第2章:第14話
「…な、なんでここにぃ!?」
まさかブラックが入ってくるとは思ってなかったキラは思わずブラックを指差しながら言う。
ブラックはいつも無愛想だしキラやゼオンを避けている様子もあった。それなのにどうしてわざわざ助けに入ってくれたのだろう。ブラックはそう思っているキラに構わず、持っている剣で魔物を牽制する。
よく見ると、魔物の腹には三本の大きな切り傷があった。さっきキラが一瞬目をつぶった間に三回もブラックは魔物を斬りつけていたらしい。
切り傷を負った魔物は目の前に剣を突きつけられ、怯えたのか、すぐさま逃げるように森へ帰っていった。
魔物が逃げるのを確認すると、ブラックはキラたちに何も言わず、そのまま帰ろうとした。キラは慌ててお礼を言おうとする。
すると、それを見たブラックは冷淡な口調で言った。
「勘違いしないでよ。
あたしはただ頼まれたからやっただけだから。」
ブラックはそう言うと剣を鞘にしまい、てくてく草原を歩いていこうとする。
その時、もう一人誰かが草を踏み分けて歩いてくるのが聞こえた。
ブラックはそれを見て足を止め、ぶっきらぼうに言った。
「ほら、言われたとおりやったよ、オズさん。
全く、自分の仕事くらい自分でやってよ。」
草原を歩いてきたのは確かにオズだった。
普段ならこのように魔物がいる状況なら、オズはルイーネにホロを呼び出させるところなのだが、今日はルイーネは疲れた顔をしてオズの肩で休んでいる。
オズは相変わらずの笑みを浮かべながら言った。
「ああ、悪いな。
ルイーネは疲れ果てとるし、かといって小悪魔つこうたら時間かかるんねん。」
悪いなとか言ってる割にはオズは申し訳なさそうな表情なんてこれっぽっちもしていない。むしろ当たり前のような顔をして笑っている。
そんなオズを見たブラックは若干困った様子でため息をついた。正直言ってキラもこれにはどちらかというとブラックの方に共感した。
キラがオズの反応に苦笑していると、先ほどまで黙っていたゼオンがオズを睨みながら言った。
「なんでまたお前が出てくるんだ?」
「村長に魔物退治しろーって言われたからや。
ルイーネの調子が悪いから結局ブラックに頼んだんやけどな。」
ゼオンはオズを睨みつけたまま何も言わなかった。どうもゼオンもオズに良い印象を持っていないようだった。
ゼオンだけではなく、昨日の様子からしてティーナやルルカもそうらしい。
キラは、オズは昔からキラの面倒をよく見てくれていたし、いい人だと思っているが、ゼオンたちを脅した理由が気になるというのは確かだった。
オズがここまで強引な手段でゼオンたちを引き止めたのは何故なのか、キラはどうしても気になった。キラは右手を強く握りしめる。そして顔を上げ、思い切って言った。
「ねえ、オズ、どうしてゼオンたちを…」
「おーい、大丈夫ー?」
突然聞こえてきた声にキラの声は遮られてしまった。全員そろって声がした方を向く。
すると、そこには草原を焦りながら走ってくるショコラ・ホワイトの姿があった。
ホワイトはキラたちのところまで走ってくると息切れしながら立ち止まった。相当急いでやってきたらしい。
ホワイトは息切れが治まると、とても心配そうな表情をしながらキラたちに言った。
「なんだか、この辺りに魔物が出たらしいの。
魔物に遭っちゃったら危ないからとりあえず早く帰らないと…」
「あ、大丈夫ですっ。
ゼオンとブラック先輩が二匹とも倒してくれたんで大丈夫でした。」
キラは心配そうにしているホワイトにそう言った。
ホワイトはその言葉に目を丸くする。
ホワイトでさえブラックが魔物退治を自分でしたことは意外らしい。
ホワイトは目を丸くしたままブラックの方を見る。
ブラックはすぐに顔を背けて面倒くさそうに言った。
「…何さ。言っておくけどあたしはオズさんに頼まれたから来ただけなんだからね。」
「や、せやけど俺と通りで会った時、もうその剣持ってたやないか…。」
冷たくそう言うブラックを見たオズがブラックの剣を指差し、ぼそりとつぶやいた。それを聞いたブラックの瞳が何か慌てたかのように一瞬急に大きくなった。
これは何かかすったなとキラは少し思った。それを見たホワイトは楽しそうに笑ってブラックに言う。
「あれあれーっ、頼まれてもいない時からどうして剣なんて持ってたのー?
心配だったんでしょー、キラちゃんとゼオン君のこと。
ショコラはお人好しだもんねー。」
「ち、違うって!
あたしが剣持って外歩いてちゃ悪い!?」
「んー悪くないわよー?
でもショコラ、お腹空いたから何か買ってくるつもりなら食堂で何か買えばいい話でしょ?
剣持って外に行く必要ないと思うけどなあ。」
「う、それは…その…
……あーもう!あたし帰る!」
ブラックは怒ってそう言うと剣を持って歩いて草原を歩いていった。キラは怒らせてよかったのかなと少し焦った。
その気持ちを察したのか、ホワイトはキラの顔を見ると笑いながら言った。
「ああ、心配しなくて大丈夫よ。
ショコラはああ見えて結構優しいから。
ちょっと素直じゃなくて人見知りが激しいだけなの。だから嫌わないであげてね。」
キラはブラックが優しいということが少し意外だった。だって普段はあんなに無愛想で冷たいのだから。人は見かけによらないなとキラは思った。
キラがそう思っているとゼオンがやってきてホワイトに言った。
「意外ですね。俺とこいつ、明らかにあの人には避けられてる気がしたんですけど。」
もう少しましな言い方できないのかとキラは思った。やはりこいつは社交性とか協調性とかいうものが明らかに欠けている。
ホワイトはそれを全く気にしてない様子で笑いながら言う。
「ああ、それね。
さっき見て思ったけど嫌ってるから避けてるわけじゃないと思うわよ。
多分それとこれとは別問題なんだと思うわ。」
ゼオンは何も言わなかった。ホワイトはそう言った後、何か思い出したようにゼオンに言った。
「そうだ、私ゼオン君に聞きたいことが……あーでもやっぱりいいわ。今日はもう遅いもんね。
また今度聞くね。」
ホワイトがそう言ったのを聞いてキラはぐるりと辺りを見回した。
もう辺りは薄暗く、太陽もほとんど沈みきっている。
きっともう6時近いだろう。早く帰らなければまたリラに怒られてしまう。
そこにオズがやってきて三人に言った。
「お前らも早く帰ったほうがええで。
ああ、キラ、その腕の怪我、俺が妖精回収頼んだからってこと、あの婆さんには言わんでくれへん?
バレたら俺めちゃくちゃ怒鳴られんねん。」
「あーはいはい、わかった。
ばーちゃんには言わないよ。」
キラはそう苦笑しながら言った後、妖精の籠をホワイトに渡した。これで後は家に帰るだけ。そう思ったが何か引っかかる。何か忘れている気がする。
キラは普段使わない頭を必死に動かして考えた。そして思い出した。思い出した途端、キラは手を叩き、大声で言った。
「ああ、忘れてた!あたしまだ先輩にお礼言ってない!」
キラはそう言うとすぐに学校へ帰っていったブラックを追いかけた。そうだ、助けてもらったくせにキラはまだブラックにお礼を言っていない。
キラはスピードを上げて村の民間の間を走り抜け、ブラックを追いかける。早く追いつかなければブラックは校舎に入ってしまうだろう。
そうなると寮を使っていないキラは校舎に入ることは許されない。早くしなければとさらにブラックを追って風のように駆けていった。
そして、村の中央通りに出た時、キラは学校への坂道を登っていくブラックを見つけた。
慌ててキラはブラックの所まで走り、ブラックを引き止めた。ブラックは驚いた様子で言う。
「ど、どうしたのさそんなに急いで。」
キラはそう言われて背筋をぴんと伸ばして立ち、礼儀正しくお辞儀をした。
「あのっ、魔物から助けてくれて、ありがとうございました!」
ブラックは目を丸くしたまま何も言わなかった。
何か怒らせてしまっただろうか。キラは不安になった。
ブラックはしばらくしてから、そっぽを向きながら言った。
「…別に助けたわけじゃないってば。
…今度から気をつけなよ。」
ブラックの言い方は冷たかったが、どこか優しかった。ホワイトが言っていたように、きっとどういたしましてと素直に言えないだけなのだろう。
それに気づくとなんだか面白くなって、キラは思わず笑顔になった。キラの中でのブラックの印象が少し変わった気がした。
「じゃあね。」
ブラックはそう言うと学校へと帰っていった。もう太陽は完全に沈みきっていた。
空の色はもうさっきの茜色とは似てもつかないインディゴブルーに変わり、白い星が瞬きはじめている。
もう帰らなくてはならない。そう思って逆方向に歩き始めようとした時、もう聞き慣れた冷めた声が聞こえた。
「何ヘラヘラ笑ってんだ馬鹿女。」
ゼオンの声だった。いつの間にかここまで来ていたようだ。
さっきブラックと話したせいで、キラは思わず笑ってしまった。
それを見たゼオンは表情を不愉快そうに歪ませた。
「…なんだよ。」
「や、あんたブラック先輩となんか似てるなって思って。
あー、でもブラック先輩の方が可愛げあるかもね。」
「黙れ、一緒にするな。」
ゼオンは少し不満げにそう言った。キラは笑いながら坂道を降りてゼオンの横を通り過ぎる。
そして坂道を降りきったところで振り向き、笑顔で言った。
「そーいやあんたにもお礼してなかったね。今日は妖精探し手伝ってくれてありがと。
じゃ、また明日ね。」
ゼオンは相変わらずキラとは正反対の仏頂面。けれどその時は、どこか複雑そうな表情にも見えた。
キラは手を振って帰ろうとした。返事はないだろうと思い、通りを走り抜けようとした時だった。
「何が明日だ、どうせ寝坊だろ、この馬鹿女。」
予期せぬ返事だった。てっきり無視されると思っていたから。言っていることは相変わらずムカつくけれど。
「ね、寝坊しないもん…うるさいやいっ、このネクラぁ!」
そう言っておきながら少しだけ笑顔で走り出した。。
キラは通りを走り抜け、ぼんやり電灯が光る道の中を帰っていった。
◇ ◇ ◇
その夜のことだった。窓の外の暗闇にぽっかりと浮かぶ月が眩しい。気味が悪いくらいの静寂の中、紙をめくる音が嫌に大きく響く。
真っ暗な図書館の中、月明かりとランプの光を頼りにオズは書類を片っ端から読んでは乱暴に机の上に投げていく。
ルイーネ、シャドウ、レティタの三人は投げ捨てられた書類を拾って整理しながら、真剣な様子で書類を読んでいるオズの様子を見つめていた。
珍しく机の上は書類ばかりだった。相変わらず散らかっていることに変わりはないけれど。
勿論村長に頼まれた仕事の書類なんかじゃない。郵便局から借りてきた郵便物の配達記録だった。
借りてきた記録は一年分。…キラの誕生日の前の一年だった。見終わった書類が次々と机の上に詰まれていった。
そしてようやく最後の書類に目を通し終わった時、オズはにやりと笑う。紅い瞳がたいそう楽しげに光る。
オズは最後の書類を机に投げつける。紙芝居の綻びはもう見えた。
「決まりやな。やっぱりキラの杖がサラからのプレゼントやなんて120%嘘っぱちや。」
キラの誕生日前の一年間…キラの家に杖が届けられた記録は一つもなかった。
これで疑いようのない事実とはっきりした。そもそもオズはもとからその杖が村にあったと知っていたし、そんな記録あるわけないのだ。
キラの祖母…リラが嘘をついたとしか考えられない。嘘をついた理由は全く心当たりがないわけではなかったが、杖を手渡した理由はオズにもわからなかった。
ルイーネ達が不安げに言う。
「どうしてそんな嘘を…?」
「イタズラか?イタズラしたの隠してるのか?」
「…そんなのあんただけよ、バカシャドウ。」
「そこは俺にもわからへん。しゃーないなぁ…ちょいと調べてもらうか。」
オズはそう言って書類をルイーネ達に押し付け、便箋を取り出して手紙を書き始める。宛名には「クローディア・クロード」と書いてあった。
何故か、どうしてか。真っ正面から尋ねたところでリラは答えてくれないと知っている。他の村人達もだ。
辛く、悲しく、激しく、けれど大切な真実の物語を、優しくて残酷な嘘で書き換えた…あの人達が答えてくれるわけがない。そして、また嘘っぱちの真実を連ねていく気なのだろう。
なら壊すだけ。オズは素早くペンを走らせる。誰が悲しもうと知ったことか、嘘っぱちの物語なんて全部壊れて消えてしまえばいい。何度それを望んだことだろう。
だからオズは布石を敷いた。ゼオン達を脅した。ゼオンをあの学校に転入させ…キラと繋げた。さあ、あとは待てばいい。嘘の城塞がボロボロに脆くなる時まで。
「さぁて、ゲームスタートやな。」
オズはどこか寂しげにそう呟いて、真っ暗闇に浮かぶ月を見つめた。
結論と始まりを明かすはある魔女の子の物語。
チェックメイトの一手はある魔法使いの物語。
舞台裏への扉を開くはある王女の物語。
事の引き金を引くのは記録と予言の物語。
核心の戦争に巻き込まるは哀れな悪魔の物語。
存在の疑問に答えられずに起きた悲劇はある騎士の物語。
忌まわしい計画の末に犠牲になった色の無い物語。
小さなポーンが生み出す大きな一手はある村長の物語。
そして嘘か真実かにチェックをかける、創られた子の物語。
ある魔女のフィクションはノンフィクションに姿を変え、出来損ないの神様達の物語にたどり着く。
一度終焉を遂げた物語は再び動き始める。罪人は歪んだ真実を壊し、宿命を背負った少女は再生を望んだ。
これはある罪人と少女の物語。そしてある魔女に捧げる鎮魂歌。
ある魔女の物語の「後日談」はもう廻り始めていた。
第2章までお付き合いいただきありがとうございます。
とりあえず、ここまでで「狸」候補はほぼ全員揃いました。3章で加わる子で全員です。