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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:第16話

「なぁにが様子見だ!昨日の子たちにあんな書類を突きつけさせておいてのこのこやってくるとはいい度胸してるじゃないか!」


オズを見つけるなりリラは家が崩れそうな勢いで怒鳴った。

そして廊下の瓦礫を踏みつぶしながらオズの正面まで行くと胸ぐらをつかんで睨みつけた。

さっきまでめそめそしてたくせにとキラは思ったがリラが怖いので口には出さなかった。

オズは恐ろしい表情のリラにも怯えずに言った。


「お前こそ俺に負けへんくらいええ度胸やないか。自ら魔法で自分ちの廊下壊す婆さんそうそうおらへんで?」


「私が壊そうと思って壊したんじゃないね。あんたが避けたから壊れたんじゃないか、どうしてくれるんだい!」


キラは少しだけリラはティーナ以上に破天荒な人かもしれないと思った。

そんなリラに全く怯えないし反省の色を見せないオズもオズだ。

そんなだからリラも余計に怒るのだろう。そう思ってキラはため息をついた。


「…それでさ、結局オズは何しに来たの?」


キラがそう言うとオズの後ろからルイーネが顔を出してキラのところにやってきた。

ルイーネはいつもより大人しかった。


「あのー…私もずーっとキラさんに封印のこと隠してたんで…。すいませんでした…。」


ルイーネは俯きながら小さな声でそう言った。本当に反省しているようだった。

謝られるというのも不思議な気分だった。過去の記憶、リーゼやリラの気持ち、そしてサラのこと、全て知ってから冷静に考えると一体誰が謝るべき悪者なのかわからなかった。

キラはルイーネに言った。


「記憶のことはまだちょっとつらいけど、大分落ち着いたからもういいよ、ルイーネはね。

 …んで、封印が解けた元凶のオズは何か言うことないの?」


キラは少しだけオズを睨んだ。この人にだけは一言謝れと言ったっていいと思う。

封印のことを隠していた人には腹が立ったけれどもオズのやり方も無茶苦茶だ。

オズは笑いながら言った。


「あーそやなあ。悪か…」


そこまで言ったところでリラがオズの顔を思い切り殴った。キラは唖然とした顔でリラを見た。こんな度胸のある婆さん見たことない。

腹黒策略家のあのオズをこんなに普通に殴れるのなんてリラくらいだろうなとキラは思った。

リラはオズに怒鳴った。


「言っとくけどねぇ、キラが許してもあたしゃそう簡単に許さないよ!」


「なら口で言え、この暴力ババア!普通真っ先に殴るか!」


「殴るね!だってあんた、自分がやったことこれっぽっちも反省してないだろう?

 確かにキラに記憶のことを隠し続けた私たちもどうかと思うけどね、あんたのやり方は無茶苦茶だ。

 …あんたのことだ、最初っからキラの封印が解けるのを狙ってたんだろ?」


オズは口元だけ笑いながら言う。


「さあどうやろ。」


「あのゼオンって子、ただ者じゃないねえ。あんたの意図にも簡単に気づいてうまいことキラに盗み聞き『させて』くれそうだ。」


「そんなことする理由がどこにあるん?」


「…お前は10年前の事件のことにはやたらこだわる。何かあるんだろう?」


居心地が悪い。時計の秒針の動く音が聞こえるくらい静かで、空気が張り詰めていた。

それからリラはため息をついて言った。


「なにがそんなに気になるのかは知らないがね、せめてキラにちゃんと話をしてから封印を解くとかすればよかったじゃないか。」


キラはオズを見た。確かに反省や後悔なんてしていなさそうだし、キラの封印が解けるのを狙っていたという話もありえそうだ。

それどころかオズの態度には何か裏がありそうだ。それはオズの性格のせいもあるかもしれないけれど。


「せやからそのことは後悔はしとるって。悪いことしたなとは思っとる。」


「…何が後悔だ。あんた、どうせまた何か企んでるんだろう?

 それに、反省しているとしたらそれはキラじゃなくてミラとイクスさんに対してだ。

 昔からそうさ、あんたはキラのことを二人の娘としか見ててない。

 二人の娘だからとりあえず親切にはするけど結局あんたにとってキラ自体はただの他人、あるいは駒。…違うかい?」


オズは答えない。そんなオズをリラはひたすら睨む。さすがに空気がピリピリしてきたのでキラはリラの前に出てリラをなだめた。

リラは少しだけ大人しくなったがまだオズを睨むのを止めはしない。

本当に気になるのだがリラとオズは昔何かあったのだろうか。リラがこんな態度をとるのはオズに対してだけなのだ。

リラはまたオズに言った。


「記憶の封印のことはキラも落ちついてきたからまだいいさ。けどサラの問題はまだ解決しちゃいない。

 あんたなら記憶の封印が解ければいずれキラはサラの復讐についても知ることになるってわかったはずさ。

 サラの復讐の問題をキラに突きつけてどうする気だい?」


「どうもせえへんて、俺はな。キラがどうするかは知らへんけど。

 サラの復讐のことをババアに任せるか、キラもサラを止めるか、それともサラに加担するかはキラ次第やろな。」


オズは何のためらいもなくそう言い、何か言いたそうにキラの目を見た。今度はリラが黙る。キラは下を向いた。

どうすればいいだろう。とりあえずサラを止めるのをリラだけに任せるつもりはなかった。

そのせいでリラは今まで一人で苦しみ、悲しんできたのだから。

けれど、だからといってキラにサラを止められるだろうか。

10年前の記憶は今もまだキラを辛くさせる。二人が死んだ時の感覚がまだしっかりキラの中に残っている。

サラに二人を殺したのは国王だと言われたら、キラはサラを止められるかどうか自信がなかった。

けれどキラは国王が犯人だとも思わない。確信はないけれど、どうも犯人は別の人物のような気がする。

だとしたら、もし勘違いでサラが反乱を起こしたりしたら…そう考えるといてもたってもいられない。

国王が犯人ではない確証はない。もし犯人だったら、キラはサラを止められるかわからない。

もしそうだったらキラも国王を憎むかもしれないから。けれど万が一犯人でなかったら余計にとんでもないことになる。

最悪の事態にだけはなってほしくない。


「…あたし、お姉ちゃんを説得してみるよ。

 今まで私はばーちゃんやお姉ちゃんに何もしてあげられなかったから…その代わりにってわけじゃないけど、放ってはおけない。

 お姉ちゃんは私が止める。」


キラはそう言って手を強く握った。できるだけのことをしたい。何も知らず、何もできないのはもう嫌だ。

キラの様子を見たオズがなぜか笑った。そしてキラに言った。


「んじゃ、俺もサラを止めるの協力したる。情報収集くらいなら俺にも協力できるやろ。

 せやからそれで今回のことは勘弁してくれへん?」


「はぁ!?」


そう変な声を上げたのはリラの方だった。キラもオズがそんなことを言い出すとは思わなかったから驚いた。

けれどオズが協力してくれるのは結構頼もしいことかもしれないとキラは思った。

味方がいることは悪いことではないはずだ。


「わかった、いいよ。ただ、ちゃんと協力してよね。」


「わかっとるって。」


オズは笑ってそう言った。けどリラは険しい表情のままだった。

リラの表情の訳をわかっているのか、オズはリラに言った。


「せやから情報収集だけやて。それなら問題あらへんやろ?」


リラは答えなかった。沈黙は了解、とみなしたのか、オズはもう何も言わなかった。

話は終わったようで、オズは二人に言った。


「んじゃ、話はすんだし俺はこれで。…あ、そや、キラ。」


キラは首を傾げた。まだ何かあるのだろうか。オズは笑顔でキラに言った。


「はよゼオンと仲直りできるとええな。」


「うるさいっ、あんたらいつからいたんだよ!」


キラは思わず怒鳴った。


「しゃーないやろ。よう聞こえたんやから。じゃあなー。」


そう言ってオズは出ていこうとした。するとリラが言った。


「待ちな。」


「…何や?」


「あんた、二人が死んだことをまだ引きずっているならこの件に首を突っ込むのは止めな。

 10年前からだ、あんたが今まで以上に周りの言うことに耳を貸さなくなったのは…」


オズは立ち止まった。ルイーネが心配そうにオズを見る。後ろを向いているので表情はわからない。

オズは呟いた。


「耳を貸さなくなった…か。」


するとオズは急に鼻で笑って言った。今までとは違う、何か皮肉ったような言い方だった。


「『敵』の言うことに耳貸すと思うか?」


その一言で、キラはなんとなくオズの屈折した価値観がわかったような気がした。

リラは、抑揚のない声で言った。


「歪んでるね、あんたは…」


オズは答えなかった。そして何も言わずに玄関を出ていってしまった。

リラもキラも、それ以上オズには何も言えなかった。いつも傍にいるルイーネさえ声をかけることはなかった。

ドアの向こう、ルイーネから距離をとり誰一人寄せ付けずに進んでいくオズの姿が見え、そして扉が遮り重い音をたてて閉まった。


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