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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第2章:へっぽこ魔女の武勇伝
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第2章:第7話

翌日のことだった。

授業は終わり、みんな帰り支度を始めている時間帯だ。

けれどもみんなひととおり支度を終えると友達とペチャクチャ喋り始めるので教室内は話し声でいっぱいでうるさい。

多分これが「学校」というものなのだと頭ではわかっているのだけれど、何年も学校には行ってなかった上に、学校に行ってた期間が1年しかないゼオンとしてはこの雰囲気は慣れていなかった。

ゼオンは群がる人の間を通り抜けながら、鞄の中をいじっているキラの方へと歩いていく。

本当にオズを問い詰めに行くのか、それを聞くためだった。

けれど、キラの鞄の中身を見た時、ゼオンの口から出た言葉は予定とは大きく違っていた。


「……おい、それ何だ。」


ゼオンは呆れた顔をしながらキラの鞄の中を指差した。

キラは当たり前のような顔でさらりとこう答えた。


「ん?ああ、バナナとバリカン。」


あまりにも普通に答えられてしまったゼオンはしばらく何も言えなかった。

確かにキラの鞄の中には無造作に鋭い刃のバリカンとちょうどよく熟したバナナが入っている。

しばらくしてからゼオンはまずバリカンを指差した。


「おい、このバリカン明らかに人用じゃないよな。

 羊の毛刈り用か何かじゃないのか?」


「あーあたし、ばーちゃんと二人暮らしだから、人用のバリカンなんて家に無くってさ。」


「大体何でバナナとバリカンがいるんだ。」


「バナナはおやつでー、バリカンはオズを問い詰めるため!」


人を問い詰めるのにバリカンが必要だったのか。

大体人用バリカンは無いのに何で羊用があるんだ。

言いたいことは山ほどあるけれど、片っ端から言っているときりがない。

バナナの入った鞄の中に教科書を片っ端から積み上げていくキラを内心かなり呆れながら見ていると、突然後ろから肩をポンと叩かれた。

後ろを振り向くと、そこにはリーゼが何か言いたそうに立っていた。


「そ、その、なんか、ゼオン君に用事があるって…」


相変わらずおどおどした口調でリーゼは教室の入り口を指差した。

その方向を向くと、そこにはショコラ・ホワイトがきょろきょろ教室内を見回しながら立っている。

用件は大体想像がついた。昨日、寮を案内してもらった時に本を貸してもらう約束をしたのだった。

と言ってもゼオンではなくホワイトの方が言い出したことなのだけれど。

ゼオンは落ち着いた足取りでホワイトの方へ歩いていった。

思ったとおり、ホワイトの手には、日に焼けて紙が黄色く変色した、とても古くて分厚く重そうな本が握られていた。


「はい、どうぞ。

 借りたい本があったらいつでも言ってね。」


ホワイトはにっこりそう笑って言うと、一度ちらりとキラのいる方を見た後、去っていった。

ゼオンは無言でそれを見送ると、重たい本を抱えながらまたキラとリーゼのいる方向へと戻っていった。


キラは険しい顔をしながら鞄の長さの1.5倍はありそうなあの杖を鞄に入れようと悪戦苦闘しているところだった。

それをそばでリーゼが苦笑いしながら見ている。

どう考えても入らないだなんてキラの真剣な様子を見るととても言えない、という感じだった。


「……お前も大変だな。」


ゼオンは小声でぼそりとリーゼにそう言った。

そう言うと同時に、キラがゼオンが戻ってきたことに気がついたようで、首をかしげながらゼオンにたずねた。


「あ、そういや何で先輩があんたのところ来てたの?」


「本貸してもらった。

 何だか知らねえけどあいつ、昨日からはた迷惑なくらい世話焼いてくれる。」


キラはそれをふぅんと言って聞き流すと再び杖を無理矢理鞄の中に押し込みはじめた。

けれど、短気なキラはすぐに諦めて杖を鞄から出し、「あーもう!」と腹立たしそうに言いながら鞄の口を乱暴に締める。

魔法でも使わなければ入らないということは一目瞭然なのだから最初からやめておけばいいのにとゼオンは思った。

キラはショルダーバック型の鞄を肩に掛け、もう片方の肩に例の杖を担ぐようにして持つと、席から立ち上がりゼオンを横目で見て言った。


「ほらっ、あんたも関係者でしょ。

 杖持ってきてとっとと行くよ!」


キラはそう言うとこれから終礼があることなんてお構いなしで教室を早歩きで出ていった。

どうやら本気で行く気らしい。

もともとついて行く気だったのでゼオンはおとなしく杖を持って教室を出ていった。

さりげなくリーゼはついて来なかった。

ゼオンは教室を出るとキラの後ろをてくてく歩いていった。


「さー張り切って問い詰めるからねー。」


やけにはずんだ声で上機嫌そうにキラは言う。

なんだかキラの足取りも妙に軽い。

これは何かよからぬことを企んでいるなとキラの後ろ姿を見ながらゼオンは思った。

そう思っているとふとキラが担いでいる例の杖が目に入った。

金持ちがこぞって欲しがりそうな黄色い美しい宝石がきらりと光る。

ゼオンはキラに確認するように訊いた。


「…それ、お前の姉からの誕生日プレゼントなんだよな?」


どうやらキラはゼオンがそう訊いた理由がわからないようだった。

キラは振り向いて、不思議そうな顔をして答えた。


「そうだけど?」


キラはそう答えるとまた廊下をてくてく歩いていった。

ゼオンは腑に落ちない顔をしながらキラについていった。


◇ ◇ ◇



夕暮れまではまだ遠かった。窓から見える空はまだ綺麗な青だ。

授業が終わってすぐここに来たので当たり前と言えば当たり前だ。

今座っているこのイスの後ろには、建物の中なのに迷ってしまいそうなくらい広大な本の森が広がっている。

趣のあるこの建物は沈黙の音が聞こえるくらいの静かな空間…のはずだった。


「さーあ、この関西弁シルクハット!

 うさぎさん形アフロと十字形逆モヒカンどっちがいいか選びなさいっ!」


本来静かであるべきはずの図書館に突然ティーナの罵声が響き渡った。

ティーナの正面には貸し出し受け付けのカウンターに座っているオズがいて、ティーナの横には無邪気な笑顔でバリカンを構えるキラがいる。

そしてゼオンはそこから少し離れた所にあるテーブルでルイーネが出してきた紅茶を飲みながら、ルルカとその様子を他人事のように見物していた。

授業が終わってすぐに学校を抜け出し、ティーナたちと合流して図書館に来たのだが、見てのとおり問い詰めるどころではなくなっている。

正直、首謀者がキラとティーナの時点でふざけたことになるだろうと予想はしていたけれどまさかキラがバリカンを持ってきた理由がこれだとは思っていなかった。


「お前ら愉快やなぁ。

 なんや、最近は羊用バリカンで人の頭逆モヒカンにすんの流行っとるんか?」


お前も十分愉快だとゼオンは思う。そもそも逆モヒカンって何だ。

オズもオズでティーナの罵声を笑いながら冗談で返している。

何度ティーナが怒鳴ってもオズに軽くあしらわれるだけで、オズの行動の理由なんて到底聞き出せそうにない。

あまりにもくだらない状況なのでゼオンもルルカも加勢して問い詰めるということはしていなかった。

ティーナはオズをビシッと指差しながら大声で怒鳴った。


「んなわけないだろぉ!

 もしあんたがあたしの質問にちゃんと答えなかった時の罰則を今決めてんだよ!」


「罰則なんて決めてから来てくれへん?

 俺村長に頼まれた仕事まだ残っとるんやけどー。」


「…いつも私に任せっきりのくせに何を言いますか。」


オズの背後でふわふわ浮かんでいたルイーネがボソッとつぶやいた。

そう言う割にはこの小悪魔、なんだかんだ言ってオズに甘い気がするけど。

オズに完全に遊ばれてるにも関わらずティーナはこのめちゃくちゃな論争をやめる気はないらしく、窓ガラスが破裂しそうなくらいの怒鳴り声をあげた。


「ええいっ、そんなに仕事したいなら仕事依存症でシナプスはじけて消えちまえ、このシルクハットぉ!」


「そんなに仕事やったらシナプスはじけるどころかむしろしなびるんやないか?」


「むしろそのくらい仕事してほしいですけどねー…。」


そうボソボソとツッコミ入れるルイーネこそ仕事したらどうなんだと思ったが口には出さなかった。

その後も二人共黙るということを知らず、大声が止む気配なんて微塵も感じられなかった。

おしゃべり厳禁のはずの図書館内で起こっているものすごい大騒ぎはまだまだ終わりそうにない。

もうテンションの高さについていけなくて、紅茶を飲みながら傍観しているしかなかった。

ゼオンは横でさりげなくキラが持ってきたバナナを食べているルルカに訊いてみた。


「…いつ終わると思う?」


「…一週間後にバナナ3本賭けるわ。」


「…そうか、残念だ、賭けにならねぇな。」


そう言うと、ゼオンはシュガースティックを3本ほど取って、砂糖を紅茶に入れると、またしらけた表情でルルカとその騒ぎを傍観し始めた。

しばらく馬鹿らしい論争を二人は冷やかな目で眺めていたが、不意にルルカがゼオンに聞いてきた。

もちろん向こうでキラたちと愉快に騒いでいるオズやルイーネには聞こえない大きさの声で。


「そういえば、杖のこと、気になるんでしょう?

 何か手がかりとかあるのかしら?」


「腑に落ちない点ならいくらでもある。

 この杖自体のことに結びつくかはわかんねえけど。」


「駄目じゃない。」とでも言うかのようにルルカはため息をついた。

けれどすぐにまたゼオンに聞く。


「で、その腑に落ちない点って例えば何?」


ゼオンはしばらく黙り込んで、少し下を向いてから静かに答えた。


「あの馬鹿女があの杖を貰った経緯とか…。」


それを聞いたルルカはすぐに顔をしかめた。

紅茶をすする手を止めて聞き返してくる。


「…そんな納得いかないことかしら。

 お姉さんからの誕生日プレゼントでしょう、普通よ?」


ゼオンは紅茶をかき混ぜていたスプーンを置いた。

スプーンを置いたと同時にに小さく高い金属音が鳴る。

そしてキラの後ろ姿を見ながらこう答えた。


「…けど、普通あんな危ない杖、妹の誕生日プレゼントにするか?」


そうゼオンが言った時だった。

突然木を軽く叩くような音が耳の中に入ってきた。入り口の方からだった。

ゼオンはすぐに立ち上がって入り口の木のドアの方へと向かった。

ルルカも立ち上がってゼオンについて行く。

そして、その音が数回響いた後、重たい木のドアが古い音をたてながら静かに開いた。

コツコツ足音をたてながら二人誰かが入ってきた。

それが誰なのか、ゼオンは二人の顔を見た途端すぐにわかった。

ショコラ・ホワイトとショコラ・ブラックの二人組だった。


「あら、こんにちは。

 君も図書館に用があるの?」


ホワイトの方はゼオンを見るとすぐに笑顔でそう言った。

一方のブラックの方は相変わらずの無愛想でそっぽを向いて黙っているだけだ。


「オズさんいるかな?

 ちょっと用があって来たんだけど。」


ホワイトはそう言って辺りをぐるりと見回し、オズの姿を見つけるとまっすぐその方向へと歩いていった。

ブラックもホワイトについて行った。

あの騒ぎの中に割り込むとはどこかの勇者並の勇気だなと感心していたが、ふと横を向いた時、ルルカの視線がある一部分から動かないことに気がついた。

ショコラ・ブラックの右手にある剣と薔薇をかたどったような入れ墨。

ルルカはなぜかずっとその入れ墨を凝視していた。

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