第2章:第12話
「そういやさあ、なんであんたら脅された時あっさりオズの言ったこと聞いたの?」
キラはずんずか民家の立ち並ぶ集落と草原地帯との境目あたりを歩きながら、後ろからついてくるゼオンに言った。
ゼオンは後ろにいるので表情は見えなかったが何も言わなかった。
不思議に思ってキラは後ろを向く。
ゼオンは何故か妙に真剣そうな顔つきで辺りをキョロキョロ見回していた。
キラが話しているのなんてお構いなしだ。これは絶対話を聞いてなかったなとキラは思った。
「おいっ、聞いてんの?」
キラがそう言ってようやくゼオンはキラが何か言ったことに気がついたようで「ん、ああ、悪い。」と言ってキラの方を向いた。
キラは再びゼオンに尋ねた。
「で、なんであっさりオズの言うこと聞いたの?」
どうもあっさりという表現が気に食わなかったらしい。
それを聞いたゼオンは渋い顔をしながら答えた。
「…おい、そうすぐに条件呑んだわけじゃねえぞ。
お前、あいつの強さ知らないのか。」
本当にオズの知り合いなのか疑うような表情でゼオンはキラを見た。そんな表情されたってオズは昔から自分のことは何も話してくれないから仕方ない。
三人束になってもかなわないほどオズが強かったということも三人の話を聞いて初めて知ったくらいだ。
キラはゼオンを指差しながら言った。
「だってあんたらが何の見返りもなしにオズの言うこと聞くわけなさそうだし。」
「…一応こっちからも条件出しておいたから全く見返りなしってわけじゃねえけど。」
「へー、どんな?」
キラは興味津々でゼオンに聞いた。
ゼオンは淡々と言った。
「この杖に関して俺の質問に答えろって言っておいた。」
ゼオンの返答がたいしたことない内容なのでキラは少しがったりした。
オズにどんな大それた要求を突きつけたのか少し楽しみにしていたのだけど。この杖に関することを答えるだけだなんてなんだか芸がない。
大体オズがこの杖について何も知らない可能性もあるのにどうしてそんな要求をしたのだろう。
キラはつまらなそうに近くにあった小石を蹴りながら言った。
「なんかつまんないな。
その質問意味あんの?オズがその杖のこと何も知らないかもしんないじゃん。」
ゼオンはそれを聞くと、自分が持っている燃えるような赤い宝石の杖へと視線を下ろした。
そして、妙に自信あり気に、真剣な表情で言った。
「……俺は、あいつは絶対この杖について何か知っていると思う。ただの勘だけどな。」
ただの勘からどうやったらそんな自信が出るんだ。オズはただの図書館の館長だというのに。
「オズはただの図書館館長だし、何か知ってるとは思えないけどなあ。」
「ただの?どこがだよ。」
ゼオンはすぐさまそう言った。鋭い目つきに思わず震え上がりそうになる。
「ただの…でしょ?」
「お前…あいつが相当怪しい奴だって気づかないのか?」
「え、だって…」
わからないよ、と言おうとしたその時だった。地を裂くような何かの激しい遠吠えがキラの耳に突き刺さった。
獅子を思わせるような猛々しい叫びだ。
同時に何かが崩れ落ちるような轟音が辺りに響き渡る。
近く何かがいる。鳴き声からして明らかに人ではない。
何がどこにいるのか、確かめるために辺りを見回そうとした時、キラは逃げ出したくなるような熱を感じてぺたりと地面に素速く伏せた。
同時に真っ赤な炎の柱がキラの真上を通過した。
急に火柱が登場したことに驚き、キラは思わず帽子を押さえた。
「何だかまた面倒な奴が出てきたみたいだな。」
ゼオンがそう言った。いつの間にかキラの左に移動していたようだ。
キラはゼオンが向いた方向を向く。
そこにはライオンのような形をした大きな魔物が一匹、毛を逆立てて威嚇しながらこちらを向いていた。
そして時折吠えては口から炎を吹き出す。
そして、暴れまわっては近くの草木を踏み潰していくのだった。
キラとゼオンはとりあえず近くの建物の影に身を隠し、そこから辺りを伺った。
草原の真ん中に魔物が一匹。今のところ仲間らしき魔物は見当たらない。
キラは影から魔物の様子を伺いながらつぶやいた。
「魔物がいるなんて聞いてないよ…。」
「あまり見たことのない種類だな。
この地方には多いのか?」
ゼオンの質問にはとりあえずうなずいておいた。
おそらく村周辺に住み着いている魔物が村まで下りてきてしまったんだろう。
この村では時々あることだ。大抵は大人の誰かが片付けてくれるのだけれど今日はまだ誰も駆けつけてはいないらしい。
とりあえずここは逃げたほうが無難かもしれない。
そう思った時、魔物のいる場所から少ししたところに、何かが蝶のようにひらひら飛び回っているのが目に入った。
「あ、あれ!」
キラは思わずそれを指差した。
間違いなく逃げ出した最後の一匹の妖精だ。
本当なら探し物が見つかったので喜ぶところなのだけどこの場面素直に喜べない。
面倒な場面で妖精出てきてしまい、キラはため息をついた。
どうしてよりによってこんなときに現れるんだ。
どうせならもっと村の中心部のあたりでひらひらしててくれよとキラは思う。
これで逃げ出すわけにはいかなくなってしまった。
魔物に襲われないようにしつつ妖精を回収しなければならない。
「…どーするー…?」
キラはげんなりとした声でゼオンに聞いた。
この状況で妖精を回収するのは至難の技だ。
ゼオンは少し考えこんだ後、横目でキラの方を見ながら尋ねた。
「お前、魔法まともに使えないんだよな?」
「……悪かったね…。」
キラはそう言って少し頬を膨らませた。
それを聞いてゼオンは何か考えが決まったようで、杖を握りしめながら立ち上がり、キラに言った。
「俺があれの注意を引きつける。
お前はその間に走って妖精捕まえろ。」
「はいはい、しょうがないなあ。」
キラは立ち上がってそう返事をした。
隙を見計らってキラとゼオンは同時に建物の影から飛び出した。
ゼオンは真っ直ぐに魔物の方へ、キラは左に逸れて走っていく。
この魔物はかなり敏感だったようで、建物の影から二人が飛び出すとすぐに二人に気づいてこちらを向いた。
魔物は宙を見上げて吠えると、ゼオンとキラを見比べ、真っ直ぐキラの方へと駆け出した。
キラはそれを見て、逃げるように慌てて速度を上げる。
全くなめられたものだ。
魔法が使えないキラには逃げるしか手がない。
本来なら魔物の懐に潜り込んで腹に蹴りを数発入れてやるところだが今回の役目はそういうことではないのだ。
走ってきた魔物は突然キラ目掛けて飛びかかってきた。
その時、突然キラと魔物の間に灼熱の炎が盾のように燃え上がって魔物の行く手を塞いだ。
天高くそびえ立ったその火の壁は完全に魔物をとおせんぼして、キラから魔物の姿が見えなくなった。
突然現れた炎の壁に魔物はひるんで立ち止まり、背後を振り向こうとする。
けれど、その瞬間に魔物の足に光の糸が素早く巻きつけられたことにその魔物は気がつかなかった。
炎の盾が消えるのとほぼ同時にその糸がピンと張って、魔物の足が勢いよく引っ張られる。
その瞬間、魔物がよろけて大きくバランスを崩した。
そこにすかさず火の玉が三発ほど飛んでくる。
けれど魔物の方もそうやわではない。
魔物は何とかその場に踏みとどまり、三発の火の玉を全てかわした。
魔物は火の玉をかわしきると少し息切れをしながら、体勢を立て直し、キラと反対方向に駆け出そうとした。
だがその時、マッチが燃えたときのような、何かが焦げる小さな音が聞こえた。
魔物は足を止めた。右側のたてがみが黒く焦げてなくなっている。
そして魔物のすぐ足元には魔物の足すれすれの位置に先ほどまではなかった四つ目の丸い焦げ跡が残っていた。
「チビから襲うなんて百獣の王も堕ちたもんだな。」
ゼオンは少し離れたところから杖を構えながら赤い目で魔物を睨みつけていた。
魔物も双眸を細くしながら威嚇してゼオンを睨みつけた。
二人が対峙している隙にキラは魔物の後ろを素早く走り抜けて妖精の方へと走っていった。
ゼオンは横目でキラが行ったことを確認すると、一度杖を下ろして言った。
「お前の相手はこっちだ。
…安心しな、退屈はさせねえから。」
ゼオンはそういいおえると同時に表情を険しくし、駆け出した。
◇ ◇ ◇
「…くそっ、あのジジイ…何でまた俺やねん…」
オズは珍しく機嫌悪そうにそうつぶやいた。
道を叩く足音もいつもより少し荒々しい。
オズは民家などが立ち並ぶこの通りを村の郊外へと向けて早足で歩いていく。
人の視線も沈んでいく陽の眩しさも全てを無視して歩いていった。
郊外に出現した魔物を退治しに行くためだった。
ルイーネが魔物を発見して、それを村長に報告した。すると、すぐに村長は嫌なものを見るような目でオズを睨み、魔物退治を言いつけたのだった。
もう少しましな態度で頼まれたのなら何も文句は言わないのだが、あの時の村長の視線がどうにもオズは気に食わなかった。
「そんなに怒らないで少し落ち着きなさいよ。
…魔力の強い奴を魔物退治に向かわせるのは普通でしょ?」
レティタがぼそりと言った。
けれどルイーネがすぐに庇うように言う。
「けど…多すぎです。魔物退治にオズさんが当てられるのは。
さすがにひどいですよ」
その時のルイーネの口調には少しだけ棘があって、ルイーネも怒りを感じていることがオズにもわかった。
それを聞いて、さっきまで斜め下を向いて道を睨みながら歩いていたオズは表情を緩めてチラリとルイーネの方を見た。
ルイーネはホロを呼び寄せながらオズについてきている。だが少し顔色が悪く、疲れているようだった。さっさと終わらせるなら今回はルイーネに任せるのはよした方がいいかもしれない。
だがやはり、ルイーネに頼むのが一番手っ取り早いのも確か。別にオズが小悪魔を大量に召還して戦わせてもいいのだが、どうしても時間がかかってしまう。
退治が遅くなるとすぐに上層部に睨まれるのでついいつもルイーネに頼んでしまうのだ。
ルイーネが言った通り、これで魔物退治という危険で面倒な仕事を何度も当てられているが、実際に何度も魔物退治をしているのはルイーネだったりする。
「ルイーネ、今回は下がっててええ。俺が召還術で片付ける。」
「珍しいこと言いますね。」
「疲れた小悪魔なんて役に立たへんし。」
「何ですかそれ、失礼じゃないですか!」
ルイーネをこれ以上疲れさせると後でバテて面倒くさいことになりそうだ。少し時間はかかるが今回は小悪魔を召還して戦わせることにしようとオズは思った。
本当はオズ自身が攻撃魔法を使ってしまえば、一瞬で退治できるどころか、痛めつけるのも殺すのもわけないのだけど。
そうしてしまえばいいのはわかってはいるけれど、そうしよう思う度に心の底でそれを全力で拒もうとする自分がいるのも確かなのだった。
誰か代わりがいれば手早く、ルイーネを使わずに魔物が退治できるのだけど。
そう思ったが、すぐ見つかる代わりなんて思いつかず、オズはため息をつきながら通りの角を曲がった。
するとその時、急に早歩きで歩いてきた誰かとオズはぶつかりそうになった。
「あ…すいません。」
そう謝った相手をよく見ると、それはオズが知っている人物だった。魔法は上手いし実力はある。十分だ。
その相手はオズに謝るとすぐにどこかへ行こうとした。
いい代わりを見つけた。そう思ったオズは笑ってその人物を引き止めた。