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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第2章:へっぽこ魔女の武勇伝
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第2章:第11話

村のはずれ、森がそう遠くはない場所だった。

辺りは数本の木と茂みが点々とあるだけのだだっ広い野原だった。

見上げればため息が出るほど壮大な茜色の空が広がってあって、ここで昼寝でもできたらどんなに気持ちいいだろうかと思う。

けれど今は昼寝をしている場合ではない。

茂みに身を潜め、息を殺す。音一つ立てずにかがんで、茂みの隙間から広大な野原を覗き込む。

まだ野原には何もいない。

緊張した沈黙がしばらく続いた。

涼しい風が草原を撫でると同時に何かがふわりひらりと舞い踊りながら草原に現れた。

見逃さなかった。素早く茂みから飛び出す。

両手には何も持っていなかった。

構わずに目がくらむような速さでその何かに向かって一直線に走っていく。

鋭い目つきで狙いをそれに定めた。

狙われた側もやすやすと捕まる馬鹿ではない。

ふわりと上空へと舞い上がっていく。

届かない。誰もがそう思うほどの高さだ。

構わなかった。迷わず地面を蹴った。

羽が生えたように空高く飛び上がった。並みの人間が跳びあがれる高さではない。

標的との距離は一気に縮まり、大体同じくらいの目線になった。

一瞬標的がたじろいた。その瞬間にキラは手を伸ばし、妖精はキラの手中へとあっけなく収まってしまった。


「ほい、捕まえた捕まえた。」


キラは妖精をわしづかみにしたまま、すとんと軽やかに着地した。

人間離れ技をこなした後とは思えない当たり前のような表情で手で汗を拭う。

すると、後ろでカサカサと草原の草を踏み分ける音が聞こえた。

後ろを振り向くと右手に空の鳥かごを握ったゼオンが立っていた。

無表情な、何を考えているか全く読めない表情だった。

キラはゼオンの方へ走ると籠の戸を開き、妖精をそっと籠の中へ押し入れた。


「よっし、これであと二匹っ!」


「…なあ一ついいか?」


一人で満足して声をあげているキラにゼオンは言った。

続きの言葉を言ったのはキラに押し付けるように籠を渡し、キラに背を向けて歩き出した時だった。


「帰る。」


「ぅおい、待て待てい!」


キラは慌ててゼオンを引き止めた。

どうやらゼオンは相当妖精探しが面倒くさいらしい。

引き止められたゼオンは相変わらずの仏頂面をしたままだ。

そんな顔されたってゼオンを選んだのはキラではなくキラが書いたあみだくじなのだからそっちを恨めとキラは心底思う。

そんなキラにゼオンは不満げに言った。


「どうしてだ。お前一人で妖精捕まえられるなら、俺が帰ったって困らないだろ?」


「だぁからだめなの!

 あんたがいないと妖精探せないの!」


「野生の勘で探せよ。」


「だぁれが野生の勘だぁ!

 無理だ無理だ!」


キラが騒ぎわめいているとゼオンは突然面倒くさそうに小さく舌打ちして止まった。

そしてくるりとさっきキラたちが隠れていた茂みの方を向いた。

かなりあっさり止まったのでキラが内心驚いていると、ゼオンは突然杖を握り、茂みの隣に生えていた一本の木に杖を向けた。

そして、ゼオンは短い呪文を唱えた。

途端にゼオンの杖の先から三つ、手のひらよりも少し大きな赤い火の玉が飛び出して、木へとものすごい速さで突進していく。

そして火の玉が勢いよく木の葉にぶつかると、あっという間に木を赤く赤く染め上げ埋め尽くしていき、轟音と共に葉の部分全体を燃え上がらせた。

そして、木の葉は数秒もしないうちに燃え尽き、枝の先についているものは青々とした若葉から真っ黒い燃えかすへと変わった。

何が起こったのかわけがわからず、キラはぽかんと口を開けて呆然としていた。

すると葉の部分のみが燃え、幹の部分はまだ生き生きとしてる奇妙な木から何かが一つぼとっと落ちてきた。

最初、キラはそれは松ぼっくりか何かかと思った。

けれど、籠を置いて近づいてみてようやく気づいた。

手のひらサイズのそれは人のような形をし、背中に羽が生えている。

間違いなくそれは逃げ出した妖精だった。

あんな大炎上が起こったのに、妖精はどこも火傷をした様子はなかった。あの炎上に驚いて気絶してはいるようだったけど。


「二匹目…と。」


ゼオンはそう呟きながらキラに籠を渡した。

キラは唖然としながらゼオンに言った。


「あんた…乱暴だね…。」


「いきなり飛び上がって妖精をわしづかみにする奴に言われたくない。」


ゼオンは冷たく言い放った。

キラは何も言い返さずにゼオンの後ろに立っている葉だけが燃え尽きた木を見上げた。

葉だけはどれも真っ黒く焼け焦げているのに木の幹には焦げ目一つついてない。

これも、魔法をうまくコントロールできるからこその技なのだろう。

妖精に火傷一つなかったのだってきっと魔法のテクニックが上手いからだ。

キラはちらりと横目でゼオンの方を見た。

魔法も上手いし、頭もよければ勘も鋭くて生まれは上流貴族。

魔法の腕は最悪で赤点の常連の田舎者のキラとは大違いだ。

うらやましいな、と少しだけ思ってしまった。


「おい、ぼーっとすんな。置いてくぞ。」


声は少し遠くから聞こえてきた。

ゼオンはもう木の向こう側まで歩いていっていた。

キラはハッとして慌ててゼオンのところまで走っていく。

キラが追いつくと、ゼオンはまたしかめっ面で歩き始めた。


「めんどくせーな…。」


「…もうそんな面倒なら帰れば?」


キラはため息をついてからそう言ってゼオンの顔を見上げた。

急にキラの態度が変わったのに少し驚いたのかゼオンが一瞬立ち止まった。

キラは少しゼオンの前に出てから振り返る。

ゼオンはキラに尋ねた。


「それでいいなら喜んで帰りたいけどな、そうしたらお前どうやって妖精探す気だ?」


「あんたのお望みどおり、野生の勘で探してやるって!」


キラは仁王立ちで堂々とそう言った。ゼオンは呆れたような視線で何も言わなかった。

そして、また歩き出しながらつぶやいた。


「…やっぱついてく。」


「なんでぇ!?」


「迷子が出たら村の住人に怒られそうだからな。あの関西弁とまた無駄な衝突もしたくねえし。」


キラはその一言にカチンときて頬を膨らませ、歩き出したゼオンに両手を振り回して怒鳴り始めた。

ゼオンは無言でその罵声を聞き流しながら野原を歩いていった。さりげなくゼオンが杖をしっかり握りなおしていたことにはキラは気づかなかった。



◇ ◇ ◇



夕日が沈んでいく中、ホワイトは慌てて学校へ戻った。

急いで校舎内に入るといつもより人が多く、なんだかざわついていた。

みんなざわざわと集まっては何か話している。

楽しくおしゃべりしているという様子とは何か少し違った。

普段はこの時間帯は寮を利用している生徒もまだ外出してる時間帯なのだけど。

何かあったのだろうか。

少し気になったがホワイトはオズに言われたことを先生に報告しようと職員室へ行かなければならなかった。

廊下を早足で歩いていき、階段を登っていく。

途中でふとキラとゼオンの二人が妖精を探しに行ったことを思い出した。

やっぱり私が行けばよかったかなとホワイトは思った。

正直言って、あそこでホワイトがうまく籠を支えられていれば籠を落とすことなんてなかったのだから。

後悔と心配が頭を渦巻くけれどどうしようもなかった。

そんなことを考えながら階段を登りきると、ホワイトは窓の外を眺めているブラック見つけた。


「ショコラ。何見てるの。」


ホワイトは笑いながらそう話しかけた。

ブラックはホワイトを見つけると振り向いて言った。


「ああ、帰ってきたんだ。

 あれ、妖精は?」


案の定ブラックはそのことを聞いてきた。

無理もない。妖精の籠を取りに行ったのにその籠を持っていないのだから。

ホワイトは苦笑しながら言った。


「そのね…逃げ出しちゃって…

 今キラちゃんたちが探しに行ってくれてるの。」


「あの子らが?」


ブラックは少し驚いたように目を見開いて聞き返した。

ホワイトは素直に頷いたがブラックの表情を見逃しはしなかった。

ゼオンが転入した時からやはりブラックは妙にゼオンたちを避けている。

元々ブラックは素直じゃなくてついでに人見知りが激しい。

けれど、話しづらくて無愛想な態度をとることはあってもブラックの方から積極的に人を避けるということはそうそうないことなのだ。

一体どうしてブラックはゼオンを避けるのだろう。いや、むしろキラたちも避けていたような気がする。


「ねえ、どうしてゼオン君たちのこと避けるの?」


ホワイトは思い切って聞いてみた。

途端にブラックは視線をホワイトからそらす。

ブラックは窓の方をぷいと向きながら答える。


「その…あいつ、目つき悪いし近寄りにくいじゃん。」


嘘だなとホワイトは思った。大体ゼオン限定で聞いてはいない。

前から思っていたけどブラックは結構わかりやすい性格をしている。

けれどきっとこれ以上聞いたって無駄だろうなとホワイトは思った。

ブラックは言いたくないことは絶対言ってくれない。昔から変わらずそうだったから。

ブラックが何をそんなに気になってゼオンたちを避けているのかはわからないけれど、ゼオンに気になる点があるのはホワイトも同じだから正直人のことを言える立場でもない。

ホワイトはそのことについてはそれ以上何も聞かなかった。

すると、ブラックはおもむろに階段の方へ歩き出した。

この時間帯から外出する気だろうか。

不思議に思ってホワイトは聞いた。


「どこ行くの?」


「お腹空いたから何か買ってくる。」


ブラックはぶっきらぼうにそう答えて階段を降りていった。

ホワイトはぼんやりとブラックを見送った。

そして、早く職員室に行かなければと再び歩き出そうとする。

職員室側を向いたその時、突然前方から一人の生徒がホワイトにぶつかりそうな勢いで走ってきた。

慌てて止まり、謝ろうとして顔を上げた。


「…ロイド君?」


ぶつかりそうになった相手は一学年下、ゼオン達と同学年のロイドだった。

たしかキラと話していたことをよく覚えている。

ロイドは顔を上げるとすぐにぶつかりそうになったことを謝った。

ロイドは少し慌てているようだった。

けれど相手がホワイトだと知ると、ロイドはすぐにホワイトに尋ねた。


「あ、先輩、ゼオンって奴どこにいるか知らないすか?

 この前来た転入生なんすけど見あたんなくて。」


「え、ロイド君あの子と仲いいの?」


ホワイトは思わずそう聞き返した。

そして聞き返してから改めて馬鹿な質問をしたと反省した。

考えてみれば普通のことだ。ゼオンはキラといた。

キラはものすごく社交性がいい。それにロイドもよくキラといる。

二人ともキラといることが多いなら二人がよく話したりするようになるのは当たり前だ。

何でこんなことを急に聞いてしまったのだろう。

ロイドはにっこりと笑って言った。


「別にそれほど仲良いわけじゃないすけどね。

 あいつも寮使うらしいからなんとなく…

 今まで同じクラスで寮使ってる奴なかなかいなかったんすよ。」


ホワイトは「ふぅん。」とつぶやいた。たしかに寮を使う生徒は少ない。

ロイドはそう答えるとすぐにホワイトに聞いた。


「で、で、ゼオンの奴見てないすか?」


「ゼオン君ならオズさんに頼まれてキラちゃんと妖精捕まえに行ってるけど…

 そんなに急いでゼオン君に何が用があるの?」


「ええっ、あいつ今外にいるんすかぁ!?」


ロイドはショックを受けたように頭を抑えて大声で言った。

ホワイトはわけがわからず「うん」と返した。

それを聞いてロイドはよけいにあたふたし始めた。

ホワイトはなにをロイドが慌てているのか不思議に思った。


「何かあったの?」


ホワイトが尋ねるとロイドは不思議そうに首をかしげながら言った。


「あれ、知らないすか?

 さっき外出禁止令出たんすよ。

 これは俺が機密の情報網で調べたことなんすけど、なんか村のはずれに魔物が出たらしいすよ。」


「え…。」という声が漏れると共にホワイトの表情が青ざめた。

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