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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第3章:少女セイラ
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第3章:第6話

空の色は徐々に赤くなり始めていた。カラスの声がよく響きわたる。涼しい風が通り、道端の草花を揺らしていく。

空の色がかわり始めているとはいっても、まだ家に帰るには少し早い時間帯だ。キラの家に向かう道にはまだ誰もいなかった。

きっと、近所の子どもたちはまだ中央広場で遊んでいるのだろう。

そんなわけで、キラたちが歩いている狭い田舎道には涼しい風の音と二つ分の足音しか聞こえなかった。

気まずいなあとキラは思った。隣で歩いているセイラがさっきから何も話さないからだ。

まあ、見た時からティーナのような騒がしいタイプではなさそうだとは思っていたが、ここまで会話がないとさすがに気まずかった。

セイラは辺りの景色を眺めながら静かに歩いていくだけだ。これはキラの方から何か話さなければ会話が始まらないだろう。

そう思ったとき、キラはふとセイラがオズやゼオンたちについてやたらよく知っていたことを思い出した。

キラは笑いながらセイラに言った。


「そういえばさ、セイラってどうしてオズたちのことあんなに知ってたの?誰かに聞いた?」


セイラははねつけるようにこう答えた。


「どうしてそれをわざわざ教えなければならないんです?」 


早速怖い顔で睨まれてしまった。キラがため息をつくと続けてセイラが言う。


「私なんかのことより、学校のロッカーに入っているテストの心配をしたほうがいいんじゃないですか?」


なんでそれを知っているんだとキラは思った。たしかにキラの学校のロッカーにはテストがたくさん隠してある。全部30点とか18点とか酷い点数のものばかりだ。

そんなものリラに見つかればキラ間違いなく怒鳴られるだろうと思って隠していたのだ。

全く誰がばらしたのだろう。見つけたら蹴っ飛ばしてやるとキラは思った。

それにしてもセイラはどうしてこんなにキラたちについて色々知っているのだろう。

キラは不思議に思って首を傾げていたが、しばらくしてこんなに色々なことを知っているならゼオンやオズたちについて他にも知っていることがあるのではと思った。

そしてキラは急にニコニコして弾むような口調で言った。


「じゃあさじゃあさ、ゼオンたちについて他に何か面白いこと知ってたりする?

 食べ物の好みとか単純なことでもいいからさ!」


「食べ物の好み…ですか?

 そうですね……オズさんが紅茶が好きなのは知っていると思いますけど、中でも特に好きなのはアールグレイらしいですよ。

 逆にあまり好きじゃないのはローズヒップティーと梅昆布茶だそうです。」


「梅こぶ茶、紅茶じゃないし……

 まあいいや、他には他には?何か面白いこと!」


キラは調子に乗ってニコニコしながらセイラにそう聞いた。

もしかしたら自分のことについて何も言わないゼオンたちについて何か面白いことがわかるかもしれない。

それを見たセイラは最初は少し驚いた顔をしていたが、意外と素直に答えていった。


「…えーと、面白いこと…ですか?

 面白いってほどじゃありませんが、ゼオンさんって実は末っ子なんですよ。お兄さんとお姉さんが一人ずついるそうです。」


「え、意外。一人っ子かと思ってたー。」


「あとゼオンさんってああ見えて結構甘党みたいです。」


「え、まじで!?」


そんなことを話しているうちにキラはなんだか楽しくなってきた。

調子に乗って「他には他には?」と弾んだ声でさらに聞いてみた。

セイラもセイラで聞かれたらあっさり答えていった。


「ルルカさんって料理の腕は壊滅的なんですよ。」


「あー…やっぱ元お姫様だから?」


「そうみたいです。まともに作れるのはハムサンドだけです。」


「ハムサンドって…パンにハムはさむだけじゃん…火すら使わないじゃん…。」


「……ですね。

 あと、ルルカさんは昔は髪の毛がすごく長くてふわふわのウェーブヘアーだったんですよ。

 他には、オズさんはお酒弱いとか…ルイーネさんは猫好きとか…」


「うわぁ…」


キラはセイラが想像以上にゼオンたちのことを知っていたことにも、ゼオンたちについての話にも驚いて思わず声をあげた。

ゼオンが甘党だとか、ルルカが料理が下手だとか、オズがローズヒップティーが苦手だとか、正直何も知らなかった。あの三人は自分のことは何も話してくれないから。

かといって残りのティーナが自分のことを何でも話してくれるかというとそうでもないけど。キラは少し寂しくなって空を見上げた。

ゼオンたちにとって、キラは所詮ただの他人でしかないのだろうか。初めて会った時、ゼオンたちはキラを脅したが、その後ゼオンたちは特にキラに危害を加えてくる様子はないし、別にキラはもうそのことは怒っていない。

オズが脅したからとはいえ、同じ村にいて話す機会があるのだからもう少し自分のことについて教えてほしいのだが。

キラは寂しそうにため息をついた。


「話せることはたくさんあるのに、どうして何にも話してくれないんだろーね…。」


セイラはそれを見て少し悲しそうに目をそらした。しばらくして、小さな声で言った。


「まあ、仕方ないんじゃないですか?…苦労してきた人ばかりですし。

 そう言うキラさんだって、言いづらいことあるんじゃないですか?」


「へへ、バレた?」


キラは少し無理して笑いながらペロリと舌を出した。

図星だった。セイラの言うとおり、キラだって言いたくないことはある。…むしろ、言うことができないと言った方が正しいかもしれないが。

だが、そう言うセイラだって、何かを悲しがり、寂しがっているようにキラには見える。その証拠に、セイラが何者なのか、聞かれても答えようとしない。

結局みんな同じなのかもしれない。みんな、辛い悩みを抱え込んでいるから、何も話さないのかもしれないとキラは思った。

キラはちらりと横目でセイラの方を見て言った。


「セイラは、あたしの過去について知ってるの?」


「ええ、まあ。」


セイラはそう答えた。キラはそれを聞いて複雑そうな表情で下を向いた。


「あたしは…知らないんだよね……。」


「…まあ、いずれわかるんじゃないですか?」


セイラにしてはかなり曖昧な答えだった。太陽のある方向と反対の方向からカラスの声が聞こえてきた。

…正直、別にキラは「それ」を知りたいとは思っていない。むしろ知りたくなかった。

キラはそんな思いを隠すように笑って明るい声で言った。


「よーしっ、それじゃあ明日の決闘頑張ろうねっ!」


「決闘じゃないですよ。」


セイラはそう言ったがキラはこれっぽっちも聞かずに、涼しい風の吹く草原を歩いていった。

セイラはやれやれとため息をつきながら落ち着いた足取りでキラについていった。

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