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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:第4話

キラとゼオンは森の中を歩いて墓のある場所へと向かっていった。

森の中は相変わらず薄暗くて静かだったが天気がいいおかげでいつもより明るかった。

だが道はでこぼこしていて歩きにくい。

おかげでなかなか墓のところに着かなかった。

ゼオンがキラに聞いた。


「こっちでいいんだよな?」


「たぶん。」


「本当かよ…。」


そう言われても今道を知っているのはキラしかいないのだからキラの言うとおりに進むしかないだろと思った。

二人はさらに奥に進んでいった。辺りはさらに暗くなり、時折何かの鳴き声が聞こえたりして今にも何か出てきそうな感じがした。

そんなとき、キラはあることを思い出した。そういえばまだゼオンにこれから誰の墓参りに行くのか言っていない。

キラはゼオンの方を見て言った。


「あんたまだこれから誰のお墓参りに行くか知らないよね?

 これから行くのは…」


「お前の両親のだろ。」


即答だった。キラは驚いて立ち止まり、ゼオンの方を見て言った。


「な、何であんたがあたしが両親いないこと知ってるの!?

 ちょっと待ってよ、それ誰から聞いた?」


ゼオンはそれを聞くと少し間が空いてから答えた。


「…ロイド。」


「そっかあーロイドかあ。

 明日会ったらきらきらいなずまキックエクストラフルボッコバージョンの刑だな。」


「……。」


無表情で黙るゼオンをよそにキラはぽきぽき指を鳴らしながら歩いた。

薄暗くてじめじめした道をキラとゼオンはどんどん歩いていった。

どこを見ても深い緑色しかなくて右も左もわからないがたしかこっちの方でいいはずだ。

昔からよく通っていた道だからよく覚えている。

やがてキラの何十倍も大きな幹を持った樹の前まで二人はたどり着いた。

そんなとき、急にゼオンが立ち止まった。


「あれ、どうしたの?」


キラが聞いてもゼオンは答えない。気がつくとゼオンは杖を妙に強く握っていた。

何故だろう。妙な緊張感を感じる。どこからか草木が揺れる音が。

もう一度ゼオンに声をかけようとした時、ゼオンが静かに言った。


「…お前、邪魔だから一歩も動くなよ。」


「ほぇ?」


キラが声をあげると急にゼオンが一歩左に避けた。

その途端、先ほどまでゼオンがいた位置を何かが掠めたかと思うとそれはキラたちの目の前の大樹に激突し、森全体に響くほどの大きな音を立てた。

キラは驚いてすぐに後ろを向いた。

そこには巨大な熊のような魔物がいて、鋭い目でこちらを見ていた。

その時、ゼオンは杖を構えて呪文を詠唱しはじめた。


「赤き鳥よ…燃えさかる炎よ…集え我が手に…ワゾー・ドゥ・フラーム!」


その途端、大きくて真っ赤な火の鳥が数十匹ほど現れて魔物の方へと飛んで行って魔物を攻撃しはじめた。

一匹一匹の火の鳥の炎が相当勢いがあって確実に魔物に効いていることがキラにもわかった。

呪文自体はキラがセイラとのゲームで吹雪を抜けるのに使った呪文と同じだがゼオンが使う魔法の方がキラが使う魔法よりも何倍も強かった。

その様子を眺めながらやっぱりゼオンはすごい人なんだとぼんやりキラは思った。

だが、突然魔物は両手で火の鳥たちを振り払いはじめた。

今の攻撃で機嫌を悪くしたのか低いうなり声を上げた。

そして魔法を使った張本人であるゼオンを探し始めた。だがゼオンはいなかった。

キラも先ほどまでゼオンがいた場所の方を向いたがそこにゼオンはいなかった。

魔物もキラもきょろきょろ辺りを見回してゼオンを探したが見つからない。

どこに行ってしまったのだろう。そう思った時、魔物の後ろの方から何かが走ってくるのが見えた。


「あ…!」


キラは思わず声をあげた。

魔物の後ろから走ってきているのは間違いなく右手に剣を構えたゼオンだった。

そしてゼオンは魔物の後ろから飛びかかって魔物の後頭部を剣で切った。


魔物は痛々しい叫び声を上げてその場に倒れ込んだ。

倒れ込んだ魔物を見てキラは怖くなって震え上がった。

そんなキラにゼオンが言った。


「こんだけでかい魔物ならこの程度じゃ死なねえよ。気絶するだけだ。

 とっとと行くぞ。」


ゼオンは冷たくそう言うと右手に持っていた剣を魔法でまた杖に戻し、キラを置いてずんずん先に進んでいった。

キラは慌ててゼオンを追いかけはじめた。すごいなぁとキラは思った。

キラにはあんなことはできない。キラは少しだけゼオンがうらやましかった。

そして、ゼオンに追いつくと言った。


「あの、ありがとう!」


「…うるさい。ただあの魔物が邪魔だったから片付けただけだ。」


ゼオンはぶっきらぼうにそう言っただけだった。

キラは頬をふくらませた。

お礼を言っているのだから素直にどういたしましてとでも言えばいいのにと思った。

少しふてくされたキラは黙ったまま歩いていった。そうしたらゼオンも何も言わずに歩いていった。

そのままキラは意地を張って黙り続けた。話し声もしなくて、ただ風の音と鳥の声しかしない時間が気持ち悪い。

黙って歩きながらキラは少し後悔した。ゼオンの性格からしてキラが黙ったら会話が無くなるに決まっているじゃないかと思った。

十分ほどしていい加減会話がないのに疲れたキラが口を開いた。


「あんた凄いねー。あんなでっかい魔物あんなにすぐに倒しちゃって。

 こういうの何て言うんだっけ…鬼にカマボコ?」


ゼオンはこちらを見たまま何も言わなかった。

また無視かなとキラが思った時、ゼオンが言った。


「…お前、その意味、一体何だと思っているんだ?」


「え?え、えっと…カマボコ板で敵が倒せるくらい強い人ってこと?」


「……。」


「あ、あれ、ひょっとしてあたし何か間違えた?」


「…お前、ある意味凄いな。

 どう考えたってことわざそのものも意味も使い方も大間違いだろ。」


「じゃあ正しいことわざと意味と使い方は?」


「鬼に金棒。何かを手に入れることで強い奴がますます強くなることのたとえだよ。」


キラはそれを聞いて「へえー。」と素直に感心した。

それを見たゼオンは少し呆れたようだった。

そして自分の馬鹿っぷりを思い知って少ししょぼんと下を向いた。

というかことわざそのものも意味も使い方も全然違うのに何てことわざを言いたかったのかわかるゼオンもある意味すごいと思う。

するとゼオンが聞いた。


「お前、一体誰にことわざ教わったんだ?」


「え?お姉ちゃんだよ。宿題手伝ったりしてもらった時に教えてもらったんだー。」


「元凶はそこか…。」


ゼオンはそう呟くとまた無言で歩き始めた。

それを見たキラが少しムッとして言った。


「あんた今あたしのこと馬鹿な奴だなーって思ったでしょ!」


「今に始まったことじゃないだろ。馬鹿なのも世間知らずな田舎者なのも。」


「田舎者は今は関係ないだろぉ!あたしは田舎者じゃない!」


キラは怒ってゼオンをぽかぽか殴ろうとした。

けれどゼオンはそれをすぐに避けてしまった。

するとゼオンがキラに言った。


「田舎者じゃないって言うんなら本当かどうか見せてみろよ。」


「あ、じゃああんたが一つクイズ出してよ!

 んで正解したらあたしに食堂のアイスおごって!」


キラは目を輝かせながら言った。

ゼオンは何か言いたそうだったがキラの頭の中はもうアイスしかなかった。

キラはゼオンの方をじっと見て質問を待った。

ゼオンは諦めた様子で言った。


「今のウィゼート国の国王は誰だ?

 自分の住んでる国の国王くらいわかってるんだろうな?」


キラは腕を組んで考えはじめた。

パッとすぐに答えが出てくる問題ではなかった。

自分の記憶の中を辿ってみたがなかなか答えにたどり着かない。

そうこうしているうちにゼオンはもうキラを置いて歩き始めていた。

その時、キラの頭に何かが浮かび上がった。


「サバト・F・エスペレン。」


キラはそう言った。ゼオンが立ち止まった。

また間違えたかなとキラは思った。

すると、ゼオンはキラの方を向いて言った。


「…正解。」


キラは飛び上がってすぐにゼオンのところまで走っていった。

キラはニコニコしていたがゼオンはどこか腑に落ちないような表情をしていた。

そんなゼオンにかまわずにキラは嬉しそうに言った。


「へへん、どうだぁ!

 明日アイスおごってよ!」


「は?お前がそう言ってても俺はアイスおごるなんて言ってねえだろ?」


「え、何それ、あたし正解したじゃん。

 アイスおごれ!チョコ味!」


「…ガキくせ…」


「うるさいっ、てかあんたも甘党だし好きそうじゃん。

 アイスおごれおごれー!」


キラはゼオンに大声でそう言いながら森の中を墓のあるとこまで歩いていった。

思えばその時のキラは鈍すぎた。パッと国王の名前が出てきた理由も、どうして正解した途端にゼオンが腑に落ちない表情をしたのかにも気がつかなかった。


キラたちはそれから十分くらい薄暗い森の中を歩いた。

無数の木々が日光を遮り、キラたちにこれっぽっちも明るさを分けてくれなかったそんな時に急に視界が明るくなり6月の眩しい光がキラの目に飛び込んできた。

その光の向こう側は木のない明るい空間ができていることがわかった。

キラは光の向こう側へ走った。

そこには鏡のように光を反射して輝いている美しい湖が広がっていた。


「着いたあー!」


キラはようやく明るいところに出られたのがうれしくて思わずそう叫んだ。

相変わらず湖は綺麗だし湖のほとりにも色とりどりの花々が咲いている。

湖の近くでは可愛らしい小鳥たちがきれいな声で歌っていた。

こんな場所で一日中昼寝してみたいなとキラは思った。


「それにしても墓場らしくねえ場所だな。」


後から到着したゼオンがその景色を見て言った。

キラは不満そうな顔でゼオンを睨んだ。

ゼオンは綺麗な景色に対する感動というものがないのだろうか。

キラはゼオンに言った。


「もう、なんであんたはそういつも不感動なのかなあ!」


「不感動じゃなくて無感動だろ。」


ゼオンは冷たくそう言っただけだった。

キラはさらにふくれてゼオンに言った。


「そんなのどうだっていいよ。

 もっとさあ、綺麗だなーとかいい場所だなーないの?」


「所詮墓場だろ。墓場が綺麗でどうする。

 ほら、墓参りするならとっととしろよ。」


キラは頬を膨らませて怒ったがゼオンは無視した。相変わらず面白味のない奴だなとキラは思った。

そして仕方なく墓石の方に花束を持って歩いていった。

墓石は相変わらず真っ白で日光に照らされて綺麗に光っていた。

墓に彫られた「イクス・ルピア」の文字がまるでキラを見つめているように思えた。

墓の前にはまだ新しい小さな花束が手向けてあった。

キラはその花束の横に持ってきた花束を置いた。

そして再びキラが「イクス・ルピア」の文字を見た時、急にゼオンが言った。


「何で父親の名前しか書いていないんだ?

 お前の『両親』の墓なんだろ?」


キラはゼオンの顔を見た。しばらく妙な沈黙が流れた。

キラはぽかんと口を開けてゼオンの顔を見たまま何も言わなかった。

そんな理由、キラにはわからなかったから。


「聞いたらまずいことだったか?」


何も言わないキラにゼオンが言った。

キラは首を横に振って答えた。


「ううん、別に。

 あたしも気づいたことあってばーちゃんに聞いたんだけどわからないって言ってた。」


ゼオンはあまり納得がいかなかったようだが何も言ってこななった。

納得いかなくて当然だろうなとキラは思った。

キラも両親の死に関しては納得がいかないことが多いから。

キラは再び墓の方を見た。白い墓も湖の美しさもこの場所の明るさも昔から全く変わっていない。


「もう十年かあ…。」


キラは空を見上げながら呟いた。リラによると、両親は事故死だったらしい。

十年。長かったのか短かったのかよくわからなかった。

リラもサラもいたから悲しくはなかったが両親がいないという感覚だけはずっとキラの中にあった。

キラは記憶にかすかに残る両親の姿を思い出し、少し寂しげに笑った。


「いい両親だったんだな。」


ゼオンが言った。哀れむわけでもなく皮肉っているわけでもない、感情のこもっていない言い方だった。

キラがゼオンの方を見て言った。


「何でそう思うの?」


「見てればわかる。お前は感情が表に出やすいからな。」


キラは何も答えずに墓の方を再び見た。

ゼオンの言ったとおりだとキラは思った。

昔はそうは思っていなかったが明るくて優しくていい両親だったと思う。

十年以上も昔のことだがキラは両親のことをよく覚えていた。

キラは空を見上げた。気味悪いくらいによく晴れた青空だった。

キラはゼオンに言った。


「あんたが言うとおりいい両親だったよ。よく覚えてる。

 けどね、あたし一つだけどうしても思い出せない思い出があるんだよね。」


ゼオンは何も言わずに口をつぐんだ。

キラにはどうしても思い出せないことがあった。

過去をさかのぼり、キラが記憶をたどっていくといつもそこに穴が空いていて先に進めなくなってしまうのだった。


「その思い出せない思い出って何だ?」


しばらくしてゼオンが静かに聞いた。

キラは答えた。


「両親が死んだ時のこと。

 なんかさ、ぽっかり穴が空いたみたいにその時のことだけ思い出せないの。

 両親が生きてたころのことを覚えてるんなら死んじゃって悲しかったなあってことくらい覚えててもいいと思うんだけどね。」


表情一つ変えなかったので何を考えているのかわからなかったが、何も言わないゼオンを見て悪いことしちゃったなとキラは思った。

こんなことを言ったってゼオンからしてみればきっとどうだっていいことだろう。

けれどキラには大きなことだった。

人には小さい頃だから忘れてしまっただけだろうと言われたがそうではないという根拠のない自信がキラにはある。

昔からその記憶だけ無理矢理墨でつぶされたみたいに、何度思い出そうとしても思い出せないのだった。

思い出そうとするたびになぜかどうしようもない恐怖感に襲われるだけで。

まるでそのことは思い出してはいけないと言われているようだった。

キラは暗い気分を振り払おうと上を向き、くるりとゼオンの方を見てニッコリと笑って言った。


「ま、そんなこと言ってもよくわかんないよね。

 ごめん、急に変な話して。じゃあ、墓参りもしたし、早く帰ろう。」


見え透いた作り笑顔だった。ゼオンはきっと見抜いていただろう。

まるで誰かが雲を隠してしまったのではと思うほどに澄み渡った空が二人を見つめていた。

少し強めの風が二人を導くようにふわりと吹き抜けて消える。

湖はきらきら輝いていて、まるで鏡のようだった。

そして、二人はイクスの墓に別れを告げ、村へと戻っていった。

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