第4章:第13話
暗い部屋に射し込む陽の光は眩しかった。その光の眩しさでキラは目を覚ました。
部屋の中には他には誰もいない。別の部屋からも物音ひとつしなかった。
ただ嵐の後の風の音と鳥のさえずりが聞こえるだけだった。キラは体を起こした。頭痛はもうない。
だが代わりに現れたのは両親が死んだ時の悲しい記憶。暗い部屋に燃える炎と床を埋め尽くす血の色と叫び声。
何度忘れようとしても気にしないようにしてももう消えてくれない。まるで火傷の痕のよう、ヒリヒリ痛み目を逸らしてももう逃げられなくて。
両親は何者かに殺された。もう疑いようもない事実だ。自分がこの目で見たのだから。そして、村人全員がそれをキラに隠していたことも。
リラがキラの記憶を封印したということが今ならよくわかる。自分が何も知らなさすぎたことも。
記憶をかき消そうとする度に無駄になる。そのたびにどうしようもない悲しさと怒りが湧き上がってくるのだった。
キラはまたベッドに潜り込んだ。何をしようと思っても過去の記憶が邪魔をする。悲しくなって動きが止まるのだ。
そして、そのたびにみんな嘘をつかれたことも思い知らされるのだった。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。そして静かにドアが開いてリラが入ってきた。
キラはまた起き上がってリラを見た。リラは心配そうに言った。
「おや、起きていたのかい?今お友達がお見舞いに…」
「ばーちゃん一つ聞いてもいい?」
キラは突然リラに言った。
「嘘ついてたの?」
リラの目が大きく見開いた。そして少し申し訳なさそうに下を向いて言った。
「…ああ、すまない。」
キラは少し怖い声で言った。
「…嘘つき。」
リラは何も言わなかった。そのとおりだと認めているかのように人形のごとく黙っていた。
続けて何か言おうとした時、また両親が殺された時の悲鳴が蘇ってきた。
「…あたしもう少し寝る。早く出てって。」
そしてまたベッドに潜り込もうとした時、リラが言った。
「お友達が来てるけど、帰ってもらった方がいいかい?」
キラの動きが止まった。そして聞き返した。
「誰が来たの?」
「リーゼちゃんと…あと一人、なんて言ったかねえ…茶髪に赤眼の…ゼオンとかいう子だよ。」
キラはベッドに潜るのを止めて起き上がった。そしてリラの横を通り過ぎ部屋から出て階段の方へと向かった。
それを見たリラは驚いた顔でキラの後についてきた。
「寝るんじゃなかったのかい?」
キラはリラの方は見向きもせずに言った。
「あいつにはちょっと聞きたいことがあるんだよね。」
そう言って素早く階段を降りていった。その顔には記憶を取り戻す前の明るい笑顔はもう無く、怒りと悲しみに満ちた表情だった。
階段を降りきったキラは居間の方を見た。リーゼとゼオンが椅子に座って待っているのが見えた。
誰かさんのせいでキラは寝込んでいたというのに相変わらずゼオンはツンとした無表情だ。思わず舌打ちした。
キラは乱暴に戸を開けて居間に入った。キラが入っていくとリーゼが心配そうに言った。
「キラ大丈夫?もう頭痛くない?降りてこなくても私たちの方から行ったのに。」
キラはリーゼを無視してゼオンの横まで行った。そして低い声でゼオンに言った。
「あんたにちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「何だ。」
ゼオンは表情一つ変えずにこちらを見た。キラはゼオンに聞いた。
「あんたどうしてあのこと知ってたの?」
ゼオンは答えない。するとリーゼが言った。
「私が教えたの。キラの封印のこととか薄々感づいていたみたいからこれ以上変に隠したら逆効果だと思って…」
「その後図書館でオズが変な書類渡してきて、内容が本当か確かめろって言ってたから昨日ここに来た。」
キラは唇を噛んで下を向いた。正直言ってこんな過去は知りたくなかった。というより本当であってほしくなかったというのが正しいのかもしれない。
両親が殺された時の辛い記憶なんて思い出さなければこの先も普通の日常を送れただろう。
その方が幸せだったのだろう。だが自分の周り全ての人が自分の過去について知っているのに、みんなが自分にそれを隠していたその状況が腹立たしかった。
そして腹が立つことがもう一つあった。
「なんであたしのことなのに、あたしは知らなくてあんたは知ってんだよ…。」
唇をキュッと噛んでキラは下を向いた。どうして10年前のことには無関係なゼオンがこのことを知っていて、関係があるキラはそれに気づけないのだろう。
複雑な気持ちがぐるぐる渦を巻いているようでなんだか気味が悪い。
複雑だが、なんだか腹が立つことは確かだった。ゼオンとキラの差を思い知らされるようで。するとゼオンが何か言おうとしたが急に口をつぐみ、ぷいとそっぽを向いて言った。
「…だから何だ。いいだろ、周りに気を遣われてる分だけ。」
それを聞いたキラは舌打ちして大きな声で言った。
「…あんたにはわからないよ…!
何でも気づいて、何でもできるあんたにはわかんないよ!
あたしに気をつかってやったことってわかっていても、『10年間みんな私に嘘をついてました。けど私のための嘘だからまあいいか。』なんて簡単に言えないんだよ…!
裏切られたような感じはやっぱり残るんだよ…!それがあんたにわかる?わかんないでしょ!?」
キラは無茶苦茶に怒鳴った。悲しみと怒りと裏切られた時のような痛みをこめて。
そして、キラを表情一つ変えずに見ているゼオンに腹が立った。
キラとは違って、勘の鋭いゼオンに。きっとゼオンがキラの立場だったならこんなことはなかっただろう。
だから腹が立つ。どうしてこんなにもキラとゼオンは違うのだろう。
「…あんたはいいよね、何でもわかって。」
そう言ってゼオンを強く睨みつけた。
ゼオンは未だにキラの方を見ない。そして、ゼオンは少し下を向いて言った。
「…何でも気づいて、よかったと思ったことなんてない…」
キラはそれを聞いてまた怒鳴った。
「…やっぱりあんたはあたしのことなんてわからない…!あんただってわかってるでしょ?
オズに頼まれただが何だか知らないけど他人の事情こそこそ嗅ぎ回るような真似すんな!」
ゼオンは一度キラの方を見て、口を開きかけたがすぐに口をつぐんでそっぽを向いた。キラの眉間にしわが寄る。
「あんたなんて…!」
一歩下がった。そしてゼオンを強く睨みつけると、勢いよくゼオンに蹴りかかった。いつもの冗談混じりなどではない本気の蹴りだった。
当たる。そう思った時、何かがその蹴りを力強く受け止めた。受け止めたのはゼオンではなかった。リーゼだった。
キラは大きく眼を見開いてリーゼを見た。正直驚きだった。リーゼはしっかりとキラの蹴りを受け止めたまま動かなかった。
「退いて。」
「めちゃくちゃよ。いくらゼオン君が勘がいいと言っても、結局のところキラの過去について教えてゼオン君を巻き込んだのは私。キラの記憶を隠したのも私達。」
「でもそいつのせいで…!」
「そう、記憶が戻ったのはゼオン君達のせい。でもだとしたらキラ、あなたは記憶を隠たままでいてほしかったの?それとも隠さないでほしかったの?」
言葉に詰まった。声が出なかった。
「結局のところ過去の記憶の辛さをぶつけたい、ただの八つ当たり。…違う?」
キラは足を下ろした。リーゼは真っ直ぐこちらを見ている。何か言おうとしたが先にそんなことを言われてしまうと言葉が出ない。
口をつぐんで立ち尽くすだけだ。余計腹が立った、だが同時にリーゼの言ったことが真実だと気づかされた。
それを見たリーゼは深く頭を下げた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。許してもらえないことはわかっている。
キラのためだからなんて言い訳もしない。…こっちが耐えられなかったの。私も両親が亡くなった時のキラの様子を見ているから。
嘘でもいいから明るいキラに戻ってほしかった、だから記憶を封印した話を聞いた時も何も口出ししなかった。…本当にごめんなさい。」
卑怯だと思った。そんな風に謝れられたらそれ以上何も言えないじゃないか。
先ほどまでの自分がすごく幼稚で情けなく感じた。
リーゼは顔を上げた。嘘のない真っ直ぐな眼だった。
「…そろそろ帰るね。お邪魔してすいませんでした。」
リーゼはそう言ってドアの方へ行き、部屋から出ていった。
キラはしばらくリーゼが出ていったドアをポカンとした様子で見つめていた。
それを見たゼオンも席を立ってドアの方へ向かった。キラはもう怒鳴ることもせずにその様子を見ていた。
ゼオンはドアを開き、部屋を出ていこうとしたが急に立ち止まった。
「……悪かった。」
小さな声で聞き取りづらかったが確かにそう言った。そしてゼオンも部屋を出ていった。
キラは呆然と立ち尽くすだけだった。