第1章・不思議な杖と逃亡者:第1話
この大陸に存在する3つの国のうちの1つ、「ウィゼート国」。そしてその最西端に位置する「ロアル村」。
深い森に囲まれ、人が訪れることも少ないその村は、平和で、周りの国や町から切り離されたかのように穏やかだった。そして今、その村の小さな家で、今、一人の少女が祖母と口論をしていた。
「お姉ちゃんからの誕生日プレゼント?これが?」
キラ・ルピアは錆びついた杖を指差してそう言った。
今日はキラの誕生日。山のようなプレゼントの中、その杖の周りだけ明らかに空気が違った。
誕生日とは普通相手の喜ぶようなものを送るもの。それなのに、キラの姉、サラから送られてきたプレゼントは、古くさいデザインの錆びついた1本の杖だった。
キラの祖母、リラは不満げな顔をするキラに言った。
「わがままを言うんじゃないよ。 サラだって大変なんだから。大体私たちが生活できるのはサラのおかげなんだからね」
キラはしばらく口をとがらせていたが、仕方がないと思うことにした。
キラはリラと二人暮らし。
両親はいないため、姉のサラが、首都の城で働いているおかげで生活できているのだ。
その姉が必死に稼いで買ったもの。高価な物は買えるはずがない。
キラはその杖を手にとってみた。
持ち手は銀製だが、さびついていて、先には無駄に大きな黄色い宝石がついている。
物はよさそうだが、さびついた表面を見ると新品はなかったのかとどうしても思ってしまうのだった。
大体、いくらサラ1人で生活を支えているとはいえ、家は貧乏な生活しかできていないわけじゃない。
それに、去年まではちゃんとしたプレゼントを送ってくれていたのに。
キラがそう思っていると、突然リラがこう言った。
「じゃあ早速だけど、森に薬草を取りに行ってきておくれ。 あー、あとついでに薬を買ってきてちょうだい。」
リラの言葉にキラは耳を疑った。
これが今日誕生日の人に言う言葉だろうか。
「なんで!?今日あたし誕生日なのに。」
「関係ないでしょうが。孫は祖母をいたわるものだよ。」
親をいたわる子供がいてもそんなのは知らない。
キラは杖を持って逃げ出した。
それを見つけたリラが恐ろしいくらいの速さでキラを追ってきてキラの服をつかんだ。
キラはそれを振り払い、リラを勢いよく投げ飛ばす。
投げ飛ばされたリラは老人とは思えない力強い蹴りを繰り出す。
こうなるともういたわるも何もない。
しかし、これでも怪力一家のルピア家にとっては普通の光景なのだった。
そのせいで玄関をノックする音が聞こえないことがよくあって、
今日も先ほどから何度もノックする人物がいるのに2人はそれに全く気づかなかった。
「とっとと行ってこいって言ってるだろうがあ!」
リラがキラが大きく後ろへ投げ飛ばした。
キラの体は宙を舞うと真っ直ぐ玄関のドアへと向かい、勢いよくドアを突き破った。
そして、初めて2人は来客の存在に気づくのだった。
「キ、キラ、大丈夫…?」
水色の髪の少女が、心配そうにキラの顔を覗きこんでいた。キラの親友、リーゼ・ラピスラズリだった。
「いてて…。」
キラは頭を押さえながら立ち上がった。突然の出来事にリーゼは戸惑っているようだった。
リーゼが心配そうな顔をしていると、鬼ババ、リラが家の中から大きなバスケットを持ってきてキラに向かって放り投げた。
そしてリラはリーゼにだけにこやかな笑顔を向けて言った。
「おや、まあリーゼちゃんこんにちは。 ほら、キラ、とっとと行ってきなさい!」
それだけ言うとバタンとドアを閉めてしまった。
玄関の前にはキラとリーゼと、錆びた杖と、空のバスケットだけが残り、冷たい風が二人の髪を揺らして去っていった。
「え、えっと……誕生日おめでとう……?」
戸惑うリーゼの声が虚しく響き、こうしてキラは誕生日にもかかわらず暗い森にわざわざ入らなければならなくなってしまったのだった。
◇ ◇ ◇
辺り一面深緑色の世界は、もう2日も歩き続けたのに、晴れる気配は全く無かった。辺りの木々はまるで行く手を阻むかのように何度でも目の前に現れる。
また風が吹いて木の葉の擦れあう音と鳥の羽ばたきが聞こえた。一体いつになったらこの森を抜けられるのだろう。そう思うのももう64回目だった。
魔法使いの少年と悪魔の少女が森の中を歩いていた。魔法使いの方は茶の髪に切れ長の炎の色のような瞳を持ち、悪魔の少女の方は髪も瞳も深い紅で、黒い露出の多めの服を身に纏っていた。
「まだか?」
「もう少しみたいだよ。風の通りを妨げる木が減ってきているから。」
ティーナと呼ばれた少女が風の魔法を駆使して先の様子を確認し、魔法使いの少年はそのあとをついて行った。
正直、もう少しと言われてから、もう半日はこの薄暗い森の中を歩いているのだけれども。
でもなんと言われようと選択肢は歩くしかない。
少年がため息をつくと同時にティーナが言った。
「ゼオン。ちょっと気になることが……。」
ゼオンと呼ばれた少年はすぐに何のことだか察し、ティーナが言い終わる前に答えた。
「俺も気づいた。近くに人がいるな。二人ってとこか……。」
ゼオンは耳をすませた。やはり左のほうからかすかに足音が聞こえる。
こちらに向かってくるわけではないが、止まっては歩き、また止まっては歩きを繰り返しているようだった。
珍しく真剣な様子でティーナは言った。
「追っ手かな。逃げる、それとも追っ払う?」
ティーナがそう聞くと冷静な口調でゼオンは言った。
「慌てなくていい。 こっちに向かってくる様子はなさそうだから多分一般人だろう。 訓練された兵士か何かだったらこの距離なら多分俺たちに気づくだろうからな。
旅人だったとしてもあんなにしょっちゅう止まったりしない。 それにしてもこんな森の中に一般人がいるってことは……。」
それを聞いてハッとしたようにティーナが聞いた。
「近くに村か町かあるってこと!?」
「多分な。」
ティーナ嬉しそうに飛び上がった。
森の出口の有力な情報が見つかるかもしれないからだろう。そしてティーナは自分の杖をしっかりと持ち直し、意気揚々と言った。
「じゃ、ちゃっちゃと村への道、聞き出しますか!」
ゼオンも自分の杖を取り出して言った。
「ああ、そうだな。」
そう言って二人は向きを変えて左のほうへと歩き出した。
二人の杖は全く同じ古くさいデザインで持ち手は錆びていて、ゼオンのには赤色の、ティーナのには緑色の宝石が杖の先についていた。