第3章:第12話
「シャドウ、何でこんなところに!?」
キラは思わずそう叫んだ。
まさかわざわざシャドウの方からキラのところにやってくるとは思わなかったから。
シャドウはいつものようにへらへら笑いながら言った。
「そりゃあオズからキラのとこに行くようにって指示されてたからに決まってんだろー。」
レティタにはそんなことは指示しなかったのにシャドウにはそう指示したということか。
相変わらずオズの考えることはよくわからない。
キラがそう思っているとシャドウはキラの父の墓の方を見た。
するとシャドウは妙に納得したような表情で言った。
「あーそっか。あんたの父親の墓ここだったなー。だからなんか複雑そうな顔してたのかー。」
先ほどの表情を見られたことを知ったキラは思わず目をそらした。
そして少しきつい口調で言った。
「しょうがないじゃん。お墓の前でへらへら笑ってられるわけないよ。」
シャドウは「そうかー。」と適当な返事を返した。
キラは先ほどの表情をシャドウに見られたことが少し不満で口を尖らせた。
というかどうしてシャドウがキラの父親の名前を知っているのだろう。
シャドウは急に明るい口調で言った。
「なーなーそれよりさ、せっかく俺がキラのとこまで来たんだからとっとと次はルイーネ探しに行こーぜー!」
キラは先ほどのセイラの魔法のことを思い出して思わず口を尖らせてそっぽを向いた。
キラのふてくされた表情を見たシャドウは首を傾げた。
セイラは凄すぎる。あんな人に勝てるわけないじゃないか。
なんでこんな無謀な勝負を受けてしまったのだろう。今まで薄々としか感じていなかった後悔が一気に膨らんで襲ってくる。
キラは少し落ち込んで下を向いた。するとシャドウはそれを見透かしたかのように言った。
「なんだよなんだよ、あいつがすげー魔法使えること知ってふてくされてんのかー?」
「だって、あんなすごいのに勝てるわけないよ、もうやめたいー!」
キラは子供のように不満そうに言った。
そして頬を膨らませて墓の前に座り込んだ。あんなすごい人に勝てるわけがない。ネガティブな思いがキラの中を渦巻いた。
そしてそのもやもやした気持ちは重く心に沈んでいった。
するとシャドウは言った。
「なんだよ、そんなに落ち込んでよー。考えてみろよ、本当に勝てねえのか?
あの女確かに魔法はすげーけど飛ぶ速さはあんたより遅そうだぜ?」
「あのね、シャドウはいなかったからわからないかもしれないけど、セイラは時間を操る魔法が使えるんだよ?
スピードで勝ってても魔法で時間止められちゃったらどうしようもないの!」
「そんなの詠唱止めればいいだけじゃねーか。」
「でもでもでもー…」
キラはまだぶつぶつ言いながらふてくされていた。
キラはセイラに勝てるほどすごい人なんかじゃない。どこを取ったってかなわない。
そんなことを思いながらキラは誰かが墓の前に置いた小さな花束を眺めていた。
シャドウはそれを見て腑に落ちない表情をした。
「…あんたって、自分が魔法使えないことにそんなに劣等感持ってる奴だったっけ?」
シャドウの言葉を聞いたキラははっとした。
いつ自分が魔法が下手なことを意識したのだろう。少し前まで魔法なんて使えなくてもなんとかなると思っていたのに。
そう思いだしたのはいつだったろう。結構最近のことだった気がするが、はっきりとはわからなかった。
シャドウはキッと急に目をつり上げて言った。
「なんだよ、らしくねーな、うじうじしてよ。
あんたの父親だって自分の墓の前で娘がうじうじ魔法使えねーなんて言ってたらきっと迷惑だ。あんたには魔法はなくても運動神経と飛ぶスピードがあるだろ。
あんたセイラに負けてるって思いすぎなんだよ!」
シャドウに一喝されてキラは顔を上げた。
天井には飽きるほど飛び回った広い青空が広がっていた。
もやもやした気持ちに一筋の光が流れ込む。けどまだすっきりと消えはしなかった。
何か言おうと口を開きかけた時だった。
突然耳を突き刺すような轟音が響き渡り、キラとシャドウの左側の木が突然破壊され、焦げた破片と葉っぱが辺りに飛び散った。
キラは驚いて立ち上がって箒と杖を握りしめた。
向こうから黒いワンピースを身にまとった誰かがやってくるのがわかった。
やってきたのが誰かはわかりきっていた。
「また会いましたね、キラさん。」
やって来たのはやはりセイラだった。キラにはその言葉が嫌みのように聞こえた。
キラは何も言わなかった。すると、セイラはキラには目も向けずにシャドウの方を見た。
そして突然呪文を唱え始めた。
「雪の女王よ…永遠の冬よ…刃を我が手に…コルダ・セイヴァ!」
すると突然氷の剣がいくつも現れ、シャドウめがけて飛んできた。
シャドウは慌てつつもなんとかそれをかわすことができた。
シャドウはいかにも不満げに怒鳴った。
「なんだよなんだよ!
俺はキラのとこに来たんだからキラに一点入って、俺はもう攻撃されないんじゃねーのかよ!」
「だってまだキラさんシャドウさんを捕まえてないじゃないですか。」
「なんだよそのへりくつー!」
シャドウはそう怒鳴りながら空に飛び立ちセイラから逃げ始めた。
セイラもすかさずシャドウを追いかけ、空に飛び立った。
キラは一瞬どうしようか迷った。
そうしてる間に二人の姿はどんどん遠ざかっていく。
キラは一度父の墓の方を向いた。白い御影石は明るい光をキラの方に反射させていた。
キラは昔の父の姿とその頃の自分の姿を思い浮かべた。
父親は自分が死んだ後、自分の娘が墓の前で落ち込んでいることを望んだだろうか。
キラが父親の立場だったらそんなのは嫌だ。きっと、死んでも死にきれないだろう。
死んでからも父親を不安がらせるわけにはいかない。
それに、勝算があるかないかなんて気にも留めずに突き進む馬鹿っぷりがキラのとりえであったはずだ。
キラは箒にまたがり、右手で杖を、左手で箒を握りしめて地面を強く蹴った。
その途端箒は宙に浮き上がって、風を切るような速さで大空へと飛び立った。
遥か彼方に見える二つの影がどんどん近づいてきた。
そしてついに黒い影のうちの一つがセイラだと完全に見てわかった。
セイラはキラが近づいてきたことに気づいたよいで後ろを見た。
「覚悟しな、性悪謎女!
あたしはそう簡単に諦めるほど賢くないんだから!」
「…意気揚々と言うことじゃありませんよ…」
セイラがそう言っても、キラは真っ直ぐセイラの方を見るだけだった。
そして、二人は再びシャドウを追い始めた。