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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第3章:少女セイラ
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第3章:少女セイラ:第1話

水面下の戦いは日常会話の中で繰り広げられるものです。

窓から差し込む光はいつもと何の変わりもなく、見える景色は明るい青空とぽっかり浮かぶ白い雲だけだった。

時折暖かい風が窓から吹き込んできてキラの髪の毛を揺らす。

耳を澄ませるとクラスメートの話し声の隙間からかすかに鳥の鳴き声や風の音が聞こえてくる。

温度も適温。日差しもちょうどよく、まさに絶好の昼寝日よりで、キラは教室の席に座ったままうとうとしていた。

そんなちょうどキラがこれから夢の世界へ突入しようとしている時、突然誰かがキラの肩を叩いた。


「なーに、うとうとしてますの。

 いくら今日は午前授業だからってもうお昼寝の年齢はご卒業しているんじゃなくて?」


ペルシアの声だった。キラは寝ぼけ眼でペルシアを見るとむにゃむにゃと豁然悪く言った。


「あー…ペルシア?おやすみー…」


そう言うとキラは再び夢の世界へダイブしていった。

だがペルシアはそんなことは許せないらしく、キラの服の襟を乱暴に掴み、キラを激しく揺する。


「だぁめですわ!

 暇ですの暇ですの!

 あんたは終礼までわたくしの暇つぶしをしなきゃいけませんのよ!」


ペルシアの揺さぶりのせいで夢の世界のパラダイスを楽しんでいたキラは強制的に現実世界に引き戻されてしまった。

キラはせっかくの楽しみを奪われて少し不満げに口を尖らせる。

暇つぶしなんて他でやってくれ。あたしは眠いんだ。そうキラは思ったけれど、キラの正面にはペルシアが番人のように立っている。

これではきっと何度夢の世界へ突入を図ってもことごとく現実世界へ追い返されてしまうだろう。

キラは仕方なく体を起こした。そして頬を膨らませながらペルシアに言う。


「暇なら他の誰かと話してくればいいじゃん。

 ゼオンとロイドは?」


ペルシアは窓際の席を指差した。

ゼオンとロイドが二人並んで座っている。

ロイドは何かのメモ帳を必死になって眺めていて、ゼオンは相変わらずのつまらなさそうな仏頂面でなんだか分厚い難しそうな本を眺めていた。

キラは苦笑した。たしかにあれは近寄りがたい。

仕方なく今度はこう言う。


「じゃあリーゼは?」


ペルシアは今度は教室の入り口を指差した。

リーゼは見知らぬ男子生徒と何か話していた。

男子生徒が何か話すたびにリーゼは怖がりのウサギのような目をしておどおどしながら首を振り、何かを断っているような仕草をしていた。

キラとペルシアはしばらく無言でその様子を眺めていたが、しばらくするとリーゼはその男子生徒との会話を終えてキラたちのところへ戻ってきた。

ペルシアはリーゼに聞いた。


「何のお話でしたの?」


リーゼはキラたちの顔を見るとほっとしたような表情をして答えた。


「放課後、お茶しない?って…断ったけど。」


「うわー…モテてるね。」


キラがぼそりとそう言った。

リーゼはなぜか昔からよくモテる。

理由はなぜだかわからないけどよくモテる。

前にリーゼのことが好きだとか言ってた男子に聞いてみたところ、守ってあげたくなる感じがするだのなんだの言ってた気がするがキラは未だによくわからない。

ペルシアが腕組みをしながらリーゼに言う。


「お茶くらいつきあってあげたらどうですの?」


「でも私…知らない人の前じゃ何も喋れなくなっちゃって…。」


人見知りの激しいリーゼらしい答えだ。

ペルシアもふぅんと納得したようだった。

そして、ペルシアは今度はチラリとゼオンとロイドの方を見て言った。


「そういえば、あの二人に好きな人とかいますの?」


「さあ…わかんないけど…ゼオン君はいなさそう…。」


「たしかに……ロイドはどーだろうね?

 あいつなんだかんだ言って結構秘密主義だからなぁー。」


女三人揃ってどうだっていい推測をし始める。

だが推測なんてしたところでどうにもならない。

しばらくして、ペルシアが突然こう言い出した。


「暇だし、聞いてみますわね。」


「ええっ、絶対答えないと思うよ!?」


キラの言葉を完全に無視してペルシアはずかずかとゼオンとロイドの方に歩いていった。

普通答えるわけない。暇の威力は凄まじいなとキラは思った。

仕方なくキラとリーゼもついて行く。

ペルシアは二人が座っている窓際の席の方までクラスメートたちを押しのけて歩いていった。

ペルシアが二人の前に来たことに気づいた二人は顔を上げた。

それを確認したところでペルシアはさらりとこう言った。


「お二人とも好きな人とかいますの?」


「いきなり何を言い出すんだ。」


「まさかそれで『いる』とか答える人がいるとか思ってんのかな?」


二人揃って反応は冷たかった。まあ、当たり前だと思うけど。

そして二人はペルシアを完全無視してそれぞれ持っているものの続きを読み始めた。

けれどもペルシアの破滅的な暇エネルギーはさらに増幅しているようで、腕組みをして仁王立ちになり、ロイドの目の前に立ちはだかる。


「失礼ですわね。暇なんだから仕方ないことですのよ?」


「失礼はそっちだろ…。

 大体なんでゼオンじゃなくて俺なのさ。」


「そんなのあなたの方がいそうに見えるからに決まってますわ。

 さー、いますのいませんの?」


何だか聞き方が相当間違っているような気がするが指摘する度胸のある人は誰もいなかった。

大体突然そんなことを聞かれて「はい、います。」なんて答える人がいるわけがない。

少なくともキラならそう答える。そして、ロイドも絶対そう答えるとキラは思っていた。


「いるよ。」


ロイドの意外すぎる返答にキラは思わず声をあげてしまった。どう考えても今はそんなことを言うタイミングじゃないだろう。

いないいないとか言うところに決まっている。

けれどすぐにキラは考えこんだ。ロイドは世渡り上手で嘘も上手い。

キラだけでなくリーゼたちもよく知っていることだ。ひょっとしたら嘘の可能性もある。

ロイドの表情はいつもと違い、真剣なような冷めたような判断の難しい表情をしていた。

だがしばらくするとロイドはいつものニコニコ顔と軽い口調に戻って言った。


「……なーんてね。本当はいないよ。

 って言ったら、いるかいないかどっちだと思う?」


誰も何も言わなかった。どっちだかなんてはっきりわからなかった。

しばらく無駄な沈黙が続いた。キラはしばらく考えた後で言う。


「じゃあいるっ!」


「はずれー。」


「じゃあいないっ!」


「それもはずれー。」


「どっちだよばかやろー!」


「へへ、ご想像にお任せしますよ。」


ロイドは笑いながらそう言う。結局こんな感じではぐらかされてしまった。

その時どうやら先生が来たらしく、他の生徒達が席に座り始めた。


「あ、そうだ、みんな放課後そのまままっすぐ帰る?」


キラがそう言うと全員がこちらを振り向いた。その時、ペルシアが何か思い出したようにはっとして手を叩いた。

そしてキラに言った。


「そういえば、わたくしオズに届け物があって図書館に行かなくちゃいけませんの。

 どなたかついてきてくださらない?」


「じゃああたし行くー。」


「俺も行くか。本を返さなきゃならないしな。」


キラとゼオンが同時にそう言い出した。

ペルシアは何も言わなかったリーゼとロイドの方を向いた。


「お二人はどうしますの?」


「私はいい。今日は早く帰らなきゃいけないの。」


リーゼは申し訳なさそうにそう言った。

だが、ロイドの反応は思ったより冷たかった。

ロイドはらしくないぶっきらぼうな口調で言った。


「俺も行かない。行きたくないし。」


その言い方に驚いた全員がロイドの方を向いた。

ロイドは立ち上がって教室の入り口まで歩いていき、最後にこう言い捨てて出ていった。


「俺、あいつ嫌いなんだよ。」


いつもと違うロイドの雰囲気にキラたちは何も言えなかった。

あいつとは、おそらくオズのことだろう。

ただ一人、ペルシアだけは、眉間にしわを浮かべ、明らかな怒りの感情を顔に出しながらつぶやいた。


「なんですのよ、あれ…。」


◇ ◇ ◇



「もう、なんですのあの態度!

 ロイドまでオズのことあんな風に言うなんて思いませんでしたわ!」


妙に大きな足音とペルシアの怒りの混じった声が鳴り響く。

背後から見ているだけでも、今にも校舎が燃え上がりそうなほどの怒りのオーラを確かに感じる。

ペルシアが通ると、周りの人たちはその異様な雰囲気に目を丸くしていた。

ペルシアはオズへの届け物をしっかり抱えてぐちぐち先ほどのロイドの態度に文句を言いながら校門へと向かっていた。

ここまでペルシアが怒るのは珍しい。

キラ、ゼオン、リーゼの三人はペルシアを刺激しないよう静かについて行くしかなかった。


「お…怒ってるね…。」


リーゼが小さな声で言った。キラ無言で頷いた。

それにしても今日のロイドはいつもと雰囲気が違ったなとキラは思った。普段はあんなことを言う人ではないのに。

キラはロイドがオズのことが嫌いということも、ペルシアがオズのことでここまで怒るということも意外だった。

ペルシアは機嫌悪そうに愚痴を言い続ける。


「大体みんなよってたかってオズのことを悪く言い過ぎなんですわ。

 村の連中といいお祖父様といい…。」


ペルシアの愚痴を聞いてキラは思い出した。

そういえばペルシアの祖父はこの村の村長だ。今日ペルシアが言っていたオズへの届け物は村長からだろうか。

そんなことを考えながらキラたちは外に出て、校門を出た。だがその時、突然甲高い声がどこからか聞こえてきた。

上を見上げてみると、空から風を斬るような速さで何かが突っ込んでくる。

よく見ると人の形をしていて、背中には悪魔の黒い羽が生えている。それを見つけた時点でキラはそれが誰だかすぐにわかった。

その誰かはゼオンのすぐ横を通過したかと思うと勢い余って校門に頭から激突し、痛々しい音が辺りに響いた。


「…ティーナ、何度来るなって言ったらわかるんだ?」


ゼオンが呆れた口調で言った。キラがその方向を見てみるとたしかに校門に激突した人物はティーナだった。ティーナは痛そうに頭を抑えて立ち上がる。

よほどの勢いでぶつかったらしく、ティーナの頭には大きなたんこぶが一つできていた。

けれどティーナはゼオンを見つけるとそんなたんこぶを気にも留めずに満面の笑みを浮かべながら言う。


「だーって、ゼオンがいないと寂しいんだもん!」


「俺は寂しくないしむしろ邪魔だ。」


すぐさまゼオンはそう冷たく言い放った。

だがティーナはそんなことはお構いなしに、夢でも見ているように目をきらめかせてゼオンに引っ付こうとするが、ゼオンは慣れた調子でそれをかわすだけだった。

キラとリーゼはもうティーナのゼオンに対する態度を見たことがあるからちっとも驚きはしなかったが、ティーナと会ったことがないペルシアは、先ほどまでの怒りがどこかに吹き飛んでしまったかのようにポカンと口を開けてその場に立ち尽くしていた。

それに気がついたキラが苦笑しながらペルシアに言った。


「あはは…ま、まあ、気にしないで。」


わけがわからなくて当然だ。大体ティーナはゼオンのどこがそんなに好きなのかキラに言わせれば理解不能だった。

ただの冷血魔法使いじゃないか。あの魔法の才能はうらやましい限りだけど。そうキラは思った。

しばらくすると、ティーナは諦めたのか、キラの方までやってきて相変わらずの明るい声で言った。


「よっ、相変わらず元気だねっ。」


そう言って二人はパチンと手を叩いてぺちゃくちゃ喋り始めた。そんな様子をゼオンとリーゼは何も言わずに眺めていた。

二人とも口を出しにくい状況だと思ったのか本当に何も言わない。しばらくしてゼオンがぼそりとリーゼに言った。


「何も聞かないんだな。」


「何が?」


リーゼは不思議そうに聞き返した。ゼオンはリーゼの方を向いて答えた。


「いや、別に。あいつら初めて会った時はあんなにいがみ合ってたくせにどうして急に仲が良くなったのか、聞かれるかと思ったけど聞かれなかったのが少し意外だっただけだ。」


「え、ああ、少し、気になりはしたけど…。」


リーゼは小さな声でおどおどとそう答えて再びキラとティーナの会話を眺めはじめた。ゼオンは何も言わなかった。

キラとティーナはそんなゼオンとリーゼの様子を気にも留めずに喋り続ける。

しばらくしてティーナが元気よくキラに言った。


「よっし、じゃあ今日もあのシルクハットを問い詰めに行くぞーっ!」


ティーナがそう言うとキラも拳を上げて元気よく「おーっ」と答えた。

そしてまた楽しそうにはしゃぎはじめる。それを少し離れた場所から見ていたリーゼはつぶやいた。


「ふぅん。共通の標的ができたからお互い喧嘩してたこと忘れちゃったんだね。」


「まあ、そんなとこだ。

 あんなこと言いつつ成功した試しがないけどな。」


ゼオンも冷めた顔をしながらそう言った。リーゼはそれを聞いて苦笑した。

だがすぐに何かを思い出したような表情をしたかと思うと、キラのところまで歩いていき、小さくキラに言った。


「キラ、ごめん、今日急いでるんだった。先に帰るね。」


リーゼはそう言うと、キラたちに挨拶をして、図書館と反対方向へと速歩きで去っていった。

リーゼを見送った後、ようやくキラは自分たちが図書館に行く途中だったということを思い出した。

ついうっかりお喋りをして止まってしまった。

キラはティーナと喋るのをやめ、くるっとゼオンとペルシアの方を向いた。

そして明るく元気よく、ゼオンたち三人に向かって言った。


「よっし、それじゃ、早速図書館まで行きましょーっ!」


そう言って図書館へと歩き出した。

後をすぐにティーナが追いかけ、それをペルシアが追い、最後にゼオンが静かに落ち着いた調子で歩いていく。

目の前に広がる空は果ての見えない青色で、ぽっかりと浮かぶ雲は可愛らしい羊のようだ。

春と夏の境目の風が吹いていき、道端の草花を揺らしていく。

思えば、この時はまだまだ「平和」だったのかもしれない。

第3章もおつきあいいただけたら嬉しいです。

キャラが多くなってきたので、そろそろキャラ紹介など作ろうかと思っております。

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