第4章:第7話
ゼオンは何も言わずに歴史書のウィゼート内戦の項目のページを見つめていた。
信用しがたい話ではあるけれど完全に否定できる証拠もどこにもない。
東陣の紋章と例の杖、2つも内戦関連のものがキラの家にあるとなるとそれなりの可能性はあるかもしれない。
ルルカはゼオンに言った。
「もしキラのおばあさんが行方不明になっているアルフェリラだとしたら、あの杖についても何か知っている可能性はあるんじゃないかしら?」
たしかにそうかもしれない。
聞いてみる価値はあるかもしれない。
杖についての情報を得るためにゼオンはこの村に留まっているのだから。
だが、ゼオンは聞きに行こうとは言い出さなかった。黙ってぼんやりと歴史書を眺めたまま何も言わない。
ルルカが不思議に思ったのか尋ねた。
「…今更どうしたのよ?
杖について知りたいんじゃなかったの?」
「知りたいけど、明日でいい。」
ゼオンはそう言って時計を見た。
午後三時。ちょうど授業が終わり、生徒が帰り出す時間帯だろう。
そんなゼオンの様子を見たルルカが眉をひそめた。
「なんだか杖についてのことなのに貴方が後回しにするなんて逆に変ね。
それなら私にそんなこと調べさせないでくれないかしら。
別にたいしたことないことなら…」
「いや、たいしたことだ。俺にとってはな。」
ゼオンははっきりとそう言った。
ルルカはため息をついた。おそらくルルカにはわからないことだろう。
ゼオンにとってこの杖はとても重要なのなのだから。キラの祖母なら何か知っているかもしれない。
この杖のことも。この杖をゼオンに渡したある人物のことも。
ゼオンの様子を見てルルカはため息をついた。
すると、それを見たセイラがクスクス笑いながら言った。
「多分キラさんに邪魔されるのが嫌なんだと思いますよ。
ちょうどもうすぐ家に帰ってくるところでしょうからね。」
あまり認めたくはないがセイラの言うとおりだった。
急にキラの祖母に聞きたいことがなんて言うと、キラはきっと内容を知りたがるだろうから。
それに、下手するとリーゼから聞いたことがキラにバレるかもしれない。
とても気に食わないが一応リーゼから口止めされているし、この村で杖について調べたいのならわざわざキラにそのことを言うのは得策とは言えない。
キラがわざわざ知る必要はない。ゼオンがキラの私情に首を突っ込む必要も義理もない。
気にくわない、その感情だけ何故か残るけど。
「本当に正反対ですね。キラさんとゼオンさんは。
同じところがあるとすれば二人とも不運だったってことくらいでしょうか。」
セイラが静かにそう言った。
返答はない。ただ嵐の前触れのような強い風が窓をカタカタ揺らす音が響くだけだった。
リーゼからキラの過去を聞いてしまったからこそ、ゼオンは何も言えなかった。
そのとき、入り口のドアの方から声が二つ聞こえてきた。
甲高い声が一つと、嫌に愉快で、けれど落ち着いた声が一つ。
誰の声だかはすぐわかった。オズとルイーネだ。
声はだんだん近づいてきて、話の内容までわかるようになった。
「あのぉ、オズさん。私、前も言いましたよね?
飲まないくせにローズヒップティー買わないでください!
古くなった葉を捨てるのがもったいないじゃないですか!」
「お前はうるさいなー。
紅茶の一缶くらいでぐちぐち言わんでもええやないか。」
「ぐちぐち言いますよ。お金がもったいないです!」
「ババくさ…」
「うるさいです、そんなことありません!」
そうルイーネが言ったところで扉が開いた。
オズが先に入ってきて、ルイーネが後から続いて入ってきた。
買った物は全てルイーネが持っていて、オズはほとんど手ぶら状態だ。
これじゃあ文句の一つも言いたくなるだろうなとゼオンは思った。
オズは図書館の奥の方まで歩いてきて、ゼオンたちと目が合うと、少し驚いたように目を見開いた。
「なんや、お前らおったんか。」
「いたら悪かったか?」
「いいや。」
そうは言ったが、オズはちらちらルイーネの方や、後ろの棚の方を見はじめた。
何か迷っているようだった。
すると、ルイーネが買った物が入っている重たそうな袋を持ってオズのところにやってきた。
「あのぉ、オズさん?
私が持っているこの重たーい荷物はどこに置けばいいんですかねぇ?」
オズは笑って答えた。
「ああ、奥の部屋や。
あとなルイーネ、紅茶の葉、缶に入れといてな。」
「もう…仕方ないですね…」
そう言ったルイーネはため息をひとつついてから、重たい荷物を持って奥の部屋へと入っていった。
オズはなぜかルイーネが完全に扉の向こうに行くまで注意深くルイーネを見張っていた。
それを確認してから、オズは今度はシャドウとレティタの方を見て言った。
「おいお前ら、奥の部屋にシュークリームあるから、皿とかと一緒に持ってきてくれへん?」
「え、マジか、それ!」
シャドウが目を輝かせた。
オズはそれに対してわざとらしく笑って頷いた。
シャドウは急にニコニコしながら言った。
「よっしゃあ、任せとけぇ!
行くぞ、レティタぁ!」
「え、あ、待ちなさいよぉ!」
そう言って二人も扉の向こうに飛んでいってしまった。
こうして、この部屋にいるのは、ゼオン、オズ、ルルカ、セイラの4人になった。
二人がいなくなったのを確認した途端、オズの表情が変わった。
またゼオンたちに厄介なことを押し付けようとしているということはすぐにわかった。
急に先ほどの愉快な雰囲気が消えたオズに対してゼオンは言った。
「…で、話は何だ?
どうせまた何かあるんだろ?」
「察しええな。」
「ええ、勘の鋭さだけならオズさんより上でしょうね。
どんな手を使ってでも目的を果たす意地汚さはオズさんの方が上でしょうけど。」
セイラもクスクス笑いながら言った。
オズはそれを無視して後ろの棚の方に向かった。
いちいち相手にしていたらきりがないから無視したわけではないらしかった。
どうやらルイーネたちが戻ってくるまでに話を済ませたいようだ。
オズは棚から何かが入った封筒を取り出した。
封筒の膨らみ方からして、中に入っているのは書類か何かだろう。
オズはその封筒をゼオンの前に置いて言った。
「今からキラのババアのとこ行って、この封筒の中の書類の内容が本当か確かめてきてくれへん?」
そう言った途端、セイラの表情が変わった。
ジュースを飲む手も止まり、驚いた表情でオズを見つめている。
それほどに重要な書類らしかった。
「重要な書類なんだろ?
何でそんなこと俺に頼むんだ。」
「俺やと話すらしてくれへんからな。」
ゼオンはその封筒をしばらく見つめてから言った。
「ひょっとして、キラの両親のことと関係があるのか?」
セイラの表情が険しくなった。
オズもあまり気分よさそうな顔はしていない。
どうやらそのとおりのようだ。
ゼオンは何も答えなかった。
ルルカも快く引き受けようとはしない。
すると、今回はあっさり引き下がることを決めたようで、オズはため息をついた。
「嫌やったらええわ。やっぱ俺が聞いて…」
「内容、見てもいいか?」
ゼオンが急にそう遮った。
ゼオン以外の三人全員の表情が変わる。
少ししてから、オズが頷いた。
それを見て、ゼオンは封筒から書類を取り出した。
ルルカもゼオンの後ろに来て、書類の内容を読み始める。
最初の方はリーゼから聞いたことと似たような内容だった。
だが下の方に進むにつれ、内容は重大で深刻なものへと変わっていった。
これにはさすがにゼオンも驚いた。
国を揺るがすほどの重大な事実がそこには記されていた。
そして同時にわかったことは、キラは本当に自分のことも自分の周りのことも何もわかっていないということだった。
後ろにいるルルカはそのことにゼオン以上に驚いているようだった。
見たこともないくらい目を丸くして書類を凝視している。
沈黙がしばらく流れた。
先に口を開いたのはルルカだった。
「…これ、本当?」
「せやから確かめてきてくれ言うとんねん。」
ルルカは黙った。
複雑な気分だった。知ってはいけないことを知ってしまった気分だった。
ゼオンは時計を見た。午後三時十五分。
ゼオンはオズを見た。
「確かめに行くって……今からか?」
「ああ。」
オズの表情は真剣そのものだった。
今からこのことが本当か確かめに行くということ、つまりどうしろという意味なのか、ゼオンはもうわかっている。
「お前…自分が何言ってるかわかってるのか?」
「せやから、今回は嫌やったら行かんでええって言うてんねん。」
オズの目は鋭かった。一点の曇りもない強い意志が感じられる。
もう何を言ったってこの人を止めることはできないだろうなとゼオンは思った。
ゼオンは黙って書類を見つめた。そして答えを出した。
「わかった、行ってきてやるよ。」
「…意外ですね。
それは親切なんでしょうか。それとも無神経なんでしょうか。」
セイラが言った。いつもの皮肉っぽい言い方ではなかった。
続いてルルカも立ち上がった。
「私も行くわ。」
珍しいことだった。多分オズもそう思っただろう。セイラだけは何食わぬ顔でジュースを飲んでいる。
普段ならルルカこういう他人のことには関わりたがらない人のはずなのだが。
するとルルカは冷たくこう言った。
「別にオズのためでもなければキラのためでもないわ。
ただ、個人的に気になることがあったのよ。」
ルルカは書類を手にして立ち上がった。それを見てゼオンも立ち上がった。
ゼオンは言わずに勝手にルルカの手から書類を奪ってドアの方へと歩いていく。
少し苛立ったような顔をして、後ろからルルカもついて行った。そしてゼオンは重たい木のドアを開いた。
空は灰色で、強い風が吹き荒れていた。ゼオンはオズに聞いた。
「詳細を言うのは明日でいいか?」
「ええで。」
「わかった。じゃあな。」
そう言って二人は重たいグレーの空の下、キラの家へと歩き始めた。
「あいつ…これ知らねえのは……。」
まずい。そう感じたからといってなぜオズの頼みを聞く気になったのかは、自分でもわからなかった。
何故か気に食わなかった。