第1章:第2話
今日は晴天であったはずだが、森の中は木々の葉の屋根のせいで薄暗かった。
ひんやりとした空気が漂う森の中にキラはリーゼと共に入っていった。
木々が風に揺れる音、頭上を通り過ぎていく鳥の声が耳に入っては抜けていく。
ずっと村で暮らしてきたキラにとってこの森は庭のようなものだった。
「うわー、もうめんどくさいよー! 帰りたいー!」
リラに放り出されて森に来てから一時間。自分でも予想はしていたがキラは早速こう言いはじめた。
周囲には木、木、木ばかり。この景色も見飽きたし、ずっとじめじめした土に生える薬草を探すのも嫌だ。
薬草集めは初めてではなかったがキラは何度やっても好きにはなれなかった。
「で、でももう少し集めたほうがいいと思うよ?」
リーゼは笑ってそう言ったけれども、スカートは汚れるし、足は疲れるし、何よりめんどくさかった。ああ、めんどくさい。もういやだ。そう思ってキラはその場に座り込んでしまった。
そんなキラを見たリーゼがこう言った。
「あ、じゃあプレゼントにもらったあの杖、1回使ってみたら? まだ一度も使ってないんでしょ? それで一度気分転換したら?」
リーゼの言葉を聞いてキラはあの杖のほうを見た。銀の柄の先についた黄金の宝石が光を受けて輝いた。古くさいが物は悪くなさそうだ。
薬草集めなんかよりはそのほうが面白いかもしれない。
「そうだね!」
そう言ってキラは杖を手にとってみた。そして近くの木に杖を向けてみた。
杖の照準とその木がぴったり合ったところでキラはリーゼに言った。
「あのさ、あたし何の魔法ならできると思う?」
聞かれたリーゼは「えっ」と言った後、慌てて言葉を探していた。
そう、キラは魔女なのに魔法は大の苦手なのだった。杖を試しに使ってみる――こんなこと、魔法が成功しなければ楽しくも何ともない。
ガクッと下を向いたキラにリーゼは言った。
「あ、雷系の魔法なら得意じゃなかった?」
たしかに雷の魔法はそんなに失敗したことはなかった。単純なキラはすぐに元気を取り戻した。
そしてキラは呪文を唱えた。
「轟け雷鳴…白き稲妻よ…エクレール!」
すると、杖の先が光りはじめ、小さな光の玉ができた。
そして、それはパチパチと電気を帯びながら少しずつ大きくなっていく。どうやら失敗することはなさそうだ。
これで後は杖を振れば、光の玉は杖から離れて木にぶつかる……はずだった。
異変は起きた。キラが呪文を唱え終わった後も光の玉の膨張が止まらない。
やがて激しい音をたてて強い電気を帯び、杖の持ち手が熱くなってきた。
確実に魔法が暴走していた。
「ね、ねえ、これどうやったら止まるかわかる…?」
リーゼはおどおどしながら首を振るだけだった。それでも光の膨張は止まらなかった。
止めたくても止まってくれない。やがてまぶしすぎる光で前が見えなくなり、持ち手も熱過ぎて持っていられなくなりそうだった。
もう杖を振るしかない。キラは力いっぱい杖を振った。
とたんにその巨大な力の輝きは前方へ突進し、目標としていた木はおろか、その先の木々まで焼き尽くして進んでいった。
だが、それでも勢いは止まらない。
このままでは森全体が焼かれてしまう。けれどキラ達に止める術は無かった。
二人がもうどうしようもなくて呆然としていたそのときだった。
轟音と共に先ほどまで突進を続けていた光の玉が突然何かの魔法によって相殺された。
そしてその衝撃により強い風が吹き、土煙が舞い上がった。
「…ったく、危ない奴だな」
土煙が引き、現れたのは、茶髪に赤目の魔法使いの少年と赤毛に赤目の悪魔の少女で、二人はキラのと全く同じデザインで色違いの杖を持っていた。
あまりにも突然の出来事にキラはしばらく言葉が出なかった。
一難去ってまた一難。あの魔法を止めた時点でこの二人はただ者ではない。
キラとリ―ゼが呆然としてその場に立っていると悪魔の少女のほうがツカツカとこちらに歩いてきていきなり怒鳴り始めた。
「ちょっと!いきなり何すんのさ! 怪我でもしたらど―してくれんの!」
そう言われたキラは思わず強い口調で言い返してしまった。
「別にわざと狙ったわけじゃないもん! この杖初めて使ったからこんなことになるなんて思わなかったの!しょうがないじゃん!」
再び悪魔の少女が言い返そうとしたところで赤目の魔法使いの少年のほうがこちらに歩いてきた。
ああ、これは今まで会ったことのないタイプの人だなと、少年の威圧感からすぐにわかった。
「うるさい。静かにしろ。」
少年がそう言うと途端に少女は「は―い!」と猫なで声を出したかと思うとすぐに静かになった。
少年は冷たい目でキラを見てから、キラの持っている杖をじっと見つめた後、キラに杖を突きつけた。
この杖がどんなに恐ろしいか、キラ達は知っている。突然杖を突きつけられたキラはビクッと一瞬震えた。
少年はキラに杖を突きつけながら、聞いた。
「これ、どこで手に入れた?」
少年の赤い目は冷たかった。そしてどこか寂しそうな目だった。
キラは少年の雰囲気に戸惑いつつも答えた。
「お姉ちゃんからの誕生日プレゼント。」
少年は全く表情を変えずにしばらく黙りこんだ。そしてさらに質問を続ける。
「お前、名前は?」
「…キラ・ルピア。 この子はリ―ゼ・ラピスラズリ。あんたたちは?」
キラの方からそう聞くと、少年は冷たい口調で言った。
「余計な詮索はしなくていい。質問に答えろ。この近くに村があるのか?」
今までとりあえず質問に答えてきたキラだったが少年の態度についカッとなって怒鳴った。
「さっきから何!? その態度!脅せば何でもどうにかなるとか思ってんの? 大体人に名前を聞いたら自分も答えるもんでしょ!?」
少女のほうが何やらわあわあ言い始めたが、少年のほうはいたって冷静だった。
そして再び口を開こうとしたら、突然また口を閉ざし、今度は先ほどから怯えて口を開かないリ―ゼの方へと視線を向けた。
そしてゆっくりと杖を下ろすとこう言った。
「俺はゼオン・S・クロ―ド。こいつはティーナ・ロレックだ。」
「ゼオン!? 何で名前教えちゃうの!?」
この発言に一番驚いたのはこのティーナという少女のほうだったようだが、キラもこれにはかなり驚いた。
さっきまで詮索するなとか言っていたくせに。ゼオンはリ―ゼの方を差して言った。
「世間知らずの田舎者みたいだから隠し通そうと思ったけど、あっちの方はもう気づいてる。隠す意味が無い。」
全員そろってリ―ゼの方を見た。どうやら図星のようで慌てたようにもぞもぞ何か言っているが聞こえない。ようやくリーゼは苦笑しながら小さな声で言った。
「ク、クロード家……有名だから……」
クロード家。田舎者のキラでも知っている名門貴族だ。たしか王家に仕えている一族だとか言っていた気がする。
だがその言葉が出た途端、今まで恐ろしいくらい冷静だったゼオンが急にさっきよりも強い口調で冷たく言った。
「いっそ俺が脱獄犯だっていうのもその威勢のいい女に言ってやればいいじゃねえか。
知らないフリすればすぐにどっか行くとでも思ったのか? 普通顔だけ見てクロード家の奴だなんてわかるわけがない。どっかで手配書でも見て、そのことも知ってるんだろ?」
またもや図星らしい。リーゼは怯えてうつむきながら何も言わなかった。
キラは脱獄犯という言葉に反応するよりも先にリーゼを怯えさせたことに腹が立った。
またキラが怒鳴ろうとすると、ゼオンはそれも察したらしく、再び杖をキラに突きつけた。
さっきクロード家の名前を出したのがいけなかったのだろうか。ゼオンの目は恐ろしいくらい冷たくて鋭かった。
「近くに村があるのかないのか、3秒以内に答えろ。答えなかったらお前ら二人とも塵屑になるからな。」
だがキラの方もかなり腹が立っていた。クロード家だか脱獄犯だか知らないが身勝手にも程がある。
それならその3秒以内にその杖蹴り飛ばしてやる。そう思ってキックを繰り出そうとした時だった。
突然ゼオンがその場にしゃがみ込んだ。
それと同時に右の方からシュッと音を立てて1本の矢がものすごい速さでゼオンの頭の上を通過し、近くの木に突き刺さった。
キラは唖然として蹴ることなど忘れていた。すると矢が飛んできた方向から声が聞こえた。
「あら、また貴方達なの?」
茂みの中から金髪でショートカットで青い目の顔立ちの整った少女が出てきた。
少女は弓矢を持っていたが、少女が何かの呪文を唱えると、それはまたもやキラのと色違いの、青い宝石のついた杖に変わった。
先ほどの弓矢の腕といい、またただ者ではなさそうだ。
どうやら、またややこしい人が出てきたらしい。キラはもう疲れてため息をついた。