりしながら考えているようだ。上司は落ち着かない様子で返答を待っている。

しばらくして、公爵は書類を置き、立ち上がって言った。


「わかった、いいだろう。護衛はつけなくても平気だ。俺も自分の身くらいは守れるからな。」


とたんに上司の表情が柔らかくなった。サラも少しほっとした。

そして公爵はサラの方を見た。サラはもう一度丁寧にお辞儀をして言った。


「サラ・ルピアです。宜しくお願いします。」


続けて公爵も言った。


「ディオン・G・クロードだ。よろしく。」


そう言ってディオンは手を差し伸べた。サラは少し驚いてディオンを見て、おそるおそるサラも手を伸ばして握手をした。

そしてサラはディオンを見て少し笑った。何かを隠したまま。始まりを告げるように。

サラ・ルピアの復讐はもう始まっていた。


第4章終了になります。ようやっと話が動き始めたかと…。この先も付き合っていっていただけると嬉しいです。

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