第3章:第5話
セイラの言葉を聞いたキラは愕然とした。なぜセイラは教えてもいないキラとルルカの名前を知っているのだろう。
ルルカも珍しく驚いた表情をしてセイラを見ている。どうやらルルカもセイラとは初対面で名前を教えてもいないようだった。
キラはわけがわからずゼオンの方を見る。ゼオンは険しい表情を浮かべながらセイラを見ているだけだった。
ゼオンも、セイラが二人の名前を知っている理由はわからないようだ。しばらく耳鳴りがしそうなくらいの沈黙が流れた。
キラがセイラが二人の名前を知っている理由を尋ねようとした時、キラたちの方に向かってくる足音が聞こえた。
オズとルイーネだ。オズはキラたちのところまで来ると、昨日ゼオンたちに話しかけた時と同じような目つきでセイラを見て言った。
「お前か。昨日真夜中に一人で森を抜けてこの村に入ってきた子供ってのは。」
「…さすが、ルイーネさんは優秀ですね。
それで、オズさんは何のご用です?」
オズとルイーネの名前も簡単に当てた。
なぜ、どうして。とても不思議に思うことだがそれを聞けそうな雰囲気でも聞いて答えてくれそうな雰囲気でもない。
オズは表情一つ変えずに言った。
「たいしたことやない。
お前、よそから来たんやろ?一つ聞きたいことが…」
「あの人の居場所なんて知りませんよ。むしろこっちが知りたいくらいです。」
セイラはオズが言い終わらないうちにはねつけるように即答した。先ほどまでよりも目つきをかなり鋭くさせて。
これにはさすがにオズも驚いたようだった。目を見開いたまま動かない。
傍にいるルイーネは見たこともないくらい心配そうな表情でオズの顔をのぞき込んでいる。
オズはセイラに言った。
「俺はまだ何も言ってへんのになんで質問の内容わかるん?」
セイラはため息をついた。そして面倒くさそうに答えた。
「それ以外にあなたが他人に聞くことなんてあります?
他人なんて利用するだけで決して頼ろうとなんてしないあなたが?貴方にとって、他人はただの駒、違います?
何があったのか知っていれば、あなたの目的なんて猿でも想像がつきますよ。」
随分失礼な発言だ。オズの隣のルイーネの表情が歪むのが見える。
オズは笑みを崩さずに言った。
「へえ…俺について、何か知っとると?」
「自らが犯した罪を償いもせず、無数の屍を産みながらのうのうと生き長らえ、他人を利用し続けながら『あの人』を追っている狂人のような男だということくらいは。
…違いないですよね?」
意地悪くセイラが笑った時だった。
「黙れ黙れ黙れっっ!!!お前に何がわかるっ!
オズさんが今までどんな目にあって、どんな思いで過ごしてきたかなんてわからないくせに好き放題言いやがってっ!」
突然ルイーネが怒りの炎を吐き散らすかのように怒鳴り始めた。
今までこんなルイーネは見たことがない。いつもは真面目で几帳面で落ち着いているルイーネが、今は思いきり眉間にしわを寄せ、物凄い形相でセイラを睨み怒鳴っている。
すると、それを聞いたシャドウとレティタがすぐさま飛んできたかと思うと、シャドウは2本の剣を、レティタは鞭を取り出しセイラに突きつけた。
「…さすがに今のは聞き捨てならねーな。」
「シャドウに賛成。…あんま調子乗んじゃないわよ!」
キラは三人のあまりの怒りように何も言えなかった。
「あの人」とは誰なのか、オズの目的は何なのか、オズに何があったのか、わからないことはいくらでもあるのに何も聞けない。
けれど、オズは普段の笑顔の仮面の下に、冷たく悲しい何かを持っているということはたしかにわかった。
…キラに自分のことを何も話してくれないのもそのせいなのかもしれない。
小悪魔三人は今にも襲いかかりそうな勢いでセイラを睨みつけていた。そんな中、オズは全く動揺せずに言った。
「怒鳴らなくてええ。武器も下ろせ。」
「でもっ…!」
「ええから。」
ルイーネは仕方なく怒鳴りつけるのをやめ、シャドウとレティタは武器を下ろした。
そして、それを確認すると、オズはセイラを見て言った。
「今のことは勘弁したる。ただ、一つ答えろ。
…お前、『あいつ』を知っとるんか?」
「ええ。知ってますよ。」
「…そうか、わかった。俺から用はもうあらへん。」
二人の言う「あいつ」が誰だかキラには想像もつかなかった。
それは誰なのだろう。とても不思議だがきっと聞いてもオズは答えてくれないだろうなとキラは思った。
ただ、その時のオズが酷く悲しげな表情をしていたことが妙に印象に残った。
オズがそう言うと、ルイーネは思いっきりセイラを睨んで一瞥した後、心配そうな顔でオズのところに戻っていった。
一方のセイラはくるりとオズに背を向けると今度はキラのところにやってきた。
キラは当然戸惑った。そんなキラにセイラは言った。
「そろそろ私の方の用件を言わせてもらいますね。」
動揺してキラは「え、あ、うん。」と変な返事しか返せなかった。
セイラはそう言ったのを聞くと、一息おいてからこう言った。
「キラさんが誕生日プレゼントとしてもらった杖を私にくれませんか?」
キラは驚いてすぐに返事をすることができなかった。ぼーっと突っ立ったまま動かない。
オズとゼオンの表情が豹変したのだけが見えた。
最初は何かの冗談かと思った。けれど、セイラの目を見てすぐに本気で言っているということがわかった。…あんな真剣な目で嘘をつく人はいない。
キラがどう返事していいかわからず戸惑っていると、ゼオンがセイラに言った。
「妙なことを言うんだな。けど、どうしてこいつ限定で言うんだ?
同じような杖なら俺たちだって持ってるぜ?」
「別にゼオンさんたちの杖をもらったっていいんですけど、そうするとどうしてもオズさんと衝突することになりそうなので。
私はオズさんに真っ向から挑もうとするほど愚かではありませんから。
それに、キラさんがあの杖を持っていると後々面倒なことになりそうなんですよ。」
「面倒なこと」が何のことだかはわからなかった。けれど、素直に杖を渡す気にはならなかった。
この杖はかなり危険な杖だ。けれど、これは姉のサラがキラのために送ってきてくれたプレゼントでもある。
せっかくサラがキラのためにと思って送ってくれた杖をそう簡単に渡して、サラの気持ちを無駄にしたくはなかった。
キラは顔を上げて言った。
「悪いけど…それは無理。」
セイラは特に怒った表情などは見せなかった。
むしろ、そう答えることをある程度予想していたようだった。
セイラは仕方ないと言うようにため息をついて言った。
「困りましたね…私の方もこのことに関しては譲れないんですが…。」
「でも…あたしもお姉ちゃんからの誕生日プレゼントをそう簡単に渡すわけには…」
「……なら、一つゲームをしません?」
「へ?」
キラはセイラの突拍子のない発言に思わず声を上げた。
セイラは再びこう言った。
「ゲームをして、勝ったほうがあの杖を貰うってことでどうです?」
キラはセイラの言葉を聞いて首をかしげた。
ゲームと言ってもどんなゲームをするのだろうか。
キラが不思議に思っているとオズが口を挟む。
「…おい、お前な…。」
「あら、これは私とキラさんの問題ですよ。
どうしてオズさんが口を挟むんです?さっきもう用は無いって言いましたよね?」
「へりくつ…。」
オズはそう言って舌打ちした。
ルイーネも相変わらずセイラを睨んでいる。
それを見てオズたちとセイラは絶対に仲良くなれないだろうなとキラは思った。
なんだか明らかに険悪な雰囲気になってきた。昨日の状態とは比べものにならないくらい。
すると、セイラはオズの方を向いて言った。
「ゲームの説明の前に……オズさん、すみませんがそこの3匹の小悪魔さんをお借りしますね。」
「は?さっき口挟むなとか言ったくせして何言うとんねん。」
「それじゃあキラさん、ルールを説明しますね。」
「おい、お前話聞いとるか?」
オズはそう言ったがセイラはそれを華麗に無視した。
キラもわけがわからない。なぜキラがセイラの言うゲームをして、杖を渡すか渡さないかについて決める流れになっているのだろう。
大体セイラはどうして杖を欲しがっているのだろう。どうしてゼオンやルルカのではなくキラの杖が欲しいのだろう。
セイラはゲームのルールを説明し始めた。
「まず、ルイーネさんたち3匹を図書館の裏の森に放します。
そして、放した十分後に私たちがスタートして裏の森にルイーネさんたちを探しに行きます。
それで先に3匹中2匹を捕まえた方が勝ちってことでどうです?」
どうです?と言われてもキラは何が何だかわからず混乱していたためすぐに返事ができなかった。
すると、キラたちの会話を見ていたゼオンが突然口を挟んだ。
「…こいつ、呆れるくらい魔法できないぞ。俺やあのシルクハットのことをあれだけ知っているのにこいつの無能っぷりを知らないわけないだろ?
対してお前はかなり魔法も使えそうだし強そうだ。
…そのルールは不平等なんじゃないのか?」
正直キラはゼオンが口を出すとは思っていなかった。ゼオンはてっきり無関心に傍観しているかと思ったのに。
するとセイラはゼオンに言った。
「…あの杖について鍵を握っていそうなルピア家から杖がなくなるのがそんなに気に食わないですか?
そう言うと思ったから放すのがルイーネさんたちなんですよ。
…今のいざこざのせいでルイーネさんたちは私に反感を持っていると思います。
そしたら、ルイーネさんたちはどちらかというとキラさんに有利になるように動くと思いますよ。オズさんもきっと色々ルイーネさんたちに指示を出すでしょうしね。
それに、箒を使用してもいいことにしようと思っています。箒で飛ぶのは、キラさんは得意みたいですから。
これなら勝負は大体互角になるかと思いますけど。」
ゼオンは黙りこんだまま何も言わなかった。
たしかにキラは箒に乗るのが得意ではあるが、セイラは見た目は子供だけれども雰囲気からして結構強そうな気がして不安なのだけれど。
そう思ったがとても言い出せる雰囲気ではなかった。すると今度はオズが口を出す。
「それより、そのゲーム、裏の森でやるんか?危険やないか?」
するとセイラはここに来てから初めての驚きの表情を浮かべながら言った。
「…ゲームで杖の所有権を決めること自体には何も言わないんですね。意外です。
別に森を使っても大丈夫だと思いますよ。キラさん、箒に乗るのは相当得意みたいですから魔物に遭ってもすぐ逃げられるでしょうし。」
セイラはそう言ってキラの方を見た。このゲームを受けるか受けないか尋ねている目だとキラはすぐにわかった。
キラは迷って下を向いた。このゲームに負けると、杖をセイラに渡さなければならない。姉からの誕生日プレゼントを。
若くしてキラとミラの生活を支えるために頑張っているサラがせっかくくれたプレゼントなのだ。
そう簡単に渡したくはない。けれど、セイラもきっとこの杖を欲しがるのには理由があるのだろう。
いやだいやだと言ってゲームから逃げるだけではどうしようもないように感じる。
キラは顔を上げてセイラに言った。
「いいよ。そのゲーム、やるよ。」
「…わかりました。けど、実際にやるのは明日にしましょう。
キラさんもきっとその方がいいですよね?」
セイラはそう静かに言った。キラは素直に頷く。
キラだって今いきなりそのゲームしようと言われたって困る。
話がまとまり、セイラは息をついて近くの椅子に座った。オズは複雑そうな表情でその様子を見ていた。
ルルカとゼオンは相変わらず考えの読めない無表情でセイラを見ている。
ようやく話が落ち着いたかと思った時、キラはあることに気がついた。
「そういえば、明日って言ったけど……セイラ、今晩どこに泊まるの?」
セイラはきょとんとした表情でキラと目を合わせた。そしてそのまま何も言わない。
まさか。キラがそう思ったときセイラはようやく口を開いた。
「…考えていませんでした。」
キラはズルッとこけそうになった。やっぱりか。細かいところはきっちり考えてあるのに泊まる場所のことは考えていなかったのか。
こんな十歳前後の子供が宿に泊まろうとしたってきっと泊めてもらえないだろう。キラは困った表情で頭をかきながら言った。
「しょうがないから誰か一晩泊めてあげ…」
「絶対嫌やな。」
「嫌ね。」
「嫌とか以前に無理だ。学校の男子寮だし。」
言い終わる前に全員に即答されてしまった。
キラはため息をついた。そんなこと言ったってセイラだって泊まるところがなくてはさすがに困るだろう。
キラは困った表情のまま言う。
「まあ…ゼオンは寮だから仕方ないとして…オズとルルカはどっちか泊めてあげらんないの?」
二人とも嫌そうな顔で黙り込むだけだった。
するとルイーネがキラの前に出てきて眉間にしわを寄せて怒鳴った。
「ぜーったいお断りですっ!
あんな失礼な小娘泊める部屋なんてここにはありませんっ!」
小娘だなんて手のひらサイズのルイーネが言えることではないと思う。するとシャドウがやってきて言う。
「やめとけやめとけー。あの女ここに泊めたらきっとホロに食われるぜー。
俺あんなに怒ったルイーネ見たことねーもん。」
たしかにそうだ。今日のルイーネの怒りようは凄い。泊まってホロに食べられたりしたら大変だ。
第一シャドウにまともなことを言わせてしまうような状況の場所に泊まることがまずいけないと思う。キラは仕方なく今度はルルカに聞く。
「ルルカはなんで駄目なの?」
「私の泊まっている部屋狭くてベッド二つは入らないもの。
それに、他人を自分の部屋に入れたくないわ。」
その部屋はルルカの部屋じゃなくてルルカが泊まっている宿屋の部屋だろう。そう思ったが声には出さなかった。
全くどうしてこう自分の周りは身勝手な人ばかりなのだろうと思いキラはため息をついた。
大体セイラがいる場所で堂々とセイラを厄介払いするその度胸に色々な意味で感動だ。
キラは仕方ないと思って言った。
「…わかったよ。セイラは私の家に一晩泊めるからさ。
一晩なら友達だって言えばばーちゃんも泊まっていいって言ってくれるだろうし。部屋もお姉ちゃんの部屋余ってるし。」
するとセイラは急に俯いた。どこか暗い表情に見える。
何か悪いことでも言ったかと不安に思ったが、すぐにセイラは顔を上げた。
「…ありがとうございます。」
セイラはキラのところまでやってきてぺこりと頭を下げてお礼を言った。
それを見て皮肉を言わなければいい子なのになとキラは思った。
キラはオズたちの方を向いて言った。
「んじゃ、セイラは一晩うちで預かるから。
じゃあバイバイ、また明日!」
キラはそう言って図書館を出ていった。続いてセイラも椅子から立ち上がって速歩きでキラについていった。
キラがいなくなった後、重い沈黙がしばらく続いた。険しい表情でルルカがオズに聞く。
「なんなのよ…あいつ…
貴方あのセイラって子と面識ある?」
「無い…多分。」
「何その多分って。」
「多分は多分や。つかあいつなんで俺らのことあんなに知っとるねん。」
誰も答える人はいなかった。…答えられなかったが正しいかもしれない。
ゼオンがため息をついてつぶやいた。
「…本当に、何者なんだ、あいつ…。」