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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:第11話

空はもう真っ黒い雲に覆われていた。窓の外は強い風が吹き荒れている。

ガラスに打ちつける雨の音は痛いほどによく響く。時折光る稲妻がとても不気味で、そして綺麗だった。

図書館の中の空気もとても平穏とは言えなかった。オズは本を開いたままぼんやりと外を眺めていた。

少し離れたところにあるテーブルではセイラが薄っぺらい子供向けの本を読みながらアイスココアを飲んでいる。

だが今この図書館が平穏でない理由はセイラではなかった。

ルイーネだ。ルイーネはぼんやり外を眺めていたオズを物凄い形相で睨みつけていた。


「一体自分が何したかわかってるんですか!?あの書類をゼオンさんたちに渡すなんて!

 記憶のことはキラさんに絶対言わないようにって、この村の暗黙の了解だってオズさんだってわかってることじゃないですか!」


ルイーネは背後にホロをうようよさせながらいつにも増して甲高い声を出して怒鳴っていた。

おかげでシャドウとレティタは怖がって向こうの部屋に行ってしまった。

今回のことは確かにオズのせいだし怒鳴られるのも仕方がないことはわかっていた。

だがこちらにもどうしても譲れないことがある。

うまくいっただろうか。この時間帯ならおそらくキラが帰ってくる時間だ。

キラはもとから自分の記憶の穴のことは気になっていたようだし、どちらが先に家についたにしても、自分の記憶の話が出てくれば聞かずにおとなしくしていることはないだろう。

記憶の封印が解けてくれなくては今後何においても先に進まない。

オズの目的についても、キラのことについても。たとえそれでキラがどんなに辛い思いをしたとしても。

ルイーネは未だに怒鳴るのを止めはしなかった。


「もう、聞いているんですか!?万一キラさんの封印が解けたりしたら…」


「万一どころかもう解けてると思いますけどね。」


そう口を挟んだのはセイラだった。そろそろ夜になるというのにセイラはまだ図書館にいた。

敬語で話す人が二人も居ると聞いてめんどくさいので正直早く帰ってほしい。

ルイーネはセイラを睨みつけて言った。


「全く、そそのかした張本人が何を言いますか!」


「あんな陰湿なやり方をしろなんて一言も言ってませんけどねぇ。

 それにどうせ私が何も言わなくてもオズさんはゼオンさんたちに書類を渡していましたよ。

 10年前の事件の現場について知っていて、かつオズさんが話を聞けるのはキラさんだけですから。」


「あのですね、どうして今更その事件について知る必要が…!」


「ほらほら、そんなに怒ると性格だけじゃなくて顔まで老けますよ?」


それを聞いた途端、ルイーネの眉が一気につり上がった。


「もう何ですかこの性悪謎女!

 オズさん、この人とっとと追っ払っておいてください!」


そう言ってルイーネは怒って向こうの部屋に言ってしまった。

オズは久々に自分より人を怒らせるのが上手い人を見た気がした。

オズは思わず呟いた。


「お前、下手やなー…。」


何が下手というと人を追い払う方法がだ。

先ほどからなんとなくセイラがオズに何か言いたがっていることはわかっていた。

そのうちどうにかしてルイーネを追い払うだろうとは思っていたがまさかここまで追い払い方が下手だとは思わなかった。

いくら何でももう少しましな言い方があるはずだ。

そう思っているとセイラが言った。


「お前のような悪知恵は持ち合わせていないからな。でもまあ、これでようやく邪魔が消えた。」


「んで、何の用やねん。」


そうオズが言うとセイラは歩いてきてオズを睨みつけながら言った。


「一つ言いたいことがあってな。お前、もう少しやり方ってものを考えろ。」


それを聞いたオズはため息をついた。


「はー、まさか性悪謎女がルイーネ2号になるとは思わんかったな。

 なんでお前があいつらに書類渡したことに怒るんねん。」


「書類のことも無茶苦茶だがそれに対しての説教はあの小悪魔に任せる。

 私が言いたいのは書類のことより前のことだ。」

 

「前?さあ、何のことや?」


「しらばっくれるな。お前が記憶の封印を解くためにしたことは書類をあいつらに渡したことだけじゃないだろう。」


セイラはピシャリと言い放った。その目はいつもより真剣で鋭い。

セイラは続けて言った。


「ああ見えてリラ・ルピアはなかなか優秀な魔女だ。あの婆さんの封印術がたった10年で解けるわけがないんだ。

 …あの杖には封印を緩める力がある。お前だってそのことは知っているはずだ。

 だからお前はゼオンをキラと同じクラスに入れたんだろう?」


「…せやったら、何が問題やねん。

 お前はイカサマで転入させたらあかんーなんて言う奴やないやろ?」


オズは腑に落ちない様子で言った。セイラの目がさらに鋭く光る。

そして、机に手をついて怒鳴った。


「あの杖の力をむやみに利用するなと言っているんだ!あれが何だか、お前は知っているはずだろう!?」


セイラにしてはやけに大きな怒鳴り声で、その声は図書館中に響き渡った。

その時のセイラの目は必死に何か訴えかけているようにも見えた。

あの杖の力を利用するなということの意味がオズにはわからなかった。

たしかにあれは危険なものではある。だがセイラは使用したら人に悪影響があるとか、そういうことをいちいち心配する性格でもないはずだ。

オズは首を傾げ、少し考えこんだ後、セイラに尋ねた。


「お前、やっぱなんかあったやろ。」


そう言われると、セイラは急に真っ青な表情になって何も言わなくなった。

図星なのがここまでわかりやすい人もなかなかいないと思う。根の性格はこうなのだろうか。セイラは俯きながら言った。


「…別にたいしたことじゃない。…もういい、そろそろ帰る。」


それでは何かあったと言っているようなもんだ。

セイラはこれ以上何か言われたくなかったのか、急におとなしく帰り支度をしはじめた。

そしてすぐに出口の方へ歩いていく。

そして、出口のところで止まると一言オズに言った。


「そうだ、後でキラ・ルピアに一言謝るくらいしておくべきだと思うぞ。」


そう言ってセイラは静かに図書館を出ていった。


「それは……まあ、そうやな…。」


オズはぽつりとそう呟いた。



◇ ◇ ◇



雨はまだ止みそうになかった。どす黒い雨雲は相変わらず空を覆っている。

激しい雨の音が他のあらゆる音をかき消していた。

先ほどティーナたちと別れたゼオンは雨の中を走って寮の方へ向かっていた。

降りしきる雨は冷たくて時折響く雷の音が悲しげだった。ゼオンは中央広場のところまでたどり着いた。

それからすぐに寮の方へ走り出した時、急に前の方から走ってきた誰かとぶつかってしまった。

ぶつかった相手が誰だかは暗くてよく見えない。背が低いことがぼんやりわかるだけだった。

軽く謝ってすぐにまた走りだそうとした時、足下にあった何かを踏んでしまった。

その途端、ぶつかった相手が派手にすっ転び、前のめりになって水たまりへと突入して水しぶきを上げた。

ゼオンは振り返ってそれが誰だかようやくわかった。そこには水たまりにダイブして服がびしょ濡れのセイラがいる。

ゼオンはセイラの靴を踏んだようだった。ようやく起き上がったセイラにゼオンが言った。


「転び方派手だな。」


「…第一声それですか?」


セイラは眉の辺りをピクピクさせながら言った。ゼオンは気にもしていない様子で言った。


「悪かったな。暗くて見通しが悪かったんだ。」


セイラはまだ不満そうに黙り込む。それを見たゼオンは少し不思議に思った。

また皮肉を言われるとばかり思っていたのに何も言われなかったからだ。セイラはため息をついてゼオンに尋ねた。


「…そういえば、キラさんはどうなったんですか?」


「封印は解けた。今はショックで寝込んでる。」


「…そうですか。」


セイラはそう言っただけだった。

心なしか表情がいつもより暗い。なにか悲しいことでもあったしれないなとゼオンは思った。

それからセイラはゼオンに尋ねた。


「…どうしてオズさんが言ったことに素直に従ったんです?こうなること、わかってたんじゃないですか?」


「いや、わからなかった。」


ゼオンははっきりと否定した。

それを聞いたセイラの目が鋭くなる。


「…貴方ほど勘の鋭い人がオズさんの本当の意図に気づかないはずありません。」


「それはわかったよ。その後がわからなかったんだ。」


「…はい?」


「…封印が解けてあいつがあんなにショック受けるなんて思わなかったんだよ。」


ゼオンは静かにそう言った。情けないことだが本当のことだった。

多少ショックを受けるだろうとは思っていたがあそこまでショックを受けるとは思っていなかった。

「知らなかったことの苦しさ」も「大切なものを奪われた悲しさ」もゼオンにはわからない。

今まで両親は事故が原因で死んだと言われていたけれど、それが突然実は自分の目の前で殺されたんですと言われてもゼオンだったらああそうだったのかくらいにしか思わないだろう。

それがとても非情なことだということはわかっている。そのことを隠していた人に「どうして隠していたのか」とさえ聞かないだろう。

ゼオンはいつも「知らないこと」よりも「知っていること」に苦しんできたから。

記憶を取り戻したらキラがどうなるかということ以前に、「何も知らない」状態というものがゼオンには想像がつかなかった。


「書類の内容を確かめに言ってやったのは、俺が訊きたいこともまとめて訊けるからって思っただけだ。

 オズがあいつの記憶の封印を解けって言っていることもわかってはいたが、書類の内容があれだったからな、あいつからしても知っておいて損はないだろうと思っていたから別に構わないと思った。

 お前が言ったように、俺とあいつは正反対だったんだよ。

 あいつには辛いことを俺はたいしたことないと思いこんでいた。…それだけだ。」


ゼオンはキラの家の方を見ながらそう言った。

そしてこれ以上何も言われたくないと言わんばかりに歩き出した。

セイラの姿はどんどん後ろへ離れていく。


「……愚かだな。」


セイラの一言は妙に耳に残り、いつまでも消えなかった。




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