第3章:第9話
空や、森や、周りにある全てのものが目まぐるしい速さで通り過ぎていく。強い風がキラの顔にぶち当たり、通り過ぎていくのを感じた。
太陽の光も何にも邪魔されることなくまっすぐ地上に届いていた。
キラはサーフィンでもやっているようなポーズで箒に乗って、かなりのスピードで森の上空を飛んでいった。
キラは飛びながら周りをキョロキョロ見回したが小悪魔たちの姿は見当たらない。
というか普通に考えてこの広大な森の中から手のひらサイズの小悪魔3匹を見つけることなんて不可能に近いのではないだろうか。
キラはこの勝負に乗ってしまったことを今更ながら少し後悔した。キラは箒の高度を下げ、森の中に突っ込んだ。
そして風のような速さで木々の間を飛んでいった。キラは飛びながら辺りをキョロキョロ見回す。
3匹の姿は見当たらない。おそらく3匹共バラバラに行動しているだろうけれどどの辺りにいるのだろうか。
捕まえる時のことを考えるとルイーネよりもシャドウかレティタを先に探した方がいいかもしれない。
そんなことを考えながらキラはすごい速さで森の中を飛んでいく。
鳥の声も木々のざわめきも飛んでいく時の音にかき消されて何も聞こえなかった。
上も前も右も左も緑緑緑。
本当にこんなところで小悪魔なんて探せるのだろうかと思った時だった。
右の方で、一面緑色の世界の中に一瞬赤い色がちらついた。
キラはピタリと進むのを止めて赤色がちらついた所を目を凝らして見た。
そこには何もいなかった。けれど、確かにさっきは何かいた気がするのだ。
キラは向きを変えてその場所へと飛んでいった。
やはりそこには何もいない。木の枝や葉の影、草むらの中などいたるところを探していたがどこにもいない。
その時、木の枝が何十本も一気に折れる音と巨大な爆発音が同時に響き渡った。
途端に鳥の羽ばたきが鳴り響く。
キラは何事かと思い、箒にまたがって飛び立った。
緑色の切れ間を通り抜けて空へと抜ける。そしてキョロキョロ辺りを見回した。
数十メートルほど離れたところでセイラが空中で立っていた。
そしてセイラの真下では黒い煙が上がっていた。
キラはその場所に少し近づいて真上からのぞき込んだ。
黒い煙の立ち込めている場所は地面が真っ黒に焼け焦げてぽっかりと大きな穴が出来ていた。
キラの顔が途端に引きつった。
近くにいるのはセイラただ一人。
そうなるとこんなことをしたのは間違いなく……
そう思った時、視界の左下を何かがかすめた。
キラはすぐにその方向に振り向いた。小さな何かが非常に速い速度で飛んでいくのを確かに見つけた。
キラはそれをすぐさま追いかけた。キラはスピードと高度を上げて猛スピードで飛んでいくものの真後ろについてその姿をはっきり見た。
…レティタだ。レティタはまるで決まった行き先でもあるかのように迷うことなく一直線にどこかへ飛んでいく。
時々チラリとキラの方を見るのできっとキラには気づいているのだろうが、それでもレティタはどこかを目指して飛んでいく。
一体どこに向かっているというのだろうか。全く、オズは一体小悪魔たちにどんな指示を出したのだろう。
キラはそう思ってため息をついた。そして箒の上に慎重に立ち上がった。
すると箒の速さが急激に上がり、先ほどまでとは桁違いの速さになった。
レティタが飛ぶ速さよりも相当速く、距離はジリジリと縮まっていった。
あともう少しで手が届く。そう思ったとき急にレティタが高度を下げた。
すかさずキラも高度を下げてレティタの後を追う。
高度を下げて下を見た時、キラは思わず声を上げた。
真下には太陽の光を反射してキラキラ輝く湖が広がっていた。
こんな森の中に湖があったなんて知らなかった。まさかオズはレティタにここに来るように指示しておいたのだろうか。
キラは少し驚いたがレティタから目を離しはしなかった。
そんな時、急にレティタが動きを止めた。
不思議に思いつつも捕まえるチャンスなのでキラは急いでレティタのところに飛んでいこうとした。
だが、そんなキラも湖のほとりにいる人物を見た途端、青ざめてピタリと動きを止めてしまった。
湖のほとりにいたのは、大きな魔法陣を展開して呪文を詠唱しているセイラだった。
いつの間にここまで来たのだろうか。そう思ったが今はそれどころではなかった。
魔法陣はまばゆい光を放っていて、セイラはまるで大砲を向けるかのように両手をキラたちの方に向けていた。
これはまずい。キラもレティタも即座に逃げだした。
セイラは詠唱を続けた。
「天から降り注ぎし清き光よ…我に力を与えたまえ……エペ・ドゥ・リュミエール!」
セイラの瞳が大きく開き、それと同時に巨大な真っ白い光の剣がセイラの手からまっすぐ大空へと放たれた。
キラもレティタも間一髪直撃は免れたが、二人の背後にあった白い雲には無理矢理突き破られたような大きな穴ができていた。
キラの鼓動は速くなる一方だった。何だ今の大技は。少なくとも小悪魔相手に使う魔法ではない。
魔物数匹ぐらいなら軽く仕留められそうな大技だ。それをあんなに容易く、しかも魔女一人と小悪魔一匹に対して使うなんてどういう神経だろう。
青ざめながらゆっくりと地上付近を飛んでいたキラは偶然セイラと目が合った。
キラはいよいよ本気で後悔し始めた。
こんな子供のくせに何なんだろう。この謎女、めちゃくちゃ強いんじゃないか。そうキラは思った。
セイラはまっすぐキラの方を見ていた。上の方からパラパラとなぎ払われた木の葉や枝が降ってくる。
先ほどの巨大魔法のことを考えるとキラは何も言えなかった。
「キラさんもここにいたんですか。どうしたんです?そんなに青ざめて。」
セイラは普通にすました顔でそう言った。これが当たり前、とでもいうような様子だ。
キラはそれに対して怒鳴るように言った。
「卑怯だ、卑怯だ卑怯だー!」
「…?何がです?」
セイラはきょとんとした顔で言う。だがキラは怒鳴るのをやめない。
「あんためちゃくちゃ強いんじゃないかー!何今のでかい魔法!
あたしが魔法ちっとも使えないの知っててこんなの酷いじゃないか!」
「こんなのたいしたことありませんよ。オズさんの魔法に比べたらゴミ同然です。
それに……」
セイラはそこで言葉を切った。
あれがたいしたことないわけがないだろとキラは思った。
というかさっきのがゴミ同然となると一体オズの魔法はどれだけ凄いのだろう。
キラが改めて自分の魔法の使えなさっぷりを思いため息をついた時だった。
突然目の前から火の玉が飛んできた。キラは反射的にそれを避けて箒で空に飛び立つ。火の玉を撃ってきたのは紛れもなくセイラだった。
セイラはもう一発火の玉を撃ってきた。キラはそれを避けながら怒鳴った。
「何すんのさーっ!」
「ほら、キラさんすばしっこいし避けるの上手いじゃないですか。卑怯じゃないですよ。」
「そんな方法で実習するとこが卑怯だぁ!この性割謎女ぁー!」
「割じゃなくて悪ですよ、悪。
ついでに言うと実習じゃなくて実証です。」
「どっちでもおんなじだぁ!」
「違いますって。」
セイラはしれっとした顔でそう言いながらふわふわ飛びながら火の玉を何発もキラに向かって打ち始めた。
キラは半ばパニックになりつつもうまく箒をコントロールしながらそれを避けていった。
木々の間を素早く通り抜けて、木の葉で身を隠しながらレティタが逃げたと思われる方向へ飛んでいった。
キラと同じタイミングで逃げたからそう遠くへは行ってはいないはずだ。
そう思った時、キラは視界の左隅でレティタがふわふわ飛んでいるのが目に入った。
キラはすぐさま方向を変え、レティタの方へと飛んでいった。