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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:第14話

キラの家を出るとゼオンとリーゼは何も言わずに歩いていった。

6月の空が嫌になるほど眩しい。現在の状況とは正反対の綺麗な青空だった。

のどかな村の中、二つの足音だけがする。天気はいいが昨日の雨のせいか道がぬかるんでいた。

全く口を開かないリーゼの後ろをゼオンはついていった。後ろ姿だけ見てもリーゼが悲しんでいることはすぐわかった。


「…だから言っただろ。俺が行っても怒らせるだけだって。」


リーゼが立ち止まった。強い風がリーゼの髪を揺らす。小さな声でリーゼは言った。


「…素直じゃないね、謝ろうとはしてたくせに。」


ゼオンはリーゼから目をそらした。リーゼはため息をついて空を見上げる。

何か言えば今にも泣き出しそうに見えた。だが何も言わなくても今にも壊れてしまいそうに見えた。

悲しさを吐き出すかのように言う。


「結局、キラのためとか言いながら自分のためだったの。キラにはいつでも明るいキラでいてほしかった。耐えられなかった。

 昔から、キラは不安で周りと馴染めなかった私に笑顔で話しかけてくれていたから。

 …最低。あれだけキラは私と仲良くしてくれたのに私は嘘しかあげられなかった。

 村人全員で嘘をついて。キラにだけ本当のことを隠して。キラのためとか言ってるけどみんなだって私と同じように自分のためでしょうね。

 これじゃタチの悪いいじめと同じ。蹴られて当然…。」


そう言ってリーゼは下を向いた。ゼオンはまた黙った。というより何と言えばいいかゼオンは知らない。

悲しいのだろう。後悔しているのだろう。けれどゼオンにはキラやリーゼの悲しんでいることがどこか別次元のものに感じられた。

自分は昔から嘘には慣れていたから。普通こうなのだろう。嘘をつかれたら悲しみ、嘘をついた側も後悔くらいするものなのだろう。

優しい人なんだなと他人事のように思った。他人事のようにしか他人を見られない自分が居ることに気づいた。

リーゼはゼオンの方を見て言った。


「ごめんね、こんなことに巻き込んで。」


リーゼはそう言って悲しげに笑うと歩いて行ってしまった。結局ゼオンはリーゼに声をかけることはなかった。

もしキラとゼオンの立場が逆なら、こう言う時に何と言えばいいかわかるのかもしれないなとふと思った。



◇ ◇ ◇



ゼオンたちが去った後、キラはしばらくポカンとしたままその場に立ち尽くしていた。

ゼオンの声とリーゼの声の余韻がまだ耳の奥に残っている気がした。

キラの蹴りを受け止めた時のリーゼの表情と、最後のゼオンの一言がまだ消えない。混乱してどうすればいいかわからなかった。

しばらくして、一度部屋に戻ろうと思った。部屋に戻ってからどうすれば考えればいい。

そう思ってキラは居間を出た。


「お友達はもう帰ったのかい?」


リラの声だった。キラは立ち止まって無言で頷いた。

リラはそれを聞くと黙り込んだまま下を向いた。リラの表情は暗かった。


「…悪かったね。嘘をついて。本当に…ごめんよ。」


先ほどは冷たい対応をしたキラだったが、今度はすぐに通り過ぎたりはしなかった。

悲しそうなリラを無視していくことはできなかった。リラの方も辛かったのかもしれない。

自分の娘とその夫がある日突然いなくなったらどんな気持ちになっただろうか。

それだけでもきっと辛かっただろう。ましてや自分の孫が二人の死を悲しみ、落ち込んでいるとなると尚更だ。

きっと悲しむキラを見る度に二人の死を実感して辛かっただろう。

もしかしたら、リラは二人の死を受け入れたくなかったのかもしれない。だからキラの記憶を封印したのかもしれない。

それでもリラは苦しんでいただろう。苦しんでいても、意地っ張りな性格だから表には出せなかったのだろう。


「……別にもういいよ。」


キラは小さな声でそう言った。リラは顔を上げた。

キラはリラが何か言う前に横を通り過ぎて階段を登って2階に上がった。

キラの後ろ姿を見るリラの顔はもう見えない。だが、キラが部屋に入る直前にリラの声が聞こえてきた。


「気分が落ち着いたら私のところに来なさい。お前にもう一つ話しておかなくちゃならないことがあるから。」


それをしっかりと聞き終えてからキラはまた部屋へと入っていった。

昼間とはいえ、灯りをつけていない室内は薄暗かった。カーテンを閉めたままなので余計に暗い。

キラは窓際へ行ってカーテンを開けた。窓の外はすがすがしい青空で、とても眩しい。ゼオンたちの姿はもう見えなかった。


キラはベッドに寝ころんでため息をついた。リラが頭を下げて謝る姿なんて初めて見た。

リラはいつも頑固で意地っ張りだったから。リーゼがあんなに悲しそうな表情をしたのも初めてだった。

出さないからなのか出せないからなのかはわからないが、リーゼも普段は自分の本音が表にでてこない人だ。

だからリーゼが悲しんでいたことなんてキラは今までこれっぽっちも気づかなかった。

嘘でできたキラの笑顔を見て、リーゼは今までどう思っていたのだろう。

そう思うと、もう二人のことを責めることはできなかった。むしろ今まで何の違和感もなく嘘の世界を生きてきた自分が嫌だった。

なら、ゼオンはどうなのだろう。キラの過去について全く無関係なゼオンはどう思っただろう。

どうとも思わなかっただろうか。それとも同情してたりでもしただろうか。想像つくわけがなかった。

そんな時、窓の外から声が聞こえた。


「らしくありませんね、部屋にこもりっぱなしなんて。能なし馬鹿女から引きこもりに転換ですか?これでまた根暗が一人増えましたね。」


キラは慌てて窓から下を覗いた。そこには家の壁に寄りかかりながらキラを見上げているセイラがいた。

キラは少しムッとしてセイラを見た。


「何か用?またあたしの杖を取りにでも来たの?」


セイラはため息をついて言った。


「馬鹿ですね。だったらわざわざ声かけたりなんてしませんよ。

 大体私は例の杖が欲しかったからあんなことを言い出したわけじゃありません。

 あなたが自分で問題を解決できて、なおかつ誰にも杖を取られないというのなら別に杖なんて貰わなくて構わないんですが。」


「問題」という言葉にキラは首を傾げた。するとセイラは言った。


「…何が問題なのか知りたければリラさんに聞いてみることですね。」


キラはドアの方を見た。

そういえばリラが落ち着いたら自分のところに来るように言っていた。

これからする話とは、その「問題」についての話なのだろうか。

その時キラはふと思った。ゼオンはその「問題」についても知っているのだろうかと。

キラは再びセイラの方を見た。


「…ねえ、その『問題』が何かってあいつも知ってるの?」


「あいつってゼオンさんのことですか?

 知っていますよ。というかそれを確かめるために昨日ここに来たわけですから。」


キラは下を向いた。それを知った時にゼオンはどう思っただろう。

どうとも思わなかったということはないような気がする。部屋を出ていった時のゼオンはどこか悲しそうに見えた。

どうしてだかはキラにはわからない。キラが下を向いたまま考えこんでいるとセイラが言った。


「どうせ馬鹿ですから考えるだけ時間の無駄ですよ。そんなにわからないならとりあえずその『問題』について聞いてきたらどうです?

 かなりショックを受けるかもしれませんけど先ほどよりかなり気分は落ち着いているみたいですし。」


「先ほどよりって…」


「ゼオンさんと喧嘩してましたよね?やかましい怒鳴り声がよく聞こえました。」


その発言に少し腹が立ったキラは近くにあったぬいぐるみを投げつけたがセイラはスルリとよけた。

全くどうしてこうセイラは嫌味ばかり言うのだろう。まるで他人をさけているかのように。

そう思った時、セイラが言った。


「それじゃあキラさんまた今度。早くゼオンさんと仲直りしてくださいね。」


「うー、余分なお世話だぁ!」


「余分じゃなくてそこは余計ですよ。ほらこういう通訳も本来ゼオンさん担当ですし。」


「そんな担当知らないよ!」


キラの怒鳴り声を無視してセイラは行ってしまった。セイラがいなくなって、辺りはまた静かになった。

キラはベッドに寝ころんで何もない天井を見上げた。ベッドと机くらいしかない暗い空間が急に狭苦しく感じた。

ゼオンへの怒りはまだ消えてはいない。けれど先程よりも少し複雑な気分だった。

リーゼからキラの過去を聞いても、キラの封印が解けても、ゼオンは冷たいから何とも思っていないだろうと思っていたけど、少し違うような気がしたのだ。

でも、ゼオンにはキラの考えていることなんてわからないだろうけどキラもゼオンが何を考えているかわからない。

その時、セイラがとりあえず「問題」について聞いてみたらどうかと言っていたことを思い出した。


「仕方ないなあ…。」


キラは起き上がった。セイラの言うことに従うのは少し気に食わなかったが、いずれ聞かなければいけないことだ。

辛い過去もこれからの問題もいずれは向き合わなければならないことだ。

今まで封印のおかげで見なくてすんだことだが、解けてしまったからにはそうはいかない。

ゼオンの聞いた「問題」とは何だったのだろう。そう思ってキラは部屋を出た。




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