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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:第10話

扉の向こうでキラが倒れたと知った時のリラとリーゼの行動は早かった。

ティーナの声が聞こえると、リーゼがすぐに走って扉を開き、リラもキラのところに心配そうに駆け寄った。

扉の向こうにはキラだけではなくティーナもいて、困った様子で倒れる前後の様子を必死で話している。

ゼオンはその様子を眉一つ動かさずにじっとその場に立って見ていた。

全員慌てているからこそ何も言われないが、多分ゼオンの様子を誰か優しい人が見ていたとしたらゼオンは非情だと言われるだろう。

だが、たまたまゼオンの隣にいたのは優しくないルルカだけだった。

ルルカはしばらく驚いた表情でキラを見ていたが、しばらくしてチラリと横目でゼオンを見て言った。


「…貴方、ひょっとして気づいてた?」


「さあ、どうだろうな。」


ゼオンは感情の無い声で言った。倒れたキラは気絶しているようで目を覚まさない。

そんなキラをリラやリーゼやティーナは心配そうな顔で様子を見ていて、部屋に運ぼうかなどと話している。

二人とも深刻そうな様子で、心の底からキラを心配していることがすぐわかった。

壊れるのは本当にあっという間だった。あの笑顔がこんなにも脆いものだとは思わなかった。

ゼオンは手に持った書類の封筒を見る。まさか、これに辿り着くまで保たなかったなんて。

そして、キラはリーゼとリラが二人がかりで部屋に運ばれていった。

そんな時、先ほどまでキラの側にいたティーナがゼオンたちのところにやってきた。


「…で、二人とも、これは一体どういうこと?」


ティーナの表情はいつもの愉快な表情ではない。

ゼオンは例の書類の入った封筒をティーナに見せて言った。


「あのシルクハットにこの封筒の中身の内容が本当か訊いてこいって言われたんだ。」


「ふぅん。」


ティーナはそう言っただけで、今日は騒いだりゼオンに飛び付こうとしたりはしなかった。

リラとリーゼはまだ戻ってこない。部屋の中は静まり返って、物音一つしない。

ゼオンとルルカはともかく、ティーナも黙り込んでいたからだった。

ゼオンがティーナに聞いた。


「…お前、今日は静かだな。」


「だってこの状況、騒いでいい空気じゃないでしょ?」


ティーナはいつもと同じように笑って言った。

するとゼオンは見透かしたように言った。


「お前はその場の空気を読んで静かにしているような奴じゃないだろ。たとえ場の空気がわかっていたとしてもな。」


ティーナの表情が曇った。図星だったらしい。急に笑顔が消えた。

そして、急にゼオンから顔を背けて言った。


「そっか、バレてたんだ。

 その、ちょっとだけキラっていいなって思っちゃっただけだよ。

 キラの友達のあの子も、キラのお婆さんも本気でキラのこと心配してる。

 安っぽい同情なんかじゃなくてさ。」


そう言った時のティーナは下を向いていた。その時、扉が開いてリラが戻ってきた。その表情は明らかに先ほどより暗い。

間違いなく、先ほどの会話を聞いた時に記憶の封印が解けてキラは記憶を取り戻したのだろう。

言わなくてもわかる、キラが倒れたあの様子を見れば。封印が解けた理由は先ほどの会話だけではないかもしれないが。

リラは先ほどより疲れた様子で椅子に座った。

やはり目の前でキラが過去の辛い記憶を取り戻すのを見るのは精神的に応えたのだろう。

リラはなかなか話を再開しない。しばらくしてからようやく話し始めた。


「10年前、ミラとイクスさんは今の国王に殺された。…とはいっても私はその場にはいなかったんだが。

 それを目の前で見てしまったキラはその後ショックで心を閉ざしてしまった。

 それで、私はキラの記憶を封印し、村ぐるみでそのことをキラに隠し続けてきた。

 …キラを一人で墓参りに行かせなかったのも、一人で墓参りに行った時に、万が一何かがきっかけで封印が解けたりしたらどうしようかと思ってね。

 …これが10年前の真相だよ。」


そう言い終えたリラの表情はかなり疲れているように見えた。


「…お話ししてくださってありがとうございます。」


ルルカが丁寧にそう言った。ゼオンもお礼を言った。

それからリラが言った。


「…で、続きは何だい?オズのことだからこれで満足なんてするわけないだろう?」


さすが、話が早い。ウィゼート内戦のあの爆発の中で生き延びてこの村にまで逃げてきただけのことはある。

あの馬鹿なキラの肉親とは思えない。今までの話はこれからする話の前提条件にすぎない。

重要なのもこれから、本当に深刻なのもこれからだ。ゼオンは頷いて書類が入った封筒を見せる。


そして、リラの方を見て言った。


「…じゃあ、本題に入りますよ。」


「ああ、入っておくれ。」


リラはそう言って真っ直ぐゼオンを見た。きっとまだこの人自身にとっても10年前の出来事というのは辛いことなのだろう。

キラの記憶を封印したのは、キラのことを思ってということもあっただろうが、悲しんでいるキラの姿を見て改めて二人の死を思い知らされるのが辛かったのかもしれない。

だが封印は解けた。記憶を封印なんてしたことでは事は解決しないということはきっとわかっているのだろう。

だから真っ直ぐゼオンの方を見られるのかもしれない。

すごい人だなと思った。少なくとも自分には無理だとゼオンは思う。

その目を見て、ゼオンは例の封筒から書類をさし出した。そして一度その内容を頭で確認してからリラに言った。


「…あいつってたしか姉妹が一人いるんですよね?」


「ああ、サラのことか。たしかにいるよ。」


「そのサラさんのことなんですが。」


ゼオンは封筒の中から書類を取り出してリラに見せた。

リラはそれを受け取ると静かにその書類に目を通していった。

リラはずっと落ち着いた様子でそれを読んでいった。

今までその書類を読んだ人たちのように驚いた様子は全く見せなかった。

代わりに、読み進めていくにつれてリラは悲しそうな顔をしていった。

ゼオンはそれを見てすぐに、この書類の内容は本当で、しかもリラはそのことを最初から知っていたのだとわかった。

すべて読み終わると、リラは何も言わずにゼオンに書類を渡した。


「…全部本当だよ。間違いないさ。」


リラは何かに疲れたようにため息をついて言った。


「…オズの奴にはあまり知られたくなかったんだがねえ。まあ、今更仕方ないか。

 あんたたち、この書類の内容はまだキラには話さないでくれないかい?

 キラが落ち着いたら私から話すからねえ。」


「…はい。」


ゼオンはそう言って書類を封筒にしまった。その時、階段から誰かが降りてくる音がした。

どうやらリーゼが降りてきたらしかった。絶対怒っているだろうなとゼオンは思った。

ティーナがゼオンに言った。


「用はこれで終わり?そろそろ帰ろうよ。」


「おや、もうないのかい?あたしゃもう一つくらいあるのかと思ってたんだけどねえ。

 まだ、あんた自身が聞きたいことを聞いてないだろう。」


キラとこの婆さんは全然似てないなとゼオンは思った。

年寄りの割になかなか鋭い。ひょっとすると年寄りだからかもしれないが。

もう少しキラがこの婆さんに似ていれば、こんな最悪な形で真実を知らずに済んだのかもしれない。もう少し目ざとくて賢ければ。

ゼオンはリラに言った。


「…最後に一つ聞きたいことがあります。あいつが誕生日にもらったあの杖。

 あれについて何か知っていることってありますか?」


リラは腕を組んで考えこんだが、あまりパッとした答えは思いつかないようだった。


「あれを使うと普段の何倍もの威力の魔法が使えるってことくらいかねえ…

 あれはもともとエスペレン家の秘宝だとかなんとか言われてて、ものすごく昔からあったものだからあたしゃよく知らないんだよ。」


ゼオンは少しだけ肩を落とした。この人なら何か知っているのでは思ったのだけど。

そこで今度は少し質問を変えて聞いてみた。


「じゃあ、この杖を作った人が誰だか知っていますか…?」


「…具体的な人物は知らないね。私の何世代も前に作られたものだから。

 昔聞いた胡散臭い伝説だと、この世界のあらゆるものを造り上げた神様が造ったって書いてあったが…

 あらゆる物を作った神様なんだったら例の杖を造ったことだって普通のことじゃないか。

 わざわざ伝説なんて大袈裟なこと言って本なんかに書かなくてもいいと思うんだがねえ…。」


「…確かに。」


「…物好きな人だったんじゃないかしら。」


ティーナとルルカが半ば呆れた様子で言った。

ゼオンはそれを聞くと、しばらく何か考えこんでいる様子でしばらく何も言わなくなった。

それからリラに言った。


「そうですか、ありがとうございます。…色々、ご迷惑をかけてすいませんでした。」


ゼオンはいつもより丁寧な口調でそう言った。それから書類を持って玄関の方を向いた。


「…帰るぞ。」


「ああっ、待ってよゼオンっ!」


「静かにしなさいよ、うるさいわ。」


ゼオンが歩き出すとティーナとルルカも玄関の方へと向かった。

先ほどからそんなに時間は経っていないはずなのにこの家の空気はすっかり変わってしまっていた。

苦しい沈黙と悲しげな空気だけが流れている。来た時の暖かく優しい空気はもうどこにもない。

自分とルルカのせいであることは自覚していた。居間を出ると玄関にはリーゼが俯きながら立っていた。その表情はとても悲しそうだった。

何と言えばいいかわからないでいると、リーゼの方がゼオンの方を見た。


「…ひどいよ。あなたに期待した私が馬鹿だった。」


そう言って、リーゼはドアを開けて外へと駆け出し、そのまま振り返らずにどこかに走り去ってしまった。

明日からリーゼは口を利いてくれないかもしれないなとゼオンは思った。

外は風と雨の音がよく響いている。嵐の声がした。ゼオンは階段の上を見た。キラがいる二階は明かりもついていなくて暗い。


「…こうなること、わからなかった?」


ティーナが言った。しばらく間が空いてからゼオンが答えた。


「…半分くらいわからなかったな。」


ティーナは責めもせず、庇いもしなかった。

ゼオンはチラリとルルカの方を見た。表情は全く変わりないが口数はいつもより少ない。

ゼオンはもう一度家の中の方を見た。リラが三人を見送りに玄関まで来ている。


「…じゃあ、お邪魔しました。」


そう言ってゼオンたち三人はキラの家を出ていった。



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