第4章:第3話
6月の昼下がり、天井に広がる空は雲一つなく、すがすがしいを通り越してどこか空虚な感じがした。
この天気だと墓がある湖はきっと木漏れ日が射し込んでいて気持ちがいいだろう。
キラは墓に供える花束を手に持ち、オズと森に向かっていた。
キラは前を歩くオズに言った。
「あー…おばあちゃんあんなこと言ってたけど、もしやらなきゃいけないこととかあるんなら帰ってもいいよ?
あたし一人で行けるからさ。」
するとオズは先ほどまでリラと口論していたとは思えないような明るい声で言った。
「ああ、それはええって。
結局俺が引き受けるって言うたからな。あ、花束持とか?」
「ううん、大丈夫。」
キラはそう言ってまた歩き始めた。
オズも「そうか。」と笑って再び歩き始めた。
先ほどリラと話していた時より態度が柔らかかった。
その時キラは普段そばにいるはずのルイーネがいないことに気づいた。
「あれ、そういえばルイーネは?」
「ああ、先に帰らせたんや。今月の村の支出の計算やってもらっとるねん。」
どんだけ計算嫌いなんだよとキラは思った。
それをなんだかんだで引き受けるルイーネもルイーネだ。
そんなに村の仕事をする気がないならいっそ図書館館長の仕事も止めればいいのにとキラは思った。
キラがため息をつくとオズが言った。
「それにしても、もう10年経つんやな。あの二人が亡くなった日から。」
それを聞いたキラは思わず下を向いた。
オズはそれを見のがさなかった。
「また下向きおったな。
何や、まだ両親が死んだこと悲しんどるんか?」
オズの言ったことは傷口に塩を塗るようにキラの心にしみた。
「悲しんでいる」というのは正しくないが、下を向いた理由が両親の死にあることは否定できなかった。
昔はそこまで気にしていなかった。
だが最近その話を聞くと何故だかはわからないが前より怖くなってしまうのだった。
何も言えないキラを見たオズがぼそりと呟いた。
「もう少しやな……。」
その時、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
大分焦っているようで息切れする音も聞こえてくる。
キラとオズは立ち止まって思わず後ろを向いた。
そこには手に何かの書類が入っていると思われる袋を持って走ってくるペルシアの姿があった。
「オズ、お待ちになって!」
ペルシアは二人のところに急いで走ってくると、息切れしながら手に持っていた封筒をオズに渡した。
「調べものの報告書だそうですわ。
お祖父様にオズに渡すように言われましたの。」
「そうか、ご苦労さんやな。」
オズは袋を受け取ると中の書類を取り出して目を通した。
その瞬間、今まで薄く笑っていたオズの表情が凍り付いた。
ここまでショックを受けた表情をキラは今まで見たことがない。
その様子を見ているキラの方が不安になってきてしまった。
オズの目が急に鋭くなり、真剣な表情になった。
「ジジイの奴、このこと誰に調べてさせたて言うてた?」
「えっと…確かクローディア・クロードさんって方って言ってましたわよ?この村の方じゃないみたいでしたわ。
わたくしはよく知りませんけど、ショコラ・ホワイトさんのお知り合いだそうですわ。」
ペルシアは少し戸惑いながらそう答えた。
キラは二人の話に出てきた「クローディア・クロード」という人の名字が少し気になった。
ゼオンと同じ名字だ。
だがキラが思っていることとは関係なく話は進んでいった。
オズは険しい表情のまま呟いた。
「クローディアか……。」
「何か、大変なことでも書いてありましたの?」
ペルシアがそう聞いた。
オズは急にいつものように笑って言った。
「いいや、別に何でもあらへんて。
ありがとな、ペルシア。」
オズがそう言うとペルシアは不安そうな表情を残したまま、家へと帰っていった。
キラは書類を見つめているオズに何も言えなかった。
ペルシアの姿が完全に見えなくなった瞬間、オズの目が変わった。
二人は森に向かっていたはずなのにオズは急に歩く方向を変えた。
キラは驚き、慌ててオズに言う。
「えっ、えっ、ちょっと!
そっちは森じゃないよ!?」
「わかっとる。」
「じゃあなんで…」
「…悪い。用ができたから墓参りについて行ってはやれへん。
代わりは頼んでおくから。ごめんな。」
オズは深刻そうな顔で言った。
なら一人で行くよとキラは思ったがオズの様子を見ているとそう言い出すことはできなかった。
オズは書類の入った袋に爪を立て、袋が破けそうなくらい強く書類を握り、早足で森と反対方向に歩いていく。
一体その書類に何が書いてあったのだろう。
それに、代わりといっても誰にキラの墓参りの付き添いをさせる気なのだろう。
そんなことを思いながらキラはオズについて行った。
◇ ◇ ◇
オズが行った先はなぜか学校の寮の前だった。
中は人が少なく、閑散としていてどこか寂しい感じがした。
もう放課後なので教師と寮を使う生徒以外はほとんど学校にいない。
そしてキラの知り合いで寮を使っている人もそんなにいない。
こうなるともうオズが誰にキラの付き添いを頼む気なのかはわかりきっていた。
「…で、何で俺がこいつの墓参りに一緒に行かなきゃならないんだ。」
ゼオンが冷たくそう言った。
やっぱりゼオンかとキラは思った。学校の方にオズが向かった時点で予想はしていたがキラはあまりゼオンと行きたい気はしなかった。
ゼオンもキラの付き添いなんてしたくないだろう。
だがオズは二人の意思なんてお構いなしで言った。
「そうゆーても俺が忙しいからしゃーないやろ。」
「ひでえ理由だな。で、なんで俺なんだよ。」
「ティーナかルルカに頼もうとも思たんやけど、あいつらキラの家におったからあの二人に頼もうとするともう一度あのババアに会わなあかんねん。
あのババア、もうしわくちゃの婆さんのくせに拳で家のドアをぶち破るんやで?
お前そんなのに殴られたい思うんか?」
「……思わねえけどさ…。」
ゼオンは不満そうだった。
そりゃあそうだろうなとキラは思った。
放課後突然呼び出されたと思ったらキラと名前も知らない人の墓参りに行けなんて言われたら困るだろう。
だがオズはゼオンのことを考慮する気は全くないようだった。
ゼオンは不満そうにオズに言った。
「大体なんでたかが墓参りに付き添いが必要なんだ。そいつ一人で行けばいいじゃねえか。」
「そうだよそうだよ、あたし一人で行けるってば!
何でみんなあたしが一人で墓参り行くの嫌がるの?」
キラも便乗してそう言った。
キラとゼオンの意見が珍しく一致した。そして二人揃ってオズを睨みつけた。
オズはキラを見て、何かを隠しているような、含みのある笑みを浮かべて言った。
「俺もほんとは一人で行ったってええって思うんやけどな、村の連中は俺と違って『優しい』からそんなこと許してくれへんねん。」
「え…どういうこと?
それじゃよくわかんないよ。」
キラはオズに言った。
キラが一人で墓参りに行くことがそんなに問題なのだろうか。
ついこの間セイラとのゲームの最中に墓石を見つけたときには何もなかったのに一体何が問題なのだろう。
キラは理由が全くわからなかったがなぜかゼオンは急に黙り込んだ。
オズは理由を全く話さずにゼオンに笑って言った。
「そんじゃ、頼んだでー。」
そしてひらひらと手を振って歩いていってしまおうとした。
それを見たゼオンが何か言おうとした時、オズは急に立ち止まってゼオンをギロリと睨みつけた。
「すっぽかしたら八つ裂きやからな。」
オズはとても怖い声でそう言うと袋を持って歩いていってしまった。
あっという間にオズが立ち去ってしまったのを見てキラはため息をついた。
「…はぁ、あんたも大変だね…」
ゼオンは何も言わずにオズが立ち去った方向を見つめていた。
そして今度はキラの方を見た。
キラがゼオンに言った。
「何?どうかした?」
「いや…別に。」
ゼオンはそう言ってキラから目を逸らすとどこかへ歩き始めた。
急にゼオンが歩き出したのでキラは慌ててゼオンについて行った。
「ちょっと、どこ行くの?」
「何だよ、墓参りに行くんだろ?
とっとと行った方が早い。」
「え、はぁ!?」
キラは思わず変な声をあげてしまった。
ゼオンにしては文句を言わなくなるのが早すぎる。
普段なら寮に戻っていってしまうのに。
キラは頭に浮かんだ大量の疑問符を消せないまま、ゼオンについて行った。
いつも冷静なゼオンが、今日はどこかいつもと違うように感じた。