第4章:第15話
キラはゆっくりと階段を降りた。一段一段降りる音がよく響いて少し怖い。
「問題」とは何なのだろう。そんなに重大な問題なのだろうか。
そう思いながらキラは居間に入った。リラは椅子に座ったままじっと動かなかった。
まだ少し悲しんでいることが背中を見ただけですぐわかる。
キラは静かに声をかけた。
「あの…ばーちゃん?」
「え、あ…キラか。どうしたんだ、気分は落ち着いたのかい?」
リラはたどたどしい口調で言った。よほど悲しかったのだろう。
けれどキラはそれに10年間ずっと気づいてあげられなかった。
キラはリラに言った。
「ちょっと部屋に行ったらだいぶ落ち着いたよ。」
「そうか…。」
リラはそこで初めて少し安心したような表情を見せた。キラは続けて言った。
「…それで、ばあちゃんの言っていた話って何?」
それを聞いたリラの顔が険しくなった。ちょっとやそっとのことではないとキラでも悟った。
こんなに大きな負担をリラは抱えていたのに、キラはそのことに全く気づかずにリラに冷たい態度をとってしまった。そのことを今更ながら後悔した。
リラは真剣な目でキラを見て言った。
「驚くかもしれないが、今度は倒れないでおくれよ?」
「…うん。」
キラは静かに頷いた。それを確認してから、リラは話を始めた。
「…ミラとイクスさんは10年前に殺された。これはもう知っているね?
二人が殺された日、ミラとイクスは城に呼び出されて首都に行っていたんだ。
呼び出された理由は、私が50年前に持ち出したあの杖を今後も私が持ち続けるかどうかだった。
本来なら私が城に行くべきだったんだが、たまたま体調を崩してね。代わりにミラ達に行ってもらったんだ。
ミラ達はその時にお前とサラのことも城に連れていった。…そして二人は殺された。」
キラの脳裏にまた二人が殺された時の映像が蘇った。なんど思い返しても恐ろしかった。
怖いと思う気持ちをどうにか封じ込めてキラは再びしっかりとリラを見た。
キラの様子を確認してからリラは話を続ける。
「二人が殺された直後、お前はショックでふさぎ込んだ。なら、サラはどうなったと思う?」
サラはキラの姉のことだ。キラは首を傾げた。キラの記憶が正しければサラも両親が死んだことを悲しんではいたが、ショックでふさぎ込んだりしていた覚えはない。
時々悲しそうな顔をしているところは見かけたが、両親が死んだとなればその方が普通だろう。
どうしてリラがわざわざこんなことを聞くのかキラはわからなかった。
キラが首を傾げているのを見たリラは少し悲しそうに下を向いて話した。
「サラは見た感じではお前ほど酷くは悲しんではなかった。…見た感じはね。本当は想像以上に思いつめていたようだったんだが。」
キラは少し心が痛んだ。また気づけなかったのだ。サラの悲しみの酷さに。
今までサラは悲しそうではあったがどうにか普通にやっていけていると思いこんでいた。
リラがキラに尋ねた。
「…お前は二人を殺した相手の顔を見たか?」
「見てない。暗くてよく見えなかった。」
「サラは、二人を殺したのは今のウィゼートの国王だって言っているんだよ。証拠もないから本気で取り合った者はいなかったんだが…それは確かかい?」
キラは蘇った記憶をもう一度辿ってみた。
ウィゼートの国王、サバト・フェン・エスペレンは当時サラと同い年くらいで、両親が難しい話をしている間にキラ達と遊んでくれていたことを覚えている。
だが、その国王が両親を殺した覚えは全くなかった。けれど、キラは両親を殺した犯人の顔は覚えていないから絶対とは言い切れない。
「…わかんないな、あたし犯人の顔は覚えてないから。」
「そうか……。」
「お姉ちゃんがどうかしたの?」
キラが聞くと、リラは一層悲しそうな顔をした。
「…キラ、今ウィゼートでは東の方に住んでいる獣人たちと王家が色々もめていることを知っているかい?」
キラはまた首を傾げた。話が急に飛びすぎてよくわからない。なぜ突然獣人なんて言葉が出たのだろう。
サラと獣人たちと一体何の関係があるというのだろう。当然、獣人たちと王家がもめていることも知らなかった。
リラは話を続けた。
「獣人達と王家の対立は結構激しくてね。獣人達の中には武装して反乱を起こそうとしている者もいるらしい。」
「あの…ばあちゃん?それとお姉ちゃんと何の関係が…」
「サラは国王が犯人だと確信して憎み、復讐しようと考えていた。それで、反乱を考えている獣人たちと手を組んだんだ。」
復讐という言葉が出た途端にキラの表情が変わった。そしてリラは顔を上げてキラをまっすぐ見て言った。
「…いいかい、よく聞きなさい。
サラは反乱組織のリーダーだ。」
キラは驚きを隠せず、思わず声を上げてしまった。まさかサラが国王に復讐を考え、反乱組織を率いていたなんて。
どうしてこんな重大なことに気づけなかったのだろう。
あの事件から10年。キラはずっとサラを見てきたはずなのにサラが国王を恨んでいたことに全く気づけなかった。
リラはさらに話を続けた。
「サラはあの杖を貸してくれと言ってきた。復讐のために。私は断ったよ。あの子にそんなことをしてほしくないからね。
けれどあの子も退かなかった。…それで私はお前に杖を渡したんだ。
サラもお前の記憶のことには慎重になっていたからね。お前から杖を手に入れるには記憶の話をすることは避けられない、けどサラはキラを巻き込みたくはなかった。
だから手を出しにくくなると思ったんだ。…すまないね。」
キラは首をふった。これが真実。そしてこれから先の「問題」。
サラが復讐を考えていたことも、サラとリラの間でそんな問題が出ていたことも、リラの悲しみやサラの怒りにキラが何も気づけていなかったことも全てがショックだった。
脳裏にサラの顔が浮かんだ。キラとは違い、しっかり者のサラ。昔から優しかったし、今はキラとリラを養うためにわざわざ働いてくれている。
そのサラが復讐を考えているなんて信じられなかった。その時キラはふとサラが働いている場所のことを思い出した。
キラはリラに聞いた。
「あのさ…今思ったんだけど…お姉ちゃんが働いてるのってたしかお城…。」
「ああ、首都の城で医務官として働いている。」
「…ヤバくない?」
「ヤバいね。多分あちらはまだサラがリーダーだということに気づいていないんだろう。だから一刻も早くサラを止めなくてはならないんだよ。」
キラは何と言えばいいかわからず下を向いた。これほどたくさんの重大なことを今までキラは何も知らなかったのだ。
事件の犯人のこと、サラの復讐のこと。一度に重い話をたくさんされて少し頭がこんがらがっている。
複雑な気分だった。キラだってサラに復讐なんてしてほしくない。
けれどそれはキラはまだ国王が犯人という確証がないからなのかもしれない。
もし本当に国王が犯人だとしたら、キラだって国王を憎むかもしれないのだ。復讐してやると思うほどに。
けれどとりあえず、キラはリラに一つ謝っておきたいことがあった。
それは先ほど、リラはこれほどの苦しみを抱えていたのにキラはリラが嘘をついたことを理由に冷たい態度をとってしまったことだった。
リラが嘘をついたことが仕方がないことと思ったわけではないが、キラもリラの苦しさを何もわかっていなかったのに冷たいことを言ってしまったことを謝りたかった。
そして謝ろうとリラを見た時、キラは急にリラが威圧感たっぷりの怖いオーラを放っていることに気づいた。
少し前まで悲しそうな顔をしていたのに今は鬼のような表情だ。謝ってる場合ではない、何がリラを怒らせたのだろうとキョロキョロ周りを見回すが、特に何かがあったようにも見えない。
理由はわからないがとにかく怖かった。
「…あ、あれ、ばーちゃん、どうした、の…?」
リラは鋭い眼孔で見るもの全てを震え上がらせそうなほど怖い顔で立ち上がった。
何か怒らせたかなと思ってキラがぶるぶる震えているとリラはこれまた怖い声で言った。
「…ちょっとキラは待っててな…!」
そしてリラは部屋の奥からモップを取ってくると居間のドアの前に立った。
なぜだかわからないが普段とは桁違いの恐ろしさだった。
そしてリラは突然呪文を唱え始めた。
「大地を切り裂きし魔神よ…我に力を貸したまえ…」
急に部屋の中で呪文を唱え出すものだからキラは慌てて止めようとしたが既に遅かった。
「滅せよ魂、破滅の力よ、エペ・ディストリュール!」
リラが叫ぶとモップの先端が光り始めた。そして強い力がモップの先端に集まっていくのがわかった。
モップの先端の力は今のリラの表情のように強かった。そして、リラはモップで居間のドアを勢いよく殴った。
その力は凄まじく、モップは轟音とともに居間のドアをぶっ飛ばして周りの壁をぶち壊し、天井に見事な穴を開けた。
吹っ飛んだドアは玄関まで凄まじい速さで飛んでいき、この前直したばかりの玄関のドアをぶっ飛ばした。
キラはその有り様を見てあんぐりと口を開けたまま動けなかった。一体どうしたというのだろう。魔法のせいもあるだろうが相変わらずリラは怪力すぎる。
一生キラはリラには勝てないかもしれないと思った。だがリラは満足していないようで不満げな表情でボロボロになった廊下に向かった。
そして、恐ろしげに笑いながら廊下に向かって言った。
「不法侵入と立ち聞きはいけないって教わらなかったのかい!?とっとと出てきな、オズ!」
キラは廊下の方を見た。すると、階段の影から誰かがひょこっと顔を出した。
リラが言ったとおり、それはたしかにオズだった。後ろにルイーネもいる。
キラは目を丸くしてオズを指差した。
「な…なんで勝手に家に…。」
オズはまたへらへらとした笑みを浮かべながら言った。
「ま、ちょいと様子見にーって思てな。」