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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第4章:ある魔女の子の前奏曲
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第4章:ある魔女の子のプレリュード:第1話

挿絵(By みてみん)


それが終わりだった。そして始まりだった。そしてやはり終わりである。

ただひとつ確かなのは、そこが節目であるということ。

役者が入れ替わる大切な節目。


ある魔女が死んだ。それがどんなに重要な意味を持つのか、あの魔女の子はまだ気づいてない。

優しくてきれいで、嘘にまみれた鳥かごが壊れる時、視界に現れる景色は何色をしているだろう。


これは優しくて美しい、嘘の世界の物語。

結論と始まりを告げる、ある魔女の子のプレリュード。



◇ ◇ ◇



村を出てから20分強。一面どこを見回しても緑色の世界の中を進んでいく。

時折差し込む木漏れ日が優しくて、そして懐かしかった。

鳥の声に風の音。静かな世界に彩りを与えていた。

何十本もの木が目的地を隠すように生えていたが、どこの道をどう行けばいいかはもうわかっていた。

何度も歩いたことのある道をオズは片手に小さな花束を持って歩いていた。

後ろからルイーネがふわふわとついてくる。

今日はシャドウとレティタは図書館で留守番だ。

ルイーネがオズに言う。


「まだですかー?」


「まだや。次のでかい木のとこ曲がったとこや。

 そんなん言うんやったらお前も留守番してたらよかったやろ。」


「駄目です。一人で行かせたら絶対オズさんはしばらく帰ってきません。

 まだ片付けなきゃならない書類が残ってるんですよ?」


ルイーネがまるで子供に説教をするように言った。

オズは「そうかそうか。」と適当に流した。それを聞いたルイーネはまた怒った。

書類なんて正直どうでもよかった。

今日は大事な日だ。書類なんて2、3日くらい遅れても別にいい。

オズは森の中をどんどん進んでいった。

そしてしばらく歩いていくと、急に光が射し込み、木のない明るい場所へと出た。


「ようやく着きましたね。」


ルイーネが少し疲れた様子で言った。

そこに広がっていたのはとても広く、底が見えるくらいに澄んだ綺麗な湖だった。

空の色を反射して美しい青色に光っていた。

オズは何も言わずに湖のほとりへと目をやった。

相変わらず静かで、寝ころんだら気持ちのよさそうな草原が広がっている。

そんなところに一つ、場違いなような気もするが、白い墓石が立っていた。

オズは花束を持ってその墓石のところへ行った。

墓石にはしっかりと「イクス・ルピア」と書いてあった。

オズは少し寂しげに笑った。

墓の前には別の花束が置いてあったが、花は既にしおれていた。

以前オズが来た時に置いていった花束だった。


「これ…ミラの分もや。」


まるで誰かに話しかけているようにそう言った。

そしてしおれていた花束と新しい花束を取り替えた。

オズはいつもとはまるで違う真面目な顔をしていた。

そんなオズを見てもルイーネは何も言わなかった。…言えなかったのかもしれない。

花を取り替えるとオズは顔を上げて「イクス・ルピア」と書かれた墓石を見た。


「…久しぶりやな。

 今日でもう10年経つんやな…」


オズは抑揚のない声で言った。

オズは湖を見た。懐かしい場所だった。

昔は色んなことがあったなと思った。

少なくとも幸せ者ではなかった。けど不幸だけでもなかった。

オズは複雑そうな表情で墓石を見つめた。

墓石は光を反射してきらきら光っていた。まるでオズに何か問いかけているようだった。

オズは少し笑った。今もしイクス・ルピアがオズに何か聞くことがあるとしたらきっとこのことしかないだろうなと思った。


「…大丈夫や、お前らの娘はちゃんと元気でやっとるから…」


オズは笑ってそう言った。

だが少し曇りのある笑いだった。



◇ ◇ ◇



その日は朝から妙だなと感じていた。

周りの人全てが何かいつもと違った。

まるで昔この日になにか悪いことでもあったかのような感じで、村の人全員がどことなくいつもより大人しかった。

だが確証はなく、なんとなくだったので理由を誰かに聞いたりということはできなかったし、したくもなかった。

だがそれでも気分よくないのは確かだ。ゼオンは村人がいつもと何か違う訳を知らなかった。

今日何か特別な行事があった覚えはない。

強いて言えば昔この日にウィゼート国の王宮で、城の一室が謎の火事で焼けるという事件があったような気がしなくもないが、そんな事件はこんな辺境の村からしてみれば全く関係ないだろうし、村人がいつもと何か違う理由はうすうす感づいていた。


「あんた本好きだねー。そんなに読んでて頭痛くならない?」


本を読んでいるゼオンの後ろからわざわざそんなことを言ってきたのはキラだった。

キラの言うことをゼオンは当たり前のように無視した。するとキラはいつものように怒ってゼオンをぽかぽか殴ろうとし、ゼオンはそれをよけた。

キラだけはいつもと同じだった。いつもどおり馬鹿で明るくてうるさい。

そしてゼオンは朝にキラと会ってすぐに、今日村人の様子がおかしい理由は間違いなくキラにあるとわかった。…本人は村人の様子がおかしいことにすら気づいていないようだったが。

村人全員が、今日はキラに妙に優しく、だが妙によそよそしかった。

何か取り繕っているような感じで、キラに隠し事でもしているようだった。

だが村人たちは悪意からやっているわけではないようで、むしろキラを心配しているようだった。

だから余計にわからない。

何だか気味が悪いことだけが確かだった。

すると、ペルシアがやってきて、帰り支度をしている途中のキラに言った。


「キラ、今日これから暇でして?

 もしよかったら今日はわたくしの家にケーキが…」


「ごめん、今日は行かなきゃいけないところがあるんだ。じゃあね!」


そう言ってキラは足早に教室を出ていってしまった。

取り残されたペルシアは何か哀れむような心配するような顔をしていた。

…少なくとも一緒にケーキを食べられないことを残念に思っている顔ではない。やはり何か裏がありそうだ。

すると他のクラスメートの話し声が聞こえてきた。


「キラ、もったいねー。

 普通ペルシアんちのケーキ食わずに帰るかよ。」


「しょうがないでしょ。今日はキラのご両親の…」


「…え、あ、そうだな。仕方ねえな…ハハ…」


「キラ可哀想だよね…両親が…」


その時突然何かを物凄い勢いで蹴る音が教室中に響き渡った。

それはすごく大きな音で、教室中の人間全てが一瞬黙り込み、教室は気まずい雰囲気に包まれた。

だがもっと驚いたのはその音ではなくその音を出した人物が意外な人物だったことだ。

机の脚を蹴飛ばして大きな音を出したのがあの普段大人しいリーゼだったからだ。

ゼオンは少し意外に思ってリーゼの方を向いた。

リーゼ何事もなかったかのようにそのクラスメートに優しく言った。


「ごめん、あまりその話しないであげてくれる?」


二人は怒る様子は全くなかった。むしろ自分たちが悪かったことを完全に認めて謝った。

ゼオンは何も言わずにただその様子を見ていた。

リーゼがその話題をあれほど避けたがった理由はわからないが、今の会話で今日みんなの様子がおかしい理由は少しだけわかってしまった。

そんな矢先、リーゼがゼオンの視線に気づいて言った。


「あ…ゼオン君、あんまり気にしなくていいよ。大したことじゃ…」


「いや、理由はなんとなく想像つく。」


リーゼの表情が変わった。リーゼだけでなく、ペルシアとロイドの表情もだった。

ゼオンはいつもとなにも変わらない調子で言った。


「今日があいつの両親の命日とかか?」


リーゼとペルシアの表情が一気に変わった。

ゼオンがキラが両親がいないことを知っているのが相当ショックだったのか、二人とも少し青ざめていた。

ただ一人、ゼオンにそのことを教えた犯人であるロイドは気まずそうにゼオンから目をそらした。

ペルシアが身を乗り出してゼオンに聞いた。


「誰っ、それ、誰から聞きましたの?」


ゼオンは迷わずロイドの方を見る。

二人はロイドをギロリと睨みつけた。


「…ごめん。」


ロイドは反省しているようだった。

ペルシアは続けてゼオンに聞いた。


「他にロイドから聞いたことは?」


「いや、何も。」


ペルシアの表情が和らいだ。だがリーゼは鋭かった。


「駄目だよ。ゼオン君はもう気づいてる。そうだよね?」


ゼオンは頷いた。単に両親の命日というだけだとしたら、キラだって知っていることなのだからそこまでして隠す必要はないし、逆にキラを傷つけるだろう。

それにいくらキラが社交性がいいとはいえ、キラの両親の命日のために村人全員の様子がおかしくなるというのも妙だ。


「じゃあ、隠すと逆効果かな。」


そこまではリーゼはいつもと同じで優しかった。

だが次の瞬間、リーゼの目が見たことがないくらい鋭くなった。


「キラには絶対言わないでね。」


そして、リーゼは今日、村人たちのキラに対する態度がおかしい理由を話し始めた。

ゼオンはただ静かにそれを聞いていた。

それはキラの知らない、キラの過去でもあった。




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