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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第3章:少女セイラ
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第3章:第3話

それは暗く閉ざされた夜空の真ん中にぽっかりと満月が浮かんでいる時だった。暖かい風が木々を揺らし、さわさわと音をたてる。

村の周りを囲んでいる森はこの時間帯、まるで黒い絵の具で塗りつぶされたかのように真っ暗で何も見えない。

ただ、木の葉と、ふくろうの鳴く声が静かに響き渡るだけだ。

そんな森の中に、突然落ち葉を踏み分ける音が響き渡った。

明らかにこの時間帯に森の中を人が歩いていた。

外見は幼く、十歳前後。長い黒髪のストレートヘアで、目の色は澄んだ蒼色。そして、真っ黒く、膝丈くらいのワンピースを着た少女だった。

少女は左手で魔法を使い、光を浮かべ、右手で木々をかき分けながら森の中を進んでいく。

ちなみに、左手に媒介となりそうな杖などは何も持っていなかった。

しばらく歩いていくと、前方で風が抜ける音が聞こえた。少女はその方向に向かって歩いていく。

そして歩いて数分。夜の風が流れると共に先ほどまで行く手を阻んでいた木々が消えた。

そして目の前に現れたのは満月の光に照らされる小さな村の姿だった。

少女は森の広がる丘の上から村を見下ろし、つぶやいた。


「……ここが…。」


続きは言葉にならなかった。

空は雲一つなく、ただ月だけが明るく浮かぶ綺麗な空だった。

世界中で起こっている異常気象の影響を受けている気配すらない。

少女は再び村を見下ろした。そして右手を強く握りしめる。

そして、丘を降りて村の中へと歩いていった。


例の杖が四本ともこの村にあるなんて。

よりによってこの村に。


……最悪だ。


そう、少女は思った。




時の少女が今盤面に降り立つ。

担う役はもう一人の黒のナイト。

歴史書であり、鏡であり、錆びない歯車であり、かつては執行人の一人だった。

幼い外見の裏に何かを隠して、罪人のいる村に足を踏み入れた。

そして、黒の駒が全て揃う。


◇ ◇ ◇



翌日の昼過ぎ、窓から見える景色は雲一つないすがすがしい青空だった。

妙なものだ。今、世界中どこを見回してもこんな青空が広がっているのはこの村だけだろう。

他の地域は大雨に日照りで大混乱だというのに。そんなことを考えながらゼオンは村の通りを歩いていた。

ちょうど、ペンのインクを買い、昨日図書館に返しそびれた本をルルカに押し付けて、学校まで戻ろうとしているところだった。

本当ならゼオンが自分で返しに行ったところで何の問題もないのだが、ゼオンはどうにもオズが気に食わなかった。

大体オズは何が目的で何を知っているのだろう。そのせいでゼオンは自分から「例の杖について知っていることを教える」という条件を出したが未だにその質問をしていない。

質問は慎重に選ぶべきだ。もう少しオズのことも把握してから。あの道化のような男が素直に何でも答えるわけがない。

そんなことを考えながら歩いている時だった。


「ゼオン・S・クロードさんですよね?」


子供の声が背後から聞こえた。ゼオンは立ち止まって振り返る。

すると、そこには黒いワンピースを着て、頭に小さめの帽子をかぶった、黒髪青目の少女が一人宙に浮いていた。

箒に乗っているわけでもなければ、羽を広げているわけでもない。

ゼオンは目を疑った。この世界には五つの種族がいる。魔女、天使、悪魔、獣人、吸血鬼のどの種族であっても、箒を使わず、羽も持たずに空を飛ぶなんてありえないことだ。

魔女や魔術師は媒体を用いて魔法を使わなければ飛べないし、天使や悪魔や吸血鬼は羽で飛ぶ。獣人は鳥の獣人でない限り飛べない。

そのことだけでなく、こんな子供が後ろ姿だけでゼオンだとわかったことにもゼオンは驚いた。

いくらゼオンが犯罪者で名前がいくらか知られているとはいえ、なぜ見知らぬ人の後ろ姿を見てすぐにゼオンだとわかったのだろう。

おたずね者のビラにわざわざ後ろ姿の写真なんて載っているわけがない。

見た目は十歳前後の子供だが、どうもこの少女はただ者ではないようにゼオンは感じた。

少女はゼオンの表情を見ると少し皮肉っぽくくすっと笑って言った。


「そんな恐い顔しないでください。

 はじめまして、私はセイラといいます。」


セイラという少女は外見に似合わない大人っぽい敬語でそう言ったが、ゼオンはどうもこのセイラという少女は何か裏があるように感じた。

このセイラという少女、何者なのだろう。まず、箒も羽もなしで空を飛べる時点でどうかしてる。

そしてそれを皮肉っぽく笑って誤魔化す態度がゼオンはどうにも気に入らなかった。

ゼオンは軽くセイラを睨みながら尋ねた。


「俺に何の用だ?」


「あなた方が持っている杖のことで少しお話があります。

 キラ・ルピアさんは……今、図書館にいるんですよね?

 そこまで連れて行っていただけますか?」


「俺は今日あいつに会っていねえからどこにいるかなんて知らねえよ。

 図書館に案内したっていいが、あいつがいなくても文句は受け付けないぜ?」


セイラはまたくすっと笑って「大丈夫です。」と答えた。

表面上驚いた素振りなどは見せなかったが、今の会話でゼオンの中には再び強い疑問が湧いた。

なぜキラの名前を知っていて、しかも居場所までわかるのだろう。

キラは追われてる身などではないただの魔女だ。犯罪者であるゼオンの名前を知っていてもそこまでおかしくはないが、キラの名前を知っているというのは明らかにおかしい。

自然と杖を持つ手に力が入った。セイラというこの少女、明らかに何かある。

絶対に裏で何か企んでいる。それがゼオンたちに関係があるかはわからないが。

ゼオンは警戒心を強め、セイラとの間合いを縮めないよう気を配る。そして、セイラを睨みながら聞いた。


「…お前は何者だ?」


「さあ、何者でしょうね?」


セイラはそう言ってまた皮肉っぽく笑った。ゼオンの警戒心が薄れることはなく、むしろ強くなる一方だった。

セイラからは他の人とはどこか違う雰囲気を感じる。まるでこの世の全てを知っているというような自信をセイラから感じる気がした。

さらに強くセイラの青い目を睨みながらゼオンは聞いた。


「答えろ。じゃないと…」


「ところでゼオンさん。」


急にセイラはそう言ってゼオンの言葉を遮った。そして、急に先ほどまでの皮肉っぽい笑みを消して真剣な目つきでこう言った。


「あの雪の日の屋敷は綺麗でしたか?」


途端にゼオンの表情が凍り付いた。

あの日の雪の冷たさと、焼けるような心の痛みと、鼓膜を裂くような人々の悲鳴が一気に襲いかかってくるような気がする。

遠い過去の記憶。無数の屍。緋色の炎。悲しみやら怒りやら様々な感情がゼオンの中を渦巻いた。

…どういう意味かは嫌でもわかる。

なぜこいつはそのことを知っているのだろう。このセイラという少女は何者なのだろう。

セイラはその疑問の答えがわからずにいるゼオンのところまで来て言った。


「さ、行きましょうか、図書館に。

 安心してください、通報する気はありませんから。」


そう言ってセイラは図書館へと歩き始めた。

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