第3章:第4話
図書館の中は珍しく静かだった。理由は多分シャドウが今シュークリームを食べている最中でおとなしいからだろう。
オズとルイーネは今日に限ってなぜか真剣そうな表情をしながら先ほどから何か話し込んでいる。
レティタはというと、少しうらやましそうにシャドウのシュークリームを眺めながら本の片付けをしていた。
珍しいこともあるもんだな。そんなことを思いながらキラは一人ぽつんと椅子に座りながらオズとルイーネが話している様子を眺めていた。
今日はキラは一人で図書館に来た。ティーナとかを連れてくるとまた険悪な雰囲気になりそうだからだ。
本当はオズに言いたいことがあるのだけれど妙に真剣そうな様子を見るとどうにも話を切り出せず、その様子を眺めているしかなかった。
「見た目はただの子供みたいで今のところ何の騒ぎも起こしてませんけど……でも真夜中にこんな子供が一人で森を抜けて村にやってくるなんて変じゃないですか?」
「たしかに妙やな。あの森はただの子供がそう簡単に抜けれる森やない。」
「村長に報告するべきでしょうか?」
「…けどまだ何もしてないのに変に警戒させてもな…。
もう少し様子見るべきやないか?」
「でも…。」
大体こんな内容のことを話していた。
二人の話からなんだか妙な子供が村に入ってきたらしいということはなんとなくわかった。
おかげで話したいことが話せなくて大迷惑だ。キラはため息をついた。
するとオズは急にルイーネと話すのをやめてキラの方へやってきた。
まるで最初からキラに気付いていたかのようだった。
「で、お前はどないしたん。何か話があるんやろ?」
オズはキラのところまで来ると、さっきの真剣な雰囲気の面影もない明るい口調で言った。
ここまで急に口調を変えられるのにどうしてオズは人付き合いがうまくいかないのかキラは心底不思議に思う。一見、ものすごく社交性がありそうに見えるのに。
キラは少し心配そうな口調でオズに言った。
「いや…大したことじゃないんだけどね。
…あんた、どーしてうまくやれないのかなーって。」
キラがそう言うと、オズから一瞬笑顔が消えた。そしてオズはため息をついて言った。
「昨日のことか。」
キラは素直にうなずいた。そして話を続ける。
「聞きたいことがあるなら素直に聞けばいいのに。
っていうかさ、ゼオンたち脅してまでこの村に居させたって…そんなことして何がしたいの?
…そのさ、責めるわけじゃなくて。何かしたいことがあるなら話くらい聞くし…。」
「つまり、あいつらともう少し仲良くやれってわけやな。」
言いたいことを見事に言い当てられてしまい、キラは言葉に詰まった。
そしてゆっくりと頷く。だって図書館に来る度にあんな険悪な雰囲気になってはほしくない。
たしかに昨日はティーナの方もちょっとすぐに怒りすぎなような気もしたが、多分すぐに怒ってしまったきっかけはオズが三人を脅したことだろう。
ゼオンたちに対してだけじゃない。オズは村の人々や村長に対しても挑発的な態度をよくとる。
もう少し仲良くできないものなのだろうか。そう思っていると、今度はルイーネがふわふわ飛んできて話に入ってきた。
「それは…私も賛成ですね。
昨日みたいな雰囲気に何度もなってほしくはないですよ。
あと、村の人たちに対してももう少し…」
「そっちはまた別問題やろ。」
オズはぴしゃりと冷たく言い放った。そしてキラの方を向いて言った。
「…まあ、そう言うなら少しは気をつけたる。あいつらの方は不可能とは言い切れへんし…」
最後の言葉の意味がわからず首を傾げた時、後ろで扉が開く音がした。キラ、オズ、ルイーネの三人はすぐに入口の方を向く。
入ってきたのはルルカだった。今日のルルカはなぜか妙に機嫌悪そうな表情をしていた。一体どうしたというのだろう。
ルルカいつもよりも荒い足音を立ててオズのところまでやってきてオズに一冊の本を突きつけて言った。
「ゼオンからよ。昨日返しそびれたんですって。」
「そうか。で、何でそれをお前が持ってきたん?」
オズはルルカから本を受け取ってそう尋ねた。
ルルカはため息をついてかなり不満げに言った。
「あいつに押しつけられたのよ。全く、なんで私が……。」
「ごしょーしゅーさま…」
「ご愁傷様、やろ…?」
オズはさりげなく苦笑しながら言った。
ルルカは機嫌悪そうに荒い足音を立てながら近くにあった椅子を引き寄せて座った。
そんなルルカを見て、キラは聞いてみた。
「そういやあいつってよく本読んでるよね。読者好きなの?」
「そうみたいよ。7年も学校行ってないくせにあんなに魔法使えるのも多分そのせいだと思うわ。」
「あいつ7年も学校行ってないの!?」
驚いたキラは思わず身を乗り出して叫んだ。7年学校行ってないのにあの学力か、あの魔法の腕か。
大体7年となるとほとんど学校に行ったことがないに等しい。
キラと同い年だとしたら1年しか行ってない計算になる。キラと同い年かなんてわからないけれど。
どうしてそれだけしか学校に行ってなかったのだろう。
けどその疑問はすぐに解決した。ゼオンは脱獄者だと聞いている。
多分、投獄されたのが学校に行き始めてから1年経った頃なのだろう。
ここでキラは一つ疑問に思うことがあった。ゼオンは何をして投獄されたのだろう。
「あいつって何して牢屋入れられたの?」
「さあね。私は魔女じゃないもの。
ウィゼートの国で起こった事件についてなんてそう詳しくないわよ。」
ルルカは冷たくそう答えるだけだった。ルルカは隣国エンディルスの元王女だし、こちら側ウィゼートで起こったことを知らなくても無理はないけれど。
それにしてもゼオンが投獄されたのが7年も前だとは知らなかった。
脱獄したのがいつかは知らないが、そうなるとあの杖を振り回しながら追っ手から逃げている年数もかなりのものだろう。
そういえば、ゼオンやルルカはどうやってあの杖を手に入れたのだろうか。
「そういえば、ルルカはどうしてその杖手に入れたの?」
それを聞いたルルカの視線が急に冷たくなった。
「貴方に教える気なんてないわ。」
「どうして?」
キラはすぐに聞き返した。そんなに言いたくない事情でもあるのだろうか。
ルルカは冷たく言った。
「信用ならないもの。
あいつのことはどうだっていいからいくらでも教えてあげるけど、私自身のことを教える気はこれっぽっちもないわよ。」
「つまり、それは俺に関することはそいつに教えまくったってことか?」
急にルルカの背後から声が聞こえた。キラは顔を上げてルルカの背後を見る。
ルルカもすぐに振り向いて後ろを見る。そこには確かに先ほどまで話題になっていたゼオンが立っていた。
いつの間に入ってきていたのだろうか。話をしていて気づかなかった。
ゼオンはルルカを見下ろすようにしながら言った。
「逃亡中の王女様がこんなに簡単に背後をとられていいのか?」
「…そうね、迂闊だったわ。
それより、一つ言っておくけど、私はもう王女なんかじゃないわよ……って前にも言わなかったかしら?」
「言われた。頭痛くなるくらいな。」
ルルカはため息をついて椅子から立ち上がった。ゼオンの登場のせいで場の空気が一気に変わった。
ルルカに本を押しつけたくせにゼオン自身が図書館に来てしまっては、ルルカは怒るに決まっている。
実際、ルルカの表情は先ほどより荒かった。そして、腕組みをし、明らかに不満そうな表情でゼオンを睨んだ。
「ところで、貴方、ここにいるってことは、自分でここまで来る気があったのに私に本を返しに行かせたってことかしら?」
「…別に来たくて来たわけじゃねえ。ただ、ちょっと妙な奴がな。
…おい馬鹿女、お前に用があるらしいぞ。」
ゼオンがそう言うと、ゼオンの後ろから十歳前後と思われる黒髪の可愛らしい少女が顔を出した。膝丈のワンピースを着て、小さめの帽子をかぶっている。
キラに用があると言っていたが、キラはこの少女に会った覚えはなかった。キラは少女を見て明るい口調で言った。
「かーわいー!
誰この子、あんたの隠し子?」
「違う。こんな嫌味な隠し子いたらこっちから願い下げだ。」
ゼオンもまたなぜか機嫌が悪そうだった。
嫌味な、という表現を少し疑問に思ったとき、その少女はぺこりと礼儀正しくお辞儀をした。
今時珍しい、礼儀をわきまえているいい子じゃないかとキラは思った。
だが、次にその少女はキラとルルカの顔を見てこう言った。
「私の名前はセイラといいます。
はじめまして、キラ・ルピアさん、ルルカ・E・サラザーテさん。」
セイラという少女は、教えてもいない二人のフルネームをぴたりと言い当てた。