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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第3章:少女セイラ
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第3章:第10話

二人を見送った後、ゼオンたちは再び図書館の中に入った。

純粋に明るい人がみんな外に出ていってしまったので、図書館内はまるで別次元に来てしまったかのように静まり返っていた。

こんなに静かな図書館の様子はもう当分見られないだろう。

正直言うと、それが図書館の本来在るべき姿なのだが。

ゼオンは図書館に入るとすぐに窓際のテーブルのところまで行って椅子に座った。そしてルルカも隣の椅子に座った。


「しばらく私たちは暇ね。」


「そうだな。」


そう言うとゼオンは近くの本棚にあった本の中から一冊取り出して読み始めた。

すると、オズが窓のところにやってきた。窓から外を見ても一階からでは森の上の様子は見えそうにない。

オズは窓に手をあてて何か短い呪文のような言葉を唱えた。すると、窓が一瞬光り、窓に森の上の様子が映っていた。

そして、その森の上空で物凄い速さで飛んでいく何かが見える。

よく見ると、それは箒に乗ったキラだった。


「ゲームの現状、知りたいやろ?

 あとあのガキの方も映さへんとな。」


そう言うとオズは隣の窓に触れて再び呪文を唱える。

すると今度はセイラの方の様子が映し出された。

ルルカがオズに言った。


「よくこんなの映せるわね。」


「ルイーネにゲーム中、ホロ使って二人の様子を監視するよう指示しといたからな。

 ホロが見ているものの情報をこっちに送っとるねん。」


ゼオンは本を閉じて窓に映し出された映像を見た。

キラの動きが思ったよりかなり素早く、旋回も高度の調節も上手い。箒で飛ぶのが得意というのは本当だったようだ。

人は見かけによらないなとゼオンは思った。

そういえば、と思いゼオンはオズに尋ねた。


「結局あの小悪魔達に指示とかしたのか?」


「そら、するやろ。」


「内容は?」


「レティタには森の中にある湖に行け、シャドウにはとりあえずキラを探してキラんとこ行け…ってとこやな。ルイーネには特に何も。」


やけに素直に教えてくるものだ。隠す必要はないと踏んだのだろうか。

その後自分の椅子に座ろうとしたオズは空のカップをのぞき込んですこしつまらなさそうに言った。


「あー…どうしてこういう時にルイーネがおらへんかなあ。

 自分で入れるのめんどくさいなぁ…」


ルイーネって可哀想な奴だなとゼオンは思った。

オズはカップを持って紅茶の葉の缶が並べてある棚の前まで行った。

そして缶を取り出そうとして一瞬手を止め、ゼオンたちに聞いた。


「ああ、お前らもいるか?」


珍しいなとゼオンは思った。ゼオンは映像を見るのを止めてオズの方を見た。

するとルルカがはねつけるように答えた。


「別にいらないわ。」


「……人間不信…。」


ゼオンがぼそりとつぶやいたがルルカは無視した。この男が信用ならないのはよくわかるけど。

オズはゼオンに「お前はいるんか?」と聞いた。

ゼオンは無言で頷いた。オズはアールグレイの缶を取り出してから続けてゼオンに尋ねる。


「じゃあ紅茶は何がええ?」


ゼオンは紅茶の缶が並んでいる棚をちらりと見て言った。


「…シナモンかカモミール。」


オズは棚の一番上の段奥の方にあるシナモンティーの缶を取り出し、カップとポットを取った。

そしてポットにお湯を入れ、シナモンティーの葉を入れると、もう一つポットを取り出し、またお湯を入れ、そちらにはアールグレイの葉を入れた。

そしてオズは自分の椅子に座り、窓に映った映像を見始めた。

ゼオンは横目でオズを見ながら聞いた。


「…おい。」


「何や?」


「……お前、あの馬鹿女に何か言われたのか?」


オズは表情一つ変えずに言った。


「いいや、別に何も言われてへんけど。」


最初ゼオンたちが来た時は問答無用でダージリンだった上に全て小悪魔達に任せてたくせによく言うなとゼオンは思った。オズが何の理由も無しにゼオン達に自分で紅茶を淹れるわけがない。

きっとキラの奴がゼオンたちと仲良くしてくれとでも言ったのだろう。

そう思っていると、オズがゼオンに聞いた。


「どうしてキラが言ったと思うん?」


「なんとなくだよ、ただの勘だ。」


そう、ただの勘だ。オズはキラに対しては少し優しいと、勘でそう思っただけだ。

でなければ、キラを妖精取りに行かせた時、わざわざ一人で行かせずに、一緒にだれか連れていかせるようなことを言ったりしないだろう。

セイラの言うとおりキラの祖母に睨まれたくないからか、他の理由があるからかはわからないが、オズはキラに少し甘い。

オズはため息をついてしばらくため息をついた。ルルカはゼオンの方を見たまま何も言わなかった。

辺りは静まり返って、しばらく誰一人として喋ろうとはしなかった。

数分して、オズが立ち上がり、さっきのポットの方へ歩いていった。ゼオンは窓の映像から目を離さなかった。

セイラは思っていたとおり、魔法の腕が非常にいい。威力もコントロールも大人の魔法使いより遥かに上だろう。

キラは魔法はてんで駄目だが何よりスピードがある。きっともっと早く飛ぼうと思えばいくらでも加速するだろう。

魔法がキラに当たるか、キラが逃げ切るかが勝負の分かれ目だろうなとゼオンは思った。


「どっちが勝つやろなぁ。ま、どっちに転んでも構わへんけど。」


オズがやってきてシナモンティーのカップをゼオンの前に置いた。

ゼオンは砂糖入れを取り、砂糖を紅茶に入れながらオズに言った。


「お前、人に嫌われるタイプだろ。」


「お前もな。」


オズはそう言って椅子に座り、紅茶を飲みながらゲームの様子を眺め始めた。



◇ ◇ ◇



「…見つけた!」


キラの目は空へと舞い上がっていくレティタの影を完全に捕らえた。

そして一気にスピードと高度を上げてレティタに近づいていく。

そして緑の森を抜け、目の前に果てしない青空が広がった。

キラは風を切るように大空を箒で駆け抜けながらレティタを追った。

そして、ある程度レティタとの距離が縮まったところでキラはあの黄色の宝石の杖を強く握りしめた。

魔法は苦手だが、この時ばかりはしょうがない。

できる限り神経を集中させて呪文を詠唱しようとした時だった。

後ろから突然ナイフのように鋭い氷の破片が雨のように降ってきた。

キラは大きく右に移動してそれをかわしたが、呪文の詠唱は止められてしまった。

キラは歯を食いしばって悔しそうに後ろから追いかけてくるセイラを見た。


「わかっているとは思いますけど私だって手加減はしませんよ?」


キラは不満げに口を尖らせて言った。


「こんなか弱い女の子が相手なんだから少し手加減してよ。」


「本当にか弱い女の子はそんなこと言いません。」


セイラはピシャリとはねのけてレティタを追いかけた。

キラもすぐにレティタの後を追う。

まだレティタとの距離はキラの方が近い。

キラはセイラに追いつかれないよう急いだ。

それを見たセイラはレティタを追いかけつつ呪文を唱えた。


「天空を走りし風よ……ヴェント!」


突然辺りの風が強くなり、キラの箒の速さが落ちた。

向かい風が強く、その場に留まっているだけで精一杯だ。

スピードを上げようとするが思うように上がらない。

キラはくるりと後ろを向いて杖をセイラに向けた。


「轟け雷鳴、白き稲妻よ……エクレール!」


雷の呪文を唱えたのだがどうやら失敗したようで、セイラの目の前で三回爆発が起こり、セイラは止まって盾の魔法でそれを防いだ。

失敗はしたが今はセイラの魔法を止められればそれでいい。

案の定爆発が起こった途端、周りの風が弱くなった。


キラはニッと笑って早速箒のスピードを上げてレティタを追いかけた。

だがセイラもセイラで簡単にやられはしない。

すぐに体勢を立て直してキラの後を追いかけながら、魔法を使ってキラの邪魔をしていく。

キラはその魔法をうまく箒をコントロールして全て避けた。

そして隙を見てその攻撃の間をくぐり抜け、一気にレティタとの距離を縮めた。レティタの小さな姿はもう手の届く範囲に来た。


「よっ、やっと追いついたよ。」


キラがレティタに向かって元気よくそう言った。

するとレティタはこう言った。


「ああ、やっと来たのね。でも悪いけど、オズにあんたからも逃げろって言われちゃったのよねー。」


レティタはそう言うと身長の何倍も長さがある鞭を取り出してキラに攻撃した。

キラはそれを素早くかわしてレティタへ手を伸ばす。

レティタはそれを避けるとすぐさま後ろへ下がり、キラと距離を取った。

するとレティタが持っている鞭から突然パチパチと音を立て、強い電気を帯び始めた。

どうやらレティタは本気らしい。オズはキラが有利になるように小悪魔たちに指示をするとばっかり思っていたのでキラは少しがっかりした。

けれどどちらにしてもキラがすることに変わりはない。キラは再びレティタに向かって突進していった。

それと同時にレティタが鞭を振り回す。その途端電気を帯びた鞭が急に伸びてキラに迫ってきた。

けれど、キラはこういうことに関しては人並み外れて優れていた。

キラは生き物のように動く鞭の間をするりとすり抜け、レティタの真上に出た。

そして、そこから急降下し、レティタへと手を伸ばした。

その時、どこからか声が聞こえ始めた。


「この世を創りし青き瞳の女神よ……我が声に耳を傾けたまえ……」


セイラが呪文を詠唱する声だった。今回の詠唱はやたら長い。

後ろから来る光の強さから、かなり難易度の高い魔法を使おうとしてることはすぐにわかった。

後ろから先ほど湖で使ったような大技を使われたらひとたまりもない。キラは必死でレティタに手を伸ばした。

セイラの詠唱はまだ終わらない。キラは身を乗り出してさらにスピードを上げる。

キラだって負けてやる気はさらさらなかった。箒を更に強く握りしめた。

キラの目はレティタを捉えて逃がさなかった。レティタの姿がどんどん近くなり、あともう少しで手が届く。

そう思った時だった。


「時よ、我が意に従え……フェルマータ・ウール!」


セイラが呪文を唱えきった。

その瞬間、キラは一瞬この世のあらゆるものが止まってしまったように感じた。

そして、同時にキラはレティタの髪を掴んだはずだった。


だが、キラが伸ばした右手は空振り、掴むことができたのは空気だけだった。

キラは何がなんだかわからず、思わず止まって何もない右手を眺め続けた。頭の中にいくつもの疑問符が浮かんだ。

おかしい、こんなのおかしい。たしかにキラはレティタを掴んだはずなのだ。

どうして手の中には何もないのだろう。不思議に思い、何度も首を傾げていた時、セイラの声が聞こえた。


「何を探しているんですか?」


キラはすぐさま振り返って先ほどセイラがいた位置を見た。

だが、そこにセイラの姿はなかった。

一体どこに行ってしまったのだろう。キラは辺りをキョロキョロ見回した。

すると、クスクスと笑い声が上の方から聞こえた。キラはすぐに真上を向いた。

そこにはふわふわ空中に浮きながらキラを見下ろすセイラがいた。

セイラの手にあるものを見た時、キラは言葉が出なかった。


「これで私が一点先制ですね。」


間違いなくセイラの手にはふてくされた顔をしたレティタがいた。

追い抜かされた覚えはない。キラがレティタを掴む前に誰かに捕られた覚えもない。

覚えがあるとすれば、キラがレティタに手を伸ばした時、セイラが何か魔法を使ったことくらいだ。

なぜ、どうしてセイラに先を越されてしまったのか、キラは全くわからなかった。

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