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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第2章:へっぽこ魔女の武勇伝
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第2章:第6話

床の板がきしむ音が誰もいない廊下によく響いていた。

夜が始まり、廊下に灯りがつき始める。

前を向いても廊下、後ろを向いても廊下、どこを向いても廊下しか見えなくて、どこに何があるかなんて全くわからない。

渡り廊下を渡って寮に来たはいいものの、ゼオンは寮の中のことを全く知らなかった。

中を知らなければ目的地の部屋に着けるわけもなく、ゼオンは分かれ道で立ち往生していた。

すると、突然後ろからポンと肩をたたかれた。

振り返ると銀髪の少年が一人ニカッと笑いながらこちらを向いていた。

少年を見るなりゼオンは言った。


「誰だお前。」


物凄く率直な発言だった。

それを聞いた少年はがっくりと下を向いてうなだれた。

どうもどこかで一度会っているらしいということは少年の態度でわかった。

けれど記憶をたどってみてもこの少年が誰だか思い出せない。

少年は顔を上げると、忘れられているのがショックだったのか、元気のない口調で言った。


「俺、キラの友達のロイド・ジェラス。

 あんたがキラと喧嘩してる時に後ろにいたんだよ。」


もう一度記憶をたどってみた。

言われてみれば、リーゼがキラをなだめている時、後ろにこんなような銀髪がいたような気がしなくもない。

お嬢様口調の人や水色のクルクル髪の人の方がしゃべり方や髪型でインパクトがあったので忘れていた。

どうもこのロイドとかいう奴も寮を使うらしかった。

ロイドは再び笑顔を作ってゼオンに言った。


「それにしてもあんたがキラの友達だったなんて驚いたな、あんまりキラのような人とは関わらなさそうに見え…」


「友達?馬鹿か。たまたま前に会ったことがあっただけだ。」


ゼオンはぴしゃりとそう言い放った。

ロイドが一瞬ひるんだようにビクッと震えて笑顔が消えた。

けれどすぐにまたニコッと笑顔を作って色々と話しかけてきた。


「あ、どこ行くとこ?

 もし道わかんなかったら俺教えるよー?」


正直言ってこんな他人と話すことは面倒だった。

それにもともとゼオンは他人と話すことがあまり好きじゃなかった。

けれど、話しかけられることよりもこいつのわざとらしいニコニコ顔がさらにうっとおしい。

ゼオンは冷たい口調でロイドに言った。


「ヘラヘラ笑うな、うっとおしい。

 用がないならとっととどっか行け。」


ロイドはあっけにとられたような表情で立ち尽くしていた。

ゼオンはそんなロイドを残して右の道へと歩いていこうとした。

そんなゼオンを見て、ロイドはすぐに引き止めてこう言った。


「でも道わかんねぇんじゃないの?」


「誰もそんなこと言ってないだろ。

 それくらいわかってる。」


ゼオンはそっぽを向きながらそう言った。

つい嘘をついてしまった。本当は道なんて全然わかっていない。

けれど、一人でいる方が色々と気楽だし、道を教えてほしいなんて自分から言いたくない。

これを聞いたロイドはこう言った。


「や、でも立ち往生してたじゃん。

 それにそっち食堂しかねえよ?」


「……。」


返す言葉はなく、そっぽを向きながら黙っていた。

しばらく妙な沈黙が続いた。

すると、突然ロイドが急に楽しそうに笑い出した。

そして笑いながら、左の道へと向きを変えて、ゼオンに言った。


「なるほどね。さすがキラの友達だ、おもしれー。

 案内するよ。どこ行くつもり?」


「…何が面白いんだ?

 悪いがどうも寮の案内役はもう頼んであるらしい。

 寮長の部屋とやらに案内役がいるとか言われた。」



先ほどよりも楽しそうなロイドにゼオンは淡々と言った。

ロイドは笑いながら言う。


「じゃ、そこまで案内するよ。

 どこに何あるかわかんないだろ?」


どうやら頼んでもいないのにロイドはわざわざ案内してくれるらしい。

面倒くさいはずの転入生の案内を。

妙にニコニコしているロイドの顔を見て、何か企んでるなとゼオンは思った。

すると、ロイドはゼオンの前に出て、左の道の方を向いた。

そして廊下を歩き出すのかと思ったら、くるりと回れ右をしてゼオンの方を向いて、何か企んでいそうな笑みを浮かべながら楽しそうに言った。


「案内する代わりに、

 ゼオンがキラと会ったとき、なんでキラが怒ってたのか教えてくれよ。」


さっきから何か企んでるなと思ったらそれが聞きたかったのか。

ゼオンは少し呆れた顔をした。

どおりでやたら寮の案内をしたがるわけだ。


「何でそんなこと聞きたがる。

 お前には関係ないことだろ。」


「や、だって面白そうじゃん。

 面白そうなことは聞かないと俺は気が済まないんだよ。」


別に全然面白い話じゃあないのだけれど。

そう思ったけれど、ロイドは目をキラキラ光らせながら期待に満ちた目でゼオンの方を見ていて、歩き出す気配はなかった。

これじゃあつまらないことだと言ってもロイドは帰らないだろう。

ロイドの顔を見た後、少し考えてからゼオンは言った。


「ああ、わかった。教えてやる。

 ただし、寮長の部屋の前に着いてからな。」


「え、何で?今言ってくれよ。」


ロイドは不満そうな顔をして口を尖らせた。

相変わらず歩き出す気配のないロイドに、容赦なくゼオンは言った。


「その話聞いたら案内しないでとっとと帰るつもりだったら困ると思ったからだ。

 お前は面倒なことを喜んで引き受けるようなお人好しには見えないしな。」


ロイドは一瞬ビクッと震えたかと思うと、そのまま凍りついたように硬直して動かなくなった。

何も言い返さないところを見ると、どうも図星らしい。

ロイドはゼオンから目をそらしていたが、しばらくするとこう言った。


「うう、結構鋭いねぇ…

 んーじゃあその話はキラに聞くことにするよ。バイバーイ。」


にこやかに笑いながらロイドはゼオンに手を振った。案内をほっぽりだす気満々の爽やかな笑顔だった。

そしてすぐに廊下を走って逃げようとした。が、ロイドが逃げ切るより先にゼオンはしれっとした顔でさらりとこう言った。


「そうか、それは困ったな。

 たしか5時半までには来いと言われてたんだけど時間に間に合わないかもしれないな。

 言い訳はどうするか…ああ、ロイドとかいう奴に間違えた道を教えられたことにして食堂に行ってたことにするか。」


ものすごくわざとらしい棒読みだった。

ロイドはそれを聞いた途端にピタリと足が止まった。

そのまましばらく走っているポーズをとりながらロイドは静止している。

何の音もない沈黙が続いた。

しばらくして、ロイドは体勢を元に戻してゼオンの方へ向き直ると、ロイドは頭を下げて言った。


「すんません。ちゃんと案内します。」



◇ ◇ ◇



ロイドの案内で寮長の部屋に行って、適当に挨拶を済ませると、ゼオンは部屋から出てきた。

外ではロイドが暇そうに口笛をふいていた。

ゼオンが出てくるのを見ると、口笛をふくのを止めた。


「あ、出てきた。

 で?案内役は?」


「まだ来てないらしいから待ってろって言われた。」


「ふーん。じゃあ約束約束!

 教えてよ。なんでキラ怒ってたのさ?」


急にロイドは目をキラキラさせながらゼオンの方を向いて聞いてくる。

ただの興味本意でどうしてそんなに目をキラキラさせられるのかゼオンには理解不能だった。

ゼオンはキラが怒っていた理由をロイドに言おうとして口を開きかけたが、すぐに口をつぐんで考えこんだ。

その理由を全て正直に話すと、あの杖のことについても話すことになる。

そしてゼオン自身のことも。

ゼオンは顔を上げるといつもと変わらない表情で言った。


「この村に来る途中に魔物に遭って、魔法で追い払おうと思ったらたまたま近くにいたあいつらに当たりそうになっただけだ。」


とりあえず適当な嘘を並べてごまかすことにした。

ロイドのような奴にあの杖のことを言ったら、また興味本意で質問責めにされてやっかいなことになりそうだから。

それを聞いたロイドはがっかりしたような顔をして、不満そうに頬を膨らませた。


「えーそんだけ?

 ほんとにそんだけ?つまんないなー

 キラのことだから面白いことやらかすと思ったのにな。」


どうやらうまくごまかせたらしく、ロイドは口をとがらせながら不満そうな顔をしていた。

たしかにあの馬鹿ならとんでもないことをやらかすだろうと思うのは自然だとは思うけど。

何の苦労もしてなさそうなあのアホ面を思い出す。少しだけ腹が立った。


「…愉快な奴だよな、あの馬鹿。

 ムカつくくらい。」


不意にゼオンがボソッとつぶやいた。

ロイドは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに誰のことを言っているのかわかったようで、笑いながら答えた。


「あーキラのことか。たしかにね。

 パッと見、何の苦労もしてなさそうな愉快な人に見えるよね。

 けどね、意外なことに昔はそうでもなかったんだな。」


それを聞いたゼオンは顔をロイドの方へと向けた。

本当だとしたらたしかに意外だ。

愉快じゃなかったとなると、無口で暗かったのだろうか。あのおしゃべりな馬鹿女が。


「想像できないな。」


正直に言った。

どう考えたってキラが教室の隅で誰とも話さずぽつんとしている姿は想像できない。

キラとはこの間会ったばかりのゼオンですらそう思う。

すると、ゼオンの言葉を聞いたロイドが苦笑しながら言った。


「ま、普通そうだよね。

 でもさ、9年か10年くらい前は、キラ、まともに外に出てこないし全然喋らないしですごい暗い奴だったんだよ。

 今じゃ想像もつかないけどね。」


すごく意外な話だった。

ゼオンからしてみれば、キラは重苦しい過去や、どす黒い何かを背負っているようにはとても見えなかったから。

むしろ、良くも悪くも純粋で誰から見ても明るそうな人物に見えたのだけれど。


「ま、あの頃は両親亡くなった直後だったし仕方なかったんだけどね。」


ロイドは最後にこう付け足した。

ゼオンはロイドに聞きかえした。


「あいつ両親いなかったのか。

 何で亡くなったんだ?」


けれど、どうもその時、ゼオンは禁句を言ったらしかった。

それを聞いた途端、ロイドはハッとして、慌てふためいて言った。


「あ、えっと、まあそこは色々あってさ…」


キラの両親の死についての話題を無理矢理避けようとしているようだった。

よっぽど話してはいけないことだったらしい。

だったら最初から昔のキラの話になんか触れるなと言いたかったけれど口には出さなかった。


「あーそういや寮の…」


ロイドがそう言いかけた時だった。

廊下を駆けてくる足音が2つ聞こえてきた。

ロイドと反対の方向を向いてみると、二人、誰かが走ってくるのが見える。

その二人の顔はどこかで見覚えのある顔だった。

さっき廊下で会ったショコラ・ホワイトとショコラ・ブラックだった。

ホワイトの方が真っ先に二人の前まで走ってくると急ブレーキをかけて止まり、ゼオンの方を向くと申し訳なさそうに謝りながら言った。


「ご、ごめんなさい、遅れちゃって。」


「…まさか案内役っていうのは…」


「そう、私のことよ。」


ゼオンは少し驚いた。

てっきり案内をするのは同級生だと思っていたから。

そう思っているとブラックが三人のところまで追いついてきた。

ブラックは止まって何か言おうとしたが、その時ゼオンと目が合った。

するとブラックはあからさまにゼオンを睨みつけてきた。

まるで関わってくるなと言っているようだ。

そしてロイドのことも睨みつけた後にホワイトに言った。


「じゃ、あたし先に部屋に戻ってるから。」


ブラックはホワイトにそう言うと、ゼオンを避けるように廊下を走っていってしまった。

明らかに避けられているなとゼオンは思った。

態度が冷たいとか言われることはよくあるけれどもさっき初めて会ったばかりなのにここまで避けられるのは珍しい。

何か悪いことでもしただろうか。

何も言わずにそれを見送ると、ホワイトはゼオンに聞いてきた。


「ゼオン君、ショコラと知り合いだったりする?」


「いいや、別に。」


「ふぅん…」


ホワイトはしばらくブラックの走り去った方向を見ていたが、その後くるりとゼオンの方を向くとニコニコした顔で優しく言った。


「じゃあ、寮の中さっそく案内するね!」


やたら親切そうな笑顔でそう言うとホワイトは寮の中を案内してくれた。

面倒くささを欠片も見せないどころか、あまり普段使わなさそうな部屋のことまでしっかりと。

その他にもお節介と思うくらいの親切をゼオンにしてくれた。

ただお人好しなだけと言ったらそれまでかもしれない。

けれどその時、ホワイトの態度にもゼオンは少しだけ違和感を感じた。

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