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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第3章:少女セイラ
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第3章:第2話

木が軋む音が響き、ドアが開いた。

中は相変わらずとても広く、天井まで届きそうなくらい大きな本棚が立ち並んでいる。

キラたち四人は静かに図書館内に足を踏み入れていく。

歩いていくと、室内はアンティーク調でとても落ち着いているのに突然甲高い声が聞こえた。


「あーもうっ!早くやることやっちゃってください!

 その書類仕事と何の関係もないじゃないですか!」


「仕事って…俺、今週までって言われたことは全部やったやろ?」


「まだありますよ、今月の村の財政の支出入の計算が。」


「は?なんで図書館館長が計算せなあかんねん。」


「さあ?どうせまた上層部の嫌がらせですよ。」


「計算嫌やなぁー。」


そうオズとルイーネが二人で話していた。

このやりとりのせい見た目はとても落ち着いていそうなこの館内が実際落ち着いていることなんてまずない。

というか、キラはなぜこんないつも小悪魔に説教されている人物から聞きたいこと一つ聞き出せないのか未だにわからなかった。

入りこむ余地のない雰囲気だったのでキラたちはしばらく本棚の影からそのやりとりを眺めていたが、しばらくしてルイーネがこちらに気がついた。


「あ、皆さんどうしたんですか?」


ルイーネがそう言うと、キラたちはオズたちがいるテーブルまで歩いていった。

オズは相変わらずわけのわからない書類を眺めながら紅茶を飲んでいる。

きっとこれもルイーネが言っていたように仕事に関係ないのだろう。

オズを見つけると同時にペルシアはすぐさまオズのところまで走っていき、オズに小さな袋を手渡した。


「オズ、お祖父様からの届け物ですわ。」


オズは紅茶のカップを置き、その袋を受け取った。

その袋を受け取った時の表情はいつになく真剣だった。

そして、袋をしまいながらペルシアに尋ねる。


「これ、いつものか?」


「ええ。」


「あと、あのジジイに頼んだ調べもの、どうなっとる?」


「ああ、それはまだみたいですわよ?」


オズは少し気落ちした様子で「そうか。」と言った。横にいたルイーネは少し心配そうな目でオズを見た。

そんなにその調べものが重要だったのだろうか。不思議に思ったが聞くことはできなかった。

オズはため息を一つついた後、重い口調でペルシアに聞いた。


「ジジイはどうしとる?」


オズがそう言うと、腹の立つことを思い出したかのようにペルシアの眉がつり上がった。

そして不満をはき出すかのように怒鳴り始めた。


「相変わらずですわよ。

 大体オズにこんな態度とる理由がどこにあるって言いますの?

 オズが何したって言いますの?馬鹿馬鹿しいですわ。」


「いや、絶対してるでしょ…。」


ティーナが宿屋の領収書をひらひらさせながらそうつぶやいたが誰も聞いていなかった。

今のペルシアの様子を見てキラは少し不思議に思った。なんだか妙にペルシアがオズのことを庇うようなことばかり言っている気がするのは気のせいだろうか。

村長の孫娘なのだから普通は村長の影響を受けてオズを批判するような気がするのだけれど。

キラはティーナにひそひそ声で言ってみた。


「ひょっとしてペルシアってオズのこと好きなのかな?」


「んー、あたしはちょっと違うと思うな。

 …あれは、どっちかってと『同情』だと思う。単に可哀想って思ってるだけだよ。」


「どうして?」


キラは不思議そうに聞き返す。

あれくらい庇うようなら好きなんじゃないかと疑われて当然のような気がするのだけど。

ティーナは普段なら考えられないような少し寂しそうな表情で言った。


「…同情する人って、ああいう表情するんだよ。」


ティーナはペルシアの表情を見つめながらそう言った。

ペルシアは数分愚痴をこぼした後、まだ機嫌悪そうにキラたちにさよならと挨拶して、眉を釣り上げたまま帰っていった。


ペルシアが帰って、図書館は少し落ち着きを取り戻した。けれどこの落ち着きは大抵すぐに壊れてしまう。

そして、この日もそうだった。

ルイーネがまたふわふわ飛んできて指を差しながらオズに言った。


「そ れ で、とっとと計算やってくれません?」


「えー、計算嫌やなー。」


「子供みたいなこと言わないでください!

 あと、また昨日薬飲むの忘れましたね?」


「うるさいなぁ。一回くらいでたいしたことにはならへんって。」


ルイーネは呆れた様子でため息をついた。そしてさりげなくその会計の書類と思われるものを持って別の部屋に飛んでいった。

そんな時、キラはティーナの視線が部屋の一点を見つめて動かないことに気がついた。

少し気になってその視線の先を見てみるとそこにあるのはただのアンティーク調のデザインの時計だった。

ティーナがアンティーク調の時計なんてじっと見ていることがキラからして見れば少し意外だった。ティーナにアンティークの趣味があるとは思っていなかったから。

キラは驚いてティーナに聞いてみた。


「ティーナ、アンティーク調のもの好きだったの?」


「……?

 あれ、『アンティーク』っていうの?」


「はぁ?」


キラは驚いて思わず声を上げてしまった。

アンティークなんて名前のものあるはずがない。それは様式の名前で、ティーナが見ているものは時計だ。

まさかこの世に時計が何だかわからない人がいるなんてキラは思ってもみなかった。

二人の会話を聞いていたゼオンが呆れたようにティーナに言った。


「…またか。前にも言っただろ。

 あれは時計だ、時計。」


「…あー、そっか。

 あはは。昔はあんなもの無くってさ。」


時計がない時代にティーナが生まれているわけがない。キラはわけがわからないといった様子で眉をひそめた。

それに気がついたティーナがパチンと手を叩いて言った。


「あーそっか。キラには言ってなかったか。

 あたしね、300年前からタイムスリップして来たから、今の時代の機械とかよくわかんないんだよね。」


正直キラの感想は胡散臭い、だった。大体なんで突然タイムスリップなんて突拍子もない話になるのだろう。

そもそも、そんなことができる魔法なんてあるのだろうか。キラがそう思っていることに気がついたのか、ティーナは口調を強くして言った。


「あー、信用してないでしょ!

 ほんとだよ!こればっかりは本当なんだから!」


「だってさあ…そんなことできる魔法ある?

 そりゃ、あたしは魔法に詳しくはないけどさ…ってかさあ、あんた、この話信用してるの?」


キラはゼオンの方にくるりと顔を向けて聞いた。

ゼオンはどうだっていいとでも言うように壁に寄りかかりながらそっぽを向いて答える。


「さあな、そんなことに興味ねえし。

 まあ、そいつの常識が妙に古いってのは事実だけどな。」


「例えば?」


「前に汽車に乗った時にそいつ目ぇ丸くして、これはどんな魔法で動いてるのかとか聞きやがった。」


重症だ。確かに汽車をパッと見ただけでは石炭なんて黒い石を燃やして動いてるなんて想像できない気持ちはわからなくもないけど。

ティーナの表情を見るかぎり、嘘を言っているようには見えなかったが、有り得ないという思いは消えなかった。

そんな時、突然オズが三人の会話の中に入ってきた。


「おもろい話しとるな、タイムスリップか。

 それ、自分でやってこっちに来たんか?」


いつの間にかオズはキラたちの近くまで歩いてきていた。

「ただの」興味本位で割り込んできたわけではないとすぐにわかった。笑顔なのに目だけが笑っていない。その空気を察したゼオンとティーナの表情が険しくなる。

ティーナが答えるより先にゼオンはオズを睨みながら言った。


「随分急に話に入ってくるんだな。

 そんなにタイムスリップに興味があったのか?」


「いいや、タイムスリップそのものにはこれっぽっちも興味あらへんな。

 時間を越える魔法なんて、そこらの奴が使えるはずがない。そう思っただけや。」


そう言うわりには、オズはティーナの話が本当か疑っている様子はちっともないようだった。

オズはいつもじゃ考えられないような、真剣で何かを探るような視線でティーナとゼオンの方を見ていた。

ティーナとゼオンはその視線が気に入らなかったのか、鋭い視線でオズを睨む。

キラは険悪な空気の中、どうしていいかわからずただその様子を見つめているしかなかった。

しばらく睨み合いが続いた後、ティーナが突然舌打ちしてくるりと入り口の方へ向きを変えた。


「ゼオン、キラ。行こう。」


「…そうだな。」


ゼオンはオズに腹が立っているせいか、いつもよりやけに素直にティーナについて行った。

キラは歩いていく二人とオズとを交互に見た後、オズの様子を少し気にしつつもティーナたちの方について行き、図書館の扉を開けて出ていった。


「どうかしましたか?」


扉が閉じると同時にルイーネが別の部屋から戻ってきた。

その時オズは小さくつぶやいた。


「留めさせといて正解やったな…。」


オズがそうつぶやくと同時に、ルイーネはまた心配そうに表情を歪ませた。



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