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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:第5話

キラたちが再び村に戻った頃にはもう辺りは茜色に染まっていた。

寂しげな橙色の空の後ろから夜の闇が迫ってきていることはすぐにわかった。

カラスの追い立てるような鳴き声が耳に残る。

まるで何かの予兆のようだった。

キラとゼオンは中央広場まで歩いていった。

広場は閑散としていて誰も居なかった。

涼しい風がキラの髪をかすめて通り過ぎる。

そういえば、初めてゼオンと会った日はここで別れたなとキラは思った。

キラはゼオンに言った。


「じゃ、一応今日はありがとね。」


「……。」


ゼオンはツンとしたままそっぽを向く。やっぱり無愛想な奴だなと思う。

その後キラは不思議そうに言った。


「そういや何でばーちゃんもオズもあたし一人で墓参りに行かせたがらなかったんだろうね。

 結局魔物が出たくらいで他には何もなかったのに。」


そう言うと、ゼオンが言った。


「…お前が馬鹿で危なっかしいからだろ。

 多分『親切』なんだろうな。」


その時のゼオンはどこかいつもと違うように感じた。

表面上の変化はなかったが、どこか後ろめたさそうで、どこか悲しそうだった。

キラは気にはなったが気のせいかもしれないし問いつめはしなかった。

キラは笑顔でゼオンに言った。


「じゃあ、また明日ね!」


そして、中央広場を抜けようとしたとき、急にゼオンが言った。


「お前、両親が死んだときのこと、思い出したいか?」


キラの足がピタリと止まった。

難しい質問だった。両親の死についてたしかに気にはなる。

なぜそこだけ記憶がないのかも。

けれど心のどこかで誰かがそれを知ることを必死で止めているような気がしてならなかった。

何だか思い出してはいけないことのような気がした。しばらく気まずい沈黙が流れた。

何か言わなきゃとキラは必死に言葉を探した。

けれど結局言えたのはこれだけだった。


「気にはなるよ。…けど、なんか怖いんだ。」


ゼオンは静かに「そうか。」と言った。

言い方は静かだったが表情は穏やかではなかった。

そして、ゼオンは学校の方へと歩き出し、急にキラに冷たく言った。


「…お前はいいよな。何も気づかなくて。」


キラは突然そう言われて怒ったというよりは驚いてしまった。

なぜゼオンが急にそんな風にそんな冷たい口調で言ったのかわからない。

ゼオンにしては珍しいような気がする。

何かゼオンを怒らせるようなことを言っただろうか。

どうしようかとそうこうしているうちにゼオンの姿は茜色に染まった村のどこかに消えてしまった。

キラはしばらく呆然てしながらそこに立ち尽くしていたが、やがて仕方なくとぼとぼと家へ帰っていった。



◇ ◇ ◇



オズは早足で図書館へと戻っていった。

途中何人もの人にすれ違い、そんなに急いでどうしたんだとでも言われそうな顔をされたがそんなこと関係ない。

図書館に着くと、オズは封筒を強く握りしめ、乱暴に木のドアを開いた。

そしてずかずかと中に入っていくとカウンターの奥の部屋に向かって怒鳴った。


「おい、ルイーネ!とっとと来い!」


その時静かでクールな声が聞こえた。


「帰ってきて早々随分うるさいのね。」


オズはテーブルの方を見た。

ルルカが椅子に座って熱心に分厚い本を眺めていた。

その後ろではティーナがわけがわからないといった様子でルルカを見ている。

別のテーブルではセイラが静かにジュースを飲んでいた。

オズは少し驚いた様子で言った。


「なんや、お前らおったんか。」


「失礼ね。別にいたっていいでしょう。」


「別に居るなとは言うてへんやろ。」


そうは言ったがこれからルイーネに見せる書類の内容が二人を通してバレたりすると少々厄介なので本当は早く帰ってほしかった。

そのくらい、この書類の内容は重要なものだった。

すると、急にルルカはパタンと本を閉めてその本を本棚に丁寧に戻した。

オズがそう思っていたことに気づいたのかもしれない。

そしてティーナを連れて入口の方へと向かった。

ルルカの目はオズの方を全く見ていなくて、どこか彼方を見つめながら考えごとでもしているように見えた。


「まあ、知りたいことはわかったし今日はこれでいいわ。ティーナ、帰りましょ。」


ティーナは急いでルルカに着いて行った。

そして、二人は静かに図書館の戸を開けて出ていった。

オズは何も言わずに二人を見送った。

図書館はまた静まり返った。

ただ窓から茜色の光が射し込み、目の前ではセイラが静かに座ってジュースを飲んでいるだけだった。

多分まだルイーネもシャドウもレティタも別の部屋にいるからだろう。

そして、ジュースを飲んでいるセイラに聞いた。


「あいつら何しに来たん?」


「何かの調べものだったみたいだな。

 来るなりウィゼート国の歴史書を引っ張り出して必死に何か探していた。」


今はオズとセイラしか部屋にいないせいか、セイラは本来の口調でそう言った。

オズはなかなかルイーネが来ないことにいらいらしながら椅子に座った。

図書館は森の奥のように穏やかだったが今のオズにとってその穏やかさはうっとおしいだけだった。

オズは書類を眺めながら何度も内容を確認した。

すると、セイラがクスッと笑って言った。


「ようやく知ったみたいだな。

 助かったな、わざわざ教える手間が省けた。」


「お前はこのこと知っとったんか?」


オズは軽くセイラを睨みながら言った。


「勿論。そうじゃなければ、キラ・ルピアの杖を奪おうとなんて考えない。」


セイラがそう言ったときだった。

急に奥の部屋から食器と木製の何かがいくつか一気に落ちるような音が聞こえた。

オズとセイラの表情が歪んだ。

そして、勢い良く扉が開き、ルイーネが新聞を持って飛び出してきた。


「オズさん!ニュースですよニュースですよ!

 新聞に載ってたんですけど、ウィゼート東の獣人の村で……ふがっ」


ルイーネの発言は顔に封筒を押しつけられたことでかき消された。

すぐさまルイーネは封筒を払いのけてオズに怒鳴った。


「うー、ひどいじゃないですか!

 確かに遅れてすいませんでした。

 で?一体どうしたんです?」


オズは書類をルイーネに突きつけた。

ルイーネは最初はゆっくりそれを読んでいった。

だが、書類を読む速さは段々早くなっていく。

同時に表情もどんどん青ざめていった。

そして書類を読み終わった時には、ルイーネの表情には絶望という二文字が浮かんでいた。

ルイーネは恐る恐るオズに聞いた。


「あの…本当なんですか?…これ…。」


「多分な。あのクローディアが調べたんやし。」


ルイーネの顔がさらに青ざめた。

青ざめる理由がオズにはよくわかった。

この書類の内容が本当だとしたら大問題だ。

ちょっとやそっとの問題ではない。

村を揺るがすどころじゃない、国一つを揺るがすほどの事実がそこには記されていた。

オズはいつになく険しい表情で再び書類を見た。

そして、これが本当とするならば…、


「…キラの家、今めちゃくちゃやで……。」


オズはそう静かに呟いた。

ルイーネは真っ青な顔をしてオズに書類を返した。

無理もないだろう。衝撃的であると同時に絶対にそうであってほしくない内容だったのだから。

今日の昼間にリラになぜキラに杖を渡したのか聞いたが何も話してくれなかったことも、この書類の内容に関わってくるのかもしれないと考えれば納得だ。

オズは険しい表情をしながら書類を封筒にしまう。そして複雑な心境のまま机の上にそれを置いた。

すると、セイラがクスクス笑いながらオズに言った。


「それで、その内容、キラさんに言うんですか?」


それを聞いたルイーネがセイラを邪魔者を見るような目で睨みながら言う。


「あのですね、どーしてそういう話になるんです?そんなことしたら…」


「けれどその話、間違いなくキラさんは知りませんよ。

 教えないとあとでもっと悲しいことになりそうですけどねぇ。」


セイラはそう言って嫌味っぽくクスクス笑った。

オズは全てを知っているような顔をしているセイラの方を見た。

多少頭にくるが、セイラの言っていることは正しかった。

この書類の内容をこのまま放っておいたら大変なことになる。

けれど、キラに教えるにしてもそれはそれでまた問題があるのだった。

すると、ルイーネが強い口調でオズに言った。


「教えちゃだめです!

 そんなことしたらキラさんは…」


「私は言った方がいいと思うんですけどねぇ。

 全てが駄目になってから知るよりよっぽどいいと思いますけど。」


セイラは何か含みのある笑みを浮かべながらオズにそう言った。

これが相手がキラではなかったらオズは迷わずこの事実を教えているだろう。

たとえそのせいで相手がどんな思いをするとしても。その方がオズにとって都合がいいから。

けれど相手がキラとなるとそうはいかなかった。

キラは、イクスとミラの娘だ。その二人はオズにとっても大切な人物だった。

その二人の子供に万が一のことがあったら、一体オズはどう二人に謝ればいいというのだろう。

そう考えるとどうしても慎重に考えざるおえなかった。

すると、セイラが腹立たしげに言った。


「何をぐずぐずしているんです?

 …知りたいんでしょう?

 そのために、わざわざ力を振りかざして上層部を脅したりしてまで色々小細工したのではないんですか?」


「駄目です駄目です!

 このことは教えるべきじゃありません!

 キラさんにもしものことがあったらミラさんとイクスさんだって悲しみますよ!?」


二人の声がせめぎ合いながらオズの耳に流れ込んでくる。

正直迷っていた。この内容をキラに話すかどうか。

キラにこのことを話さなければ、後で後悔することになるかもしれない。

けれど話してしまえば……

オズはいつになく険しい表情で書類の入った封筒を見つめた。

その時、記憶の奥底で誰かが、もう切ないほどにしっかり頭に刻み込まれた声がささやいた。



「どうして、こんな運命になっちゃったのかな…?」と。



その声は、深くじわじわと心に染み渡った。

その人は、光のように優しく、闇のように残酷だった。


オズは急に封筒を手にとり、それを持って早足で奥の部屋に行ってしまおうとした。

もう迷いはない。

オズの目はどこかはるか彼方を見ているようだった。

それを見たルイーネは慌ててオズを引き止めた。


「どうしたんですか、急に。

 まさか、キラさんにそのこと教えるつもりじゃ…」


「そのことはまた明日や。まだそれが本当かもわからへんしな。

 とりあえず、ババアにそのことが本当か確かめたほうがええやろ。」


オズは薄い笑みを浮かべてそう言った。

いつものような、感情を隠したような言い方だった。


「うう…たしかにそうですけど…」


ルイーネは心配そうにオズを見る。

オズはルイーネに笑ってみせた。完璧な作り笑いだった。

そして、オズはすぐに奥の部屋に入っていき、固くドアを閉めてしまった。

もうルイーネもセイラもオズには何も言うことができない。


「全く…これだからあいつは困る…。

 また馬鹿なことをしでかさなければいいが…。」


セイラが少し不安げに呟いた。



◇ ◇ ◇



翌日は昨日とは正反対のどんよりとした曇り空だった。

澄み渡るような水色の空は今日にはもうもやもやとしたネズミ色だ。

今にも雨が降り出しそうな重々しい空だった。

今日は寄り道せずに早めに帰った方がいいなと思いながらキラは次の授業の準備をしていた。

今はちょうど5時間目が終わったところだった。

次の授業で使う教科書を一通り机に置くと、もう授業が始まるまではやることがなくて暇になってしまった。

キラは早速教室内を見回して話し相手を探し始めた。

リーゼがいたのでそちらに行こうとしたとき、ふとゼオンの姿を見つけた。

そういえば、昨日ゼオンはなぜ急にあんなに冷たい口調になったのだろう。

気づかないうちに自分が何か悪いことでも言ったのかなとキラは思って、キラはゼオンのところに行った。


「よっ。」


「…何だ、馬鹿女。」


相変わらずそっけない口調ではあったが、昨日別れたときの最後の一言のような冷淡さと鋭さはない。

いつものゼオンだった。


「や…昨日帰るとき、なんか機嫌悪そうだったから何か悪いこと言ったかなー…って。

 もしそうならごめん。」


キラがそう言うとゼオンは少し黙った。

やがて、窓の外を見ながらゼオンが言った。


「…別に謝れなんて言ってねえだろ。」


ゼオンは冷たくそう言って窓の方を見たままキラの方は見なかった。

キラは途方に暮れてその場に立ち尽くした。

この場合ああそうかといった感じですぐにこの場を立ち去るべきなのだろうか。

キラは困って頭を掻いた。


その時、ロイドが教室に入ってきた。

ロイドは教室内をぐるりと見回すと、ゼオンのところで視線を止める。

そしてゼオンのところにやってくるとゼオンにこう言った。


「なあ、なんか正面玄関のとこに俺らと同じくらいの年の金髪の女の子がいて、ゼオンのこと呼んでたんだけど。」


それを聞いたキラとゼオンは顔を見合わせた。金髪の少女というとルルカのことだろうか。

だとしたらどうしてこんな授業が終わっていない時間帯にやってきたのだろう。

キラは首を傾げた。ルルカはティーナのように無茶苦茶な時間帯に無茶苦茶なやり方で校舎に入ってきたりはしない人のはずなのだけれど。

大体、ティーナは一緒ではないのだろうか。


「そいつ、一人だったか?」


「一人だったよ。」


ロイドはそう答えた。キラはさらに首を傾げた。

ゼオンも腑に落ちない表情をしている。


「ルルカ、急にどうしたんだろうね?」


「さあな…とりあえず行ってみるか。」


そう言ってゼオンは教室を出ていった。

続いてキラも教室を出ようとするとなぜかロイドが引き止めた。


「ゼオン一人で来いって言ってたから、キラはここで待っててよ。」


「はあ?」


キラはわけがわからず変な声をあげた。

だがロイドはキラを行かせる気はないようだった。

そしてしばらくゼオンが出ていった方向を見ていたが、仕方なく自分の席に戻っていった。

思わずため息が出てしまう。

そして、キラは窓の外を見ながらつぶやいた。


「天気…悪いなあ。」


先ほどまでネズミ色だった空はやがて薄暗い鉛色へと変わっていった。

今にも泣き出しそうな曇り空だった。


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