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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第2章:へっぽこ魔女の武勇伝
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第2章:第10話

杖を出し終えたゼオンは何事もなかったように地面に描いた魔法陣を消すと、立ち上がり、キラの方を向いた。

一方のキラは魔法陣があった場所を口を開けたままぼーっと見ている。


「…おい、何ぼーっとしてんだ。」


キラは顔を上げてゼオンの顔を見て、感心しながら言った。


「…あんた、すごいね。」


「…あのな、言っとくけどこんなの誰でもできるぞ?」


ゼオンはわけがわからないというような顔つきでキラを見る。

ゼオンはそう言うけれどキラは素直にすごいと思った。

ゼオンがどう言おうとすごいものはすごいんだ。

まるでサーカスでも見たかのようにキラは手をブンブン振り回してはしゃぎながら言う。


「すごいすごい!

 わかんないけどなんかすごい!

 あんた性格悪いしムカつくけどそこはすごい!」


「お前な…。」


キラは目を輝かせながらはしゃぎまくる。

ゼオンがうざったそうな表情をしてもお構いなしだった。


「やっぱあれなの?

 クロード家ってそーゆーすごい人ばっか集まってるの?」


突然ゼオンの表情が凍りついた。

ちょうどクロード家という単語が出た時だった。直前までただ面倒くさそうな顔しかしていなかったのに。

キラでもわかった。禁句を言ってしまったと。

考えてみれば以前もリーゼがクロード家のことを言った時もゼオンはものすごく怒っていた。

その時のゼオンの目つきが氷のようだったことをよく覚えている。

その目の向こうに何があるのかキラにはわからない。

普段はクールなはずのゼオンが少しだけ悲しそうに、寂しそうに言った。


「──俺の前で、クロード家って単語を口にするな。」


瞬間的に理解した。どうも「クロード家」とはゼオンが最も忌み嫌う単語らしいと。

そして、うっかりその言葉を口走ってしまったことをキラは後悔した。

「誰にでも一つは触れられたくないことがあるもんだ」とリラ辺りが以前言っていた気がするのだけど、それはなんとなくわかる気がするとキラは思っている。

実を言うとキラの場合も尋ねられても困ることを心の隅に持っているから。

まあ、その尋ねられたくないことは、「こと」というより、「空白」という感じなのだけど。

ゼオンの尋ねられたくないことの内容が何かはキラにはわからない。

けれども、キラはゼオンの中で最も痛い一点を突いてしまったことを申し訳なく思った。


「…あ、その…ごめん。」


キラは下を向いて小さな声でそう謝った。

ゼオンは赦すことも責めることもないまま黙りこんでいた。

キラもそれ以上何も言えなかった。

下を向いて黙っているキラをゼオンがチラリと見た。

そして、先ほどの冷たい目が嘘のように消え、ため息をついていつもと同じ口調で言った。


「…別にそんなにしょぼくれなくていい。

 そう言ったからって別にお前にそこまで怒っちゃいねえよ。」


じゃあ誰に対して怒っているのか。聞きたかったけれど聞けなかった。


気まずい雰囲気が流れていたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

そう思ったのはキラだけでなくゼオンも同じだったらしかった。

ゼオンは今度は杖を持ち直し、手前の地面の方へと向けた。

また何か魔法を使うらしい。


「何するの?」


「何って、妖精捕まえるならまず探さなきゃならないだろ。

 それとも俺は帰っていいのか?」


キラは首をぶんぶん横に振った。

妖精なんて手のひらほどの大きさしかない生物、肉眼のみで探せるわけがない。

キラの様子を見たゼオンは前を向き直し、目を閉じた。


またゼオンは早口で呪文を唱え始めた。

ゼオンの杖の先についた赤い宝石が輝き始めた。

宝石が夕日を吸収し、それを何倍もの輝きに変えて放射し続ける。

突然その光の中から手のひらくらいの大きさの赤い光の玉が現れ、夕暮れ空に向かって登っていった。

そして、しばらくするとその光の玉は上昇をやめて静止し、光をいっそう強く放った。

それと同時に、杖の宝石のほうの光が止み、ゼオンは目を開けた。


「ねー、妖精どっちにいるの?」


キラはゼオンに尋ねた。

ゼオンはすぐにキラの質問には答えず、空に浮かんだ赤い光を見上げる。

しばらくすると静止していた光の玉がくるくるとその場で回り始めたかと思うと村の西側へ飛んでいきはじめた。

キラは光が飛んでいったほうを指差し、ゼオンに聞いた。


「あっち?ねえ、あっち?」


「ああ、そうだ。」


ゼオンがうなずくと同時にキラはその光が向かった方向へ飛び出した。

そして、急いでその光についていく。

後からゼオンも走ってついてきた。


「おい、お前杖持ってないのにそんなに急いでどうやって捕まえる気なんだ?」


かなりの速さで疾走するキラに向かってゼオンが走りながら尋ねた。

キラは走ったまま顔だけ後ろを向いてウインクしながらガッツポーズをして言った。


「もちろん素手で!」


途端にゼオンが呆れた顔をした。

キラとしてはかなり本気で言ったことだったのだけど。

ゼオンはキラに言った。


「…俺帰っていいか?」


「あーだめだめ!」


キラはそう言いながら走りつづけた。

夕焼け空の下、愉快な妖精探しが始まった。



◇ ◇ ◇


村の中でも数少ない舗装された道に足音が響いた。

夕日が足下の灰色の石を赤く染めていく。

昼の終わりを告げる光が容赦なく後ろから射していた。

オズは早足で木製の建物の間を歩き抜けていった。

後ろからレティタとシャドウが急いでついてくる。


「頼むよオズー!

 ワサビはっ、ワサビだけはやめてくれぇ!

 もう悪戯しねぇからぁ!」


シャドウはかなり慌てながらそう叫んでいた。

一方、レティタの方はというと、シャドウと比べるとかなり冷静だった。

オズの隣でフワフワ飛び回りながら辺りを見回して言う。


「呼ばれてもいないのにあんたが自分からこの通りに来るなんて珍しいわね。」


オズは「そうやな。」と一言だけ返した。

日が暮れる時間帯とは言っても、もともと人通りの多いこの通りにはまだかなりの数の人がいた。

大人たちはオズを見つけるとすぐに表情を歪ませた。

ひそひそと陰口を言う者もいる。

実を言うとオズはこの通りに来るのはあまり好きではなかった。

この通りは、村長の家や郵便局、小さな病院などがある。村の役人などもいるので、オズからしてみればあまり居心地のよい場所ではない。

突然さっきまで大声で騒ぎまくっていたシャドウが何かを思い出したようにオズに言った。


「あー、そういやオズ、ルイーネがまた薬飲み忘れただろーって怒ってたぞ?」


「そうか。」とまた一言だけ返した。

オズはいつになく真剣な表情をしていた。

その雰囲気をさすがにシャドウも気づいたらしく、おとなしく黙り込んだ。

早く用を済ませて帰りたいのでオズはさらに早足で歩いた。

シャドウとレティタも必死でオズについて行く。

村長に呼ばれたわけでもないのにどうしてそんな場所に来たのかレティタは不思議がっているようだった。


「どこに行くの?

 村長の家じゃないんでしょ?」


「郵便局や。

 郵便物の記録調べに行く。」


オズはそう即答した。

レティタは眉をひそめる。

どうしてそこに行くのか理由がわからないらしい。

そこへシャドウが聞いた。


「キラの杖のことか?」


「察しええな。そのとおりや、一応確認にな。」


オズは少し驚いたように目を見開いて言った。シャドウにしては鋭い指摘だ。

レティタがまたかと言わんばかりに頭に手を当ててため息をついた。レティタがそうしてもオズは足を止めることはない。

今更引き返してなんてやる気は更々なかった。あれがサラからのプレゼントのはずがない。

あの黄色い宝石を忘れるわけがない。

少し昔の明るい記憶にしっかり刻み込まれている。


「…あれは元々ミラのもんや。

 外から送られてきたわけないやろ…。」


オズは小さく寂しそうにそうつぶやいた。

暗い闇ばかりの記憶の中にぽっかり浮かぶ明るい過去に思いを馳せる。

何度も何度も、暖かい焚き火に手を伸ばすように。

楽しかったなと。戻れれば、どんなにいいだろうかと。

けれど、届かなかった。


「…なあ、誰だ、そのミラって。」


シャドウが聞いた。何も知らない表情だった。

レティタの方は複雑そうな表情で黙り込んでいる。

そういえば、と思い出したようにオズはシャドウの方を向いて言った。


「そか、お前は『あれ』より後に来たんやったっけ。」


シャドウはあれより後に来た。十年前のある事件。だから何も知らない。

一方レティタはあの時よりも前からいる。だから何も言わないのだろう。

まあ、一番話がわかるのはルイーネなのだけど。

おそらくキラにあの杖を渡したのはリラだろう。

「サラからのプレゼント」だなんて見え透いた嘘をついて。

あの杖は、とても強力で、けれどとても危険な杖だ。

そのことはリラだってわかっているはずだ。

まあ、リラが、あの杖の悪魔のような力に気づいていない可能性も無くはないけれど。

だとしても、あの杖が使った魔法の力を何十倍にも引き上げるということくらいはわかっているはず。

そんな杖をどうしてキラに渡したのだろう。

疑問は膨らむばかりだった。

直接聞いてみる手がないわけではないが、あいにくオズはリラのことが少し…というかかなり苦手だった。


「ったく…あの杖をキラに渡すやなんて……何考えとんねん、あのババア…。」


少しだけ荒い口調でそうつぶやいた。

その時、突然上空から幽霊を思わせるような影がすごい速さで降りてきた。

図書館でルイーネと留守番をしているはずのホロだった。

後ろからルイーネも顔を出す。

当然オズは目を丸くした。ティーナとルルカの足止め目当てでルイーネを置いていったのに。

もし二人がルイーネの後をつけてきていたりしたら、わざわざオズの行動に気づかれないようにとキラに妖精を捕りに行かせた意味がない。


「お前…あいつらは?」


「大丈夫です、ちゃんと捲いてきました。諦めて帰ったようですよ。

 すみません、役目を放り出してしまって。けれどちょっと厄介事が…」


ルイーネは申し訳なさそうに謝った。

そして、ひそひそとオズに耳打ちする。

ルイーネの報告を聞いたオズは思った。面倒なことが起こったなと。

オズは小さく舌打ちした。郵便物の記録を調べるのは後になりそうだった。

どうしてこういう時に限って面倒事が起きるのだろう。


「それ、上層部に報告したか?」


「まだです。ほら、私、手が小さくて電話の受話器が取れないんですよ。」


「使えん奴やな…。」


「もう、いっつも私に任せきりのくせに何を言いますか。」


オズは面倒くさそうに進む方向を変えた。村長の家のある方向だった。

村長もオズの苦手な相手だから本当は行きたくはないけれどこの場合仕方がない。

村一番の大きな屋敷へと重い足取りで歩き始めた。


「あの…キラさんたち大丈夫でしょうか…?」


ルイーネが少し心配そうにつぶやいた。

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